オーディオ再開!レコードで音楽を楽しもう

オーディオ、シアター、ゴルフ、etcみんな中途半端な趣味だった、もう一度このブログと共にオーディオを再開!

オーディオは原体験が全て

2024年05月22日 11時19分56秒 | オーディオ


キャンピングカーで旅していて「日本の原風景」

と看板があったので寄り道してみました

 

新潟の星峠の棚田の写真です、もう数日後だったらもっといい写真が撮れたかもしれませんが

 

 

なるほど、日本の原風景ね~

 

確かに今はきちんと整地された四角い田んぼも、俺が子供の頃はこんなふうだったな~

 

 

と眺めていましあが、近くに同年代の方もいて同じように感じたのか、子供や孫にその頃の事を語っていたが

 

子供や、孫たちの反応は「へ~そうだったんだ、和だったんだね」

そんな気のない返事で、早く次へ行こうと話していたようだった

 

 

なるほど、日本の原風景、と言って昔を懐かしんでこの風景を眺めるのは、

我々昭和の世代だけなのかもしれない

 

平成世代、令和世代の日本の原風景はまた違うのかもしれないですね

 

 



原体験とは、心の底に刻まれた思い出なのでしょうか

 

心に刻まれるには、やはり何か心動かされた「感動が」あったからかもしれません

 

 

そう、心が動く感動があると「原体験」として心に刻まれ思い出に残るのかもしれません

嫌な事は忘れて、良い思い出の「原体験」を残したいものです(笑)

 

 

 

オーディオの話になりますが、

ちょっと大げさですが、オーディオは原体験が全てだと思っています

 

 

私がオーディオにのめり込んだのは、中二で連れて行って頂いた「オーディオフェア」で

JBL L200Bのサウンドを聴いたのがオーディオ原体験です

 

小学生の頃、叔父からセパレートステレオを頂き、FMを録音するために

中一で新聞配達をして、SONYを辞めた同級生の父親の店でカセットデンスケを購入、

その、同級生の父親が連れて行ってくれたのが、そのオーディオフェアでした

 

愛読書「レコパル」でしか見た事のない数多くの日本製のスピーカーやアンプが並ぶ姿は壮観で感激しました

すげ~、とか言ってその製品の姿を眺めていましたが、とあるブースの裏の荷物と一緒にあったような一角

派手なブーストのすぐ隣の、ちょっと古臭いイメージのスピーカー(カッコいいとは思いませんでした)

 

そのスピーカーが奏でる音のリアルな事、驚きました

他のブースとは根本的に何かが違う

 

私:店員さんに、なんでこれはこんなに音が違うんですか?

店員:これは世界一のJBLのスピーカーなんだよ

私:JBLかすげー

 

もう私のオーディオはJBL一筋でした(笑)

デンスケのローンが終わると、直ぐに憧れのJBLをローンを組んで購入することに

 

JBLは高い~、とても新聞配達では買えない、大人になるまで新聞配達をする気がした(笑)

何とか手が出たのはLE8Tのユニットのみ、それでも一年半ぐらいのローンだったと思う

SONYの店では扱っていないが、取り寄せてもらえることになった

 
叔父さんに頂いたセパレートステレオの、げんこつユニットを取り出し
LE8Tを無理やり押し込んで、JBLとオーディオをスタートしたのが
 
 
 
そんな訳でオーディオ原体験はJBLのL200Bとの出会いだった
 
その後リアルな歌声に驚いた4310との出会いがあって、




購入することは出来なかったが、あれがJBL 43シリーズの原体験となった気がする
 
 
 
「多感期に感銘を受けた音」、これがオーディオを続けるにあたって絶対に必要だと思っています
 
 
 
憧れのJBLは様々なLシリーズ、4343等々を使ってきました
 



その後、B&W801Fやシルバーシグネチア、アポジーカリパー、マーチンローガンCLS等々
 
様々なスピーカーを使ってきましたが、何故か友達からは
 
お前のアポジーはJBLみたいな押し出しするね
お前のCLSはまるでJBLモニターサウンドみたいだね
 
と言われてきました、


結局何を使っても原体験のJBLサウンドの延長で鳴らしていた気がします
 
 
原体験は大切ですね
 
 
 
原体験のJBL L200BはまだALTEC臭が漂うJBLだったので
 
 
ALTECにも素直に入って行けました、A7、A5、815システムと進みました
 
アンプもMLAS・クレル・チェロ・その他もろもろのアンプを使いましたが
 
カートリッジはオルトフォンを愛用、トランスは様々なトランを経て
 
最高のべリオン(コッター)を使っていた時、聴いたのが
 
小汚いWE618Bトランス、
 
派手やかな艶やかな、音の色遣いが全く違った、これはまさに音の世界が違った
 
これが「WE原体験」
 
 
ご年配の方は子供の頃映画館で聴いた「WEサウンド」が原体験の方もいるでしょうが
 
我々の世代は、映画館ではほとんど残っていなかったそうです
(裏情報では日活ロマンポ○○系の映画館では,撤退後もWEが使わていたところがあったそうです、15Aと555でないとリアルなあの声が出ないのが理由だったとか)
 
 
 
その後も多くのWEサウンドに出会いましたが、
ほんとに古臭い位相ずれ、タイムアライメントづれの
音色だけは良いWEサウンドに散々出会いましたが
 
 
これらのサウンドが「WE原体験」が無くてほんとによかったです
 
 
位相ずれのボワーンとしたWEサウンドが「WE原体験」なら、多分WEには入って来なかったと思います
 
キレがあってリアルな歌声、躍動感豊かに色濃く、まさに「原体験JBL」の更に源流のWEサウンド
 
 
それまでのハイエンドと云われるレビンソンやチェロ等のオーディオ機器は、
殆ど処分され
 
 
 
WEとの付き合いの始まり
 
 
でもWEのスピーカーを使っても、WEアンプを使っても、WEワイヤーで配線しても
 
 
 
 
私の奏でるサウンドはJBLモニターサウンドなんです!
 
 

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3 コメント

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Unknown (ベンプレ親父)
2024-05-24 17:31:38
日活の成人映画館でWE15A+WE555が残っていたのは、新型に取り換えるお金がなかったからじゃないかと。
WE15Aシステムはある時期にアルテックのVOTTに取り替えられ、それがシネラマになるとき3ch化されたとか。
成人映画は最後までモノラルでしたし、取り替えるお金もなかったのでそのままだったと聞きました。
WEはリース業で稼いでいたのでしょうが、音響会社が分離された後も旧WEのシステムのリースを引き継いだALTECが最後までリース代を取っていた様には思えませんがどうでしょう。リース止めるから引き取ってくれと言われても困るでしょうし。

今はマニア垂涎のWEですが、一時はゴミとして捨てられていたそうなので、音にこだわって残されていたのではないかもしれません。粗大ゴミに出すのがメンドウだったのかなと。アンプはトランジスタでも何でも音は出ますし。
あと、日活はRCAだったかも。自信ないですが。

私は中学生のころから道玄坂の日活ロマンポルノ封切り館に通っていたので、成人映画の音の話は気になります。
私の少年時代のアイドルは聖子ちゃんや百恵ちゃんではなく、谷ナオミさん、志麻いづみさん、麻吹淳子さんでした。女優さんの出ていたポルノ映画の作品にある一定の偏りがあることは触れないでください。
あと男優さんではたこはちろうさん、久保新二さんのファンでした。久保さんは池袋の駅で見かけたことがあります。谷ナオミさんは熊本のスナックまで追いかけしましたw

今回はクソマジメなコメントをしてしまいました。
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Unknown (8417chiharu)
2024-05-24 19:43:02
なるほど素晴らしい映画原体験ですね〜、
ちなみに日活かどうかは定かでは無いですが、ベンプレ様のお好きなジャンルの映画館で、あたらスピーカーではお客が興奮しないので、古いのを使ったと、宇都宮のA氏から伺った事がありましたが、真相はおっしゃる通りかと^_^

因みに私の映画原体験は「愛と誠」でしたね
^_^

関根恵子や美保純にお世話になったのは随分後でしたね〜
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Unknown (シーラカンス)
2024-05-25 16:23:42
初めましてシーラカンスといいます。
最初に買ったのはYAMAHA NS-10Mでアンプが非力だったのか音量を
あげても何気にうるさいだけでした。
その後、ステサンの個人売買コーナーで1983年ごろJBL 4301を衝動回買い
したところ、はずむ低音、ためが効きつつスピード感あふれるベースライン、ス
ペックは日本製人の足元にも及ばないのにあまりにリアルな音に驚愕しまし
た。

ただ、今はパイオニアのSPでのんびりやっています。
もっともこの機種はJBLを彷彿させる音質なんですよ、なぜか、・・・。
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