進化する魂

フリートーク
AKB48が中心。
気の赴くままに妄想をフル活用して語ります。

カリスマ信仰の虚構 ~世界を変える静かなる人の力~

2013-10-26 13:18:27 | AKB48_オピニオン
人をやる気にさせることなどできない
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/e75057175a59763a45dbc3054a562ff7

単なる愚痴
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/4ed8e017364789136553dd2363f71654


の流れで看過できず。


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組織が成長している時には、何が本質的な成長要因なのかが分析されることはあまりない。

なぜなら、成長要因がわからなくとも、今現在成長することができているからだ。

浅慮による的を外した要因分析であったとしても、結果がその要因を正当化してくれる。

分析結果が間違っていても、気づくことは恐ろしく難しい。

それよりも、眼前にある成長機会を十二分に活かすにはどうすればよいか、ということに全力をかけることになるだろう。


だが、組織の成長力が鈍化すると、今後の成長力を獲得するために、「何が成長要因だったのか?」という議論が組織の中を駆け巡る。

たいてい「うまくいっていた時にやっていたこと」が成長要因だとされる。

「あの時うまくいっていたのはアレをやっていたからで、今ダメなのはアレをやっていないからだ!」

その発想自体は、正しいかもしれないし間違っているかもしれないが、少なくとも浅慮であることは間違いない。



AKB48佐々木優佳里「最近毎日自分に"悔しい"」(AKB48まとめんばー)
http://akb48matome.com/archives/51900300.html


これはAKB48に限った話ではないが、最近では人材育成に関して誤った発想が蔓延っている。

どの世界でも、理想的な人物像を聞くと、だいたいこんな回答が返ってくる。

「主体性があって~」

そう、どの世界でも主体性が大事だと言われる。

主体性を持って能動的に動き、まわりを巻き込んで大きな活動を!


笑顔で!アクティブに!自己表現を!


大きな声で叫ばれるこの言葉によって、世界中の人々は意図せざる結果を招き入れている。

ここで明確にしておこう。

この考えは必ずしも正しくはない。

いや、ほとんどの場合において、この考えは間違っている。


なぜ間違っているか?

それは「人それぞれに生まれ持った適性がある」という単純な事実に基づいている。

人は生まれながらにして平等だという人権主義の考えや、ナチスの優生学などの影響で、人の性格が先天的な要因により影響を受けるという発想は社会的に受け入れ難い。

だが、実験によって、生理的な性質の違いが人格形成に大きな影響を与えることが確かめられている。





赤ちゃんの時に外部の刺激に高反応を示す子供は、大きくなると内向的になる。

逆に、赤ちゃんの時に刺激に低反応を示す子供は、外向的になる。

理由は単純で、外部からの刺激に敏感だと、外部から入力される情報を綿密に構造化し、時間をかけて深く内面化する必要性があり、その姿勢は「内向的」にならざるを得ない。

映画やドラマ、小説などにおける理想的なリーダー像は、カリスマ的で人間離れしているが、実際の卓越したリーダーは物静かで謙虚で思慮深い内向的な人々ばかりである。

また、ニュートン、アインシュタインなど科学技術的な発展をもたらすのは決まって内向型人間と決まっている。

にも関わらず、なぜ外交的な人間がリーダー像として支配的になったのか。

スーザン・ケインは、近代化の中で「セールスマン」という種類の人材が必要とされたことが大きいとする。
(しかし、成績がよいセールスマンが外交的とは限らない。)

また、マスメディアにおけるエンターテイメントの様式にも大きな影響を受けているだろう。

つまり、「外向性」信仰は文化的に生みこまれたもので、実態とはかけ離れている、ということだ。

このカリスマ幻想は集団浅慮の原因にもなっている。

会議の中で、声の大きな人物の意見が優先されてしまい誤った判断をしてしまう、といったことが社会全体に大きな弊害をおよぼしている。

調査研究によると、開拓民を先祖に持つ外交的な人間の集まりとされるアメリカにおいてさえ、1/3は内向型なのだという。



エンターテイメントだからといって目立つことが至上命題になるとは限らない。

いや、むしろそうではない可能性を十二分に見せ付けたのがAKB48だろう。

創業メンバーのカリスマ性ばかりが注目され、後輩は先輩に絡み、自己主張することが全面的に善いことだとされる。

しかし、人と人とを結びつける静かな力が、さらにそれぞれの人が持つ静かな力を引き出して、繋ぎ、さらに大きな力に変えていく、それがAKB48のメンバーやスタッフ、そしてファンによる人的ネットワークの強さではなかったか。

誤ったカリスマ信仰によるリーダー幻想を破棄して、新しい時代を拓いていくことを考えるべき時ではないだろうか。


次期48Gのリーダーとして最も適任なのは?
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/f8f00404313ef9bbdb0e51d13a51dbc6

松村おめ! 小さくても大きな一歩

2013-10-20 19:26:56 | AKB48_軽ネタ
SKE48松村香織『マツムラブ!』発売イベントまとめ「マツムラブ!1000枚完売しました本当にありがとうございました!」
http://ske48encra.doorblog.jp/archives/33300243.html





松村おめ!

そして関係者の皆様もおめ!

小さくても大きな一歩だと思います。

これからが大事ですが、いい流れを創ってください。


「松村の予算1万円」の意味
http://blog.goo.ne.jp/advanced_future/e/565605718d4cbe1744ed328ee1d74e32

最近AKB48についてブログを更新していない件について。

2013-10-08 01:24:58 | AKB48_心の叫び
ご無沙汰しております。

最近AKB48についてブログを更新していない件について、ここで考えを述べておこうと思います。

(たいした話ではないですが、更新がなくて何事かと思われると困るので。)



私は、「AKB48に語るだけの価値がない」とは考えていません。

そもそも「AKB48に語るだけの価値がある」というのは、「AKB48に価値がある」のではなく、「AKB48を語ることによって生まれる価値がある」という意味の言葉です。

ですので、語ることによって価値を生みだすことができるか否かが、語るだけの価値があるのかの判断基準になるわけですが、しかし、「価値」というのは、不確定性原理のように事前には不確定なものです。

何かを確かめようとするとき、はじめて価値は確定的になります。

ただ、価値判断を伴うモノゴトには何となく「型」というものがあって、モノゴトの中身はよく理解できなくても、その型に照らし合わせて、マクロでの方向性はそれとなくわかるものです。

本質的な問題が何かを見極めようとすることによって、過程はどうあれ行き着く先のイメージは持つことができるということです。

「筋の良し悪し」という言葉はよく使われる表現です。

だから、いつも私は、AKB48を見て、私の頭の中にある型に当てはめ、今後どういう価値が生み出されるのか思索するわけですが、最近はAKB48を見ていてもよくわからないことが増えてきました。

これまでは、何かがある度に、それが意図したか意図せざるかに関わらず、将来的な方向性はそれとなく見えていたつもりですが(それもつもりでしかないが)、最近は私の理解の範疇を超えていることが多くなりました。

「AKB48に語るだけの価値がない」のではなく、私が価値を語ることができなくなってきたということです。

こういう時、往々にしてよく行われるのが、自分が理解できるような形に現実を捻じ曲げるという行為です。

これは必ずしも悪いことではありません。

人間が生きていくために、論理の単純化や矛盾を1つ上の次元で統合するといったことは重要な知恵です。

が、時として経験や知恵は邪魔になるものです。

過去の成功体験が新しい成功の芽を潰すこともあるからです。

よって、「AKB48に語るだけの価値がある」と考える人々によって、今後もAKB48は語られるべきだと思うし、私はダグラス・マッカーサーの有名な言葉「老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die; they just fade away.)」に倣って、しばらくの間充電期間をもって、私自身が成長して新たな価値を見出すことが出来るようになったら、また語りたいと思います。



誤解されたくないのは、上記で述べているのは、AKB48に関する話題を扱わないという意味ではなく、これまでのように偉そうに意見するのは当分の間、控えるということです。

(この間、知人の知り合いの若者に「乃木坂46を売るにはどうすればよいか?」という相談をされたりして、こういう話はやはり面白いなぁと感じているので、ライトな会話なら余裕さえあればしていこうかと。)

コメント欄については自由闊達な議論に使って頂ければと思いますが、荒れないようにはしていきますので、よろしくお願いいたします。



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【追記】

様々なコメントを頂きながらも、コメント欄を放置して申し訳ないのですが、ここでものすごく簡単ではありますが、考えを述べておきたいと思います。

私は、どのコメントにも一理あると思います。

主張の部分を見れば、論理的な整合性や正当性といったところで調整が必要になる内容も多々あるかもしれませんが、どのコメントにも傾聴に値する理が込められているなと感じています。

主張の本質だけを見ていくと、頂いたコメントの多くには重要な意味が込められていると思います。


何が言いたいかというと、今行われているのは不完全な議論かもしれませんが、その背景にある思想の多様性と強靭さ、これがAKB48世論の強さである、ということです。

正しさが何か?という点についての混乱が憂うべき状態なのでなしに、この多様な立場に基づく思考をAKB48という名の下に統合できずにいる現状こそが憂うべき状態である、ということです。

運営には、是非1つ上のメタ次元でよく考えてもらいたい

ってもう偉そうに発言してるじゃないかって言われそうですね。

まぁ・・AKB48に限った課題ではないのですが。