とにかく読んで欲しい!
中脇初枝さんの小説、
『きみはいい子』(ポプラ社)
ぼくが悪い子だから、家にサンタさんがこないんだ
小学校4年生の少年は、そういいながら養父の暴力に声も出さずに耐え続けます。
いつも給食のおかわりをするので、同級生にからかわれる少年。
「給食費も払ってないくせに…」
いつも給食をおかわりし、着ている物はいつも同じ。
給食費を払ったことがなく、やせて、休み時間も同級生を遠巻きにながめているだけ。
休みの日も、ずっと学校に来ていましたよ。
5時までは家に帰って来るなってお父さんがいうから。
本当のパパは東京にいるの。
朝と昼はご飯はないんだ。でも夕飯は作ってくれるよ。
昨日は何を食べたの?
パン。
給食だけが、この子の命をつないでいた。
教師のおごったしょうゆラーメンを汁も残さず食べ干す少年。
しょうゆラーメン好き?
わかんない。
教師2年目の先生は自分の失言に気が付きます。
そうだ、この少年は出された物なら今と同じように何でも残さず食べるだろう。好き嫌いの選択をする余裕なんてこの子には許されていない。
そこまで追い詰められている…
いや、この子の親が子供をそこまで追い詰めている。
男女同権をうたい、男でも女でも「さん」づけで先生が子供を呼ぶ、今の教育現場。
トイレに行きたい子のために後ろのドアは開けておく。
いつも笑顔で、子供をほめる。
授業参観では、「保護者の皆さん」という言葉を使い、決して「お父さんお母さん」「父兄の皆さん」という言葉は使わないこと。
プライバシー保護の名目で、連絡網も作れない。
孤立していく子供たち。孤立していく家庭。孤立していく教師。
新人教師の目線で描いた「サンタさんのこない家」の他、実の娘に暴力をふるうネグレクトを、母親の目線から描いた「べっぴんさん」
小学生の息子の父親の目線で、その息子の友達をみつめた「うそつき」
齢八十を過ぎた女性が小学生とのふとした触れ合いから自分を見つめなおす「春がくるみたいに」
そして、かつて自分に厳しくあたった母親が認知症になり、3日間だけ預かることになった女性を描いた「うばすて山」
この本には5編の短編が収められています。
後半の3編も、重い問題を扱いながら、人間に光を当てた作品ですが、私は前半の2編に衝撃を受けました!
この2編をそれぞれ1冊の本として物語を書いて欲しい!!
もっと読みたい!
そう切実に思うほど、力のある内容だったんです!!
特に最初の「サンタのこない家」
教師一年目に小学校1年生の担任になり、学級崩壊という現象をただ見ていることしかできなかった青年。
子供たちの心に響く言葉が言えない。
見つからない。
叱り続け、注意し続け、声が枯れるまで言葉を尽くしても、子供たちにはとどかない。
疲れ果てた彼は、自分の子供時代の教師を思い出します。
どうしてあんなに怒鳴るのか、なぜあんなに嫌な先生ばかりだったのか、今ならわかる気がする…
2年目に、4年生の担任になった彼は、そこでは冷めて、陰湿になった子供たちに振り回されます。
グループ同士の争い、イジメ、不登校。
子供たちには子供たちの理由があって、この学校という世界で、限りなくギリギリまで踏み止まって懸命に生きているのだ…
そんな彼が子供たちに出した難しい宿題。
それは算数でも、国語でもなくて、家で誰かに抱きしめてもらってくること…
この小説を読んで、ジワッとこみあげてくるものがありました。
先生の、子供たちのセリフに思わず涙がこみあげてきたんです。
自分も含めてですが、人間ってなんて他人の痛みに鈍感なんでしょうね。
そのことを、あらためて思い知りました。
「べっぴんさん」の中で、自分の子供を虐待する母親が、自分を虐待していた時の母親の手の平もこんなに赤かったのかしら、と思い出すシーンには、思わず背筋が凍りました。
母親から虐待されながらも、その手を握りたい、優しく微笑んで欲しいと願う子供の心理。
しかし母親が腕をちょっと動かしただけで、体が勝手に反応して身を守る体勢になってしまう。
悲しい、悲しすぎる。
この小説はフィクションですが、内容は現実です。
でもやっぱり、前半の2作品と後半の3作品は、同じ本にしちゃうには「重み」が違うような気がしました。
そこは読み手の受け取り方しだいですけどね。
とにかく、前半2編だけでも読んで欲しい。
誰かに伝えたい。
そう思わせるものがこの本の中にはあります。
人間は失敗から学ぶ生き物です。
行動を改めることができる生き物です。
そこのところがちゃんと描かれていて、重いテーマばかりなのに、読み終わってからどこか明るい光を感じました。
あぁ、読んでよかった、って☆
いつの時代も社会は問題を抱えています。
今の世界が理想とは決していえない。
だから、私たちは考える。
数年後、この小説がもはや「時代遅れ」であり、参考にならないと誰も読まなくなっていることを切に願います。
そんな世界がくるといいなぁ。
つらいかも・・・
短編集ですが、それぞれがどこかで少しずつ重なっています。
話題の本らしく、徐々に注目されているとのことで私自身は少し敬遠していたのですが、読んでみて納得しました。
人にススメたくなる本です。
学級崩壊やいじめの構造の氷山の一角が、わかりやすく書かれていると思いました。
「家族に抱き締めてもらうこと」と言う宿題の効果と、その宿題がどんな宿題よりも難しい問題だという現実を抱える子ども。
主人公の先生は、新任で1年生の担任だなんて、本当に大変だったと思います。でも、彼は、子ども達からも、保護者からも、同僚からも、大切なことをたくさん学んでいますね。もちろん自分の失敗からも。
神田さんとの出会いは、彼が教員を続けていく上でも、神田さんがこの先の学校生活を続けていく上でも、忘れられない、貴重な体験だと思います。
『君はいい子だよ』
神田さんがどんなプレゼントよりも欲しかった言葉でしょう。自分の存在を認めてくれる言葉。自分をありのまま受け止めてくれる言葉。「自己肯定感」が持てる言葉。
きっと、主人公の彼は教師として見事に成長して行くだろう。そういうエンディングでした。
「べっぴんさん」
胸が痛む話でした。これは、虐待の連鎖の問題と、一時期問題になった「公園デビュー」という若いお母さんたちが陥る育児仲間問題にもつながる話でしたね。
はなちゃんママの存在と、彼女のおいたちに出てくる在日朝鮮人のおばあちゃんの話に、救われる思いでした。本当の子育て支援とは何か。いじめの構造の根源や背景に迫る話でした。
読んでいて胸の痛む場面がたくさんありますね。
神田さんが自分を否定しているシーン、「べっぴんさん」で子供が母親におびえるシーン。
新任の先生や、はなちゃんママを守ってくれた在日朝鮮人のおばあちゃんと同じ立場に私もいたいと思いました。
少しだけの勇気…が必要なんですよね。
新任の先生は、他のお話でチラッと出てきていましたよね。
その様子から子供たちに対するとても温かい心が伝わってきて、とても救われた気持ちがしました。
あぁ、この人なら大丈夫って☆
トリトンさんのコメントが読めて嬉しいです。
自分でも心のどこかで感じていたことを、ちゃんと言葉で表現してもらったみたいで、(そうそう!)と何度もうなずいてしまいました。
トリトンさんが「氷山の一角」と表現されているように、現実にはもっと複雑で多様な問題が他にもたくさんあるんでしょうね。
それを「わかりやすく」紹介してくれている。
それはそれでとても貴重な作品だとは思いますが、私自身は新任の先生が一年生の担任になった時のように、「まだ何もわかっていない」ということも心のどこかにとめておかなくちゃっとも思いました。
本を読んでわかったつもりになるほど、現実に生きている子供たちに対して失礼なことはない、そんな考えが浮かぶほど、けっこう真剣に内容を受け止めた本でした。
いい本でした☆