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「富士日記」 21 (旧)七月廿八日(つづき)

(散歩道のクロタラリア・スペクタビリス)

「富士日記」の解読を続ける。

足柄の神の御坂と詠みては、数多(あまた)見しように覚ゆ。
(原注 足柄の 御坂畏こみ 曇り夜の 吾(あ)がしたばえを 言(こち)出つるかも
    足柄の 御坂たまわり 返り見ず 吾(あ)れは越え行く 荒らし男(お)も立(た)し
   後拾遺集 能因法師
    白雲の 上より見ゆる 足引の 山の高嶺や 御坂なるらん)

※ したばえ(下延)- ひそかに隠していたこと。

そは異なり、

   富士の嶺を 背向(そがい)に見つゝ 分け登る
        山の高嶺は 梺
(ふもと)なりけり
※ 背向(そがい)- 後方。背後。

されどたむげ(峠)までは、五十町ばかり有りと云えば、たやすからんやは、

   塩の山 差出の磯も 見まほし
        辛き旅をも 我れはするかな

※ 見まほし - 見たい。
※ 辛い(からい)- つらい。苦しい。


口遊びつゝ、かろうじて登り果てたれば、甲斐ヶ嶺に続ける山々、遥かに見え、来し方は、富士の嶺、雲井に聳(そび)えて、いと面白し。たむげ(峠)に小さき祠あり。天神の社なれば、ここを天神峠とも、里人は言えるとぞ。
※ 口遊ぶ(くちすさぶ)- 詩や歌などを思いつくままに口にしたり歌ったりする。
※ 雲井(くもい)- 雲のある場所。雲のたなびいている所。大空。


暫し見放けて、坂をひた下りに下る。半らばかりと覚ゆる山の木陰に、旅人三人息(いこ)い居たり。そこに清水の有れば、掬(むす)び飲むに、いと冷ややかなり。飽かで別るゝ人は無けれど、雫に濁るはうべ(諾)なりけり。
※ 見放く(みさく)- 遠くを望み見る。
※ 半ら(なから)- 半分。半ば。
(原注 古今集 つらゆき
    むすぶ手の 雫に濁る 山の井の あかでも人に 別れぬるかな)


午の貝吹く頃、藤の木と云う所に至りて、今朝、吉田にて、包みて持たりし、餉(かれいい)(と)う出て、飢えを助け、そこを立ちて、黒駒と云う駅家(うまや)に至る。
※ 午の貝(うまのかい)- 午の刻(正午)を知らせるために吹く法螺貝。

ここは日本紀、雄略紀に、ぬばたまの甲斐の黒駒と詠める歌あれば、古しえ黒駒奉りし所なるべし。
※ ぬばたまの -「黒し」「黒髪」など黒いものにかかる枕詞。
(原注 各天皇紀に云う、木工猪名部真根、罪有るに付、物部野に刑(しおき)す。(中略)勅使以って甲斐黒駒に乗せ、刑処に詣で止めてこれを赦し、徽纆を解き、復た歌を作して曰く、
   ぬばたまの 甲斐の黒駒 鞍着せば 命死なまし 甲斐の黒駒
聖武天皇紀に云う、天平三年十二月丙子、甲斐国献神馬を献ず。黒い身体、白い髪と尾。)

※ 猪名部真根(いなべのまね)- 古墳時代の人物で、墨縄職人。
※ 徽纆 - 墨縄。墨壺(すみつぼ)についている、黒い線を引くための糸。墨糸。
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