思わずページをなでて、そのさわり心地を確かめてしまいました。
私たちが当たり前のように手に取っている本、雑誌、広告などの出版物。
その紙がどこで作られているのか、正直、意識したことはありませんでした。
2011年3月11日、東日本大震災発生。
宮城県石巻市にある日本製紙石巻工場も津波に呑み込まれました。
日本製紙は日本の出版用紙の約4割を担っています。
石巻工場は、その基幹工場であり、文庫本、単行本、コミック、雑誌、その他それぞれに特徴のある紙を年間100万トン生産していました。
その工場が被災。
次々と伝えられる震災のニュースの中、「紙不足」が深刻になります。
そして多くの人が知るのです、普段私たちが手に取っている出版物の多くが、この石巻で作られた紙を使っていたことを。
佐々涼子さんのノンフィクション『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』(早川書房)を読みました。
早川書房
発売日 : 2014-06-20
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冒頭、2013年4月に発売された、村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を買うために並ぶ人々が描写されます。
その本には、2年前、壊滅的な被害を受けた日本製紙石巻工場の、8号抄紙機(しょうしき)と呼ばれる機械で作られた紙が使用されていました。
そう、日本製紙石巻工場は今も紙を作り続けているのです!
「うちのはクセがあるからね。本屋に並んでいても見りゃわかりますよ」
その言葉には技術者の、職人のほこりが感じられます。
子供が手に取っても軽く、しかし厚みがあり指を切らないように工夫されたコミック雑誌の紙。
限りなく薄くしながら破れにくく、ページが重ならないようにめくり感を考えられた辞書用の紙。
大人気のコミック『ONE PIECE(ワンピース)』や『NARUTO(ナルト)』、文庫本でいえば『永遠の0』や『天地明察』、単行本では池井戸潤さんの『ロスジェネの逆襲』などは、この石巻工場8号抄紙機の製品で作られています。
震災当日から避難の様子。
工場の惨状に、東京本社とのやり取り。
誰もが「もうダメだ・・・」と思った中での、工場再建と、再生までを追ったドキュメンタリー。
もう、何回も涙があふれそうになり困りました。
震災関係の本は何冊か読み、TVで伝えられない過酷な現状を知ったり、直に聞いたりもしましたが、やっぱりまだダメです。
いち営利企業の震災復興というお話ではありません。
それ以上の物を感じました。
この本のために取材した佐々涼子さんも、出版に携わる者として、自分たちが使っている紙が東北で作られていることも知らなかった震災前の自分を恥ながら、出版人でなければ書けない視点で、この日本製紙石巻工場の再生を描いています。
車や家屋が水に流されて入り込み、汚泥が機械をうめた工場。
一階にあった電気系統、モーター類は海水に浸かり、通常はチリひとつ混入させられない紙を作る機械に泥がへばりつく。
電気も水も復旧していない中で始まった工場再建。
ひどいにおいの中、いつ終るとも知れないガレキ撤去に汚泥の除去が続く。
せまいパイプの間に入りこんだ泥をスプーンでかき出す。
家が流された者、近親者を亡くした者。
このままでは石巻工場は、いや、会社がどうなるかもわからない。
当時、現場ではどのように指示が出され、それをどのように聞いたのか。
ギリギリの選択を迫られた時、人々はどう考え、どう行動したのか。
震災後半年、そして一年後と、克明にその時の人々の心の動き、感情を丁寧に取材しています。
実話だけに迫力があり、夢中になって読みすすめてしまいました。
本編ともいうべき工場再建の様子を描くのに、まず震災当日から描くのはわかるとして、ただ一章だけ、本来なら工場に焦点をあてるべきところに、商店街の居酒屋店主の証言と題した章があります。
バットやゴルフクラブを持ってうろつく不審者。
悪化する治安。
震災後入り込んできたエセNPO団体。
飛び交う不穏なウワサ。
そうした人間の暗の部分をあえて挿入したところに、著者の思いを感じずにはいられませんでした。
この本には震災当時の様子が「証言」として書き込まれているので、読む人によってはショックなシーンがあるかも知れません。
遺体の描写もあります。
また震災による心の傷に悩んでいる人には当時を思い出させてしまうかも知れません。
不快に思う方、不謹慎だと思う方、著者とは違う受け止め方をする方もいると思います。
誰も、正解なんか持ってやしません。
その場で、最善と思える行動をするしかない。
人間は神様じゃありません。
電車の中で読んだりもしていたので、感極まってうるうるしてしまいアセりました。
紙の手触りや質感に、作り手がこんなにこだわって作っているということも知りませんでしたし、その技術の多くが、工場の持つ個性ともいえる職人の腕や機械との相性にかかっているということも知りませんでした。
最近辞書の編纂を描いた映画『舟を編む』で「ぬめり感」という言葉を知ったり、朝ドラ「花子とアン」で印刷屋が登場したりして、偶然にも本作りの知識が増えたところだったので、なおさら興味深く読めました。
文庫本に使われている紙の色も、出版社によって赤っぽかったり白だったり、こだわって作っているんですね!!
電気もそうですが、普段当たり前に身近にあふれている紙の本が、どういった人たちによって、どんな所で作られているのか。
紙や電気に限らず、食料品も、衣服も、ゴムや金属も、そして毎日飲んでいる水だって、もっと興味を持って知らなきゃいけないと思い知りました。
便利というのは、お金を払えば手に入る万能のものではないんですよね。
はぁ、感情がゆさぶられすぎて疲れてしまった(苦笑)
ちなみにこの本自体も、石巻工場8号抄紙機(しょうしき)で生産された紙で作られています。
本の売り上げの一部は、石巻市の小学校の図書購入費として関係団体を通して寄付されるそうです。
これから本屋さんで本を手に取る時、ちょっとなでてしまうかも知れません(苦笑)
紙の本が読めることに感謝!
紙をめくったときの感覚「ぬめり感」という語は、岩波辞書部がつかいはじめた」とか、裏話満載でした。
でも、辞書名をふせて紙にさわらせて、自社の本をあてるクイズでは、みな間違っていたのがご愛嬌でした。
和紙の紙すきには興味があって、近所の「紙の博物館」にもちょくちょく出かけていましたが、石巻市の紙工場、知りませんでした。
工場再生、ほんとによかった。
見逃しました~
そうそう「ぬめり感」
出版社の方が間違えたんですか(笑)
読んでいて意識されないくらい自然な手触りでなくちゃダメなんでしょうね。
本で取り上げられた石巻工場もそうですが、そうした人知れず世界を支えている仕事、感動します。