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「事実証談巻4(人霊部上)」 3 第1話の二

(紅白ヒガンバナの競演 その2)

午後、掛川図書館に、「お茶と文学者」講座に出席した。今日は「第3回芥川龍之介とお茶」であった。事前に作品を読んで来るように連絡があり、ほぼ50年ぶりに「羅生門」「鼻」「芋粥」「蜘蛛の糸」を読んで参加した。

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「事実証談巻4(人霊部上)」の解読を続ける。

さて、それより心地(ここち)例ならずして、日を経(へ)て重病とはなりしとなん。かくて、良節密かに思いけるは、養母の病い尋常ならず。まさしく労瘵にて全快すべからず。娘は若年なり。養父の気質並々ならざれば、行末遂(と)ぐべくも覚えず。とく離別せばやと思いて、常に出入りする老婆に、しかじかの由を密かに語りけるを、老婆とかく(あやな)て、さる事あるべからずと諌めければ、その沙汰なくて過(すぐ)したりしを、
※ 労瘵(ろうさい)- 漢方で、肺浸潤・肺結核のこと。
※ 操す(あやなす)- 巧みに扱う。あやつる。


五月の頃(こは田方の植付過し頃なる由聞けり、月日未詳)、良節俄かに引馬野の方へ行かんとて、出(いで)さまに、門前近き道にて、かの老婆に出逢いたり。何方(いづち)へ行き給うにかと尋ねければ、良節ふと離別せんことを語るに、

(うば)驚き、袂を控えて言いけるは、いつぞやより、然(しか)のたまう事有りしかども、かくばかり親しみ深き中にて、戯(たわぶ)れかと思いしを、実(まこと)(しか)思い給うにや。何事か御心(おんこころ)に叶わずして、かかる事をば言い給うぞや。思い留まり給え、となだめけるを、
※ 嫗(うば)- おうな。老女。老婆。
※ 袂を控える(たもとをひかえる)- 袂をとらえて引き止める。
※ 然(しか)- そのように。さように。


良節嘲笑(あざわらい)て、離別と言いしは戯(たわぶ)れにて、汝じを驚かさん為なり。とく帰り来(こ)んと欺きければ、嫗(うば)も戯事(たわぶれごと)と思い、笑いを催して、別れて家に帰りしとなん。

さて良節はそれより媒(なかだち)の家に立ち寄り、また引馬野に至りて、住僧に離別のことを談じけるを、いと怪しみて、汝じ養家の親しみ浅からずと聞きつるに、何とてかくは思い定めしぞ、と尋ねければ、

良節答えけるは、何事も不足(あかぬ)ことなく、親しみ深くは、し侍れど、その中に養母の寵愛、実母の親しみにも勝りて、余りに寵愛深き故、有るに耐えずと言いけるを、

住僧聞きて、そは汝じ、養母と不義の密事せしよな愛深く、住み憂き由やある。包まず語るべし、と責め問えども、

良節さらに驚き、色なく答えけるは、我ら若年には候(さぶ)らえども、親子のちなみを結びし人となど、交わさる事の侍らん。神仏に誓いて不義の覚えさらになし、と顔色正しく答えければ、
※ ちなみ(因み)- 関係。縁。つながり。
※ 交わさる(かわさる)- 思いをかけ合う。情愛を交わす。
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