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江戸繁昌記初篇 46 賽日 3

(夕刻、西の空のいわし雲)

夕方のムサシの散歩時に、西の空にいわし雲(巻積雲)が見えた。巻積雲が見えると天気は下り坂という。台湾から大陸に上陸して、熱帯低気圧になった台風の残雲が、東へ向きを変えて勢力を取り戻し、明日から日本列島を襲うと、かつて聞いたことのないような予報が出ている。一度、熱低になると、再度復活しても、台風と者呼ばないのだろうか。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

この紅碧錦綺叢間に向いて、挟むに虫商を以ってす。宮商如徴羽また繹如、狗蝿黄(クサヒバリ)唱いて、紡線娘(ハタオリ、キリギリス)和し、金鐘児(スズムシ)の声は金琵琶(マツムシ)に応ず。聒々兒(クツワムシ)これが倫を奪うことを悪(にく)むべし。両擔(かつ)ぎ籠内、幾種の虫声、喞々韻を送る。武野(武蔵野)、当年の荒涼色繡出して、これを閙爇市中の今日に見る。真に奇観なり。
※ 紅碧(こうへき)- 赤とみどり。
※ 錦綺(きんき)- にしきとあやぎぬ。
※ 宮商(きゅうしょう)、徴羽(ちう)-中国音楽で使われる五つの音高(五声、五音)、宮、商、 角、 徴、 羽のこと。宮は「ド」、商は「レ」、角は「ミ」、徴は「ソ」、羽は「ラ」にそれぞれ当る。
※ 如(きょうじょ)- 物事が明らかなさま。
※ 繹如(えきじょ)- 物事がつづいて絶えないさま。
※ 喞々(しょくしょく)- 虫などの鳴くさま。
※ 繡出(しゅうしゅつ)- 縫い取り出すこと。
※ 閙爇(どうねつ)- 騒がしくて熱気のあること。
※ 奇観(きかん)- 珍しい眺め。ほかでは見られないような風景。


満街商客、焼く所の燈光、冲激空に漲(みなぎ)り、賽群潮を捲(ま)く。数所の犬尿(犬の糞)、前は屐(げた)で蹴り過ぎし。後は履(ぞうり)滑り過ごす。践々黏し、掃除し去りて、清(きよ)む為に、花に賽する者有り。草に賽する者有り。餳(あめ)に賽す、餅に、団粉に、果蓏に。妓を携(たずさえ)る者は妓に賽するならずや。處女拉げる者は處女に賽するならずや。彼は泥酔を賽に買い、こは冶遊を賽より引く。賽と不賽合して、この一大賽を為す。
※ 満街商客(まんがいしょうきゃく)- 街にあふれる小商い人(行商人)。
※ 冲激(ちゅうげき)- 激しく突きあげること。
※ 賽群(さいぐん)- 参拝客の群れ。
※ 践々(せんせん)- 踏み踏み。
※ 黏す(ねやす)- 練って粘りけがあるようにする。また、練って柔らかくする。こねる。
※ 賽する(さいする)- 賽銭をあげて拝む。
※ 果蓏(から)- 木の実と草の実。(「果」は樹木になる実、「蓏」はつる草になる実)
※ 處女(しょじょ)- 処女。未婚の女性。きむすめ。
※ 拉げる(ひしげる)- 強引に連れていく。
※ 冶遊(やゆう)- 心がとろけるほどの楽しい遊び。芸者遊び。
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江戸繁昌記初篇 45 賽日 2

(庭のキンモクセイ)

匂いばかりが目立つ花だが、アップすると、面白い花である。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

その際、橐駝師羅列す盆卉の種類は、皆これを架上に陳す。閙花閑草、奇を闘わし、異を競う。枝の屈蟠を為すもの、気條を為すもの、葉の間色(いさば)有るもの、間道(すじ)有るもの、銭蒲の細葉なる者は、これを栽(うえ)るに石を以ってし、石長生の穿眼(すかし)を作るもの、を以ってこれを垂る。若しくは托葉を作して、花に衣(き)せ、若しくは蘆幹を樹(う)えて枝を挟む。
※ 橐駝師(らくだし)- 植木屋。庭師。
※ 盆卉(ぼんき)- 鉢植え。
※ 架上(かじょう)- かけ渡したものの上。また、棚の上。
※ 閙花(どうか)- にぎやかな花。
※ 閑草(かんそう)- 落ち着いて、しずかな草。
※ 屈蟠(くつばん)- 蟠屈。まがりくねること。
※ 氣條(きじょう)- ずわえ。若枝。(「みのづくり」とルビあり)
※ 銭蒲(せんぼ)- 菖蒲の極端に小さいもの。
※ 石長生(せきちょうせい)- カツベラソウ。ハコネシダ。
※ 索(さく)- 縄。綱。
※ 托葉(たくよう)- 葉柄またはその基部につく葉状片。ふつう一対ある。
※ 蘆幹(ろかん)- 葦の茎。


覇王樹(サボテン)は虞美人草(ヒナゲシ)を擁し、鳳尾蕉(ソテツ)は麒麟角に雑(まじ)わる(漢名龍骨木)。百両金(タチバナ)、万年青(オモト)、珊瑚(センリョウ)、翠蘭種々趣を殊にす。大夫の松、君子の竹、雑木駢植蕭森、林を成す。林下一面、野花點綴、杜榮(オバナ)客を招く。
※ 駢植(へんち)- 並んで立つこと。
※ 蕭森(しょうしん)- 細い木がならんでものさびしいさま。
※ 點綴(てんてい)- 物がほどよく散らばっていること。


自ら鬻(う)らんことを求むるが如く、女郎花(オミナエシ)(漢名敗醤)は媚びて、老少年(ハゲイトウ)に伴う。露、涙を滴(したた)らす。断膓花(シュウカイドウ)、風、芳(かんばし)くして飄す。燕尾香(フジバカマ)、鶏冠草(ケイトウ)は皆拱立し、鳳仙花(ホウセンカ)は自ら凡ならず。幽光を領する牽牛花(アサガオ)閙色粧(よそお)う。
※ 拱立(きょうりつ)- 何もしないで立つ。腕を組んで立つ。
※ 幽光(ゆうこう)- かすかな光。
※ 閙色(どうしょく)- にぎやかな色。


その黄芹(クズハ)たり。梗草(キキョウ)紫色をして、他家の紅を奪わんと欲す。米嚢花(ケシ)は砕けて散り落ち、泥に委(ゆだね)し。夜落金銭(ゴジカ、午時花)、往々拾うべし。新羅菊は扶桑花の辺に接し、佛頭菊(ダルマギク)を、曼陀羅花(チョウセンアサガオ)、天竺花(ハギ)間に見る。
※ 萋(せい)-草木の茂ったさま。
※ 簇(そう)- 群がり集まる。

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江戸繁昌記初篇 44 賽日 1

(大代川のカルガモ/くちばしの先が黄色で判断できる)

今日は中秋の名月。夕方には雲一つなく、雨戸を閉めようとしたら、東天に満月が見えた。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     賽日
※ 賽日(さいにち)- 藪入りにあたって、閻魔に参詣する日。正月16日と7月16日。但し、ここでは、神仏にお参りする「縁日」の意味であろう。
俚曲の詞に、「六月の八日は茅場町、大師、賽詣、不動様」これ以って、都俗賽を好み風を為すの古(いにしえ)を證(あかし)とすべし。且つ、近来街道場と称する者、紛然店を開きて、売卜先生とを結び、隣を為す。
※ 俚曲(りきょく)- 三味線に合わせて歌う俗曲。浮かれ節。
※ 賽詣(さいけい)- お礼参り。ここでは、「参詣」と同じ意味で使われている。
※ 紛然(ふんぜん)- 物事が入り乱れて ごたごたしているさま。
※ 伍(ご)- 仲間。組み。(もと、五戸または五人を一組みとした単位のこと)


賽、最も夏の晩に盛んなり。各場、門前街、賈(売)人争いて露肆を張る。器物を売る者は皆な蒲席を鋪(し)き、並びに薩摩蝋燭を焼く。食物を売る者は必ず牀閣を安じ、咸(み)な魚油燈火を吊する。菓と蓏(うり)を陳し、団粉と明鮝(するめ)を焼く。軋々魚鮓を為(つく)り、沸々(ふつふつ)油鰦を煎ず。
※ 露肆(ろし)- 露店(よみせ)。
※ 蒲席(ほせき)- がまの葉で織ったむしろ。
※ 薩摩蝋燭(さつまろうそく)- 松脂・魚油でつくった下等の蝋燭。
※ 牀閣(しょうかく)-「やたいみせ」とルビあり。
※ 軋々(あつあつ)- 物の群がり生じるさま。
※ 魚鮓(ぎょさ)- 寿司。(もとは、魚の漬け物。なれずし。ふなずしの類い。)
※ 油鰦(ゆし)- 鰦の炒めもの。(「鰦」は、かわいわし。ぼら。)


或は百物を列(つら)ね、価(あたい)皆十九銭、人の擇(えら)び取るに随う。或は鬮(くじ)を拈(ひね)りて、印を合わせ、一貨を賭して、これを数人に売る。茶売る娘は必ず美艶、水鬻(う)る声は自ら清涼、西瓜を衒(う)る者は紅箋燈を照らし、餳(あめ)を沽(う)る者は大油傘を張る。
※ 紅箋燈(こうせんとう)- 赤い紙を貼った灯。
※ 油傘(あぶらがさ)- 紙を張って防水に油をひいた傘。


燈篭兒(ほおずき)は十頭一串。大通豆は一嚢(ふくろ)四銭、硝子壜(びいどろ)を以って金魚を盛り、黒紗嚢を以って丹(あか)い蛍を貯う。近年、麦湯の行わるゝ茶店、大抵湯を供す。麦湯に縁(ゆか)りて、葛湯を出し、葛湯より卵湯を出す。並びに和するに、砂糖を以ってす。その他、殊雪(あられ)、紫蘇(ゆかり)、色々味を異にす。
※ 黒紗嚢(くろしゃのう)- 黒いうすぎぬの袋。
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江戸繁昌記初篇 43 火場 4

(散歩道のキクイモ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

風の吼ゆる声、火の爆する声、呼々救いを求むる声。許々屋を徹する声、必々、剥々、刮々、刺々、霹靂震い、山壡(あきらか)に裂く。衆、なお烟を冐(お)かし、火を突き、烈火中に雄入する者、真にこれ一面の小戦場、且つ、それ坊役の火を犯して極みに聚(あつま)る。頭を焦(こ)がし、脚を爛(ただれ)せし。
※ 霹靂(へきれき)- かみなり。いかずち。
※ 雄入(ゆうにゅう)- 雄々しく入る。
※ 坊役(ぼうえき)- 「まちびけし(町火消し)」とルビあり。
※ 極み(きわみ)-「やね」とルビあり。


顛墜、甦(よみがえ)りて、復た上る。その纏記(まとい)を杖(つ)いて、跳び越しするが如き。脚纔(わず)かに起つ屋(やね)は即灰(かい)す。これ常日、諾を重ねし死を軽する輩、場に臨みて、如何(いかん)ぞ、命を顧(かえりみ)ん。
※ 顛墜(てんつい)- ころげ落ちること。転落。
※ 常日(れい)- ふだんの日。平生(へいぜい)。


但し、その勇を売り、功を貪(むさぼ)るを、故(ことさ)らに、余燼を弄し、誤りて火勢を延し、或は収拾すべからざるに至る。且つ気を使って執争し、火を忘れて火を闘わす。古(いにしえ)に、所謂(いわゆる)火に入りて、熱せざる者、この輩有り。赤壁の戦い阿房の火擬すべく、想うべし。一瞬間、高観大榭、乍(たちま)烏有に付し、佳麗紅軟、変じて無何有の郷と為る。孰(いずれ)か、慨(なげ)かざらん。
※ 余燼(よじん)- 火事などの、燃え残っている火。
※ 執争(しゅうそう)- しつこく争うこと。
※ 赤壁(せきへき)の戦い -中国、後漢末の孫権・劉備の連合軍と曹操との戦い。赤壁(湖北省嘉魚県)で対峙したが、その時、火攻めの計で曹操の水軍を全滅させた。
※ 阿房の火(あぼうのひ)- 秦の始皇帝が造営した宮殿「阿房宮」が、皇帝没後、項羽によって落城、焼き払われて3ヶ月間も燃え続けた。
※ 擬す(ぎす)- なぞらえる。
※ 高観(こうかん)- 高いたかどの。高楼。
※ 大榭(だいしゃ)- 大きな榭。(榭は台の上に築いた亭)
※ 烏有(うゆう)- 全くないこと。何も存在しないこと。
※ 紅軟(こうなん)- やわらかな花びら。
※ 無何有(むかう)- 何物もない。


然れども、人の情無き観望指點、以って楽を取る一人の曰う、今夜焼滅する所の人戸、財物、値幾万金を知らず。天、如(も)しこれを以って我に付けば、吾が一生、安穏過活せん。又一人の曰う、我が身分の如きは、これが一分に取りて可なり。我はこれにして足る。我はかれにして贍(た)ると。それ人、口挟みて喋々たり。最後の一人曰う、今晩費す所の燭価もまた夥し。予が如き、足ることをこれに取るのみ。各々笑う。時に、火光漸く暗く、金(鐘)鳴きて衆退く。
※ 観望指點(かんぼうしてん)- 高みの見物。
※ 過活(かかつ)- 生活すること。暮らしを営むこと。
※ 喋々(ちょうちょう)-しきりにしゃべること。

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江戸繁昌記初篇 42 火場 3

(庭のホソバヒイラギナンテンの花)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

融風蓬々、砂を捲き、石を飛ばす。火は風威を趂(お)い、風は火勢を助く。一霎時紅焔、天に漲(みなぎ)り、黒烟、地に迷う。火を避ける者、狼狽し、宝器を遺(のこ)して、燈檠を提げ、飯籮を抱きて、什具を棄つ。
※ 融風蓬々(ゆうふうぼうぼう)- 北東の風が強く吹くさま。
※ 風威(ふうい)- 風の威力。風の勢い。
※ 一霎時(いちしょうじ)- しばらくの間。ちょっとの間。
※ 紅焔(こうえん)- くれない色の炎。
※ 燈檠(とうけい)- 灯火の油皿を載せる台。灯架。灯台。
※ 飯籮(いいかき)- 米揚げざる。飯びつ。


夫妻、赤體(はだか)(ふんどし)もまた着し及ばず。慈母、背上に倒さまに幼児を負う。兄を呼び、弟を喚(よ)ぶ。子を覓(もと)め、爺を尋ぬ。人相蹂踐し、物相搶壊す。偸児、救うに託(かこつけ)て、物を掠(かす)め、貴人、威を守りて、行を啓く哀號の声、沸騰す。
※ 蹂踐(じゅうせん)- ふみにじる。
※ 搶壊(そうかい)- つきこわす。
※ 偸児(とうじ)- ぬすっと。どろぼう。
※ 行を啓く(ぎょうをひらく)- 行啓。貴人が外出される。
※ 哀號(あいごう)- 悲しんで激しく泣き叫ぶこと。


路に載り、騎士各々豪華を闘わし、金を戴き、錦を掛け、馬肥えて、人雄なり。馳騁曲折、鞭を舞(ぶ)して指麾す。卒伍皆な韋服奮発、手を並べて、鈎(かぎ)を揮(ふる)いて、火を撲(う)つ。人喘(むせ)びて、喉火を吐き、馬困りて吻(くちさき)烟を噴(ふ)く。
※ 馳騁(ちてい)- 馬を走らせること。
※ 曲折(きょくせつ)- 曲がりくねること。
※ 指麾(しき)- 指揮。多くの人々を指図して、統一ある動きをさせること。
※ 卒伍(そつご)- 兵卒。また、兵卒の隊伍。
※ 韋服(いふく)- 皮製の服。


赤脚(はだし)で火を踏みて、水を潑する者は厮役なり。烟を追い、馬を躍(おど)らし、馳鶩往来する者は、某の官の火道を點ずる(点検する)なり。陣笠、金を飄(ひるが)えし、繍袍耀き、火に奔逸絶塵、猛威風を生ず。靡(なび)き人の、辟易せざる者は、その官の事を報ずるなり。
※ 潑する(はっする)- 注ぐ。
※ 厮役(しえき)- 小者。武家の雑役に使われた者。
※ 馳鶩(ちぶ)- はやく走ること。
※ 繍袍(しゅうほう)- 縫い取りを施した布子。火事装束の一つ、火事羽織?。
※ 奔逸(ほんいつ)- 思いのままに行動すること。
※ 絶塵(ぜつじん)- 塵が一つも立たないほど、非常に速い速度で走ること。
※ 辟易(へきえき)- 相手の勢いに圧倒されてしりごみすること。たじろぐこと。
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江戸繁昌記初篇 41 火場 2

(空き家の門口を塞ぐピラカンサス)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

独り飲食に於けるや、有司の、これを誡(いまし)むる。安(いずくん)ぞ、家毎に至り、戸に察して呵禁することを得んなり。乃ち素封人の家、酒肉を用い、これを林にして、これを池にしてを撃ち、牢八珍供具せざるはなし。
※ 有司(ゆうし)- 役人。官吏。
※ 呵禁(かきん)- 叱り禁ずること。
※ 素封人(そほうじん)- 「かねもち」とルビあり。大金持ち。財産家。
※ 侯(こう)- 貴人。王侯。
※ 酒肉を用い ~ 池にして - 酒池肉林。酒や肉が豊富で豪奢な酒宴という意味。
※ 鍾(しょう)- 中国漢代に盛行した酒器。円壺形の金属製のもの。
※ 牢八珍(ろうはっちん)- (八種の珍味の)豪華なごちそう。(「牢」はいけにえの意。)
※ 供具(きょうぐ)- 来客などに飲食を供すること。


を陳(つら)ね、これに於いて屠沽割烹の家、また従いて、侯の酒肉を売る。且つ煎じ、且つ烹(に)る。沸湯活火の気、炎上蘊結、豈に燥(かわ)いて火せざるを得ん。因って、士文伯人鼎を鋳るを論ぜしを想うに、曰う、火如(も)し、これに象(まね)らば、火ならずして、何をか為せん。予もまた、飲食の、或は象(まね)らんことを恐る。然れども、繁華地方の、自ら然る所、この奢侈無くんば、また何を以ってか、この繁華を見ん。この繁華に非ざるよりは、また何を以ってか、この火を見ん。火や、火や、もっとも繁昌中の物ならずや。
※ 鼎(かなえ)- 3本の脚と2個の耳のついた金属性の容器。
※ 屠沽割烹の家(とこかっぽうのいえ)- 料理茶屋。(「りょうりちゃや」とルビあり)
※ 沸湯活火(ふっとうかっか)- 煮えたつ湯と盛んに燃える火。
※ 蘊結(うんけつ)- 気がふさがる。
※ 士文伯(しぶんぱく)- 春秋時代・晋の政治家。
※ 鄭(てい)- 春秋時代の国名。河南省新鄭県。
※ 侈(し)- ぜいたく。


一把火起る。西鼓東鐘、一斉に撞撃し、火を報じ、方を呼ぶ。喊声天に震う。早く、吏人(役人)の火所(火事場)に走るを見る。屡(しばしば)門に及び、馬は衢(ちまた)に及ぶ。記旗(まとい)を肩にする者。竿燈(高張り)を手にする者。梯子を荷なう者。龍骨車を擔(にな)う者。呼號狂奔、火馳星(火の粉)飛ばす。看て一と拈(ひね)り、急に拈(ひね)影燈の観を作す。
※ 一把火(いっぱか)- 一束の火。
※ 西鼓東鐘(せいことうしょう)- 方々の鐘や太鼓。
※ 撞撃(とうげき)- 突いたり打ったりして攻めること。
※ 喊声(かんせい)-「ときのこえ」とルビあり。
※ 龍骨車(りゅうこし)- 消火用具の一。水を入れた大きな箱の上に押し上げポンプを備えたもので、横木を上下させて水を噴き出させる。
※ 呼號狂奔(こごうきょうほん)- 大声で叫び、狂ったように走りまわること。
※ 影燈(えいとう)- 影絵。
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江戸繁昌記初篇 40 火場 1

(女房の実家のムクゲ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     火場
※ 火場(ひば)- 火事場。
江都、火に厄(わざわ)いする、明暦以還、その大なるもの、多からずとせず。小々なるものは、則ち毎歳、冬春の、殆んど虚日無し。或は一日に再三発す。これを都下の一大患事と為すなり。
※ 以還(いかん)- 以来。
※ 交(こう)- 季節などの変わり目のころ。
※ 虚日(きょじつ)- 何事もない平穏な日。
※ 患事(かんじ)- 心配事。


(すなわ)ち、夫人(人々)、厄いする所以(ゆえん)の理を論じ、防禦すべきの方擬す。云々啄(口)を費して置かず。予は則ち謂わく、これまた、全盛世間、繁華地方の事のみ。人戸稠密、四里間の竃烟無慮数百万。油煎燭焼、一日、薪炭の用いる所、泰山童山にし、林にす。
※ 夫人 - (「ひと/\」とルビあり。)
※ 擬す(ぎす)- 決定していないことなどを、仮に当てはめてみる。はかる。
※ 稠密(ちゅうみつ)- 多くの人家・人間などがある地域に密集していること。
※ 竃烟(そうえん)- かまどのけむり。
※ 無慮(むりょ)- おおよそ。ざっと。
※ 油煎燭焼(ゆせんしょくしょう)- 油を煎り、灯りを焼く。
※ 泰山(たいざん)- 高く大きな山。
※ 童山(どうざん)- はげ山。樹木のない山。
※ 林(とうりん)- 広大な橙の林。
※ 髠(こん)- 丸坊主。


要する火は燥(かわ)くに就くの数、奈何(いかん)ぞ、これをここにおいて免れん。但し、思うに、都俗(都会の風俗)奢侈の致す所、また或は有りて、これに加うるに、人気軽脱を以ってす。
※ 奢侈(ししゃ)- 度を過ぎてぜいたくなこと。
※ 人気(じんき)- その地域の人々の気風。
※ 軽脱(けいだつ)- かるはずみなこと。軽率。


京氏が所謂(いわゆる)下節せざれば、盛火数々起ると、第(ただ)敬戒(警戒)を第一義と為す。須(すべから)く、切に心を尽くすのみ。防禦の術(すべ)に至りて、至要と雖ども、なお末なり。何をか奢侈と謂う。曰く、車馬、衣服、門廡堂墻の如きは、則ち国に常制有り。豪族、富商、固より僭することを得ず。
※ 京氏(きょうし)- 前漢の人。字は君明。東郡頓丘の人。元の姓は李であったが、自ら京氏に改姓した。易経の大家。災異について詳しく、 易の六十四卦を一年間に割り当て、日々に起こる事を知るというものであった。
※ 下節(げせつ)- 季節が移ること。
※ 至要(しよう)- 非常に大切なこと。
※ 門廡(もんぶ)- 門とひさし。
※ 堂墻(どうしょう)- 堂と垣。
※ 常制(じょうせい)- 常のさだめ。
※ 僭する(せんする)- おごって身分不相応なことをする。
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江戸繁昌記初篇 39 書画会 6

(お寺脇のツユクサ)

お彼岸で、女房の実家のお墓参りに行く。ツユクサがいっぱい咲いていた。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

昏夜に哀れを乞う。謟又諛、未だ妻妾の相向いて泣くことを知らず。施々として外より来りて、驕(おご)りて且つ娯しむ。昏夜、哀れを乞うは、なお忍ぶべし。白日、哀れを乞う、若為(いか)なるぞ。耻(はじ)の、人に於ける、尤も(当然)忒いしなり。利奔名走、君が為に愍(あわれ)む。
※ 昏夜(こんや)- 暗い夜。闇夜。
※ 謟又諛(てんまたゆ)-「謟諛(てんゆ)」は、へつらうこと。阿諛(あゆ)。
※ 施々(いい)- 喜ぶさま。
※ 靦(はじ)- 恥。
※ 忒(ちが)う- ちがう。たがう。
※ 利奔名走(りほんめいそう)- 金と名声のために奔走すること。


友人李蹊が戯れに、これを嘲けるに曰う。乞食境界募縁簿、方便相伝えて法燈を継ぐ。利鉢名衣、別に道有り。人間呼びて、在家の僧と作(な)す。扇面亭某父子、風流相承け、並に會儀(会議)に閑(なら)い、その格式に達す。故を以って集会を謀(はか)る者、皆な先ず、蘭亭西園に就いて質(ただ)す。毎月の集会、與(もっ)して有り。
※ 李蹊(りけい)- 山科李蹊。江戸時代中期の医者。名は元富。字は子潤。通称は宗安。
※ 境界(きょうがい)- その人の置かれた状況。境涯。
※ 募縁簿(ぼえんぼ)- 奉加帳。
※ 法燈(ほうとう)- 釈迦の教えを闇を照らす灯火にたとえていう語。
※ 利鉢名衣(りはつめいい)-金と名声の衣鉢
※ 衣鉢(いはつ)- 袈裟と飯鉢。(法を伝授する証とする)
※ 扇面亭(せんめんてい)- 扇面亭伝四郎。文化文政の頃、書画会を仕切っていた巨魁。
※ 蘭亭(らんてい)- 蘭亭雅集のこと。王義之が、 東晋期における最大の詩歌会を挙行した。蘭亭序(らんていじょ)は、王羲之が書いた、書道史上最も有名な書作品。
※ 西園(せいえん)- 西園雅集のこと。中国の宋の時代、円通大師が当時の文化人達を西園に集めて、文を作ったり、詩を作り、絵を画いたり、書を書いたりして、一日を楽しく過ごしたと伝わる。
※ 力(ちから)- ほかの人が目的を達成しようとするのを助ける働き。骨折り。尽力。


著す所の江戸諸名家人名録二卷、田舎に行わる。
※ 江戸諸名家人名録二卷 - 正しくは「江戸當時諸家人名録二巻」。扇屋傳四郎編で、最初に出版されたのは、文化12年(1815)であった。
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江戸繁昌記初篇 38 書画会 5

(裏の畑のサルビア・レウカンサ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

人有り、大牋、毫(毛筆)を請い、名家を輻湊して一轂に帰さんとす。蘓竹米山、豈に容易ならんや。鍾楷懐草、固(もとより)に贖(あがな)い難し。夜光明月空拳に求む。齷齪(あくせく)、何の遑(いとま)か、麥菽を問わん。
※ 大牋(だいせん)- 大きな短冊。
※ 衆(しゅう)- 多くの人。
※ 輻湊(ふくそう)- 方々からいろいろな物が一か所に集まること。こみあうこと。
※ 轂(こく)- 車輪の中央にあって,輻(や)が差し込んであるもの。中を車軸が貫いている。
※ 輻湊して一轂に帰さん - 名家の詩を集めて、短冊に書いてもらう事をいうか?
※ 蘓竹米山 -(意味不明、調査中)
※ 鍾楷懐草(しょうかいかいそう)- 釣鐘に刻まれた楷書と、たまずさ(手紙)の草書。
※ 夜光明月(やこうめいげつ)- 寒山詩に「白雲、朝影静かに、明月夜光浮かぶ」とあるを踏む。
※ 空拳(くうけん)-素手。自分だけの力。
※ 麥菽(ばくしゅく)- 麦と豆。(物事を区別することをいう)


その他、喫茶また瓶花、花は中郎が説き、茶は盧陸、俄かたる側弁□舞の中、百技喧囂、竃(かまど)を借りて鬻(ひさ)ぐ。燈燭點じ来て、閙熱醒(さ)む。邯鄲恰(あたか)もこれ黄粱熟す。君見ずや墦間の酒肉、祭祀の余り。
※ 瓶花(へいか)- 花瓶に生けた花。生け花で、壺や瓶など深い花器に生ける生け方。
※ 中郎(ちゅうろう)- 中国、明代の文学者、袁宏道。字は中郎。著書「瓶史(へいし)」の花論は生花に大いに影響を与えた。生花流派、宏道流の名前のもと。
※ 盧陸(ろりく)- 唐の時代、陸羽は「茶経」三巻を著し、茶神とよばれた。もう一人盧仝と合わせて、「盧陸の道」と言われ「茶道」のことを示した。
※ 側弁(そくべん)- 冠を傾けること。
※ 側弁□舞(れい)-(□は「人偏に欺」、醉舞の皃の意)酔っ払いの赤い顔で、冠を傾けて舞うこと。
※ 喧囂(けんごう)- がやがやとやかましいこと。また 、そのさま。
※ 閙熱(どうねつ)- さわがしくうるさいこと。
※ 邯鄲、黄粱(かんたん、こうりょう)- 邯鄲の枕。黄粱一炊の夢。盧生という貧しい若者が、邯鄲で道士から不思議な枕を借りて一眠りしたときに、波瀾万丈の上、立身出世を極めるという一生の夢をみた。目が覚めると、店の主人が炊く黄粱もまだ煮え切らない、ごく短い間の夢にすぎなかったという伝説に基づくことわざ。(「黄粱」は、オオアワの漢名。コウリャン。)
※ 墦間(はんかん)- 墓地。墓場。
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江戸繁昌記初篇 37 書画会 4

(散歩道のママコノシリヌグイ)

和名を漢字に直してみると、「継子の尻拭」。茎に細かい棘があり、継子いじめを表現したネーミングという。容赦のない名前である。二等辺三角形の葉が特徴で、花はこの後開く。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

然れども、主人の心、なお一銖(朱)の滴(した)たり、盛会の海を助けんことを望む。雑踏漸く収り、楼頭燭すべし。幹人(とな)えて曰う、卜、夜に及ばすと。醉客、已むことを得ずして起つ。
※ 楼頭(ろうとう)- 料亭の門口。
※ 幹人(かんじん)- 元締め。


翔鴻先生、詩有り。讃して曰う、「神蓍、霽(は)れを卜して、否、に之(ゆ)く。」楊橋(柳橋)頭、車馬紛(まぎ)れたり。楼上の供張また全盛、風流一日、別に春を占(し)む。佳賓藹々将に沸せんとす。蝟集蝿屯また螘群、豈に風僝雨偢とに忍ぶのみならんや。を吮(す)い、痔を舐(な)め、幾く千辛、擲(なげう)ち来たる。
※ 神蓍(しんし)- 断易の箱。「断易」はコインやサイコロを使った占いの一つ。
※ 晋(しん)- 易では「晋」は「明、地上に出づるは晋なり」とされ、たいへん良い運気とされる。国名に晋はよく使われた。
※ 供張(きょうちょう)- ごちそう。
※ 春(はる)- 勢いの盛んな時期。
※ 佳賓(かひん)- よい客。珍しい客。賓客。
※ 藹々(あいあい)- なごやかなさま。穏やかなさま。
※ 鼎(かなえ)- 食物を煮るのに用いた金属の器。
※ 蝟集(いしゅう)-(「蝟」ははりねずみ。)ハリネズミの毛のよう に多くの物が一時に寄り集まること。(蝿屯も螘群も同意。「螘」は蟻のこと。)
※ 風僝(ふうさん)- 起こる風。
※ 雨偢(うしゅう)- そぼ降る雨。
※ 癰(よう)- できもの。
※ 千辛(せんしん)- 様々な苦しみ。


珠玉各々差等あり。擡(もた)げ出す杯盤同一般、金を歛(ほっ)する。友は金に飫(あ)く友より擢(ひ)く。酒を掌(つかさど)る人は、酒を悪(にく)む人を掄(えら)ぶ。紅氈幾席か、棊局を分つ。絳を陳き丹青皆な卓犖。禽(とり)(た)ち、花翻(ひるがえ)る、癡之。雲狂い、煙渦まく、醉張旭
※ 珠玉(しゅぎょく)- 美しいもの、りっぱなもののたとえ。特に、詩文などのすぐれたものを賞していう。
※ 差等(さとう)- 等級の違い。差別。
※ 杯盤(はいばん)- 杯と皿鉢。酒席の道具。
※ 同一般 - 同一。同様。
※ 棊局(ききょく)- 碁盤。また、将棋盤。。
※ 絳(赤)を陳(し)く - 紅い毛氈の上に絵画が並べられているのだろう。
※ 丹青(たんせい)- 絵画。
※ 卓犖(たくらく)- すぐれて他からぬきんでていること。
※ 癡之(ちがいし)- のんきな之。(中国・東晋時代の画家、顧之は博学で才気があり、同時代の人びとには画絶・才絶・癡絶の三絶を備えると云われていた。内、癡絶は人物の呑気なことである)
※ 醉張旭(すいちょうきょく)- 酔っ払いの張旭。(中国・唐代中期の書家、張旭は大酒豪として知られ、杜甫の詩「飲中八仙歌」の中でいわゆる「飲中八仙」の一人に挙げられている)
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