久しぶりに内田先生ネタ。
兵站と局所合理性について(内田樹)
http://blog.tatsuru.com/2011/03/24_1029.php
当Blogでも被災地の兵站確保について言及していたのだが、内田樹先生に触発されて無駄に持論を展開する。
人手より兵站のプロの手腕に期待
日本帝国陸軍の伝統と言えば、下記3つ。
「奇襲戦法」
→ 劣勢を跳ね返すため確実な方策ではなく、一か八かのギャンブル性の高い方策を選択する。
異常なまでの楽観主義というより、冷静に考えたら勝つ見込みがないのでリスクを無視する。
結果、損害が大きくなる。
「現地調達」
→ 根性論による兵站軽視。
兵站軽視というより、兵站を考えると何もできないから意図的に軽視する。
結果、太平洋戦争では戦闘ではなく餓えや病気によって多くの兵士が死んだ。
「戦力の逐次投入」
→ 達成すべき目標が曖昧もしくは誤っているため、作戦計画がその場繋ぎの妥協の産物になる。
全体目標が無いから各部が個別最適で動き、戦力の集中ができない。
その穴埋めのため後から戦力を逐次投入するが情勢を挽回できず被害が拡大する。
何ゆえこのようなことが起きるか?
原因は全体「戦略」がないからだ。
なぜ「戦略」がないのか?
実現すべき「政策」が曖昧だからだ。
各自個別に「政策」をこしらえて「戦略」を練るから、全体として統合された動きにならない。
戦力運用の基本は「戦力の集中」(つまるところ選択と集中)であり、これができない。
そもそも目的もなく手段が決まるわけがない。
この場合何が起こるかというと、目の前の問題にどう対処するべきかが主要なテーマに成り下がる。
開戦当初の見通しが甘かったのは言うまでもないが、それでも開戦当初はまだ目標が明確だった。
「短期決戦で相手にダメージを与えて和睦に持ち込む」はまだマシだった。
しかし、ミッドウェー海戦で大敗して以降、劣勢になった時点で政策目標を完全に見失った。
柔軟に政策目標を変更することができずに、ついには原爆が落とされるまで曖昧なままだった。
「どうするべきか」が決めることができないのだ。
「兵士は優秀だが将校が馬鹿」という言葉がよく言い表しているように、現場は孤軍奮闘し、個別で見ればそれなりによく戦ったが、全体としては大敗北だった。
「政策目標」と「全体戦略」を欠くことが、どれだけ致命的なことかは太平洋戦争時の日本を見ればよくわかる。
それでいて、今もこの伝統は様々な場面で引き継がれていると思われる。
日本という国は目標が明確なら強いが、目標が曖昧だとトコトン弱い。
どうして日本は「こんな国」になってしまったのか。
それが司馬遼太郎につきまとった生涯の問いだった。
明治40年代まではそうではなかった。日本人はもっと合理的で、実証的で、クールだった。あるときから、非合理的で、原理主義的で、ファナティックになった。
たぶん、その両方の資質が日本人の国民性格には含まれていて、歴史的状況の変化に応じて、知性的にふるまう人と、狂躁的に浮き足立つ人の多寡の比率が反転するのだろう。
おおづかみに言うと、「貧しい環境」において、日本人は知性的で、合理的になる。「豊かな環境」において、感情的で、幼児的になる。
幕末から明治初年にかけて、日本は欧米列強による植民地化の瀬戸際まで追い詰められていた。そのとき日本人は例外的に賢明にふるまった。東アジアで唯一植民地化を回避し、近代化を成し遂げたという事実がそれを証している。
敗戦から東京オリンピックまでの日本人もかなり賢明にふるまった。マッカーサーから「四等国」という烙印を押され、二度と国際社会で敬意をもって遇されることはないだろうと呪われた日本人は、科学主義と民主主義という新しい国家理念を採用することで、わずかな期間に焦土を世界の経済大国にまで復興させた。
近代150年を振り返ると、「植民地化の瀬戸際」と「敗戦の焦土」という亡国的な危機において、日本人は例外的に、ほとんど奇蹟的と言ってよいほどに適切にふるまったことがわかる。
そして、二度とも、「喉元過ぎれば」で、懐具合がよくなると、みごとなほどあっという間にその賢さを失った。
「中庸」ということがどうも柄に合わない国民性のようである。
今度の震災と原発事故は、私たちが忘れていたこの列島の「本質的な危うさ」を露呈した。
だから、私はこれは近代史で三度目の、「日本人が賢くふるまうようになる機会」ではないかと思っている。
ここまでは内田先生と同じ意見だけど、(いつも通り)ここからが違う。
総人口の10%が国土の0.6%に集住し、そこに政治権力も、財貨も、情報も、文化資本もすべてが集中し、それを維持するためのエネルギーも食糧も水もほとんど外部に依拠しているといういびつな一極集中構造が「火山列島」で国家を営んでゆくというプログラムにおいて、どれほどリスキーなものかは小学生にもわかる。
小学生にもわかる「リスクヘッジ」を誰も実行しようとしないのは、一極集中したほうが「効率的だ」と思っているからである。
もちろん「金儲け」にとっての効率である。
その判断は間違っていない。
けれどもそれはいわゆる「局所合理性」に基づけば、ということである。
短期的・局所的に考えれば合理的なふるまいが長期的・広域的に考えると不合理であるということはよくあることである。
これは立場によって意見が変わる。
逆に一極集中せずにリスクヘッジのために分散したとしよう。
この場合、全体が沈む可能性についての考察が可能ではないだろうか。
つまり、一極集中することによって生存を可能にしている側面もあるということだ。
先に述べた「戦力の集中」が鍵になる場合もある。
もちろん、多様性の観点からして、分散しなくてよいと言っているわけではない。
まずもって日本はまったく分散していないわけではない。
東京・名古屋・大阪と一応の分散はしている。
ただ、都市間競争の結果として東京が抜きん出ているというに過ぎない。
これを各都市均等に分散せよとなれば、それこそ国家資本主義になるが、そういうやり方がうまくいったためしがないこともわかっているだろう。
少なくても、東京特区があるわけではないのだから、東京に一極集中していたとしても、それは競争の結果なのである。
仮に国家が競争の結果を是正した方がよいと考えるとして、我々にはどういう選択肢があるだろうか。
大阪特区などを作って分散化を誘導するというアイディアについて考えてみるのは価値あることだとは思う。
それに、原発が東京から離れた位置に建設されるのは、こういったリスクヘッジのためである。
これからの中長期的な国土復興のプランはかなりわかりやすいものとなるはずである。
思いついたことをランダムに列挙する。
(1) すべての原発の即時停止と廃炉と代替エネルギー開発のための国家的プロジェクトの始動
(2) 「できるだけエネルギーを使わないライフスタイル」への国民的シフト
(3) 首都機能の全国への分散
(4) 首都圏に集中している人口の全国への分散
とりあえず、これからだろう。
(1)は有り得ない。
日本は復興不能になり、沈む。
"中長期的な復興プラン"なのに、なぜ「即時停止」なのか、そこが全くわからない。
(2)は「ライフスタイルの国民的シフト」ではなく、「テクノロジーによるライフスタイルの国民的シフト」を考えるべき。
ネイチャー・テクノロジーなどを参考にすべし。
(3)行政機関の頑健性を保つためには、行政機関のある程度のバックアップ体制は組むべきだろう。
(4)は本末転倒だ。
「均衡ある国土の発展」ドグマを改めるべき。
多様なライフスタイルを認めれば、むしろ首都圏の人口はより集中すると私は思う。
田舎は田舎らしくし、都市は都市らしくすればよい。
それぞれの土地で、それぞれの暮らしがあっていいはず。
むしろ多様なライフスタイルが認められる風土がないから、人々は固定的な人生を歩むことになる。
自分の置かれた状況やお互いへの不平不満を語りながら生きることになる。
田舎から都市に移り住んだり、都市から田舎に移り住んだりといった流動性はもっと高くていいはずだ。
原発建設地にもっと自由度があれば、福島原発のような集中立地も避けられ、問題は軽くすんだはずだし、リアス式海岸の海辺に住むこと自体がなければ津波被害も少なく済んだはずだ。
人々が何を理由にどこに住んでいるのか、それを考えてみなければならない。
そして、人々が自分の意思で、もっと自由に住む場所を決めれるようにしなければならない。
その「人々の意思」をどう導けるか、とうのは国家の役割として十分に有りだろう。
ところで「首都圏に集中している人口の全国への分散」は国家が強制力を持ってやるのかな。
やっぱりどこか社会主義の匂いがする。
私はドラッカーの社会主義観に同意で、こういう話は何か夢物語に見える。
「社会による社会の救済」という人類の夢は打ち砕かれた。
兵站と局所合理性について(内田樹)
http://blog.tatsuru.com/2011/03/24_1029.php
当Blogでも被災地の兵站確保について言及していたのだが、内田樹先生に触発されて無駄に持論を展開する。
人手より兵站のプロの手腕に期待
日本帝国陸軍の伝統と言えば、下記3つ。
「奇襲戦法」
→ 劣勢を跳ね返すため確実な方策ではなく、一か八かのギャンブル性の高い方策を選択する。
異常なまでの楽観主義というより、冷静に考えたら勝つ見込みがないのでリスクを無視する。
結果、損害が大きくなる。
「現地調達」
→ 根性論による兵站軽視。
兵站軽視というより、兵站を考えると何もできないから意図的に軽視する。
結果、太平洋戦争では戦闘ではなく餓えや病気によって多くの兵士が死んだ。
「戦力の逐次投入」
→ 達成すべき目標が曖昧もしくは誤っているため、作戦計画がその場繋ぎの妥協の産物になる。
全体目標が無いから各部が個別最適で動き、戦力の集中ができない。
その穴埋めのため後から戦力を逐次投入するが情勢を挽回できず被害が拡大する。
何ゆえこのようなことが起きるか?
原因は全体「戦略」がないからだ。
なぜ「戦略」がないのか?
実現すべき「政策」が曖昧だからだ。
各自個別に「政策」をこしらえて「戦略」を練るから、全体として統合された動きにならない。
戦力運用の基本は「戦力の集中」(つまるところ選択と集中)であり、これができない。
そもそも目的もなく手段が決まるわけがない。
この場合何が起こるかというと、目の前の問題にどう対処するべきかが主要なテーマに成り下がる。
開戦当初の見通しが甘かったのは言うまでもないが、それでも開戦当初はまだ目標が明確だった。
「短期決戦で相手にダメージを与えて和睦に持ち込む」はまだマシだった。
しかし、ミッドウェー海戦で大敗して以降、劣勢になった時点で政策目標を完全に見失った。
柔軟に政策目標を変更することができずに、ついには原爆が落とされるまで曖昧なままだった。
「どうするべきか」が決めることができないのだ。
「兵士は優秀だが将校が馬鹿」という言葉がよく言い表しているように、現場は孤軍奮闘し、個別で見ればそれなりによく戦ったが、全体としては大敗北だった。
「政策目標」と「全体戦略」を欠くことが、どれだけ致命的なことかは太平洋戦争時の日本を見ればよくわかる。
それでいて、今もこの伝統は様々な場面で引き継がれていると思われる。
日本という国は目標が明確なら強いが、目標が曖昧だとトコトン弱い。
どうして日本は「こんな国」になってしまったのか。
それが司馬遼太郎につきまとった生涯の問いだった。
明治40年代まではそうではなかった。日本人はもっと合理的で、実証的で、クールだった。あるときから、非合理的で、原理主義的で、ファナティックになった。
たぶん、その両方の資質が日本人の国民性格には含まれていて、歴史的状況の変化に応じて、知性的にふるまう人と、狂躁的に浮き足立つ人の多寡の比率が反転するのだろう。
おおづかみに言うと、「貧しい環境」において、日本人は知性的で、合理的になる。「豊かな環境」において、感情的で、幼児的になる。
幕末から明治初年にかけて、日本は欧米列強による植民地化の瀬戸際まで追い詰められていた。そのとき日本人は例外的に賢明にふるまった。東アジアで唯一植民地化を回避し、近代化を成し遂げたという事実がそれを証している。
敗戦から東京オリンピックまでの日本人もかなり賢明にふるまった。マッカーサーから「四等国」という烙印を押され、二度と国際社会で敬意をもって遇されることはないだろうと呪われた日本人は、科学主義と民主主義という新しい国家理念を採用することで、わずかな期間に焦土を世界の経済大国にまで復興させた。
近代150年を振り返ると、「植民地化の瀬戸際」と「敗戦の焦土」という亡国的な危機において、日本人は例外的に、ほとんど奇蹟的と言ってよいほどに適切にふるまったことがわかる。
そして、二度とも、「喉元過ぎれば」で、懐具合がよくなると、みごとなほどあっという間にその賢さを失った。
「中庸」ということがどうも柄に合わない国民性のようである。
今度の震災と原発事故は、私たちが忘れていたこの列島の「本質的な危うさ」を露呈した。
だから、私はこれは近代史で三度目の、「日本人が賢くふるまうようになる機会」ではないかと思っている。
ここまでは内田先生と同じ意見だけど、(いつも通り)ここからが違う。
総人口の10%が国土の0.6%に集住し、そこに政治権力も、財貨も、情報も、文化資本もすべてが集中し、それを維持するためのエネルギーも食糧も水もほとんど外部に依拠しているといういびつな一極集中構造が「火山列島」で国家を営んでゆくというプログラムにおいて、どれほどリスキーなものかは小学生にもわかる。
小学生にもわかる「リスクヘッジ」を誰も実行しようとしないのは、一極集中したほうが「効率的だ」と思っているからである。
もちろん「金儲け」にとっての効率である。
その判断は間違っていない。
けれどもそれはいわゆる「局所合理性」に基づけば、ということである。
短期的・局所的に考えれば合理的なふるまいが長期的・広域的に考えると不合理であるということはよくあることである。
これは立場によって意見が変わる。
逆に一極集中せずにリスクヘッジのために分散したとしよう。
この場合、全体が沈む可能性についての考察が可能ではないだろうか。
つまり、一極集中することによって生存を可能にしている側面もあるということだ。
先に述べた「戦力の集中」が鍵になる場合もある。
もちろん、多様性の観点からして、分散しなくてよいと言っているわけではない。
まずもって日本はまったく分散していないわけではない。
東京・名古屋・大阪と一応の分散はしている。
ただ、都市間競争の結果として東京が抜きん出ているというに過ぎない。
これを各都市均等に分散せよとなれば、それこそ国家資本主義になるが、そういうやり方がうまくいったためしがないこともわかっているだろう。
少なくても、東京特区があるわけではないのだから、東京に一極集中していたとしても、それは競争の結果なのである。
仮に国家が競争の結果を是正した方がよいと考えるとして、我々にはどういう選択肢があるだろうか。
大阪特区などを作って分散化を誘導するというアイディアについて考えてみるのは価値あることだとは思う。
それに、原発が東京から離れた位置に建設されるのは、こういったリスクヘッジのためである。
これからの中長期的な国土復興のプランはかなりわかりやすいものとなるはずである。
思いついたことをランダムに列挙する。
(1) すべての原発の即時停止と廃炉と代替エネルギー開発のための国家的プロジェクトの始動
(2) 「できるだけエネルギーを使わないライフスタイル」への国民的シフト
(3) 首都機能の全国への分散
(4) 首都圏に集中している人口の全国への分散
とりあえず、これからだろう。
(1)は有り得ない。
日本は復興不能になり、沈む。
"中長期的な復興プラン"なのに、なぜ「即時停止」なのか、そこが全くわからない。
(2)は「ライフスタイルの国民的シフト」ではなく、「テクノロジーによるライフスタイルの国民的シフト」を考えるべき。
ネイチャー・テクノロジーなどを参考にすべし。
(3)行政機関の頑健性を保つためには、行政機関のある程度のバックアップ体制は組むべきだろう。
(4)は本末転倒だ。
「均衡ある国土の発展」ドグマを改めるべき。
多様なライフスタイルを認めれば、むしろ首都圏の人口はより集中すると私は思う。
田舎は田舎らしくし、都市は都市らしくすればよい。
それぞれの土地で、それぞれの暮らしがあっていいはず。
むしろ多様なライフスタイルが認められる風土がないから、人々は固定的な人生を歩むことになる。
自分の置かれた状況やお互いへの不平不満を語りながら生きることになる。
田舎から都市に移り住んだり、都市から田舎に移り住んだりといった流動性はもっと高くていいはずだ。
原発建設地にもっと自由度があれば、福島原発のような集中立地も避けられ、問題は軽くすんだはずだし、リアス式海岸の海辺に住むこと自体がなければ津波被害も少なく済んだはずだ。
人々が何を理由にどこに住んでいるのか、それを考えてみなければならない。
そして、人々が自分の意思で、もっと自由に住む場所を決めれるようにしなければならない。
その「人々の意思」をどう導けるか、とうのは国家の役割として十分に有りだろう。
ところで「首都圏に集中している人口の全国への分散」は国家が強制力を持ってやるのかな。
やっぱりどこか社会主義の匂いがする。
私はドラッカーの社会主義観に同意で、こういう話は何か夢物語に見える。
「社会による社会の救済」という人類の夢は打ち砕かれた。