「考える力を育てる」
3回目となりますが「人間として一流を目指す」(上甲 晃著 モラロジー研究所発行)より、一部を転載させていただきます。私はセミナー講師をしておりますが、いつも葛藤しています。それはどうしたら、受講されている方が自ら具体的に「動く」お手伝いができたかということです。それは、いい話だったな・・では、意味がないと思うからです。
そんな私がこころ惹かれた一文を紹介させていただきます。
あけみんさんによる写真ACからの写真
松下幸之助らしい人の育て方のエピソードのひとつをご紹介します。
3回目となりますが「人間として一流を目指す」(上甲 晃著 モラロジー研究所発行)より、一部を転載させていただきます。私はセミナー講師をしておりますが、いつも葛藤しています。それはどうしたら、受講されている方が自ら具体的に「動く」お手伝いができたかということです。それは、いい話だったな・・では、意味がないと思うからです。
そんな私がこころ惹かれた一文を紹介させていただきます。
あけみんさんによる写真ACからの写真
松下幸之助らしい人の育て方のエピソードのひとつをご紹介します。
以前、松下幸之助がPHP研究所の社長だったころ、社長秘書をしていたという人から聞いた話です。
ある朝、出勤してきた松下幸之助が秘書に向かって聞きました。
「今度、ハーマン・カーンという人が松下電器へ来るんや。君、ハーマン・カーンという人は、どんな人か知ってるか?」
一応のことを知っていた秘書は、次のように答えたのでしょう。
「ハーマン・カーンというのは、確か、ハドソン研究所というアメリカでも有数のシンクタンクを創設した人で、21世紀の世界をリードするのは日本だと予測した著名な未来学者です」
松下幸之助は、「そうか、分かった」と言いました。秘書はそれで、この件は終わったと思っていました。
ところがあくる日、出勤してきた松下幸之助は、また聞いたのです。
「おはよう。君、今度ハーマン・カーンという人が松下電器に来るけれども、どんな人か知ってるか?」
秘書は、一瞬、”社長、ボケはじめたかな? 年をとると、こういうことが増えてくるな”とでも思ったのではないでしょうか。そこで、最初と同じ答えをしたのです。松下幸之助は、
「そうか、分かった」
とだけ言いました。
3日目です。また、社長からハーマン・カーンについて聞かれたのです。さすがに秘書も答えながら、”おかしいなと思いました。3日も続けて同じことを聞くというのは、ボケているからではなく、”僕は君の答えに満足していないんやで”という意味ではないかと感じてハッとしたというのです。
そこで彼は、その日の午後、自分で図書館に行って、ハーマン・カーンという人がどんな人物なのかを調べ直しました。さらに、ハーマンー・カーンの最新の著書を買ってきて、徹夜で読んで、要約をカセットテープに吹き込みました。彼は、「また明日も、絶対に同じ質問がくる」と思ったのです。
4日目の朝、彼が予想したとおり、またハーマン・カーンの質問がきました。その時、彼は、初めて違う答えが言えたのです。そしてさらに、
「社長、時間があったら一度これを聞いてください」
と言って、前日徹夜で吹き込んだカセットテープを渡しました。
5日目、彼は会社へ行くの楽しみで仕方なかったのです。松下幸之助から、どんな言葉が返ってくるかという期待を胸いっぱいにして社長の出勤を今か今かと待ちました。やがて、社長が出勤してきました。そのとき、松下幸之助は、たった二言だけこう言いました。
「おはよう。君、なかなかええ声してるな」
彼は、この出来事を一生忘れられないと言いました。それは、自分で気がついたからです。そうかと、自分で気づいたことは一生、自分の身につくのです。
この話を聞いて、私はたいへん感動しました。もし私か松下幸之助の立場であったら、きっと次のように言うでしょう。
「君なあ、その程度のことは僕も知ってるんや。図書館へ行って調べてくるとか、本を買ってきて要点をまとめるとか、もっと方法があるやろ!」
このように、私なら、答えまで全部言ってしまうでしょう。こういうやりとりを繰り返していると、部下はだんだんと考えなくなってきます。言われたことしかやらない、指示待ち人間になるのです。上司にとって、自分の思ったとおりに部下が動くことは、仕事をするうえでとても楽です。
しかし、本当に大事なことは、みずから考えるとともに相手に考えさせることです。そして、部下が自分で”そうか!”と気づいたことは、全部、部下自身の血となり、肉になっていくのです。
自分で考え、自分で答えをつかんでいくということが、みずからを成長させる最大の方法ではないかと思います。
同時に、私は自分の子育てについても大変反省しました。私の子育てを考えてみると、ほとんど子どもが自分で考える力を奪い続けるものでした。例えば、朝、子どもが起きると、私は次から次へとせきたてていきます。
「おい、早く起きろ!」
「起きたらぐずぐずするな! 顔を洗え!」
「顔を洗ったらもたもたするなI メシを食え!」
「メシを食い終わったら、とっとと学校へ行け!」
こういう調子ですから、子どもは考えている問がありません。そんなとき、子どもは何と言うでしょう。
「うるさいな!」とだけ言って、学校へ行くのです。しかし、私か反省したときには、時すでに遅しでした。子どもたちはもう成人していて、気づいたときには孫の時代になっていました。
”待つことは愛である”という言葉があります。相手がいつか気づいてくれると願いながら、温かい気持ちで刺激しながら待つことが、本当の愛なのです。
しかし、残念ながら今の世の中は、何事も「早く、早く!」とせきたてて、私たちは、なかなか待つことができません。そのために、結果としては人が育たないということになったのではないかと思います。
こういう現代においては、親や上司の側、つまり、育てる側は、効率ということを考えることも大切ですが、子や部下がみずから気づき、育っていくことを重視する必要があると思います。そして、実は、人が育つことこそが、結局、会社や組織が育つことにもなるのです。