本エントリは、最近、当Blogで展開しているAKB48シリーズの1つであり、他エントリと関連があります。
合わせてお読みいただければ幸いです。
AKB48シリーズ
AKB48『Everydayカチューシャ』の出荷予定枚数が驚愕の200万枚
AKB48『Everyday カチューシャ』のPVを視聴してみた
AKB48総選挙におけるビック・プレーヤの存在について考えてみる
「育てるアイドル」とアイドルの株式会社化
AKB48「マジすか学園2」を見てみた。
AKB48「マジすか学園」を見て思った。「もしドラ」の次は「もしビジョ」でどうでしょう
AKB48のCD売り上げ枚数については、初動枚数と総売り上げ枚数との間に差がないことでも有名ですが(= 最大瞬間風速が初週に来て即おさまる)、その初動売り上げ枚数がミスチルを抜いて1位になったそうです。
このCD売り上げ不況の中、脅威の数字ですね。
AKB48がミスチルを抜き歴代シングル初動ランキング1位に(痛いニュース)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1628789.html
歴代シングル初動ランキング TOP10
初動 累計
1,254,354 ********* Everyday,カチューシャ / AKB48
01 1,208,230 2,308,790 名もなき詩 / Mr.Children
02 1,067,510 1,784,050 Addicted To You / 宇多田ヒカル
03 1,025,740 2,918,220 だんご3兄弟 / 速水けんたろう、茂森あゆみ、ひまわりキッズ、だんご合唱団
04 955,780 1,642,530 Winter,again / GLAY
05 951,140 1,862,050 LOVE PHANTOM / B'z
06 942,479 1,073,852 桜の木になろう / AKB48
07 924,780 2,895,060 君がいるだけで / 愛してる / 米米CLUB
08 841,280 1,625,520 誘惑 / GLAY
09 828,480 2,296,200 CAN YOU CELEBRATE? / 安室奈美恵
10 826,989 1,030,136 Beginner / AKB48
そんな中、AKB48がオリコンのランキングを無意味にしてしまったと批判がなされています。
「CDは終わった。」
「オリコン・ランキングは無意味になった。」
「邦楽は終わった。」
どうしてもっとマシな批判ができないのか。
批判に反論したいのではなく、批判の仕方が間違っており、全く批判になっていないので、当Blogでいちいち取り上げてみます。
着眼点が間違っているのです。
まず、「CDは終わった。」について。
「CDによる音楽販売」は、もうとっくの昔にピークアウトしており、AKB48によって終わったということはありません。
次に「オリコン・ランキングは無意味になった。」について。
オリコン・ランキングの意味なんてものはCDが売れなくなった時に既に終わっているのです。
そもそも、なぜオリコン・ランキングなるものが重宝されてきたのか。
それは、CDを一人一枚購入する時代には、各楽曲が大衆的にどれだけ聴かれているか、支持されているかを表すのに、オリコン・ランキングが最も適した指標であったというに過ぎないわけです。
例えば、その時代にも、オリコン・ランキングの他に有線ランキングも共存していました。
有線はリスナーからのリクエストを集計しているので、皆(有線ユーザー)が今聴きたいと思っている曲を把握することができたからです。
ただ、有線がカバーしている領域が、オリコン・ランキングよりも小さかったため、オリコン・ランキングが一般的に使われただけのことです。
他にも「心に残る名曲ランキング」などという形で、TVやラジオの各番組が独自のランキングを作っていたではないですか。
今では「ダウンロード・ランキング」もよく使われるようになってきています。
その方が、その楽曲がどれだけ聴かれ、どれだけ支持されているかを炙り出すのに適しているからです。
つまり、元の意味からすれば、CDが売れなくなった時に、ダウンロード方式の楽曲販売が普及して一人一枚の時代でなくなった時に、これまでのオリコン・ランキングの役割は終わったのです。
むしろ、AKB48は、既に終わっていたオリコン・ランキングに、これまでとは違う命(意味)を吹き込んだのです。
まず、これまでのオリコン・ランキングの意味に終わりを告げたのです。
引導を渡す役割をしたのです。(現実を突きつけてやったんです。)
その上で、まさに「これをイノベーションと呼ばずになんと呼ぶ?」ということなのだが、終わったはずのCD販売というレガシーを、投票権や握手権と新結合させることによって、新しいビジネスモデルを構築した。
先週『AKB48『Everydayカチューシャ』の出荷予定枚数が驚愕の200万枚』でも説明したが、もはや「CD = 楽曲」の時代ではなくなったのだ。
いや、AKB48がその定義を変えたのである。
CD販売はAKBエコシステムの1つのパーツでしかないのである。
この意味を理解できない人たちは、今グローバル・ビジネスの中で日本企業が斜陽にかかっている原因を理解できない人たちである。
能力や技術の問題なのではない、ビジネスモデルの問題なのだ。
パラダイム・シフトが起きている時に、昔のパラダイムに捕われたまま物事を語ることほど空しいものはない。
そのコンセプトが、より上位のコンセプトによって支配されていることに気づけないと、そこでの努力は、そのほとんどが効果を上げずに無きものにされてしまう。
オリコンさんもよかったのではないですか。
全く見向きもされなくなったランキングに再度脚光を浴びたのですから。
にも関わらず、昔の認識を引きずったまま(古い頭のままで)AKBを批判するなどということこそ、時代遅れ。
ノスタルジーを抱きしめて黄昏の日本と心中したい人たちなのでしょう。
そして、最後「邦楽は終わった。」という人たちへ。
こういう人たちは、きっと音楽を聴かない人たちなのだから、性質が悪い。
もっと考えてから批判した方が身のためです。
批判していて、虚しいと思いませんか。
私はこう思います。
「邦楽は終わってはいないし、これからも終わらないだろう。」
人類が言葉を持つ前から音楽はずっとあるし、これからも我々とともにある。
私はそう確信している。
【追記】
コメント欄に書いたことですが、売り出し中の頃にはオリコンランキングの上位に入ることに意味がありましたが、今となってはAKBにとって何の意味もないでしょう。
1位とったところで何の広告にもなりませんから。
「ランキングに入るためにえげつない商法を使っている」といってAKB批判するのは間違った認識だと思います。
思考実験すればすぐわかりますよ。
AKBの販売実績をオリコンランキングから外してもらってもAKBは別に困らないと思います。
困るのはオリコンさんの方でしょう。
何度も言うように、CDの販売実績に依存しているランキングシステムで、楽曲の良さや支持をはかることなどもはやできない時代になったということです。
合わせてお読みいただければ幸いです。
AKB48シリーズ
AKB48『Everydayカチューシャ』の出荷予定枚数が驚愕の200万枚
AKB48『Everyday カチューシャ』のPVを視聴してみた
AKB48総選挙におけるビック・プレーヤの存在について考えてみる
「育てるアイドル」とアイドルの株式会社化
AKB48「マジすか学園2」を見てみた。
AKB48「マジすか学園」を見て思った。「もしドラ」の次は「もしビジョ」でどうでしょう
AKB48のCD売り上げ枚数については、初動枚数と総売り上げ枚数との間に差がないことでも有名ですが(= 最大瞬間風速が初週に来て即おさまる)、その初動売り上げ枚数がミスチルを抜いて1位になったそうです。
このCD売り上げ不況の中、脅威の数字ですね。
AKB48がミスチルを抜き歴代シングル初動ランキング1位に(痛いニュース)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1628789.html
歴代シングル初動ランキング TOP10
初動 累計
1,254,354 ********* Everyday,カチューシャ / AKB48
01 1,208,230 2,308,790 名もなき詩 / Mr.Children
02 1,067,510 1,784,050 Addicted To You / 宇多田ヒカル
03 1,025,740 2,918,220 だんご3兄弟 / 速水けんたろう、茂森あゆみ、ひまわりキッズ、だんご合唱団
04 955,780 1,642,530 Winter,again / GLAY
05 951,140 1,862,050 LOVE PHANTOM / B'z
06 942,479 1,073,852 桜の木になろう / AKB48
07 924,780 2,895,060 君がいるだけで / 愛してる / 米米CLUB
08 841,280 1,625,520 誘惑 / GLAY
09 828,480 2,296,200 CAN YOU CELEBRATE? / 安室奈美恵
10 826,989 1,030,136 Beginner / AKB48
そんな中、AKB48がオリコンのランキングを無意味にしてしまったと批判がなされています。
「CDは終わった。」
「オリコン・ランキングは無意味になった。」
「邦楽は終わった。」
どうしてもっとマシな批判ができないのか。
批判に反論したいのではなく、批判の仕方が間違っており、全く批判になっていないので、当Blogでいちいち取り上げてみます。
着眼点が間違っているのです。
まず、「CDは終わった。」について。
「CDによる音楽販売」は、もうとっくの昔にピークアウトしており、AKB48によって終わったということはありません。
次に「オリコン・ランキングは無意味になった。」について。
オリコン・ランキングの意味なんてものはCDが売れなくなった時に既に終わっているのです。
そもそも、なぜオリコン・ランキングなるものが重宝されてきたのか。
それは、CDを一人一枚購入する時代には、各楽曲が大衆的にどれだけ聴かれているか、支持されているかを表すのに、オリコン・ランキングが最も適した指標であったというに過ぎないわけです。
例えば、その時代にも、オリコン・ランキングの他に有線ランキングも共存していました。
有線はリスナーからのリクエストを集計しているので、皆(有線ユーザー)が今聴きたいと思っている曲を把握することができたからです。
ただ、有線がカバーしている領域が、オリコン・ランキングよりも小さかったため、オリコン・ランキングが一般的に使われただけのことです。
他にも「心に残る名曲ランキング」などという形で、TVやラジオの各番組が独自のランキングを作っていたではないですか。
今では「ダウンロード・ランキング」もよく使われるようになってきています。
その方が、その楽曲がどれだけ聴かれ、どれだけ支持されているかを炙り出すのに適しているからです。
つまり、元の意味からすれば、CDが売れなくなった時に、ダウンロード方式の楽曲販売が普及して一人一枚の時代でなくなった時に、これまでのオリコン・ランキングの役割は終わったのです。
むしろ、AKB48は、既に終わっていたオリコン・ランキングに、これまでとは違う命(意味)を吹き込んだのです。
まず、これまでのオリコン・ランキングの意味に終わりを告げたのです。
引導を渡す役割をしたのです。(現実を突きつけてやったんです。)
その上で、まさに「これをイノベーションと呼ばずになんと呼ぶ?」ということなのだが、終わったはずのCD販売というレガシーを、投票権や握手権と新結合させることによって、新しいビジネスモデルを構築した。
先週『AKB48『Everydayカチューシャ』の出荷予定枚数が驚愕の200万枚』でも説明したが、もはや「CD = 楽曲」の時代ではなくなったのだ。
いや、AKB48がその定義を変えたのである。
CD販売はAKBエコシステムの1つのパーツでしかないのである。
この意味を理解できない人たちは、今グローバル・ビジネスの中で日本企業が斜陽にかかっている原因を理解できない人たちである。
能力や技術の問題なのではない、ビジネスモデルの問題なのだ。
パラダイム・シフトが起きている時に、昔のパラダイムに捕われたまま物事を語ることほど空しいものはない。
そのコンセプトが、より上位のコンセプトによって支配されていることに気づけないと、そこでの努力は、そのほとんどが効果を上げずに無きものにされてしまう。
オリコンさんもよかったのではないですか。
全く見向きもされなくなったランキングに再度脚光を浴びたのですから。
にも関わらず、昔の認識を引きずったまま(古い頭のままで)AKBを批判するなどということこそ、時代遅れ。
ノスタルジーを抱きしめて黄昏の日本と心中したい人たちなのでしょう。
そして、最後「邦楽は終わった。」という人たちへ。
こういう人たちは、きっと音楽を聴かない人たちなのだから、性質が悪い。
もっと考えてから批判した方が身のためです。
批判していて、虚しいと思いませんか。
私はこう思います。
「邦楽は終わってはいないし、これからも終わらないだろう。」
人類が言葉を持つ前から音楽はずっとあるし、これからも我々とともにある。
私はそう確信している。
【追記】
コメント欄に書いたことですが、売り出し中の頃にはオリコンランキングの上位に入ることに意味がありましたが、今となってはAKBにとって何の意味もないでしょう。
1位とったところで何の広告にもなりませんから。
「ランキングに入るためにえげつない商法を使っている」といってAKB批判するのは間違った認識だと思います。
思考実験すればすぐわかりますよ。
AKBの販売実績をオリコンランキングから外してもらってもAKBは別に困らないと思います。
困るのはオリコンさんの方でしょう。
何度も言うように、CDの販売実績に依存しているランキングシステムで、楽曲の良さや支持をはかることなどもはやできない時代になったということです。
今回はもっと別の部分が批判されていると思いますけど、違うでしょうか?
出来ればそちらに対する解説もお願いします。
大量購入者は転売屋説もあるとの事です。
また総数がかなり上がっているので、ランキングにどれ位の影響を与えるかは不明ですね。
過熱気味なのは人身なので仕方ないかと。
マスコミの批判が中途半端なのは確かです。
コメントありがとうございます。
他のエントリもお読み頂いたようで嬉しいです。
趣味的に片手間でやっている評論ゆえに調査や考察に不足が多かろうと自己認識しておりまして、欠けている視点などにお気づきでしたら、ご指摘いただければ助かります。
今後のためにフィードバックさせて頂きます。
また、文章で語るにも文才が無さ過ぎて表現できていない部分も多かろうと思いまして、伝わらない意図も多々あるのではないかと、いつもエントリをリリースする毎に心配しております。
とりあえず、最近語ったエントリへのリンクを本エントリの文頭に貼り付ける対応をさせていただきました。
なるほど。投票権の転売説ですか。
エントリでは触れておりませんが、そういう転売を無意味にするために、出荷枚数を積み上げる施策が有効ではないかと思います。
ただ、その分、過剰供給によるコスト高のリスクを背負うわけですので、そう考えるとやはり出荷枚数を積み上げるのは供給側の誠実な対応と言えると思います。
これは他のエントリで触れている内容なのですが、大量購入者というビックプレーヤが総選挙の機能を落とす可能性があります。(総選挙の目的次第なのですが)
これに対する方策としては大きく3つあると考えています。
・「大数の法則」が働くほど総投票数を増やす。(つまりビックプレーヤを無意味化する)
これは現状を鑑みるに、難しいと考えています。
投票者の数が一桁足りないと思います。
・総選挙の意味合いを変える。(何のランキングか主旨を変える)
これは他のエントリでも説明したように、登竜門的位置づけにするのがよいと私は思います。
・投票行動に何らかの制約を与える。(ビックプレーヤをつぶす)
明日あたり書こうと思っていたネタなのですが、総選挙を年に2回もしくは3回にすると、ビックプレーヤをつぶす(言葉が悪いですが・・)ことができると思います。
ビックプレーヤのインセンティブを無くさせることができると考えています。
有意義なコメントありがとうございました。
AKB商法がまともでないことは紛れもない事実。
AKBに対する批判は正当。
なぜなら、CDが売れない時代にさらにその価値を貶めたから。
中でも、『AKBがその価値を変えた』には聞いて呆れる。
第一に何があったとしても、あのオマケ欲しさに大量に不要なCDを買う浅ましいファン。
第二の、それを付け目に商売をする売り手。
これが批判されずに済むわけがなかろう。
このCDをないがしろにする行為には何の言い訳もできるわけがない。
なぜなら、本当にそのオマケに価値があるのなら、その投票権や写真を単体で売れば良い。
わざわざ、そこでランキングを稼ぎたいためにCDに入れることがどんなに愚かなことか。
どれだけ音楽をバカにしているか。
確かにCDの売れ行きが指標として役に立たなくなったのは事実だ。
しかし、上記のAKB商法の浅ましい最低の罪に対して言い訳ができるならしてみるがよい!!
コメントありがとうございます。
おっしゃりたいことは理解できるのですが、何故Unknownさんがそう思われるのか、もう少し説明が必要だと思います。
>第一に何があったとしても、あのオマケ欲しさに大量に不要なCDを買う浅ましいファン。
指摘が間違っております。
「オマケ」ではありません。
当Blogのエントリで説明しておりますように、「楽曲=CD」ではありません。
楽曲はCDパッケージの最低要件ではありますが、イコールでならなければならない理由はどこにもございません。
よって「不要なCD」ではありません。
不要なのはCDというハードであって、ファンが求めているのは投票権というソフトです。
AKBファンを浅ましいと思うのは「CDの定義」に関する根本的認識の違いゆえだと思います。
CD=楽曲ではないという点についてご意見頂けると助かります。
>第二の、それを付け目に商売をする売り手。
多くの方が勘違いされていると思います。
この点について、新しいエントリを書きましたのでお読み頂けると幸いです。
>このCDをないがしろにする行為には何の言い訳もできるわけがない。
「CDをないがしろにする行為」とおっしゃっておりますが、その理由について私は知りたいと思っています。
なぜ、どの行為が、CDをないがしろにしているのでしょうか。
その根拠は何でしょうか。
私の認識では、ネットダウンロードの時代において、CDは既に多くの人々にないがしろにされております。
多くのCDショップが閉店している現状が、それを物語っているではありませんか。
>なぜなら、本当にそのオマケに価値があるのなら、その投票権や写真を単体で売れば良い。
>わざわざ、そこでランキングを稼ぎたいためにCDに入れることがどんなに愚かなことか。
>どれだけ音楽をバカにしているか。
上記の点につきましても、新しいエントリをぜひお読みください。
コメントありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。
==============
私自身、総選挙で投票した経験のない身ですから、AKB総選挙について何を語っても説得力がないかもしれません。
しかし、私はAKB商法を批判している人たちの理由を知りたいと思っています。
何ゆえ批判されなければならないか、という点です。
我こそは語れるという方から、是非コメント頂ければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
自らの愚かさ
自らの過ち
手の上で踊るゼンマイ仕掛けの哀れな人形
可哀想
可哀想
カワイソウ
貴方は拒む
自ら誤った道に進み
ネジは止まる
戻れぬ行き止まりで
クルクルクルクル踊ります
操り人形
ゼンマイ人形
私も参入します♪
たしかにAKB批判のほとんどは情緒的な反応だと思いますよ。
しかしそういう批判が噴出する背景にはAKBの急進的な拡大路線への違和感もあるような気がします。
ソフトバンクの禿げが批判されるのと同じ理由では?
エンタメビジネスはこのへんの心的印象も大事だろうから長期的に見てマイナス要素になって響いてこないだろうか。
advancedさんもビジネスモデルのサステイナビリティを指摘してますが、この点についてどう考えますか?
コメントありがとうございます。
おっしゃりたいのは、特定の誰かの利益のために多くの人たちが利用されているということだと思いますが、私はそれは誤解もあるのではないかと考えています。
(別に「もしドラ」にかけているわけではないですが)
まず、ドラッカーも言うようにビジネスには健全な利益が必要です。
利益なくして事業の評価も継続も展開もありません。
松下幸之助ですら利益は公益を果たすためにも必要と主張しております。
もちろん「適正な利益とは何か」という議論は別途可能です。
でも、アップルやグーグルに対して稼ぎ過ぎと指摘する人いますか?
マイクロソフトは結構叩かれてはいるものの、脅威の利益率ですよ?
ビルゲイツは金持ちだし、
秋元プロデューサーの懐が暖まるとか、電通悪玉説だとか言われていますけれども、それって駄目なことなのでしょうか。
メンバーは自分達の自己実現の場を求めているわけだし、ビジネスサイドはその場を提供しながら利益を上げるわけです。
メンバー、ビジネスサイド、ファンというこの黄金の三角形がWin-Winの関係にあるならいいわけです。
一方、AKB48の利益はそれほど大きいものなのでしょうか?
(単独決算しているわけでないので実態はわかりませんが)
そもそも日本のエンタメビジネスの規模は小さくて、アイドルビジネス市場なんて500億円程度だといわれています。
風俗業界の市場規模は5兆円(100倍)ですよ。
(結婚関連業界ですら2兆5千億程度)
本当にズル賢い人ならこんな小さな業界でビジネスなんてしないでしょう。
夢や自己実現のためにやるんです。
おそらく、AKBファンを新興宗教にはまる哀れな若者のように捉えている人が多いのではないかと思います。
秋元氏や電通に騙されている哀れなマリオネットのように見えているのではないかと。
それは完全に誤りです。
壁の外にいて、マスメディア拡声器で聴かされる言葉を信じて壁の内にいるファンを批判している状態ですよ。
冷静に考えて見ましょう。
誰が得をして、誰が損をしているのか。
もしファンがマリオネットだというなら、損をしている人がいるわけですよね。
それは誰なのでしょうか?
ファンが損をしておりますか。
間違いなく言えることは、騙されているわけではないということです。
マインドコントロールされているわけでもない。
つまり、自己の意思で資金を投じている。
(私自身がファンなのかは微妙なところだと思いますが)
AKBが批判されるなら水商売だってギャンブルだって、セレブサービスだって、お茶の家元なんかまさにって感じで批判されてしかるべきなのです。
そういう意味では年金や国家もね・・。
言い出したらキリがないので辞めますが。
まぁちょっと落ち着いて考えると、操られたい気持ちもあったりしますね個人的に。
気持ちよく操ってくれるなら、操って欲しい。
夜中だと頭が回らない・・
貴方は言いました
それは音楽ではないと
世界は言います
オリコンは音楽であると
ならばそれは盾と鉾
ならば順位はつけられまい
認められるは中のブツで
音楽それとは関係ない
私は言います
盾と鉾
食い違います
貴方の主張
世界は溢れているのです
美しき歌
心うく歌
それを聞くと
涙がでるほど
感動できるとてもいい歌
順位は歌の心表し
真に認められる歌こそ
上位の歌
しかし違う
世界はまるで
理性捨てたる犬の様
本能だけで動きます
欲望のみに動きます
肉を貪るその牙が
世界を裂いてまいります
再コメントありがとうございます。
なるほど。
おっしゃりたいことはわかります。
ただ、当Blogでは、繰り返し述べているように、オリコンランキングの意味は既に低下しているため、楽曲の素晴らしさを示す指標には成り得ないと思います。
本文中にありますように、CDを一人一枚購入する時代に、各楽曲が大衆的にどれだけ聴かれているか、支持されているかを表すのに、当時オリコン・ランキングが最も適した指標であったというに過ぎないと考えます。
もちろん、社会的な影響力とは別に、個人としてオリコンランキングに意味があるかないかを決めるのは価値観の問題でありますので、それは通りすがりさんの自由です。
ただ、私は既にランキングに過去ほどの意味は無いと主張しているわけです。
通りすがりさんが、自説を一般化して主張されるのであれば、ランキングに今でも社会的価値があることを説明しなければならないと思います。
ちなみに、AKB48にとっても、既にオリコンランキングで上位を占めることは、ほとんど意味が無いことです。
今でも1位に価値があるのは、売り出し時期だけであり、ブレークした後にはほとんど意味がありません。
CDが売れてしまえば自動的に1位になってしまうから、1位なだけです。
AKB48にとって1位は既に意味が無いのです。
よく考えてみてください。
AKB48にオリコンランキングが汚されたのではありません。
オリコンランキングの表現能力がCDの販売実績に依存しているため、楽曲の何かをあらわす指標には成り得ないようになっているのです。
どうでしょうか。
よろしくお願いいたします。