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「家忠日記 五」を読む 20

(散歩道のアジサイ、その2)

ガクアジサイの一種だが、花に近い葉が紅葉しているように紅い。もちろん紅葉ではなく、若葉である。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子閏五月
六日 戊午 御前様御迎えに、来光寺まで越し候。
      御前様より、大儀にて越し候由候て、御使い候。
七日 己未 雨降り。
八日 庚申 雨降り。京都関白様より、五月へ閏を御延べ候由候。
九日 辛酉 緒川より女房衆‥‥‥人越され候。
      竹谷与次郎、興国寺より帰られ候。
十日 壬戌 夜、雨降る。相州と上方、御無事調い候由候。
      連歌興行候て、竹谷備後守越され候。お猿に鑓をくれられ候。
※ お猿 - 家忠の息子(長男)。
      発句備州
      植えそへて 陰なお深し 庭の松  清善

十一日癸亥 
十二日甲子 晩に雨降る。
十三日乙丑 夜、雨降る。
十四日丙寅 
十五日丁卯 会下へ参り候。

十六日戊辰 
十七日己巳 八幡山伏御越し候。会下へ参り候。多くへ急ぎに湯漬けふる舞い候。
十八日庚午 初ぶり、さゝき安藤太左衛門所より越し候。
      また初茄(なす)、中嶋孫左衛門所より来り候。夜に夕立ち候。
十九日辛未 初さゝげ、中嶋権之尉所より越し候。
      西郡因幡殿、廿二日、礼に越らるべく候由、申し来り候。
      緒川ばばあ帰られ候。
廿日 壬申 戌刻に地震する。

廿一日癸酉 会下へ参り候。初夕顔。
廿二日甲戌 西郡、松平因州、礼に越され候。竹与次郎同道候。
廿三日乙亥 殿様より巣このり給り候。晩に夕立、ばら/\とする。
※ このり - ハイタカの雄。雌より一回り小さく、区別して呼ばれる。
廿四日丙子 明日廿五日に、西郡松平因幡守に夢想の連歌候て、竹谷まで越し候。
      同与次郎所に振る舞い候。
※ 夢想の連歌(むそうのれんが)- 夢に現れた神仏の暗示により得た句を、発句に据えて巻く連歌。
廿五日丁丑 初山もゝ候。
      西郡へ越し、連歌早く過ぎて帰り候。吉田より本田十助越され候。
      因州若うに長刀進じ候。

廿六日戊寅 
廿七日己卯 岡崎、具足細工勘三郎、越し候。十助帰られ候。
      日照りにて当社へ雨乞いの連歌、立願掛け候。
※ 立願(りゅうがん)- 神仏に願をかけること。願立て。願かけ 。
廿八日庚辰 夜、雨する。土用に入る。
廿九日辛巳 雨乞いの連歌、宮(みや)中にて候。掛け内、
      発句
      夕立ちや 瀧川流す 神の庭
晦日 壬午 雨降り。
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「家忠日記 五」を読む 19

(まーくんの小学校の栗の花)

運動会の間に、小学校を散策した時、見付けた見事に咲いた栗の花。この小学校は掛川の龍尾神社の尾根続きの小山を開いて造った小学校で、周辺に緑に包まれて、抜群の環境の小学校である。周囲に団地が開発されて、昭和50年代に創立された小学校だという。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子四月
廿二日乙亥 卯月。
廿三日丙子 
廿四日丁丑 雨降り。
廿五日戊寅 
廿六日己卯 夜、雨降る。
廿七日庚辰 家康様、酉刻、京都より御帰城候。五日に御坐候。
      城へ出で、御目にかかり候。
廿八日辛巳 小田原と仰せられ様、相済まず候由候。
廿九日壬午 


 天正十六年(1588)子五月
 五月大
一日 癸未 
二日 甲申 三州岡崎より、本田作左衛門越され候。
三日 乙酉 
四日 丙戌 
五日 丁亥 礼に歩き候。

六日 戊子 相州と上(方)と仰せられ様、事きれように。
※ 事きれる(こときれる)- 事が終わる。落着する。
七日 己丑 
八日 庚寅 雨降り。
九日 辛卯 雨降り。
十日 壬辰 雨降り。

十一日癸巳 
十二日甲午 天守の手伝い普請当り候。
      家康様より普請に精を入れとて、御使い給り候。
十三日乙未 興國寺松平玄蕃、出仕に越され候。落ち付きふるまい候。
十四日丙申 雨降り。普請出来候。
十五日丁酉 見付まで帰り候。

十六日戊戌 雨降り。深溝日駈けに帰り候。
      去る十二日に、同与五右衛門女房衆、死去候由候。
十七日己亥 雨降り。
十八日庚子 会下へ参り候。
十九日辛丑 
廿日 壬寅 

廿一日癸卯 会下僧衆、時にて越され候。会下へ参り候。
廿二日甲辰 竹谷、松金左衛門越され候。
廿三日乙巳 晩に雨降り。
廿四日丙午 雨降り。
廿五日丁未 三光院に丹て持寄りの連歌候。竹金左越され候。
      発句、
      茂り合いて 四方や一木に 峰の松  家忠

廿六日戊申 雨降り。
廿七日己酉 雨降り。
廿八日庚戌 雨降り。
廿九日辛亥 雨降り。
晦日 壬子 雨降り。


 天正十六年(1588)子閏五月
 後五月
※ 後五月 - 閏五月のことであろう。
一日 癸丑 会下へ参り候。吉田へ人を越し候。
二日 甲寅 晩、雨降る。内藤三左衛門、駿河より越し候。
      駿河へ音信に人を越し候。
三日 乙卯 雨降り。
四日 丙辰 
五日 丁巳 越前幸舞候。越し候て、兵庫、笈さがし、敦盛有り。
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「家忠日記 五」を読む 18

(まーくん小学校の泰山木の花)

この頃、マウスのクリックの効きが悪くなり、息子に見てもらったところ、マウスが壊れかけているという。さっそくマウスを買ってきて交換した所、快適に使えるようになった。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子四月
廿一日甲戌 初時鳥(ほととぎす)。小栗二右衛門へ能候て、見物に越し候。
      去る十四日の行幸の、書きたて越し候。

「十四日の行幸」とは、天正16年4月14日の、聚楽第への後陽成天皇の行幸を示している。秀吉は後陽成天皇を聚楽第に迎え、家康を初め、諸国大名を謁見させ、天下統一を演出した。先日、大河ドラマ「真田丸」でその様子の再現を見た。

      去る十五日、聚楽にて、禁裏様遊され候。
         わきて今日 待つ甲斐あれや 松が枝の
           世ゝの契りを かけて見せつゝ


   禁裏様へ御進物の次第
  初日
 一 御釼(つるぎ) 一 盆、香箱
  二日
 一 沈香百斤   一 御手本こがねのうち枚に付て  一 唐絵三幅
  三日
 一 金百両、しゃきん袋に入れて
 一 さかうのへそ廿  一 御ふく百
 一 御馬十疋    一 黄金のけんさん、同たい銀の盆にすえて
 一 金襴廿巻
                     以上
※ 沈香(じんこう)- 香木の一種。ジンチョウゲ科の常緑高木。熱帯地方に産する。生木または古木を土中に埋め、腐敗させて香木に製する。
※ 唐絵(からえ)- 本来は、中国伝来の絵画および日本で中国の事物を画題とした絵画。
※ 金襴(きんらん)- 斜文,琥珀,繻子,紗などの地組織に金切箔または金糸などで紋様を織り出した美麗豪華な織物。


 今度、聚楽行幸に就いて、京中の銀地子、五百五十三枚、
 余事、禁裏御料所として、これを進上、並び、米地子の内、
 三百石、院御所へ進上候。この外五百石、関白領として
 六宮へこれを進上。京中地子、米銀とも一粒残らず、有る侭、
 進じ申し候。運上有るべき金、次いで諸公家、諸門跡へ、
 近江国高嶋郡において、八千石、それぞれに配分せしむ。
 朱印を以って、別紙請けこれ有り。自然、奉公無き輩(やから)
 これ在らば、叡慮として召し上げられ、誰に寄らず相働き、
 御奉公仁躰御支配状、くだんの如し。
   天正十六戊子卯月十五日 関白秀吉判

※ 地子(じし)- 律令制下において、諸国の官有地を農民に貸付けて、上納させた地代。
※ 余事(よじ)- 本筋以外の事柄。他事。
※ 六宮(りっきゅう)-古代中国で、皇后及び夫人のいる六つの宮殿。転じて、後宮。
※ 仁躰(にんてい)- 本人。
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「家忠日記 五」を読む 17

(まーくん走る!)

曇り空の下、まーくんの小学校の運動会に、女房と応援に行った。小学二年生で、小柄だけれども、走るのは得意で、陸上クラブに入っているという。先日、初めての大会にリレーで参加して、ぶっつけ本番のバトンタッチがうまく出来なくて、勝てなかったようだが、今日はなかなかの走りであった。小学低学年ながら前傾姿勢がとれて、様になっている。連写機能で撮った一枚である。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子四月
 四月小
一日 甲寅 雨降り。
二日 乙卯 雨降り。
三日 丙辰 関白様より家康様へ、御進物。兵粮弐千俵。
      一 七つたいの内、博多たい
      一 芋頭の水指し
      一 金森取り持ちの肩衝代、弐千貫。
      宗易取り持ち          宗易取り持ち
      一 小烏(こがらす)天目   一 羽淵竹杓
※ 芋頭の水指し(いもがしらのみずさし)- 茶道の用具の水指し。芋頭に似ることから。(「芋頭」は、サトイモの塊茎。親いも。)
※ 金森(れい)- 金森長近。戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。茶の湯の才にも秀でていた。
※ 肩衝(かたつき)- 肩の部分が角ばっている茶入れ。肩衝茶入れ。
※ 宗易(そうえき)- 千利休の法名。
※ 天目(てんもく)- 天目茶碗のこと。天目釉と呼ばれる鉄釉をかけて焼かれた陶器製の 茶碗のこと。
※ 羽淵(はねぶち)- 羽淵宗印。室町時代の茶杓削師。
※ 竹杓(たけしゃく)- 竹製の茶杓。抹茶を容器からすくって茶碗に入れるための匙。

四日 丁巳 去る朔日に、息子もうけ候由、申し来り候。
五日 戊午 雨降り。野田殿、西郷殿、振る舞い候。

六日 己未 雨降り。
七日 庚申 
八日 辛酉 
九日 壬戌 
十日 癸亥 形原、松又七殿へふる舞いにて越し候。

十一日甲子 雨降り。
十二日乙丑 
十三日丙寅 井野次郎左衛門所へ、ふる舞いにて越し候。
十四日丁卯 普請奉行衆、ふる舞い候。
十五日戊辰 京都へ飛脚越し候。

十六日己巳 雨降り。家康様、京都御仕合わせ、弥(いよいよ)能く候。
      関白様、家康様屋敷へ御座候いて、唐(から)の御羽織遣され候。
      去る廿九日に、関白様、家康様御同道に、御鷹野に出でさせられ候。
      行幸は十四日に相定まり申し候。
※ 仕合わせ(しあわせ)- めぐり合わせ。運。事のなりゆき。
十七日庚午 
十八日辛未 
十九日壬申 
廿日 癸酉 
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「家忠日記 五」を読む 16

(散歩道のアジサイ、その1)

ムサシの散歩道に、様々なアジサイが植わっている。それがこの季節、次々と花を咲かせている。しばらくは、色々なアジサイを鑑賞して頂きたい。品種に名前があるだろうが、あえて探さなかった。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子二月

2月16日より27日まで、干支が一日ずれている。青色部分が正しい。

十六日己巳(庚午)雨降り。
十七日庚午(辛未)家康様御上洛、廿八日に相定まる。
十八日辛未(壬申)雨降り。
十九日壬申(癸酉)
廿日 癸酉(甲戌)

廿一日甲戌(乙亥)雨降り。花節院に、ふる舞いにて越し候。
廿二日乙亥(丙子)深尾清十所に、振る舞いにて越し候。
廿三日丙子(丁丑)
廿四日丁丑(戊寅)かゝ詰め所に、ふる舞いにて越し候。夕飯、鵜善六へ越し候。
廿五日戊寅(己卯) 

廿六日己卯(庚辰)家康様より、去年当府にて御借夫申し候、米三百下され候。
※ 借夫(しゃくふ)- 夫喰米を借りること。
廿七日庚辰(辛巳)雨降り。
廿八日壬午 雨降りにて、御上洛相延べ候。
廿九日癸未 


 天正十六年(1588)子三月
 三月大
一日 甲申 家康様、御上洛成され候。中泉まで御越し成られ候。
二日 乙酉 
三日 丙戌 相良にて、御兵粮弐百俵、借り申し候。
四日 丁亥 
五日 戊子 雨降り。御前様、御上洛成され候。

六日 己丑 
七日 庚寅 
八日 辛卯 雨降り。
九日 壬辰 
十日 癸巳 

十一日甲午 雨降り。
十二日乙未 竹谷金左、興国寺より三川(三河)へ帰られ候。
十三日丙申 
十四日丁酉 二俣、小笠原越中越され候。
十五日戊戌 

十六日己亥 
十七日庚子 雨降り。
十八日辛丑 
十九日壬寅 家康様、去る十四日に岡崎を、御上洛候由候。
廿日 癸卯 雨降り。相良にて借り申し候兵粮、舟にて持舟(用宗)まで越し候。

廿一日甲辰 
廿二日乙巳 
廿三日丙午 御土方様、三川(三河)へ御越し候。
      普請奉行、天野清兵衛所にふる舞いにて越し候。
廿四日丁未 雨降り。本田佐渡所にふる舞いにて越し候。
廿五日戊申 雨降り。

廿六日己酉 
廿七日庚戌 家康様、御在京候。関白様は大坂に御座候由、申し来り候。
廿八日辛亥 材木届け候。
      関白様、去る廿二日、京都へ御帰り候て、
      家康様、東寺まで御迎えに御出で成られ、
      一段御機嫌候由、申し来り候。

この記述、いかにも猿狸、それぞれの性格が出ていて、大変興味深い。もっとも腹の中まではわからないが。

廿九日壬子 持舟(用宗)より材木届け候。
晦日 癸丑 関白様、御鷹好きにならせられ候て、この方より御鷹参り候。

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「家忠日記 五」を読む 15

(庭のデルヒニューム)

今、庭で一番目立っている花。名前が判らず、夜、テレビを見ていて、それらしい花を見て、名前をメモした。たぶんこの花だろうと思うが、色々品種もあるようで、確証は得られなかった。

朝から、アクア、最初の車検で、ディラーへ車を持っていく。3年乗ってみて、この車、燃費は良くて、小さいから小回りも効いて、実に年寄向けの車である。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十六年(1588)子正月
十一日乙未 夜、雨降る。祈祷候。
十二日丙申 雨降り。
十三日丁酉 例年連歌候。竹谷与二郎、岡崎法安、形原宮田、
      西郡‥‥藤助越され候。
      末遠く さか引く春や 宿の松  勘解由広定
十四日戊戌 形原いよ殿、礼に越され候。夜、雨降る。
十五日己亥 

十六日庚子 朝、雪あられ降る。竹谷備後所へ、連歌にて越し候。
十七日辛丑 岡崎、内藤弥次右衛門所より、音信候。
      興國寺、松平玄蕃所よりも、年頭の音信、来り候。
十八日壬寅 雨降り。
十九日癸卯 下、鵜殿八郎三郎、柏原、鵜殿藤助所へ礼に越し候。
廿日 甲辰 永良へ堤築かせに‥‥を越し候。
      岡崎信光坊、越され候。

廿一日乙巳 大坊に嶋田右衛門子侍‥‥馬を受取りてひらき、ふる舞い候。
廿二日丙午 会下へ参り候。晩より雨降り。
廿三日丁未 
廿四日戊申 雨降り。
廿五日己酉 

廿六日庚戌 
廿七日辛亥 
廿八日壬子 駿河御普請にあらい(新居)まで越し候。
      吉田へよう候。竹谷与次‥‥
廿九日癸丑 見付まで越し候。家康様は中泉に御鷹野に御坐候。
      出仕候儀は、駿府にて申し候え候由に候。
晦日 甲寅 嶋田まで越し候。


 天正十六年(1588)子二月
 二月小
一日 乙卯 駿府まで参着候。夜、雨降る。
二日 丙辰 雪、雨降る。石採り候。
三日 丁巳 朝、普請奉行衆ふる舞い候。鵜殿善六所へ、振る舞いにて越し候。
四日 戊午 御本城、堀浚え候。
五日 己未 家康様、御帰り候。

六日 庚申 雨降り。
七日 辛酉 年頭御礼申し候。水野清六所にふる舞いにて越し候。
八日 壬戌 家康様より、御鷹の雁に給り候。
九日 癸亥 雨降り。如雪へ振る舞いにて越し候。
十日 甲子 内方、やい火(灸)

十一日乙丑 
十二日丙寅 
十三日丁卯 
十四日戊辰 御城に、御鷹の鶴の振る舞い候。
十五日己巳 
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「家忠日記 五」を読む 14

(散歩道のユリ)

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十五年(1587)亥十二月
 十二月小
一日 丙辰 浜松まで帰り候。
二日 丁巳 深溝まで帰り候。竹谷へ備後、煩い聞くに、寄り候。
三日 戊午 殿様、岡崎に御座候。人を越し候。内勘解由所にふる舞い候。
四日 己未 
五日 庚申 

六日 辛酉 善五左衛門所に振る舞い候。永良へ網引かせに越し候。
七日 壬戌 仕立候、網引かせ候。鯉七十五本、鮒五十枚。
八日 癸亥 同網引かせ候。鯉六十五本、鮒三十五枚。
九日 甲子 家康様、西尾へ越し候。
十日 乙丑 家康様より、御鷹の雁、給い候。

十一日丙寅 
十二日丁卯 
十三日戊辰 
十四日己巳 
十五日庚午 会下へ参り候。

十六日辛未 雨降り。
十七日壬申 
十八日癸酉 家康様、西尾より岡崎御越候。
十九日甲戌 家康様、駿河へ帰られ候。
廿日 乙亥 雪降る。そけいふる舞い、岡崎久悦も越され候。

廿一日丙子 会下。順透へふる舞いにて越し渡り、とうこへ越され候。
廿二日丁丑 
廿三日戊寅 永良へ網引かせに越し候。鯉五十本、鮒三十八枚。
廿四日己卯 吉田歳暮にて、人を越し候。
廿五日庚辰 

廿六日辛巳 
廿七日壬午 
廿八日癸未 会下へ参り候。
廿九日甲申 夜、雨降る。


 天正十六年(1588)亥正月
      小年丗四
 天正十六戊子正月大
一日 乙酉 家中衆礼日。
二日 丙戌 会下へ参り候。
三日 丁亥 太郎右衛門ひとり候。供煎茶候。
      駿州へ御出仕、聞きに、飛脚を遣し候。
四日 戊子 雪降る。
五日 己丑 駿河、酒左衛門督所より、来る十五日已前(以前)に、
      駿府御普請越し候え候由、申し来り候。

六日 庚寅 永良へ網引かせに越し候。鯉二十本、鮒百五十枚捕り候。
七日 辛卯 来十五日の御普請、相延べ候由、吉田小五郎所より申し来り候。
八日 壬辰 雨降り。会下東堂様、大洞より越されて、ふる舞い申し候。
      岡崎久悦、野田吉太、礼に越され候。
九日 癸巳 岡崎、本田作左衛門所へ、礼に越し候。
      中嶋おその池にて、網を引かせ候えば、廻りより舟を押さえ候。
十日 甲午 会下にふる舞い候。岡崎作左より、‥‥藤国、使いを越され候。
      安藤太左衛門礼に越され候。鵜殿藤助殿、雪吹与右衛門親子、礼に越し候。
      竹谷金左より初鯨越し候。
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「家忠日記 五」を読む 13

(散歩道のタチアオイ)

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十五年(1587)亥十月
 十月小
一日 丁巳 普請は家康様、田原より御帰られこれ無く、
      手前、家の等々取りに山家へ越し候。
二日 戊午 
三日 己未 家康様田原より御帰城候。
四日 庚申 朝飯、小栗二右衛門所へ、ふる舞いにて越し候。
      夕、御城に初雁、初(鮭)の御ふる舞い候。
五日 辛酉 

六日 壬戌 雨降り。
七日 癸亥 駒の段、石がけ(石垣)候。
八日 甲子 
九日 乙丑 
十日 丙寅 

十一日丁卯 雨降り。
十二日戊辰 本城堀普請候。
十三日己巳 雨降り。
十四日庚午 水野清六所、ふる舞いにて越し候。
十五日辛未 

十六日壬申 水野清六所、ふる舞いにて越し候。
十七日癸酉 深尾清十所へ、ふる舞いにて越し候。晩、雨降る。
十八日甲戌 御城に初鱈のふる舞い候。
十九日乙亥 
廿日 丙子 

廿一日丁丑 
廿二日戊寅 
廿三日己卯 
廿四日庚辰 
廿五日辛巳 夜、雨降る。

廿六日壬午 雨降り。屋敷家建て候。戸田三郎右、親子越され候。
廿七日癸未 
廿八日甲申 
廿九日乙酉 


 天正十五年(1587)亥十一月
 十一月大
一日 丙戌 夜、雨降る。
二日 丁亥 
三日 戊子 牧永より御城才(材)木届け候。
      駒の壇の石がけ(石垣)出来候。
四日 己丑 二の曲輪の石がけ(石垣)候。
五日 庚寅 朝食、阿部吉右衛門所にふる舞い候。
      夕、御城に鷹の雁の御振る舞い候。

六日 辛卯 
七日 壬辰 屋敷へ越し候。
八日 癸巳 朝、雨降る。
九日 甲午 小性衆、振る舞い候。
十日 乙未 鵜殿八郎三郎所へ、ふる舞いにて越し候。

十一日丙申 戸田甚九所へふる舞いにて越し候。
十二日丁酉 
十三日戊戌 水野清六所へふる舞いにて越し候。
十四日己亥 いの二郎左衛門所へふる舞いにて越し候。
十五日庚子 宵に雨降る。酒井左衛門督、家康様御申しに御能候。

十六日辛丑 小性衆ふる舞い候。
十七日壬寅 
十八日癸卯 
十九日甲辰 
廿日 乙巳 

廿一日丙午 
廿二日丁未 
廿三日戊申 深尾所へふる舞いにて越し候。
      家康様、御鷹野に三州へ御越し候。日中なり。
廿四日己酉 
廿五日庚戌 

廿六日辛亥 
廿七日壬子 大治部祝言に、弐百疋出し候。
廿八日癸丑 大窪治部むすめ、信州足田所へ越し、送りに路次まで越し候。
      晩、雨降る。
廿九日甲寅 跡部大炊助所へ、ふる舞いにて越し候。
晦日 乙卯 普請出来て、藤枝まで帰り候。深尾清十同心候。
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「家忠日記 五」を読む 12

(散歩道の桑の実)

昔は田舎ではどこでも作られていた桑の木だが、今ではほとんど見ることがない。その桑が散歩道に一株だけあり、今、赤い実を付けている。

「家忠日記 五」の解読を続ける。

 天正十五年(1587)亥九月
 九月大
一日 丁亥 
二日 戊子 大雨降る。所々大水出で候。
三日 己丑 雨降り。
四日 庚寅 大雨降る。
五日 辛卯 雨降り。愛宕山伏越され候。

六日 壬辰 雨降り。
七日 癸巳 鯉網仕立て候。
八日 甲午 
九日 乙未 
十日 丙申 

8日から14日の空欄に、以下の玉椿の品種の値段らしき記述がある。本人の書いたものなのか、何のために書かれたか、不明である。後世に書き加えられたものなのかもしれない。

          玉椿
       一 りんりゅう    五両
       一 ちょうし     弐両
       一 さこう      弐朱
       一 くんろく     壱両
       一 かんしょう    壱分
       一 白旦       弐分
       一 かいこう     壱両弐分
       一 しょうもっこう  弐朱
※ 玉椿(たまつばき)- ツバキの美称。

十一日丁酉 夜、雨降る。  
十二日戊戌 
十三日己亥 
十四日庚子 
十五日辛丑 夜、雨降り。

十六日壬寅 お猿、腫物煩いにて、岡崎各右衛門越され候。
※ お猿(おさる)- 家忠の息子。
十七日癸卯 来る朔日より、駿河御城、普請候由、酒左衛門尉より申し来り候。
十八日甲辰 家康様、田原へ鹿狩りに、明日、小松原まで越され候由、
      大津より申し来り候。
十九日乙巳 
廿日 丙午 

廿一日丁未 法楽の連歌候。竹金左、越され候。発句、

      松に菊 千世添う影や 神の庭  正佐

      我々は、家康様田原へ鹿狩りに出られ候て、
      形原より渡海候えば、風吹いて、橋田崎より帰り候。
      明日、人ばかり遣し候。
廿二日戊申 祈祷候。何もは十一日に候え候か。(意味不明)
      南城坊寺に申す様にて、延引き候。
      会下へ参り候。とうとう様、大洞より御越しにて、
      田原へ越し候を帰り候。
廿三日己酉 
廿四日庚戌 
廿五日辛亥 

廿六日壬子 駿河御城、普請のため、あらい(新居)まで出で候。
廿七日癸丑 風雨にて、あらい(新居)に逗留候。
廿八日甲寅 見付まで越し候。
廿九日乙卯 嶋田まで越し候。
晦日 丙辰 府中まで参着候。
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「古文書に親しむ(経験者)」講座、第二回課題 その2

(庭にもう一本あったバラ)

先日、庭の唯一のバラとしてピンクのバラを取り上げたが、もう一本赤いバラが生垣に隠れて咲いていた。これは我が庭で三十年絶えずに、ひっそりと花を咲かせ続けている。

午前中、掛川の孫3人来る。昼はうどんを茹で、冷やしうどんにして食べる。

昨日の続き、課題の二通目の文書(後半)である。

右品々御貸附金、私義連々身上不如意に相成り、
追々拝借仕り罷り在り候処、去る巳年、組久次郎、
欠落いたし、行衛相知れず候に付、村役人ども一同、跡取り調べ
候処、久次郎儀、多分の御貸附、拝借仕り罷り在り、驚き入り
候えども、申上ぐべき様も御座なく候間、品々相談の上、取り計い候
処、全て致し方これ無き分、金百弐拾両余、私拝借引き
請け、これまで元金弐割済の分、並び利金とも滞りなく上納
仕り候。然る処、私義、近年病人多く、その外、よんどころなき
臨時の物入りなどにて、甚だ困窮仕り、取り続き覚束なく、難儀
至極に存じ奉り候所に付、誠に以って恐れ入り候御儀には御座候えども、
書面御貸附拝借残金、弐百拾三両永弐拾七文四分
壱厘八毛、五ヶ年の積りにては、何分上納仕るべき
手段御座なく、誠に難渋仕り候間、格別の御憐愍
を以って、右残金弐百拾三両の儀、当申年より十ヶ年に
御割合い、御上納仰せ付けられ下し置かれ候わば、この上なく有難き
仕合せ存じ奉り候。左候えば、年々元利とも少しも滞りなく御上納
仕り、私身上取続きの儀も出来仕り候間、何分御慈悲
の程、偏えに願い奉り候、以上
 文化九年         駿州志太郡道悦嶋村
   申七月              藤蔵
 島田御役所

※ 連々(れんれん)- しだいしだいに。
※ 身上(しんしょう)- 家の経済状態。暮らし向き。
※ 欠落(かけおち)- 領民が無断で住所から姿を消して行方不明の状態になること。


三つ目の課題は甲州の清水港出役名主による御用留め控え帳である。これは冊子文書で、出役名主を仰せ付けられてから、発生した様々な文書を写し取り、経過の記録を加えたもので、この講座では何回かに分けて読んで行きたいと思っている。今回はその最初の部分である。

  元治二年
御用留め控え帳
  丑正月吉日 駿州清水港出役名主
         下田原村
          長沢市兵衛

   差上げ申す一札の事
私ども儀、当子、江戸御廻米籾、御積み立てに付、
駿州三場所出役名主仰せ付けられ、万端正路
取り計らい、郡中為筋、実意心掛け、かつ積立方
捗取(はかど)り候様、入念に相勤むべき旨、仰せ渡され、承知
畏まり奉り候。依って御証文差上げ申す処。件(くだん)の如し。
  元治元(1865)子十一月
     清水湊
              下田原村 名主 市兵衛
     岩渕兼蒲原
              楠甫村  名主    久左衛門
              羽鹿島村 長(百)姓 惣兵衛
              角打村  長(百)姓 平兵衛
     軍方  
              清水 下曽根村 三左衛門
              岩渕 在家塚村 彦左衛門
              蒲原 川上村  常左衛門
※ 駿州三場所(駿州三場所)- 甲州の御廻米の中継地。岩渕、蒲原、清水の三場所。
※ 出役名主(しゅつえきなぬし)- 幕府の年貢米を江戸・大坂に送るための役人。
※ 正路(しょうろ)- 正道。正直。
※ 為筋(ためすじ)- 利益になる事柄。


    請け取り奉る金子の事
 一 金七両也
右は当子御物成り、江戸御廻米御用に付、駿州
清水湊出役名主仰せ付けられ候に付、日掛り諸入用の内、
御前借として、書面の金子、御渡しなられ、請け取り奉り
候処、よって件の如し。
                 下田原村
 元治二(1866)丑正月十三日    名主 市兵衛
   市川御役所
前書の通り、相違御座なく候に付、奥印仕り候、以上。
                   郡中惣代
                    落居村 文蔵

※ 物成(ものなり)- 江戸時代の田畑の年貢。ちなみに「小物成」は雑税。
※ 奥印(おくいん)- 江戸時代、文書や帳簿の奥書に捺した印。
※ 郡中惣代(ぐんちゅうそうだい)- 江戸時代の天領における村役人の代表。
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