前回の『
AKB48はビジョナリーカンパニーになれるか?!』の補足みたいな感じで小話。
これは論者によって基準が変わるから一概には言えないのだが、一度瀕死状態になった企業がその後不死鳥のごとく復活した例というのは少ない。
(ここでの「復活」とは短期的な「あたり」ではなく、持続的な成長力や収益力を取り戻したという意味。)
多くの場合、復活はない。
だからこそ「復活劇」は注目され、語り継がれ、時に感動を呼ぶ。
(映画やドラマになったりさえする。)
その復活劇の中でも最も有名な話といえば「IBM」の復活劇である。
その立役者はCEOルイス・ガースナーで、前のエントリ『ビジョナリー・カンパニー』に反して彼は雇われCEOであった。
(当Blogの論にバランスを与えるのにもいい話だ。)
今日は、彼の著書
『巨象も踊る』の雑感を書き残しておこうと思う。
(昔違うところで書いた)
この本は「古くて新しい本」だと思う。
私自身多くのことを知っているわけではないが、ビジネスの世界ではトレンドの移り変わりが激しく、数年前のことが大昔のように感じることさえある。
多くの人は、インターネットの時代に電話時代の事を語られても読む気になれないだろう。
だから、たいていビジネス書は10年も経つと陳腐化して、読む価値がほとんどなくなる。
特に成功者と呼ばれる人々が書く「私はこれで成功しました」的な書籍がその代表だ。
偶然的に手にした個別的な成功を一般化しても時代とともに廃れるだけだ。
しかし、中には時代を経ても燦然と輝くものがある。
数学や物理の定理が時代を経ても色褪せないように、ビジネスの世界で見出される普遍的な知見や法則もまた色褪せない。
そういったものはClassics(古典)と分類される。
(いわゆる☆5つというやつだ)
この本もまた、古典の入り口に立つ価値のある書籍であろう。
この本が書かれたのはガースナーがIBMのCEOを退任した2002年。
AMEXのCEOであったガースナーがIBMにやってきた1993年であるから、今から10年前に書かれた「今から20年前から10年前の出来事」なわけだ。
当然ながら、10年前から今(つまり未来)を展望している点には幾つかの見立て違いはある(しかし、10年前に現在の状況を予測できた人などあろうか)。
しかし、その他の多くの点においてガースナーは時代の流れを掴んでいる。
いや、正確に言えば、本文中でガースナーが再三書いているように「IBMが時代の流れを作るのだ」という意思に基づいて「時代の流れを作った」と言うべきだろう。
また、私は、この本を読んで1つの驚きと、1つの納得を感じた。
驚きのほうを先に述べる。
ガースナーはIBMの置かれた状況と、そしてその原因を「イノベーションのジレンマ」として実に正確に理解していたという点だ。
この本を書いた2002年には既にクレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』は出版されていたので、執筆時にその影響を受けていないとは言えない。
後から記憶が再構成された可能性は否定できないだろう。
しかし、少なくてもガースナーがCEOとして振舞った数々の行動が、イノベーションのジレンマと同様の認識に基づいていたことはいえる。
つまり、ガースナーは、クリステンセンよりも早くバリューネットワークによる資源配分プロセスの硬直化の問題に気づいていたことになる。
彼が世界屈指の経営者と言われる由縁であろう。
彼は、これをダーウィンの「適者生存の法則」をもじって「肥満者生存の法則」と言っている。
企業の中では、もっとも肥満したものが生き残ることが少なくなく、資源配分を新しい成長分野や事業に傾けることは経営者の難しい仕事なのである。
納得の方を述べたい。
私にとっての納得は「第3部 企業文化」である。
内容はジェームス・コリンズ著『ビジョナリー・カンパニー』の主張とほぼ同じである。
ガスナーは企業文化こそが最も重要だと述べる。
私は3つの企業で合計25年以上、経営に携わってきた。
それ以前にコンサルタントとして、多数の企業の経営を見てきた。
IBMに来る以前に聞かれればたぶん、企業文化は企業を成り立たせ成功に導く要因の一つだと答えただろう。
ビジョン、戦略、マーケティング、財務など、いくつもある重要な要因の一つだと。
自分が関与してきた企業の文化のうち、良い面と悪い面を挙げていったかもしれない。
(中略)
IBMでの約10年間に、私は企業文化が経営のひとつの側面などではないことを理解するようになった。
ひとつの側面ではなく、経営そのものなのだ。
組織の価値は要するに、それを構成する人々が全体として、どこまで価値を見出せるかで決まる。
(中略)
どんな分野の組織であろうと、これらの正しさがDNAの一部になっていなければ、長期にわたって成功を続けることはできない。
(中略)
これは、国の文化がそうであるように、ほんとうに重要なルールはどこにも書かれていないからだ。
最後に、題名となった『巨象も踊る』について述べたい。
この書籍の最初から最後までを貫く1つのテーマは、題名の通り
『巨象も踊る』だと思う。
おそらく、いまいちピンとこない人が多いのではないかと思うので、原著の題名である
『Who Says Elephants Can't Dance?』を持ち出そう。
『巨象が踊れないなんて誰が言った?』の方がしっくりくる。
ビジネス史やイノベーションについて語る時、必ずといってIBMは登場する。
その役割は巨大で強靭ではあったが、環境の変化に耐えられず絶滅した「恐竜」だ。
ガースナーがCEOになった時も、世間ではIBMを「大きくて動きの遅い巨象」に例えて、主な関心事は巨大なIBMの解体・分社化だった。
彼自身ハーバードのビジネススクールでMBAを取得し、マッキンゼーでのコンサルタント経験があったため「企業の権限分散」に関する効用は熟知していた。
教科書はこう教える。
「小さいものは美しく、大きいものは醜い。小企業は俊敏で、企業化精神に富み、反応が早く効率的だ。ひるがえって大企業は鈍重で、官僚的で、反応が鈍く、効率が低い。」これが常識だと。
彼はこれを
「まったくの戯言だ。」
と言って切って捨てる。
ガースナーが何度も繰り返した言葉が
「インテグレーション(統合)」と
「サービス」の2つであった。
象がアリより強いかどうかの問題ではない。
その象がうまく踊れるかどうかの問題である。
見事なステップを踏んで踊れるのであれば、アリはダンス・フロアから逃げ出すしかない。
AKB48は見事なステップを踏んで踊れるだろうか。