●D・アトキンスが語る 日本の「スゴさ」と「ダメさ」 加減
日本人は日本に住んで、海外(他国)に住まずに、井の中の蛙の状態で、日本を知ったつもりになる。
“灯台もと暗し”と云うけれど、同じ国というか、同じ町、同じ村に住んだまま、自分の姿を理解しようとしている。
日本人は、その多くは、永田町や、霞が関や、大手町や、会社や、商店街や、学校や、PTAや、町内会などに属し、そこの属性に馴染んで生きている。
つまり、属性の合理性や善悪について、多くは考えずに生きて死ぬ。
時には、外国人の視線に敬意を払って、聞く耳を持つのも悪くない。
特に、日本人に悪意もないし、操る気もなく、経産省の息がかかっていない人物の考えは聞くべきだ。
無論、賛同するかどうかは別だが、他者から見た、外国との比較論的な、日本を解釈する意見は傾聴に値する。
このデービット・アトキンスと云う人の思考経路には、ある程度、哲学があるので、かなり面白い。
好きか嫌いは、人それぞれだが……。
とりあえず、彼のコラムが東洋経済のサイトにあったので、2本、参考掲載しておくので、真偽や好き嫌いを確かめてみるのも面白い。
≪日本人が知らない日本の「スゴさ」と「ダメさ」
デービッド・アトキンソン氏はかつてゴールドマンサックス証券で金融調査部長を務め、90年代の日本の不良債権危機にいち早く警鐘を鳴らしたことで知られる。
そのアトキンソン氏は今、小西美術工藝社という漆塗、彩色、錺金具の伝統技術を使って全国の寺社仏閣など国宝・重要文化財の補修を専門に行う会社の代表に就いている。そのかたわら裏千家に入門し茶名「宗真」を拝受するなど、日本の伝統文化への造詣はそこらあたりの日本人よりも遙かに深い。
そのアトキンソン氏にイギリス人の目で見た日本の魅力とダメなところを聞くと、意外なことがわかる。どうもわれわれ日本人は、自分たちがすごいと思っているところが外国人から見ると弱点で、逆に必ずしも自分たちの強さとは思っていないところに、真の強さが潜んでいるようなのだ。
例えば、日本人の多くは、日本が1964年の東京五輪や1970年代の万博を経て、経済大国への道を駆け上がることが可能だったのは、日本人の勤勉さと技術や品質への飽くなきこだわりがあったからだと信じている。
しかし、アトキンソン氏はデータを示しながら、前後の日本の経済成長の原動力はもっぱら人口増にあり、他のどの先進国よりも日本の人口が急激に増えたために、日本は政府が余計なことさえしなければ、普通に世界第二の経済大国になれたと指摘する。
実際、今世界で人口が1億を超える先進国は日本とアメリカだけだが、第二次大戦に突入する段階で日本のGDPは世界第6位で、既に日本には教育、工業力、技術力など先進国としてのインフラがあった。そして、第二次世界大戦の終結時から現在までの間、日本の人口は倍近くに増えたが、当時日本よりもGDPで上位にいたイギリス、フランス、ドイツ、ロシアなどの列強諸国は日本ほど人口が増えなかった。だから、日本はそれらの国を抜いて世界第二の経済大国になったというだけであり、あまり勤勉さだの技術へのこだわりなどを神話化することは得策ではないとアトキンソン氏は言うのだ。
むしろ90年代以降の日本は、過去の輝かしい成功体験と、その成功の原因に対する誤った認識に基づいた誤った自信によって、身動きが取れなくなっていたとアトキンソン氏は見る。
逆に、日本は人口増のおかげで経済規模を大きくする一方で、一人ひとりの生産性や競争力を高めるために必要となる施策をとってこなかった。そのため、規模では世界有数の地位にいながら、「国民一人当たり生産性」は先進国の中では常に下位に甘んじている。
その原因についてアトキンソン氏は、日本は長時間労働や完璧主義、無駄な事務処理といった高度成長期の悪癖を、経済的成功の要因だったと勘違いし、その行動原理をなかなか変えられないからだと指摘する。
また、その成功体験に対する凝り固まった既成概念故に、日本人、とりわけ日本の経営者は一様に頭が固く、リスクを取りたがらない。人口増加局面では、無理にリスクなど取らず、増える人口を上手く管理していけば自然に経済は成長できたたが、人口増が止まり、むしろ人口の減少局面に直面した今、効率を無視した日本流のやり方は自らの首を絞めることになる。
しかし、その一方でアトキンソン氏は、日本人の清潔なところや治安の良さ、住みやすさ、細やかな気配りや器用さ、真面目さといった素養は、日本人の潜在的な能力の高さを示していると言う。日本人は潜在能力は非常に高いが、過去の成功体験に対する間違った認識から、その潜在力を発揮できず、逆に改めるべき点がなかなか改められないというのがアトキンソン氏の見立てだ。
特に日本人、とりわけ日本人経営者のリスクを取ろうとしない姿勢や、極度に面倒なことを嫌う性格が、日本人の潜在力の発揮を妨げているとアトキンソン氏は言う。そして、それこそが、実は日本の経済的成功の残滓だった可能性が高い。つまり、元々先進工業国としてのインフラが整っている日本で人口が急激に増えれば、黙っていても経済規模は大きくなる。その間、経営者がリスクテークをしたり面倒なことをすれば、それはかえって経済成長を邪魔する可能性すらある。こうして、リスクテークをせず、面倒なことも避けようとする経営体質が日本に根付いたとすれば、人口の減少局面に瀕した今、まさにそこから手を付けなければならないのではないかとアトキンソン氏は主張するのだ。
日本の潜在力を引き出すためのウルトラCとして、アトキンソン氏は政府が最低賃金を全国一律で毎年5%引き上げることを提唱する。そうなれば「頭の固い」「リスクテークをいやがる」日本の経営者でも、厭が応にも毎年5%以上の生産性を上げる必要性に駆られることになり、過去の過った成功体験にすがっている場合ではなくなるからだ。
外国人だからこそ見える日本の長所、短所を厳しく指摘するアトキンソン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
*デービッド・アトキンソン(David Atkinson) 小西美術工藝社社長 1965年イギリス生まれ。87年オックスフォード大学卒業(日本学専攻)。アンダーセンコンサルティング、ソロモンブラザーズを経て、92年ゴールドマン・サックス入社。金融調査室長、マネージングディレクター(取締役)、パートナー(共同経営者)を経て2007年退社。09年小西美術工藝社入社、取締役に就任。10年代表取締役会長、11年より同会長兼社長。著書に『日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義』、『デービッド・アトキンソン 新・生産性立国論』など。
≫(ビデオニュースドットコム:神保哲夫・宮台真司・アトキンス)
≪「社員を解雇する権利」求める人が知らない真実 データが実証「解雇規制緩和」にメリットなし
“オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。
人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本連載では、アトキンソン氏の分析を紹介していく。“
■物価が先か、最低賃金が先か
先週の記事(日本人が大好きな「安すぎる外食」が国を滅ぼす)には、予想外の大きな反響がありました。コメントを見ていくと、一部誤解があったようですので、最初に少し補足します。
まず、物価が低いから最低賃金が安いのか、最低賃金が安いから物価が低いのかという問題です。私は、最低賃金が安いから物価が低くなるのだと分析しています。私が社長に就任する前の小西美術工藝社の歴史を見ればわかります。
もともと、文化財を修理する会社は、決して多くはありませんでした。しかし、漆塗りの椀を買う人が減っていることを受けて、漆職人を抱える業者が次第に文化財修理の世界に集まるようになりました。
供給は増えているのに、神社仏閣の「補修」の需要は一定です。企業は生き残りをかけて過当競争となり、価格を下げるようになりました。全社が最後まで生き残りたいので、どこかが価格を下げたら、皆が下げます。
しかし、需要は増えませんので、小西美術工藝社を含めた各社が、生き残るために職人を非正規雇用にしたり、全体の給料を下げたりしました。当然、品質も犠牲になります。では、どこまで価格を下げることができるかというと、それは労働市場の規制、とりわけ働く人の賃金を最低賃金にする水準までしか下げられません。
顧客がこのような値下げを求めていたかというと、それは違います。顧客が求めていない、顧客がまったく喜ばない、職人の給料を犠牲にする企業生き残り戦略です。
これと同じことが、日本全国で起きています。
過当競争の下、需要の減少に抵抗するために、最低賃金で働いている人、低所得の日本人労働者が激増してきました。これは、企業が悪いわけではありません。企業は許されている制度を使っているだけですので、悪いのは最低賃金制度のありかたなのです。
■雇用規制を緩和すると生産性が上がるのか
さて、今回は生産性と雇用規制について、解説していきます。
World Economic Forum(以下WEF)の「The Global Competitiveness Report, 2017-2018」という国際競争力評価の報告書の中で、「ビジネスに悪影響を及ぼしている要因は何か」を経営者に問うアンケートの結果が掲載されています。日本人経営者の回答では、「雇用規制」が第一に挙げられています。
投稿者が経営者かどうかは定かではありませんが、この連載のコメント欄でも、「日本は終身雇用だから、生産性が低い」「雇用規制を緩和しないと生産性は上がらない」「従業員のクビが切れないからダメだ」といった類の意見が寄せられることが少なくありません。マスコミ報道でも同様の趣旨の発言を耳にすることがよくあります。
日本の雇用規制に問題があると考え、先ほどのような趣旨の発言をする人の考えには、「論点1:生産性を上げるには労働市場の流動性を高めなくてはいけない」「論点2:生産性向上についてこられない人材の入れ替えを進めなくてはいけない」「論点3:生産性は経営の問題ではなく、労働者の問題だから、規制緩和や働き方改革を進めるべき」という、3つの論点が含まれているように推測します。
しかし、雇用規制を緩和すれば、日本の経済や企業の経営者にとって、本当にバラ色の将来が開けるのでしょうか。慎重な検証が必要です。 :日本では、特に冷静かつ客観的な検証を行う必要があると思います。なぜなら、日本ではキチンとした検証をすることもなく、物事を感覚的に捉え、決めつけてしまう傾向が強いからです。例を挙げればいくらでも出せますが、スペースの関係もあるので1つだけ紹介しておきます。
私は、30年以上前から日本経済を分析してきました。昔は「日本は正規雇用ばかりだからダメだ」と言われ、非正規を増やし、終身雇用もなくすべきで、そうすればアメリカのように生産性が上がると言われたことも多々ありました。
そういう意見を言っていた人たちの主張通り、過去十数年、たしかに非正規雇用は非常に大きく増加しました。しかし、非正規がこんなにも増えたにもかかわらず、生産性は一向に向上していません。逆に非正規雇用者の増加が、生産性向上の妨げになるという悪影響を及ぼしているのが実態です。
■日本の雇用規制は、本当に厳しいのか
ということで、まず、言われるほど日本の雇用規制は厳しいのか、生産性向上に悪影響をおよぼしているかを検証しましょう。
先のWEFのデータによると、労働市場の効率性と生産性との間に、かなり強い0.73という相関係数が認められます。日本人経営者が挙げた雇用規制がビジネスに大きな影響を及ぼしているというのは、理屈上は正しく、労働市場の効率性が非常に大切なことがわかります。
しかし、雇用規制が生産性に対して「悪影響」を及ぼしていると言うためには、日本の雇用規制が諸外国に比べて厳しいことが証明されないと、理屈が通らなくなります。
では、日本の労働市場の効率性はどうなのでしょうか。WEFの評価では、日本の労働市場の効率性は世界第22位で、決して低い評価ではありません。ということは、日本の労働市場の効率性は、日本の生産性向上を阻害しているどころか、実は貢献していることになります。
日本では、日本の雇用規制は厳しいというのが常識のように捉えられていますが、実はそれは事実とは異なります。実際、日本の労働市場の効率性を構成するいくつかの項目では、高い評価がされています。たとえば、「労使間協力が強い」は第7位、「解雇手当が少ない」は第9位、「給与設定の柔軟性が高い」は第15位と高評価になっています。
にもかかわらず、なぜ日本の労働市場の雇用規制が厳しいと感じる経営者が多いのでしょうか。
理由はおそらく、アメリカとの比較にあると思います。アメリカの労働市場の効率性は世界第3位と極めて高い評価を受けています。おそらく日本の経営者や学者は、日本の生産性がアメリカより低いのは、日本の雇用規制がアメリカより厳しいことに原因があるという単純な比較をしているのではないかと思います。
「『ものづくり大国』日本の輸出が少なすぎる理由」では、日本はもっと輸出を増やすべきだと書きました。その際に「日本では現状、GDPに占める輸出比率が低い。その分、伸びしろが大きいので輸出を増やすべきだ」という提案をしました。
同じように、ある時、私が日本の輸出比率の低さを指摘すると、ある有名エコノミストから「経済大国は輸出比率が低いものだ」と反論されたことがありました。しかし、その方が証拠として出されたのは、アメリカのデータだけでした。たしかにアメリカの輸出比率が低いのは事実ですが、アメリカとの比較だけを根拠に物事を決めてしまっては、判断を誤りかねません。
当たり前のことですが、アメリカは世界百何十カ国の1つに過ぎません。しかし、日本では世界の状況を語る際に、アメリカのことだけを念頭におくエコノミストが非常に多く、辟易させられます。
雇用規制と生産性との間の相関は強いですが、雇用規制が厳しくなければ、その国の生産性は必ず高いのかを検証すると、そうではないことが容易に確認できます。
イギリスは雇用規制の評価は世界第6位ですが、生産性は第26位です。カナダは雇用規制が第7位ですが、生産性は第22位です。アングロサクソン系はやはりアメリカに影響を受けて雇用規制を緩和してきましたが、単純にアメリカと同じことを部分的にやっても、同じ結果は出ないことを示す、最高のデータだと思います。
一方、フランスは労働市場の効率性はイギリスと比べてずっと低い第56位ですが、生産性はイギリス第26位に対してフランス第27位と、大差ありません。
この事実からは、2つのことがわかります。1つ目は、労働市場の効率性と生産性との間に相関関係はありますが、決定的ではないこと。もう1つは、日本はそもそも労働市場の効率性に関しての評価は低くないので、仮に規制緩和をしても、それほど生産性の向上は期待できないということです。
■「解雇規制」緩和は生産性を高めない
日本の労働市場の効率性が厳しく評価されている項目が一つだけあります。それが「解雇規制」で、第113位です。おそらく日本人の経営者が経営の足枷だと感じ、緩和を希望している雇用規制とは、この解雇規制のことではないかと思います。つまり、「従業員のクビを切りやすくしてほしい」というのが彼らの本音のように感じます。
しかし、解雇規制を緩和すると、本当に生産性が向上するのかどうかは、別途検証する必要があります。仮に解雇規制を緩和して従業員をクビにしやすくしても、生産性の向上につながらなければ、意味がありません。
解雇規制の強さと生産性の相関係数を実際に調べてみると、わずか0.32でした。
たしかに解雇規制を緩和すれば、多少プラスになることもあるかもしれませんが、経営者の多くが期待するほど劇的な生産性の向上にはつながりません。
解雇規制が緩和されたからといって、相当割合の社員を解雇する会社はあるでしょうか。おそらく、クビを切られる人は社員のごく一部でしょう。ごく一部の従業員のクビを切ったからといって、生産性がいきなり向上したりするものではありません。
たしかに、一部の社員を切ることはできるようになるので、コストの削減にはなりますし、その分利益は増えます。しかし、切られる人が付加価値の創出の邪魔をしていないのであれば、その人をクビにするだけでは、その企業が作り出している付加価値総額は増えません。これでは付加価値の項目の入れ替えになるだけで、生産性の向上にはならないのです。
その増加した利益を再投資するなどして付加価値を向上することができて初めて生産性がプラスになりますが、人手不足でどこまでできるかは疑問に思います。
この点も日本ではキチンと理解されていません。日本企業は社会貢献の一環として、必要以上の余剰人員を雇用していると言われてきました。いわゆる「窓際族」の存在です。この「窓際族」が、生産性が低い理由の1つともされています。
しかし、この認識は正しくありません。国の生産性は付加価値総額を人口で割ったものなので、余分とされている人が付加価値の創出に貢献していなければ、会社で働いていようが、失業者になろうが、国全体の生産性は変わりません。
国にとっては、その余分な従業員が無駄に使われている場合にのみ問題になります。なぜならば、その人の潜在能力が発揮されていない分、国全体にとってのマイナスになるからです。つまり、これらの人たちが解雇され、別の生産性のある仕事に就くことができて初めてプラスになるのです。それまで無駄にされていた資源が活用されるようになるからです。
■人手不足なのに「解雇規制」緩和を求める異常
昔と違い、日本は今、深刻な人手不足に陥っていますので、企業の経営陣が解雇規制の緩和を求めていることには違和感を禁じえません。なぜ、十分に実力を発揮できていない従業員の潜在能力を引き出せていないのか、そもそも自分の経営手腕に問題があるのではないかと、経営陣は考え直すべきではないかと思います。
とはいうものの、今いる会社では実力の発揮できていない人が、人手不足に苦しんでいる企業に移動し、そこで自分の実力を発揮し始めることができるのなら、多少、生産性があがることが期待できます。
しかし、先ほども述べた通り、解雇規制と生産性との相関係数はたったの0.32です。生産性ランキング世界第28位の日本の生産性の低さを考えると、解雇規制が緩和されても、解雇の対象となる従業員が相当の規模にならないかぎり、大きな効果が出るとは思えません。
要するに、他の先進国と比べて、日本の生産性が潜在能力に対して異様に低い最大の原因が解雇規制だということは考えづらいので、解雇規制を緩和するだけで生産性が劇的に改善することはないのです。 :私の認識では、日本の生産性が低い原因は、①従業員20人未満の小規模企業で働く労働人口の割合が高い、②女性活用ができていない、③最低賃金が低い、④最先端技術の普及率が低い、⑤輸出ができていない、⑥ルーチンワークが多い、などです。
それらに比べて解雇規制の影響は小さく、ある種の「ごまかし」としか思えません。経営者は「生産性が低いのは自分たちのせいではなく、労働者が悪い」と、責任を押し付けている感が強いのです。
解雇規制の緩和も、まったく無意味だという気はありません。生産性向上に徹底的にコミットし、グランドデザインを描くのであれば、その一部として、解雇規制の緩和も考える価値はあるかと思います。
しかし、企業規模の拡大、輸出戦略の推進、最低賃金の継続的な引き上げなどの政策もないまま、解雇規制を緩和すれば、経営者の立場がさらに強くなり、またしても経営者が制度を悪用して、生産性をさらに引き下げる結果を引き起こすことも十分に考えられるのです。
ですので、経営者に従業員をクビにする権利を与えるのは、慎重の上にも慎重を期するべきなのです。 ≫(東洋経済新報社:デービット・アトキンス)
≪日本人が大好きな「安すぎる外食」が国を滅ぼす 「ビッグマック指数」に見る経営者の歪み
■「日本の常識」か「人口増加の常識」か
地価が上がるのは人口が増加しているから。インフレも人口増加がもたらしている。GDP(国内総生産)が成長する主因もまた人口増加。1990年代初頭まで神社の初詣のお賽銭も増加傾向だったそうですが、これもまた人口増加によるところが大でした。
戦後日本が経済的に他の国をしのぐ勢いで急激に成長したのも、その主たる要因は人口動態で説明ができます。日本ではアメリカを除く他の先進国を大きく上回る勢いで人口が激増しました。これが日本の急成長の主要因です。
もっと大きく言えば、そもそも資本主義は、人口が増加した時代にできた制度です。
実は社会の常識の多くが、人口動態で説明可能なことに気がついたのは、ごく最近です。海外でもごく最近になって、人口増加と経済成長の関係を研究する学者が増えていますが、論文はまだ非常に少なく、たいへん注目されている分野です。
では、人口が減少するとどうなるでしょう。推して知るべしです。
日本はすでに人口減少の時代に突入しています。パラダイムがすでに変わってしまっているので、対処を急がなくてはいけないのです。
変えなくてはいけないものの1つが、企業経営者のマインドと戦略です。
松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏は、日本では今でも経営の神様として崇め奉られています。
松下氏の経営哲学の根幹にあるのは、「水道の水のように低価格で良質なものを大量供給することにより、物価を低廉にし、広く消費者の手に容易に行き渡るようにしよう」という、「水道哲学」として知られる思想です。要は「いいものを、安く、たくさん」です。
この考え方は松下幸之助氏がご存命の時期、つまり毎年子供がたくさん生まれて、人口そして消費者も増えていた時代では、最高の戦略でした。
利益率が短期的に若干低くなったとしても、価格を安くすることによって需要が大きく喚起され、規模の経済がどんどん広がり、結果として人口の増加以上のスピードで、商品を広く普及させることができます。その結果、パイが大きくなって、長期的により大きな利益につながるという、ものすごく賢い戦略だったと思います。
松下幸之助氏が一代で立ち上げた松下電器が世界に冠たる電機メーカーになったのは、この素晴らしい戦略の成果だったことには異論を挟む余地はありません。
しかし、この松下幸之助氏の素晴らしい経営哲学も、どの時代でも通用する普遍的なものではないことを、今の時代を生きている人は理解しておくべきです。
■人口減少時代には「松下流」は通用しない
まったく状況が変わってしまった今の時代に、人口が激増する時代にこそふさわしい哲学に基づいた戦略を取り続ければどうなるでしょうか。
消費者が減っているので、パイが縮小しています。いいものをたくさん作って、安く提供しても、市場は飽和状態なので売れません。当然、規模の経済も実現できません。売り上げは価格を下げた分だけ減ります。競合が同じ戦略で戦いを挑んでくれば、共倒れになってしまいます。各社が、「『ものづくり大国』日本の輸出が少なすぎる理由」でご説明した「last man standing利益」を目指して競争し、結果としてデフレスパイラルを起こします。
少し前までの日本では、小さな企業がたくさんあっても、主要銀行だけで21行もあっても、自動車メーカーが何社あっても、半導体メーカーが海外より圧倒的に多く規模の経済が利きづらくても、なんとか成立しているように見えていました。それもこれも、もともと人口が多く、さらにその数が増えていたおかげだったのです。
しかし、このことに気がついていた人はほとんどいませんでした。それどころか、他の先進国ではありえない状況が日本だけで成り立っていたため、日本経済は「西洋資本主義」ではなく、より先進的であるという錯覚までもが生まれてしまいました。
バブル景気の終わりごろになると、「日経平均は無限に上がる、上がったものは下がらない」と信じられるようにまでなりました。日本型資本主義、日本的経営などと言って、計算の世界は日本経済には関係ない、日本経済を語るうえで普通の経済学は通用しないといまだに信じている人が、特に私より上の世代には少なからず存在するように感じます。
その証拠に、いまだに「数字ではない、お金ではない」とばかりに、「いいものを、安く、たくさん」という旧態依然たる経営戦略を強行している経営者が少なくありません。
■日本のビッグマックは、なぜ途上国より安いのか
典型的な例は、外食産業です。国際比較が容易なマクドナルドを見ていきましょう。
イギリスの著名な政治経済紙「The Economist」が計算している「ビッグマック指数」は、以前、東洋経済オンラインの記事(なぜ日本のビッグマックはタイより安いのか)でも紹介されたことがあります。これは各国のマクドナルドのビッグマックの価格を比較することによって、適正な為替レートを算出しようとしている指数です。
ビッグマックは大きさ、材料、調理法などが、原則世界中で統一されています。一方、価格は国によってまちまちです。つまり同一品質・同一規格のものが、国によって異なる価格で売られていることになるので、このビッグマックの価格を比較することで、適正な為替レートを算出できるのです(ビッグマック指数は購買力調整されていますので、物価の違いなどはすでに調整されています)。
先ほど言及した記事でも紹介されていたので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、日本のビッグマックの価格はタイやギリシャよりも安く、スイスの半分ぐらいで、どの大手先進国よりも極端に安いのです。
香港と台湾も安いことが気になりますが、生産性とビッグマック指数の間には、0.638とかなり強い相関係数が確認できます。労働者の1時間当たりの生産性では、相関係数はさらに高くなります。これは大変興味深い事実です。
では、なぜ日本のビッグマックの価格はタイやギリシャなどよりも安いのでしょうか。
ご存じの通り、日本の不動産価格は決して安くありません。材料も決して安くはありません。電気代やガス代も高いです。
利益は全体の付加価値のごく一部にしかならないので、利益水準の違いでは、日本のビッグマックの価格が安い理由の説明はできません。
残るのは、付加価値の最大の構成要素である「人件費」です。
実際、購買力を調整したビッグマックの価格と最も相関関係が強い要素が何かを分析すると、最低賃金だという答えが導き出されます。結局、日本では最低賃金が極めて安く、安い賃金で人が雇えるので、ビッグマックを安い価格でも提供できているのです。
より正確に言うと、購買力調整後の最低賃金の水準が、1人当たりGDPという国全体の生産性に対して低ければ低いほど、かつ、最低賃金、もしくはそれに近い水準で働いている労働者の割合が高くなればなるほど、ビッグマックの価格が下がる傾向が確認できます。日本は1人当たりGDPに対する最低賃金の割合がヨーロッパに比べて異常に低く、アメリカに近いですが、アメリカでは最低賃金で働いている人の割合は日本に比べて非常に少ないのです。
■「安売り」のメリットとデメリット
ここで考えなくてはいけないのは、ビッグマックを途上国並みに安い価格で売るために、労働者は非常に重い負担を背負わされているわけですが、何かそれを上回るメリットはあるのかという点です。
日本ではこれから何十年にわたって、高齢化がどんどん進み、人口は減少する一方です。このような状況下で、ビッグマックの価格が安いからといって、需要が喚起されることは考えづらいです。「安く買えるのなら所得の少ない人にとって、メリットは大きい」と主張する人もいるかもしれませんが、ビッグマックの客層が低所得者に限定されているという事実はまったくありません。
「給料を上げても物価も上がるから、結局何の意味もないじゃないか」という、経済学リテラシーのない反論もよくいわれます。しかし、マックを食べる層とマックで働く層は完全に同じではありませんし、その割合が高いとはいえ、付加価値の構成要素には給料以外のものも含まれますので、給料を上げてビッグマックの単価を上げても、同じだけ物価が上がるわけではありません。ゼロサムではないのです。アメリカの分析によると、最低賃金を10%上げると、食料品の価格が約4%上昇するものの、全体の物価水準に対する影響は0.4%にとどまるとしています。
ですから、日本ほどではないにしても日本と同じような人口減少問題を抱えるヨーロッパの先進国では、どこもビッグマックの価格が高く、最低賃金も高いことの背景と理由を真剣に考えるべきです。最低賃金はイギリスは1999年、ドイツは2015年から導入し、徐々に引き上げています。政府が労働市場に介入している動きに、特に注目しています。
人口減少の中、過当競争に対応するため、会社は商品価格を下げてなんとか生き残ったかもしれませんが、それ以外のメリットはよくわかりません。労働者へのデメリットは非常に大きいです。しかも、デメリットはそれだけではありません。
日本人の生産性はイギリス人とほぼ同じですが、最低賃金はイギリスの7割しかもらえていません。最低賃金を低く設定して、それをベースに商品の価格を下げているのです。その結果、本来もらうべき給料がもらえなくなっているので、払えたはずの税金も払えなくなってしまっています。所得が低く抑えられているので、消費に回らず、間接的に消費税へも悪影響を及ぼしています。ワーキングプアも増えます。
人口減少の下、このように、ビッグマックの価格が安いことによって生じるメリットに比べて、ビッグマックを安く提供することを可能にしている、極めて低い最低賃金のデメリットのほうが何倍も大きいのです。
借金と社会保障の負担に苦しんでいる日本は、実はビッグマックの価格が安いことで、世界中でいちばん悪影響を被っている国なのかもしれません。
■「いいものを安く」という無責任をやめさせるべき
人口がコンスタントに増えていた時代と違い、人口減少・高齢化が進む時代に、最低賃金が安いことをベースにして、「いいものを、安く、たくさん」という経営戦略をとることは無責任極まりない行為です。
最低賃金の引き上げに反対する人は、「最低賃金を上げると、中小企業は潰れる」と言います。しかし、どんなに無能な経営者でも可能な「いいものを安く」という経営戦略を可能にしている「最低賃金の安さ」によるメリットは、いったいどこにあるのでしょうか。
最低賃金を引き上げたら、あたかもすべての中小企業が倒産するというような極論を言われても、愚言としか思えません。最低賃金を毎年5%程度ずつ引き上げていけば、大きな影響を受ける企業は数パーセントという試算になりますし、生産性向上を実行すれば、その影響も軽減されます。
マスコミでは人材の質の高さを自慢しながらも、経営者はその人材に払うべき給料を払わないというのは、矛盾以外の何物でもありません。自慢する労働者の能力に見合った賃金を払う気がないのなら、人材の自慢もすぐにやめるべきです。
要するに、今の最低賃金のレベルでは、世界第4位と極めて高い評価を受けている日本の貴重な人的資源を無駄にするだけなのです。
最近、店舗のバックヤードで信じられない行動をし、それをわざわざ動画に撮って、SNSに投稿して喜ぶという愚行が頻発し、問題になっています。私が注目したいのは、問題の動画はほぼすべて、低賃金で労働条件が過酷な業態ばかりが現場になっているように見受けられることです。過当競争の下、価格を1円でも下げるために、労働条件は厳しく、その行動を止める責任者がいないのだと思います。
もちろん、あんな犯罪行為を肯定するつもりも、擁護する気もいっさいありませんが、こういう人たちの愚かな行動は、安い賃金、過酷な労働条件に対する一種の「無意識の抗議」という意味合いがあるのかもしれないと感じることも、ないわけではありません。
日本経済の将来は、恐ろしく安い賃金の問題を解決しない限り、明るいものにはなりません。技術革新うんぬんを言う前に、さっさとこの問題を解決するしかないのです。そうして初めて、ようやく日本にも明るい未来が開かれるのです。
≫(東洋経済新報社:デービット・アトキンス)