のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

上野千鶴子さん講演「女性の活躍推進に向けて」

2019年09月21日 06時21分56秒 | 備忘録
縁あって、九州大学で行われた「九州・沖縄アイランド女性研究者支援シンポジウム」で行われた上野先生の講演会を聴講しました。

上野先生が実際に話されているところを拝見するのは初めてでしたが、なるほど!これが「外向け」の講演会仕様なんですね!と感嘆しました。
内容が簡潔でとても分かりやすい。
話し方が柔らかく、時折ユーモアを取り混ぜながらも、ご自身の伝えたいこと、主張をしっかりと述べる。
少し要領の得ない質問になっていないような質問に対しても、温かく受け止めたうえでその質問に対しての回答のような体でご自身の考え方を伝える。

私もこのように柔らかいスタンスで、自身の主張をしっかりと伝えられる女性になりたい、と強く憧れました。
とにかくかっこよかった!

以下は講演会の備忘録です。
走り書きのメモなので、細かい点は異なるし、私なりのバイアスがかかって受け止めているため、上野先生と意図と異なる点は多々あると思われます。

・日本は、「女性の活躍度」に関する国際的順位がここ数年、下がり続けている。
 →要因:女性の政治家数の少なさ、女性の収入の低さ。

・女性の平均収入は下がり続けており、経済格差はますます大きくなっている。
 →要因:非正規雇用。女性の7割が非正規雇用。

・日本の経済が悪化していた90年代に「一時的な救済策」として、「非正規雇用」の社員が生まれた。
 →いずれ経済が回復したら、「非正規雇用社員」は「正規社員」に吸収される予定だったが、当時の想定通りに経済が回復せず、非正規社員は非正規社員のまま、50代を迎えようとしている。

・国立大学など教育機関も非正規社員化は深刻。
 →40歳未満の研究者などは「任期付き」の雇用が6割以上となっている。

・「女性の活躍推進」をテーマにしているが、女性も「正規社員として働いている女性」「非正規社員から正規社員になれない女性」「非正規社員を選んでいる女性」がおり、問題は複雑。
 →状況が異なるため、女性同士にも関わらず、まとまれない。

・なぜ男女格差をなくす必要があるのか?という疑問への解は3パターンある。
 解1:社会的公平性。この解を出す人たちは、「男女格差をなくすこと」が目的となっている。
 解2:効率性。女性が経営陣にいる会社は業績がいい、不況後の業績回復も早いという研究結果。
 解3:社会変革。女性が活躍することで社会は支え合い、寄り添い合える社会に変わる。

・女性は弱者に寄り添う本能がある。女性自身が出産・育児を通して、社会的弱者の立場を経験することも大きい。

・女性は「男性みたいになりたい」わけではない。強者・支配者になりたいわけでもない。

・女性は男性に「女性の経験(弱者に寄り添う経験)」を分かち合ってほしい。(のではないか。)
 →経験を分かち合うことで社会は変わる。

・これからは超高齢化社会であり、人口減少社会でもある。女性が活躍することで支え合い、寄り添い合えるようになった社会は、みんなが生きやすくなるのではないか。

・そのために必要なのは女性が経験を伝え合うこと。

「美しい人」までの距離。

2013年08月27日 22時34分22秒 | 備忘録
CMや広告のキャッチコピーを見るのが大好きです。
本の帯のコピーを読むのも好き。
本は何度も繰り返し読んで、あー!やっぱり我が家にいてほしいわー!と
我慢できなくなった子だけを引き取らないと、際限なく増えていくので
ジャケ買いしたことは皆無ですが、ついつい帯買いしたことはあります。

毎年各文庫がこぞって出す「夏の100冊」フェアのブックレットも大好きですが。
今年の新潮文庫は「ワタシの一行」という新企画を打ち出していて、
ブックレットを3回ぐらい読み返しました。

----- ワタシの一行 ---------------------

  本を読んでいると、ふと、
  ある一行に心をつかまれることがある。
  涙をさそう一行があり、
  誰かに語りたくなる一行がある。
  ときに一生を変えるような一行がある。
  同じ本を読んでも、
  読む人によって、読む年齢によって、
  心にひびく一行は変わる。
  そこが本のおもしろいところ

-----------------------------------------


というコンセプトのもと、ブックレットに並べられるそれぞれの本の中のとっておきの一行。

・ぼくが怖いのは変わることだ。/4TEEN(石田衣良)
・繋ぎ留めておきたい、この時間を。/夜のピクニック(恩田陸)
・裏切って卑怯者になるよりずっといい。/月の影 影の海(小野不由美)
・笑わないんじゃない。笑えないんだ。/エイジ(重松清)

1行の力強さがものすごい。
選りすぐりの1行を読むだけで、胸が熱くなります。
それぞれの本から選ばれた一行には、映画の予告編と同じ魔力が潜んでいる。
映像に負けない力強さを持っている言葉に改めて心打たれていたところ
晩夏の博多駅にてこんなキャッチコピーを見つけました。


-----------------------------------

     美しい人は、

     ちゃんと眠る。
     ちゃんと起きる。
     ちゃんと食べる。
     ちゃんと泣く。
     ちゃんと着る。
     ちゃんと恋する。
     ちゃんと忘れる。

    とか言われなくても、
    ちゃんとそうする人。

      私らしく、
      博多らしく。

   美しく、生きていく。AMU

-------------------------------------


動揺。
メッセージが力強すぎて、思いっきり動揺しました。
でもって、さすがキラキラ女子がたくさん集う商業ビル。
と、納得しました。
道理でまぶしいわけだわ、と嘆息しました。

私なんて「ちゃんとする。」「ちゃんとがんばる」「あしたから。」
と言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせても全然ちゃんとできたことないのに。
「美しい人」は、そんなこと言われなくてもちゃんとそうするんですって。
すごい説得力。すごい敗北感。

あ、そゆことね。
と、ちょっぴり物悲しい気持ちを味わいました。

「美しい」からほど遠すぎる。
全然、たどり着ける気がしません。

信じる/谷川俊太郎

2012年12月24日 23時09分01秒 | 備忘録
朝、何気なくつけていた某公共放送のドキュメンタリーにて
南相馬市の高校生合唱団「MJC」がコンクールで歌った曲「信じる」が流れました。
あまりに素敵な歌詞だったので、備忘録代わりのメモです。
作詞をされたのは大好きな谷川俊太郎さんでした。
彼の選ぶ言葉は、いつもどストライクで大好きで心が揺さぶられます。


--------- 「信じる」 -----------------------

笑うときには大口あけて
おこるときには本気でおこる
自分にうそがつけない私
そんな私を私は信じる
信じることに理由はいらない

地雷をふんで足をなくした
子どもの写真目をそらさずに
黙って涙を流したあなた
そんなあなたを私は信じる
信じることでよみがえるいのち

葉末(はずえ)の露(つゆ)がきらめく朝に
何をみつめる小鹿のひとみ
すべてのものが日々新しい
そんな世界を私は信じる
信じることは生きるみなもと

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特に最後の1節が胸に迫りました。
当たり前のように受け入れているけれど。
そのことにきちんと気がついて、言葉ですくい取れる。
丁寧にものごとを見つめて
丁寧に一瞬一瞬を生きていないとできないことだな、と思いました。

「すべてのものが 日々新しい
 そんな世界を 私は信じる
 信じることは 生きるみなもと」

納得できなくて「なんでだろう?」と思うことも多々あるけれど
そんな毎日の中で、それでも私はいろんなものを、
たくさんのことを、大好きな人たちを、
信じて生きているんだな、と腑に落ちました。

やっぱり好き

2012年11月23日 09時16分07秒 | 備忘録
雑誌「ダ・ヴィンチ」にて、大好きな漫画家「あだち充」さんが特集されていました。
まだざっとしか読めていないけれど、
というか、ざっとも読めていなくて、見出ししか流し読めていないけれど、
それでも、それだけでも、
やっぱり好きだなぁ、この方の感性。
としみじみ思ったので自分用のメモです。

----- 巻頭言のようなモノ(本人寄稿)--------

何かを手に入れるためには
何かを手離さなければならない。
指先ひとつで飛び交う情報
省かれた手間、ヒマ

便利さはあっという間にただの日常となって
手離したモノを思い出すのはずっと後になってから・・・

手間、ヒマ、時間をかける事はムダな事ですか??

ま、いいや
本屋さんにでも行って来よっと。


------ お兄様(漫画家さん)が亡くなられた時のコメント --------

漫画家としての才能を使い切る事なく、
でたらめで無茶苦茶なバカ兄貴を演じ切っていただいた事、
かけられた迷惑分をさしひいてここに感謝致します。

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あだちさんの作品に出てくる登場人物たちの
努力を全面に押し出さないところとか
自分の想いを押し付けないところとか
真剣な想いや大事な想いほど
照れくさくてまじめに伝えられないところなんかが大好きです。
口にしない想いが画面からにじみ出る構成も大好きです。

それにしても。
初めてあだちさんのお写真を拝見しましたが
作品内によく登場する「作者」通りの人でびっくりしました。
私の見知っている「あだちさん」通りの人だった!
まったく違和感なくあのキャラクターだった!
初めて会うって感じがしなくて、そこがまた素敵でした。
やっぱり好きだなぁ。

荒木右還暦書展

2012年03月26日 22時31分50秒 | 備忘録
高校時代の恩師から書展開催のお葉書をいただいたため、
県立美術展に行って来ました。
あ。恩師は荒木右さんではありません。
荒木右さんは恩師の書道仲間だそうで、
恩師も併催の六象会書展に二点出展されていました。

どうも私は、和紙が紡ぎだすあの柔らかな白と
墨汁のすっきりとした黒が生み出すシンプルなのに
まったく無機質ではない空間がとても好きみたいです。
言葉と漢字と字体、それぞれに「意味」があって、
それぞれの意味を補い合ってひとつの言葉を作り出すところも好き。
この字だから、こういう書き方をする、とか
この言葉だから、この筆を使って書き上げる、とか
空間全体を使って、言葉の意味を大切に表現しているところが興味深かったです。

その中でもっとも好きだったのが


「日々是好日」(右からお読みください。)
この画面全体に漂う飄々とした穏やかな雰囲気がとても好きでした。
見ているだけで、肩の力が抜けてくる。
会場をぐるぐるしては、何度もこの書の前に戻ってきました。

そして、


「日上月下」(右からお読みください。)
「日」という漢字のものすごく美しい丸加減に見とれました。
見れば見るほど「おひさま」って感じで、
書を見ているだけで思わず笑顔になりました。
「まる」って、なんだか醸し出す雰囲気が穏やかだなー。
漢字一文字一文字が、ちゃんと「意味」を持っていて
漢字は象形文字だってことを思い出させてくれました。
かわいい。

そして、正統派の


これまた素敵で。
荒木さんの自作の和歌だそうです。
歌も含めてすごくすごく好きでした。
「花一輪」の「一」が力いっぱいおっきく線がひかれていて
寒い寒い2月の終わりに花を「一輪」見つけて「春だ!!」
とテンションがあがるときの感じとか
「春香る」の「春」のにじみ具合に
空気がまだまだぱっきりと冷たいときに、
梅からふんわりと漂う花の香りの「ほわっ」とした感じとか
そういったものがすごく思い出されました。

そういえば、書道って準備が大変だったり
必ず洋服を汚してしまったりで
(って、それは私のうっかりが過ぎるせいですが。)
苦手でしたが、それでも書道の持つ凛とした空気や
墨汁の匂いは好きだったことも懐かしく思い返しました。

今でも、美しい字を書く人に出会うと、無条件で胸がときめきます。
その瞬間、魅力3割り増しで「素敵な人!」と思います。

天声人語より

2011年09月07日 07時32分56秒 | 備忘録
今朝の朝刊「天声人語」に掲載されていたわずか20文字の小さな詩です。



---------------------
なまえをわすれたら
「あそびましょ」で
いいでしょう
---------------------


半世紀前の6才児の作品だそうです。


この気負わなさ加減がたまらなく好きです。
こんな素直な気持ちで、
これくらい肩の力を抜いて、
でも、受け身ではなく自分から
周囲の人に関わっていける人が私の理想です。

小さな目より

2011年09月06日 23時28分10秒 | 備忘録
9月3日土曜日の朝日新聞に掲載されていた「小さな目」。
小学校四年生の言葉です。
なんだかちょっぴり泣きそうになりました。

---- ■ 芽が ■■ --------------------------

たねからやっと芽を出して
はじめて見た空
はじめて見た月
はじめて飲んだ水
はじめてすった空気
はじめてが いっぱい
ここの世界はどうですか

私はけっこう
気に入っています
家ぞくはみんなやさしいし
友だちは みんな
助けてくれる
これからもいっしょに
大きくなろうね

-------------------------------------------------

素直な言葉で綴られる文章はあたたかいな、と思いました。



この世界はいかがですか?

きついこと、辛いこと、泣きそうになることもたくさんあるけれど
楽しいこと、すてきなこと、おもしろいことだって、同じくらいあるよ。
泣きたいときはひとりで泣いてもいいけれど
家族や友達の中に、一緒に泣いてくれる人がきっといるよ。

と、伝えたい人がいます。切実に。
台風一過。
夏の終わりの空気は、うだるような暑さが消えて
ほんの少し寂しくなりました。
毎年のことながら、私はこの季節がとても苦手です。

ありがとう。お疲れ様でした。

2011年07月19日 23時22分08秒 | 備忘録
大関 魁皇が引退を表明しました。

ニュースを聞いた町の人々のインタビューのほぼすべてが
「ありがとう、だけですね。」
「本当によくがんばってくれた。しょうがないですよね。」
「寂しいけれど、ありがとうと伝えたい。
 本当にお疲れ様でした。」
という20年の土俵人生に対する感謝の言葉でしたが
私はニュースを聞いた瞬間、
「イヤだー!!九州場所までがんばってほしかったよう!
 せめて、もう1場所ぐらい。寂しいよー!!」
と駄々をこねました。

満身創痍の状態で、それでもがんばってがんばって
気力のみでがんばり続けてくれた魁皇なのに。
でも、やっぱり寂しい。寂しくてたまりません。

魁皇がひときわ大きな歓声で土俵に迎えられる姿を見るのが大好きでした。
大相撲人気がどんどん失速する中、
反比例するように大きくなっていった魁皇コールに
大相撲の人気がなくなったわけじゃない、
まだまだ相撲を好きな人はたくさんいるよね!と励まされました。

長い長い土俵生活。
本当にお疲れ様でした。ありがとう。

NHKさんのニュースでは
「『記録』と『記憶』を残してくれた力士」
と紹介されていて、私はその言葉に心からの賛同を送りました。
そして、引退に際してのコメントからも魁皇の人柄が滲み出ていました。

やっと終わったな、長かったと思う。

振り返れば、いろんな人に支えられ、応援してもらった。
そういう人たちがいたから、ここまでやってこれた。

23年間の相撲人生は長い。
簡単には振り返れないけど、すべての人に感謝したい。
言葉にできないほど感謝でいっぱい。魁皇としての人生は最高でした。

夜のミッキー・マウス/谷川俊太郎

2011年07月16日 11時16分19秒 | 備忘録
久々に谷川さんの詩集に手を伸ばしました。
言葉の選び方、使い方を尊敬。
どんな感性を持っていたら、こんなふうに世界を見られるんだろう。

個人的に今回の一番の発見は「ああ」の官能的な世界でした。
人間には豊かな想像力があるから、直接的な言葉を使わなくても、
直接的な画像や言葉遣いよりもよほどエロティックな世界を紡ぎだすことができる。
言葉の力の大きさを痛感しました。

そして、「ひとつまみの塩」の最後の二行に深く感銘を受けました。
詩を読むとき、私はいつも考えすぎてしまうけれど
好きな言葉を探し出すだけでいい。理解しようなんて考えなくていい。
「レシピの楽譜を演奏するのは自分しかいないのだから
 理解を超えたものは味わうしかないのだから」

以下、私のための備忘録です。
----- 「五行」より抜粋 -----------------------------------------

昨日を忘れることが今日を新しくするとしても
忘れられた昨日は記憶に刻まれた生傷
    ・
    ・
    ・
その人の悲しみをどこまで知ることができるのだろう
目をそらしても耳をふさいでもその人の悲しみから逃れられないが
    ・
    ・
    ・

------ 「よげん」 ----------------------------------------------

きはきられるだろう
くさはかられるだろう
むしはおわれ
けものはほふられ
うみはうめたてられ
まちはあてどなくひろがり
こどもらはてなずけられるだろう

そらはけがされるだろう
つちはけずられるだろう
やまはくずれ
かわはかくされ
みちはからみあい
ひはいよいよもえさかり
とりははねをむしられるだろう

そしてなおひとはいきるだろう
かたりつづけることばにまどわされ
いろあざやかなまぼろしにめをくらまされ
たがいにくちまねをしながら
あいをささやくだろう
はだかのからだで
はだかのこころをかくしながら



棟方志功展-祈りと旅-

2011年07月05日 23時04分30秒 | 備忘録
当初から行きたい!と思い、チケットも入手していたものの
ばたばたして過ごしていたところ、危うく入手チケットを無駄にするところでした。
最終日にようやく福岡県立美術館にて鑑賞。

このところ、「○○展」と銘打たず「○○をめぐる世界」みたいな感じで
ある作家さんを中心として同時代に、もしくは同ジャンルで
活躍されている方々の作品を一堂に会した展覧会が増えていますが
今回はがっつりと棟方志功さんの作品のみを集めた展覧会で
棟方さんの世界観を堪能できるとても見応えのある作品展でした。

鑑賞しながら強く思ったのは
独自の世界観を持っている人、
その世界観を自分の手で形にできる人ってすごいな、ということ。
誰しも自分だけの世界観を持っているとは思うけれど
それがどこまでもオリジナリティあふれるもの、という人は
少ないんじゃないかな、と思うのです。
何かしら、もしくは誰かしらの影響を受けて、今の自分がある。
でも、芸術家と呼ばれる人たちは
最初の出発点は誰かしら、何かしらの影響を受けていても
その影響を超えて自分の世界観を作り上げられる人。
どうやったらこんなことを思いつくんだろう、と周囲を圧倒できる人。
私にとっての「芸術家」はそういった方々で、
だから尊敬してやまないし、無条件で憧れます。
今回の作品展を見て、改めてその想いを強くしました。

とにかく自由で豊かな発想の数々に圧倒されました。
故郷青森の影響を色濃く受けていて
「銀世界」を思わせる白黒を基調とした画面に
ごつごつとした作風が力強く描かれている初期作品。
青森のねぶた祭りを思わせる鮮やかで華やかな画面構成に
やはり力強く描かれる独自の宗教観を取り入れた中期以降の作品群。
どちらも、どうやって画面構成を決めているんだろう
どこからこのイマジネーションが湧きでるんだろう
とただただ圧倒される作品たちでした。

板画(棟方さんは終生、「版画」ではなく「板画」という言葉を
こだわりをもって使われていたそうです。)は
削るところ、残すところによって、画面構成が大きく異なるはずで
でも、一度、削ってしまったところは元に戻せない。
ということは、作品の下書き段階で、どこを削ってどこを残したら
どういうふうに画面の配色が変わってくるのか、というような
画面構成がきっと見えてるんだろうなー、というようなことを考えて
その工程にくらくらしました。

何も考えずにするすると見ていましたが
「好きだなー、これ。」と思い、何度も戻って見返したのは
二菩薩釈迦十大弟子(にぼさつしゃかじゅうだいでし)
・伸びやかな空を漂う神様(?)ふたりが印象的な宇宙頌
・棟方さんの奥様チヤさんが愛するコスモスの花々をあしらった
 女性の大首絵「倭絵胡須母寿花頌(やまとえコスモスかしょう)」
・岡本かの子さんの詩との共同制作「女人観世音版画巻」
・草野心平さんの詩集「富士山」に挿画として描かれた作品群

特に二菩薩釈迦十大弟子のユーモラスな表情のお坊様たちは
棟方さんの自画像にも通じる穏やかなぬくもりにあふれていて大好きでした。
あとは大胆でシンプル、かつ豪快な構成で描かれていた赤富士は圧巻。
これぞ、富士山だとほれぼれ見惚れました。