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世界遺産への登録を目指す、日本三名橋のひとつ「錦帯橋」は架橋から340年!

2011年11月02日 23時29分34秒 | 旅、風景写真



錦帯橋は山口県岩国市の錦川(川幅200m)に架かる木造橋です。
5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートル



今から約338年前の1673年(延宝元)第代岩国藩主吉川広嘉(きっかわひろよし)によって架けられました.



276年間不落を誇った(部分的な架け替えはしています)錦帯橋でしたが昭和月に岩国地方を襲ったキジア台風によって2度目の流出をしてしまいます。



しかし、橋脚に近代工法を取り入れるなどして直ちに再建工事に着手し、三代目錦帯橋は昭和28年に完成しました。



以来、半世紀にわたって人々を渡し続けてきた錦帯橋ですが、木造橋の宿命である腐朽による傷みが見られるようになったため、平成13年度から平成15年度にかけて50年ぶりの「平成の架替」に取り組み、総事業費約26億をかけた大事業は、平成16年3月20日に完成しました。



記録によると、江戸期にはアーチ橋(第二、第三、第四橋)は約20年ごと、桁橋(第一、第五橋)は約40年ごとに架け替えられ、橋板や高欄は約15年ごとに取り替えられてきた。現代までに行われた架け替え工事の回数は、第一橋10回、第二橋14回、第三橋14回、第四橋16回、第五橋9回である。橋自体は50年以上持つにもかかわらずこうした手法がとられたのは、大工技術の継承の意味合いが大きかったと推測されている。(中略)


江戸後期には架け替えに必要な用材を確保するため、計画的な植林がされていた記録が残っている。現代においても、岩国市は将来にわたって架け替え材の自給をめざす「錦帯橋用材備蓄林年構想」を打ち出して植林活動を実施している。(ウィキペディアより)



(Massage
1673年以来、340年余り橋が守られてきたことは素晴らしいことだと思います。
架橋の想いや地域の方の思いは、いかばかりかと感じます。またこの橋は、地域から世界に発信できる橋だと感じています。
日本百名橋(松村博著)」より、錦帯橋の歴史を紹介します。
錦帯橋は、当初は大橋と呼ばれ、固有の名前はなかった。錦帯橋という名称が文献に見えるようになるのは、宝永年間(1704~)のことで、それ以前は漢詩の中では凌雲橋、玉竜橋、帯雲橋などの雅号が使われることもあり、のちにはそろばん橋といった愛称で呼ばれることもあった。

 明治になると、維持費用を捻出する制度がなくなり、種々の助成や寄付が募られたが、結局は岩国町(市)の負担が大きくなった。このため、錦帯橋を平らな鉄橋にしようという意見も出されたが、岩国の人々は、旧来の橋を保存することを選び、資金集めに苦慮しながら名橋を守ってきた。この間大正11年には名勝に指定されている。