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進化する魂

フリートーク
AKB48が中心。
気の赴くままに妄想をフル活用して語ります。

原発事故後の話

2011-03-18 19:26:20 | ブログ情報(News Release)
Twitterを眺めていたら、今回の事故が落ち着いたら、福島原発周辺には人が住めなくなるが、そこに太陽光発電と風力発電の一大拠点にするというアイディアが。
土地の特徴や日照率、風量などの情報がないから実効性はよくわからないが、有効な土地活用の観点からしてとてもいいアイディアだと思う。

こういうことを考え出すと、少し明るい未来が見えてくる。
少し希望のある話に思えてこないだろうか。
それとも、こういう話も不謹慎と扱われてしまうだろうか。

費用対効果の面で成立しない話かもしれないが、事故現場が決して不毛な大地になるわけではなく、むしろ未来のための土地になるというストーリーが見えてくるだけで、ほんの少し明るい気持ちにならないだろうか。
アメリカのスリーマイル島は今では動物達が済む自然溢れる場所になっているそうだ。

世の中には不安や恐怖を好んで漁る暇人が多いけれど、本当は我々が聞きたいのはそういう話ではなく、希望に満ちた話のはずだ。
事故が収束していない今の段階で表立って言うことはできないが、落ち着いたらみんなで議論したらよいと思う。

私は微笑む。ささやかな無駄な抵抗でもやる。

2011-03-18 16:52:32 | ブログ情報(News Release)
本エントリは私の心の叫びです。

前回のエントリで「空気をつくろう!」と呼びかけたわけだが、実はそういう私も空気に呑まれていた。
それに気づいたのは昨日だ。
そして、昨日、ようやく私は吹っ切れた。

昨日、夕方の電力消費ピークに合わせて首都圏で大規模停電の恐れがあると海江田経産相が会見した。
当然ながら皆が駅に殺到した。
皆の頭の脳裏に3月11日の地震発生後に電車が全線停止した悪夢が焼き付いていたことも無関係であるまい。
電車が停止すれば数百万人が帰宅難民化するのだ。
誰もが我先に駅に走った。
私は大臣の会見がブラフ(脅し)だとわかっていながら、何に駆られてか帰宅ラッシュのピークより前に電車に乗らなければと駅に走った。

駅は人で溢れかえり、当然ながら電車の中は圧力で足が宙に浮き電車が揺れる度に腰の骨が折れそうになるほどの混雑になる。
何よりも辛いのは、電車の中が人々が殺気立って非常に息苦しい空間になることだ。
怒号が鳴り響き、喧嘩が始まる。
日本人は整然としていて規律正しいというのは一般的な話で、中には嫌な奴やうるさい奴もいる。

そんな電車に数十分ゆられて、ようやく自宅の最寄駅に着く。
今度は電車から降りるのが大変だ。
降りれないんじゃないかと思うほど混雑しているから、皆が全力で押し合うから電車内部は大変なもみ合いになる。
流れに乗れないと降りれない。

電車から降りて、筋肉の硬直で疲れ切った身体の節々をマッサージで和らげる。
なんとも言えない気持ちを抱えたまま帰るのが嫌になって、一杯飲んで帰ろうと思ったら複合商業施設は軒並み午後6時で営業終了。
外の個人商店を探すが時間が悪くどこも満席。
やるせない気持ちのまま帰りのスーパーで酒とリンゴを買って帰ろうとすると、携帯が鳴ってティッシュを買って来いと言われる。
スーパーでは既に売れ切れだったので駅の近くまで戻ってドラックストアをハシゴするが、どこも売り切れ。
おいおい・・トイレットペーパー切れそうな人はどうしろって言うんだ?
そりゃ被災地に比べれば、どうでもよい悩みかもしれないけれど。

その時、どこからともなく聞こえた気がした。


「ばっかじゃなかろうか」
「何に一生懸命になってるのさ」


あぁ・・その通りだ。
突然、自分が恥ずかしくなった。
私は一体何に追われていたのだろうか。

停電がどうした。
日本の経済活動が停電で停滞してしてしまうことは何とか防がなければならないが、停電で帰るのが遅くなったり一日帰れなくなったり、どうでもいいじゃないかそんなこと。
医療的に電気を必要としている人は別として、家の電気がつかない、暖房つかない、一食抜かなければならない、風呂に入れない。
それが何か大きな問題でもあるのか?

買いだめ走るのは経済学的に見て合理的行動だ?
馬鹿なこと言ってんじゃないよ。
全然合理的じゃないだろ。
そんな貧しい生き方のどこが合理的だ。
不幸度を増加させる最強の要素「取り越し苦労」にかられた行動だ。
幸福度に換算すれば最低だろ。

また地震が来て家族の消息が掴めないという状況ならまだしも、首都圏で無事が確認されているなら騒ぐ必要が全くといっていいほどない。
被災地や福島原発に向かう自衛隊員や電力会社職員でもないのに、家族が仕事に行ったまま1日帰れないくらいで何か問題があるのか?

今、やるべきことは被災者(被害者)ぶることじゃない。

「停電ごときでガタガタぬかすな。」

が自然と口から出た。
自分に向けたメッセージだ。

この空気に呑まれたまま右往左往することは楽だ。
集団同調バイアスにかられて何も考えずに流されればよい。
だが、私はこの空気と闘わねばならないと決意した。

とりあえず、今後は早目の帰宅をやめる。
できれば帰りに一杯飲む。
深刻なふりしてTV報道を見るのをやめる。

そして、とにかく笑う。
人々に微笑む。(気持ち悪いけど)
笑い飛ばしてやる。


とにかく、このままでは企業がバタバタ倒れていく。
そうすると人々もバタバタ倒れていくことになる。
また「反原発」の流れも勢いづいてきたが、冷静になって考えてみる必要があるだろう。
いいかい、今日本人にとっての最大の問題は「原発」なんかじゃない。
気候変動の問題もどうするつもりだ。
(私は地球温暖化問題についてのスタンスは保留しているが)
いくら短期的な目先の事象が衝撃的なものでも、長期的にもっと大きなリスクを無視してはだめだ。

空気をかえよう。
このままで損害が大きくなるばかりだ。

[拡散希望]みんなで空気をつくろう!

2011-03-18 12:55:17 | 社会


空気をつくろう(モンテカルロblog)
http://blog.livedoor.jp/taiki_jp/archives/51804949.html

日本人は空気に支配される民族だ。これをすべてのブログにも、職場にも、薬局の前にも、いっぱい、いっぱい広めて「いっぱい買うのカッコワルイ」みたいな空気ができれば日本人の多くは行動するはず。もういちど日本人のすばらしい行動を世界にしめそう。


その通り!!
これは実に日本のことがよくわかっている本質的な提案。
みんなで空気をつくろう。
何かを感じている人たちからはじめたらいい。
始めは賛同されなくても、いずれは理解が得られる。

みんなの想像力をうまく導けば、問題はもっとずっと簡単に解決できる。

まずこの画像を薬局やスーパーに貼り出そう。
小売店は売上げ倍増しているだろうから、本音では喜ばないかもしれないけれど。
みんなのブログで貼り出そう。
最初はカッコ悪いかもしれないけれど。

政府に指導されなければならない方が、よっぽどかっこ悪いよ!!!!!

★★★★★★

会社の同僚には有名大学で修士や博士以上の高等教育を受けた人々が多いのだけど、彼らですら空気に流されてしまっている現状を鑑みると、日本全体が異常な空気に流されているのも頷けてくる。
大学で物理学を学んだり高度な研究活動をしていたはずの連中が「放射能が・・」などと言って家族を疎開させることを考えている話を聞くとさすがに滅入ってくる。
普段、その論理的思考能力で仕事では高いパフォーマンスを発揮する彼らが、やはり多忙な日常業務の中で全体最適や自己否定などの視点が蝕まれていっているのだ。
海外から日本に赴任していた同僚たちも帰国していく。
ついつい「馬鹿なんじゃないの?」と愚痴が出てしまうが、彼らには酷な言葉に違いない。

そう考えると、今の騒ぎは、今に始まったことではなく、ずっと続いている「空気の病」そのものなのだ。
これは太平洋戦争時と何も変わっていない。
私としては、戦中の「空気」はかくして作られたのかと改めて実感するも、自分の無力を感じずにはいられない。

私がこう書いて、このエントリを読んだ人も、自分のこととは思ってくれないかもしれない。
私が問いかけているのは「あなた」だ。
あなたに問いかけている。

できるところからムーブメントを起こそう。
日本人の素晴らしさを、日本人に向けて示そう!
これは日本人に突きつけられた新たな次元での闘いだ。

★★★★★★

「退避すべきかとどまるべきか」放射線被ばくを深く心配されている方々へ

2011-03-18 12:13:30 | ブログ情報(News Release)
原子力工学の研究者である北村晴彦東北大学名誉教授の、3月17日午後時点での見解。
これぞ「ザ・大人の意見」。


このように説明をされてもなお心配される人も多いでしょう。
特に幼いお子さんを抱えておられる方は、一層心配が大きいと思います。
大きな困難なしで遠距離に避難できる方は避難するという選択肢も合理性はあると思います。心理的不安が低減することにも健康上の意味があるとも思います。

一方でその移動過程や避難先で、別の心理ストレスが高まって母子に悪影響がある可能性も無視できないと思います。
また仮に現時点での放射線量はそれほど心配しなくてよいだろうという本稿の判断は了解された方の中にも、事故のさらなる拡大と放出放射性物質量の一層の増大を懸念される方も多いと思います。その点が心配だから、やはり避難を考えたいという方々も少なくないはずです。

この点に関しては、本日現在進行中である高圧放水車による注水、外部からの電源供給ラインの接続、いずれかの手段が機能し出せば危険の度合いはだいぶ少なくなるというのが私見です。冒頭に記したように、『こんな事態を防止できなかった原子力関係者が今さら何を語ることができるのか……』『信用などしてもらえるのか』という想いをかみしめながら、それでも技術的な予測としてはあえて記しておきたいと思います。

以上を総合した上で、『退避するかしないかの総合判断は、原子力や放射線の専門家がすることではなく個人個人がすること』という田口さんの見解をはっきりと支持したいと思います。このような困難への対応は、各人が自分の判断でしていただくしかないのが現実であると思います。小生としては、その際のご参考の一助として、本稿を記しました。なお、余計なことながら、色々な事情で現実に家族としての退避行動が全くとれない方々も沢山おられると思います。そのような方々向けには、『ご心配でしょうが現実的脅威はこのような内容のものです。少なくとも現状はまだ忍耐できる範囲であると考えてよろしいと小生は考えています』という気持ちで記しました。


全文コピーしておきます。
一読する価値は大いにあります。

「退避すべきかとどまるべきか」放射線被ばくを深く心配されている方々へ(2011年3月17日午後時点の情報を踏まえて) (ガジェット通信)
http://getnews.jp/archives/105218


福島原発の件について、原子力工学の研究者である北村晴彦東北大学名誉教授に3月17日午後時点での見解をご寄稿いただきました。この見解の表明は、作家である田口ランディさんと北村晴彦名誉教授とのメールのやりとりの中でおこなわれました。ガジェット通信でのご紹介をお願いしたところ、快諾いただきました。(編集:ガジェット通信 深水英一郎)

この記事のすべての図やリンクなどをそのままの状態でご覧になりたい場合は、ガジェット通信の本サイトをおたずねください。

北村正晴 東北大学名誉教授 プロフィール
1942年生まれ。東北大学大学院工学研究科博士課程(原子核専攻)修了。工学博士(東北大学)。研究分野はリスク評価・管理学、大規模機械システムの安全学。

●放射線被ばくを深く心配されている方々へ

福島の状況は依然として憂慮すべき状態です。
原子力工学の教育研究に長年従事していた人間として、無力感、焦燥感を感じることはいうまでもありません。『こんな事態を防止できなかった原子力関係者が今さら何を語ることができるのか……』という想いもあります。ただ、今の時点ではその心はあえて封じ、放射線被ばくを深く心配されている方々へ、現状と対策に関しての私的見解を記しておきたいと思います。

小生は現状(2011年3月17日時点)でもなお、原子力発電所の近くの方々は別として、距離が100km以上離れている人は退避してもしなくても、結果に大きな違いはないと思っています。微量の被ばくは健康に影響ないなどと行政機関声明のくりかえしを言っているのではありません。自分や家族の放射線被ばくの危険を懸念し退避したいと考えることは人間として全く自然なことだしそれを否定もしていません。ただ以下の事実は、被ばくを心配する方々のご参考として記しておきたいと思います。

原子力史上最悪の原子力事故であるチェルノブイリ事故、大気圏内核実験などからは、100km、200km、いやそれ以上離れていても微量の放射性物質は移動していくことは確認されています。今回の事故でもすでに都内でも平常時より大きな放射線量は観測されていることはご承知の通りです。東京の測定値は平常値が毎時0.028~0.079マイクロシーベルトくらいなそうですが、16日午後4時~午後5時の観測値は毎時0.054マイクロシーベルトです(3月17日の日経新聞記事より)。
この値は1年間浴び続けると0.473ミリシーベルトになりますが、これは1年間分の被ばく量制限値1ミリシーベルトに達しません。そしてこの1ミリシーベルトという被ばく制限値は、それを超えた値が観測されたら直ちに危険だというわけではないこともご理解いただきたいと思います。

多くの地域で観測されている放射線量の測定値はチェルノブイリ事故の時も、もっと以前にアメリカとソ連が軍拡競争を続けていて核実験をくりかえしていたころも、すでにわれわれ日本人が経験しているレベルであることも事実なのです。決して望ましくはないですが、距離100kmを超える地域、典型的には東京あたりでの今回の放射性物質放出量が数週間継続する程度であるならば、その実害は忍耐できる範囲であると個人的には考えています。


http://www.kankyo-hoshano.go.jp/01/0101flash/01010221.html

添付資料”セシウム(Cs)137の年次変化”をご覧ください。このファイルにも記載の通り、『現在、セシウム-137の月間降下量は1970年代の1/20程度のレベルです。』とされています。言い換えればセシウム137に関する限り我々は現在の平常値と比べて20倍程度の降下量を70年代には何年間も経験していたことになります。むろんセシウム-137の降下量とすべての原子炉からの放出放射性物質とは挙動が異なりますが、大まかに見て似たような傾向は示すと思います。


http://search.kankyo-hoshano.go.jp/food/dekigoto.html

さらに添付資料“環境放射能の年次推移”をご覧ください。これらのグラフの右端近く(1998年以降)の放射性物質(ストロンチウム-90)濃度と1960年代前半を比べると概ね1,000倍も値が大きいことがお分かりいただけると思います。現在の平常値に比べて20倍ではなく1,000倍の値の放射性物質降下が何年も続いていたのです。ここでもストロンチウム-90の降下量とすべての原子炉からの放出放射性物質の降下量とは挙動が若干異なりますが、大まかに見て似たような傾向は示すはずです。そして1,000倍以上のストロンチウム-90降下量が続いていたこの期間に誕生した子供たちの中に、特に悪い影響がみられるという指摘は(あるのかも知れませんが)私は知りません。

以上は国際的にも認識が共有されている事実データだと思います。異論もあるかも知れませんが、大多数の環境放射能研究者はこのデータは認めていると思います。

現在日本で採用されている、一般人は1年間で1ミリシーベルト(1mSv)という被ばく制限値は国際的な評価組織であるICRP(International Commission on Radiological Protection)の勧告を踏まえて定められています。個人的にはこの制限値は十分合理的であると思います。自然放射能による被ばく(2.4mSv)と同程度かそれ以下の被ばくを追加で受けることが危険だとはどうしても思えないからです。

一方で、このICRP判断に対して批判的な研究者も少なくないことも事実です。代表的な批判的研究者集団として知られているECRR(European Committee on Radiation Risk)の判断を紹介した文章では、(詳細は省略しますが)以下のように述べられています。

/たとえば、チェルノブイリ事故後の小児白血病の発症では、ミニサテライトDNAivの突然変異などを考慮に入れると、ECRRが見積もる放射線のリスクはICRPの100倍から1000倍にも跳ね上がる。致死がんのリスク係数としてICRPが採用するのは0.05/Sv(「集団の線量として1Svを浴びると100人のうち5人ががんで死亡する」だが、ECRRは(中略)、致死がんのリスク係数はICRPの2倍、すなわち0.1/Svとしている.(出典:市民科学研究室・低線量被曝プロジェクト)/

つまり、現在国際的には主流であるICRPを強く批判しもっと厳しい規制を要求するECRR報告の立場をとるならば、1960年代には現在とは大いに様相の異なる小児がん発症が見られたことになると思います。
実際にECRRによれば、下記のような事実認識が述べられています。

/1959年から1963年にかけて世界中で行われた大気圏内核実験や、原発や再処理工場など核燃料サイクル施設の稼働により放出された大量の放射能により、癌やその他の健康被害など人々の健康被害が明らかに増加していると結論する。具体的には、1945年から1989年までで、6160万もの人々が被曝による癌で死亡しているという。ICRPのリスク評価モデルで計算すると、その数は117万人である。ECRRによれば、さらに160万の子ども達と胎児190万人が放射線被曝のために亡くなっている。/

この死亡者数を見るととても大きい値というインパクトを感じます。しかし45年間にわたり放射線に由来する癌死亡者数が世界中で6160万人、子供たちの被ばく死が胎児を含めて350万人という値は、一年あたりでは、それぞれ140万人、8万人となるのです.世界中の人口1950年で25億、1985年で50億人もあるという実態(従って年間死亡者は5,000万人~1億人程度)を考えたとき、これをどの程度深刻に受け取るべきかは、人によって違う見解があるでしょう。
なお上記の死亡者数は、世界的には承認されているICRPが推定している値のおよそ52倍という大きな推定値であることも再確認したいと思います。

このように説明をされてもなお心配される人も多いでしょう。
特に幼いお子さんを抱えておられる方は、一層心配が大きいと思います。
大きな困難なしで遠距離に避難できる方は避難するという選択肢も合理性はあると思います。心理的不安が低減することにも健康上の意味があるとも思います。

一方でその移動過程や避難先で、別の心理ストレスが高まって母子に悪影響がある可能性も無視できないと思います。
また仮に現時点での放射線量はそれほど心配しなくてよいだろうという本稿の判断は了解された方の中にも、事故のさらなる拡大と放出放射性物質量の一層の増大を懸念される方も多いと思います。その点が心配だから、やはり避難を考えたいという方々も少なくないはずです。

この点に関しては、本日現在進行中である高圧放水車による注水、外部からの電源供給ラインの接続、いずれかの手段が機能し出せば危険の度合いはだいぶ少なくなるというのが私見です。冒頭に記したように、『こんな事態を防止できなかった原子力関係者が今さら何を語ることができるのか……』『信用などしてもらえるのか』という想いをかみしめながら、それでも技術的な予測としてはあえて記しておきたいと思います。

以上を総合した上で、『退避するかしないかの総合判断は、原子力や放射線の専門家がすることではなく個人個人がすること』という田口さんの見解をはっきりと支持したいと思います。このような困難への対応は、各人が自分の判断でしていただくしかないのが現実であると思います。小生としては、その際のご参考の一助として、本稿を記しました。なお、余計なことながら、色々な事情で現実に家族としての退避行動が全くとれない方々も沢山おられると思います。そのような方々向けには、『ご心配でしょうが現実的脅威はこのような内容のものです。少なくとも現状はまだ忍耐できる範囲であると考えてよろしいと小生は考えています』という気持ちで記しました。

※この文章は2011年3月17日午後の時点での報道情報を踏まえて記しました(北村正晴)

頼れるどころか、もはや「有害」な日本の震災報道

2011-03-18 11:04:34 | 社会
至ってまともな反応。
日本の報道機関にインテリジェンスはない。
足りないというレベルではない。
報道機関としてインテリジェンスが致命的なほど欠けている。

最も罪深いのは、彼らはひたすら情報の劣化コピーを繰り返し、不安を増大・拡散し続ける負の拡声器になっており、報道の有害性が便益を遥かに上回っているように思えることだ。

通常であれば、有害な報道が無視されることで報道機関が淘汰されていくはずなのだが、日本の不幸は全ての報道機関が横並びであるということだ。
異常事態では視聴者は情報を求めるわけだが、視聴者にはほとんど選択肢がない。
横並びであることが淘汰を抑制している。

国民の情報リテラシーを底上げしなければならないが・・今言っても何もはじまらないのが詳しいところだ。
こういう時こそ大学や専門家が正しい情報伝達を目指したグループなどを結成するなどして欲しい。
一部ではやっているが。

頼れるどころか、もはや「有害」な日本の震災報道
信頼に足る情報を探し求めて分かったこと(JB Press)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5668


[前略]

 こうした「生死がかかったクライシス」の中で、日本の新聞やテレビは悲しいほど役に立たない。水泳中、人食いザメが襲来してきたのに、手元には金魚すくいしかないような絶望感だ。この仕事を誇りとする人間の一人として、私は本当に悲しい。この本当のクライシス時に、市民が生死をかけた判断をするのに役立つ情報を供給できない「報道」など、一体何の存在価値があるのだろう。

率直に言おう。私は日本の新聞やテレビ、ネット報道をいくら見ても、東京から退避した方がいいのかどうか、分からない。「検出放射線量は○△シーベルトでした」とか「半径10キロで待避指示が出ました」とか、いつもの調子で発表数字をそのまま電話帳のように書き写して記事にしてもらっても、困るのだ。

[中略]

しかし、何かが矛盾している、何かヘンだという感覚がどこかに引っかかった。というのは、原発の地元・福島県に出した政府の避難指示が「原発から半径20キロメートル以内」(後に30キロメートル以内に拡大)だったからだ

[中略]

そして、思い詰めたあげく、アメリカ海軍に勤務する友人がフェイスブックで連絡が取れることを思い出し、「ロナルド・レーガンに何が起きたのか、情報がないか」と聞いてみた。

 すると、そのスレッドに、別のフレンドが「心配しないでください。状況は大丈夫です。アメリカの報道はどれも誇張しすぎです。ウォールストリート・ジャーナルのこの記事は信用できます」とリンクを教えてくれた。

 この人はフレンドのフレンド、面識はない。かつてフレンドリクエストが来て、よく確かめずに承認したスノーボーダーの兄ちゃんである。だが、よくプロフィールを見たら「アメリカ海軍情報部」とあるではないか!

 続いて同じスレッドに海軍勤務のアメリカ人が続々と投稿し始め、そこからアメリカはじめ、英語のリンクを回った結果「今のところ東京は心配しなくていい」という感触ができてきた。

16日になって、東京にいるアメリカ人の音楽仲間がフェイスブックに投稿したポストに「東京のイギリス大使館が発表した首都圏への放射線の影響」という英語のリンクを偶然見つけた。

 結論は、「チェルノブイリ級の事故になることはまずない。なっても汚染物質が降るのは半径30キロメートル程度」とあるではないか。あまつさえ「首都圏のブリティッシュスクールは休校すべきか」という問いに「地震や津波を別として、被曝の心配なら、その必要はない」とまで言い切っている。「今回の事故をチェルノブイリに例えるのは、完全に間違っている、と強調した」(イギリス政府主席科学顧問のジョン・ベディントン氏)。

[中略]

この生死がかかったクライシスに、何という劣悪な報道だろう。平時なら「ミスリードでしたね」とへらへら笑って許しているかもしれないが、これは戦争並みのクライシスなのだ。生死がかかっているのだ。この愚劣な報道は有害ですらある。

 もう一度言う。クライシスに市民のために役立たない報道など、何の存在価値があるのだ。