のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

十二首目:春過ぎて・・・・

2010年03月09日 22時59分02秒 | 百人一首
春過ぎて 夏来にけらし白妙のの
  ころもほすてふ 天の香具山

■のりぞう的解釈
 春が終わり、夏が着たみたいですよー。
 青い青い空の下、昔は神々が真っ白な着物を干したと
 言い伝えられている天の香具山。
 その山に、神々の手によるものなのか、人の手によるものなのか
 衣替えのための衣が干されていて、白く輝いているのです。
 ほら。夏が来てますよ。
 季節が移り変わってますよー。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってるところや
    浅いところがあると思います。信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 中学のとき、教科書に掲載されていました。
 すでに「百人一首」の存在を知っていたワタクシは
 鼻高々で、知ったかぶりをしていました。
 ・・・・ヤなガキでした。
 今でも、ついつい知ったかぶりの悪い癖がいたるところで
 顔を出します。なおさないと。

 この歌、今、こうやって改めて見ると
 新緑の輝く風景が目に浮かぶ爽やかな歌だなー、と
 思いますが、その昔はあまり好きではありませんでした。
 叙事詩より抒情詩が好きなのです。
 詩や短歌、俳句は特に人の感情がどっさり詰め込まれているものに
 心惹かれる傾向にあります。

 しかしながら。
 「ころもほすてふ」と書いて、「ころもほすちょう」と読む。
 この部分がとてもとても好きでした。読み方も好きでしたし、
 口に出して読んだときのリズミカルさは、今も大好きです。

十一首目:みちのくの・・・・

2009年02月11日 10時33分49秒 | 百人一首
陸奥の しのぶもぢずり たれ故に
 乱れそめにし われならなくに

■のりぞう的解釈
 陸奥地方に伝わる「もぢずり」って衣知ってます?
 いろんな草の汁を染めて模様にした衣のことですよ。
 その衣のように、私の心は乱れて乱れて乱れてしまいました。
 染めたのは誰ですか?私じゃありませんよ。
 まったくもう!

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってるところや
    浅いところがあると思います。信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 もはや百年プロジェクトに入ろうとしているこのカテゴリですが。
 この歌は、百人一首を覚え始めた頃、母親が「私も学校でいくつか
 覚えさせられたことあるわ。」と言い出した歌のひとつです。
 未だに覚えていることに母親自身が驚いていました。
 そうなんです。学校で覚えさせられた詩や俳句、古文漢文の
 冒頭部分って、結構、いつまでも覚えてるもんなんですよね。
 言葉がすっかり自分のオトモダチになってる状態なんだなー
 と嬉しく思う瞬間です。
 今は、国語の時間も減らされて「暗唱」させられることって
 あまりないようですが、こういのって、実は国語で結構、必要と
 されてる部分なんじゃないかなー、と思うのです。
 意味が分かってなくても、とりあえず覚えさせる。
 覚えるために何度も何度も口ずさむ。その中で伝わってくるものも
 あると思うのです。

 この歌は「忍ぶ恋」の代表選手のような歌なんだそうです。
 心に秘めていて、口にすることができない恋のお相手。
 好きになってはいけない人を好きになってしまった男性の
 「なんで!!」という思いとか「好きになっちゃいけないって
 ちゃんと分かってるのに!」という自分への苛立ちとかが
 短い言葉の中にぎゅっと練りこまれてるなぁと思うのです。
 なんだかちょっぴり逆ギレに近い感情を感じさせられる部分が
 ワタクシ的にとっても親近感を抱く歌。
 心が自分の思い通りになるんだったら、もっともっと楽なのに。
 と、よく思いますが、でも、感情のコントロールが自分で
 できているうちは、この感情はまだ「恋」じゃないんだな、
 とも思います。人間ってムズカシイ。

十首目:きりぎりす・・・

2008年06月22日 01時38分27秒 | 百人一首
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに
  衣かたしき ひとりかも寝む

■のりぞう的解釈
 こおろぎが鳴いているのが切なく聞こえてくる。
 霜が降るほど寒いこんな晩に、鳴いているこおろぎの声を
 聴きながら、ひとりで寝ているんだよ。
 こんなに切ないことはないよ。いとしいあの人に会いたいのに。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってるところや
    浅いところがあると思います。信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 百人一首について、最後に書いたのは2007年4月でした。
 一年以上経つなんて。時の流れというものは早いもんだ。
 見事、復活を果たした漫画家、末次由紀さんの新連載が
 百人一首をテーマとしたもので、少し興奮しております。
 ずっと、ずっと、百人一首をしたいなぁ、と思っていたけれど
 一緒に遊んでくれる友達がいるはずもなく。
 ずっと諦めていたのです。しかし、この漫画のおかげで
 妹が「久々に百人一首したいかも・・・。」と言ってくれました!
 わーい!!夏の帰省時には必ずや百人一首で遊ぶぞー!!

 というわけでひさびさの百人一首ネタ。
 この歌はワタクシが初めて「十八番にする!」と決めた札です。
 百人一首を覚えよう!と思い立ち、一首目から覚え始めたものの
 10首を覚えた辺りで飽きてしまったのです。
 最初から覚えていくことに。地道な努力が最大の苦手分野なのです。
 えーい!!こんなもん覚えてられるかー!!
 最後じゃ、最後じゃー!!
 と、ページをぱらぱらとめくっていたら、
 「きりぎりす」が目に飛び込んできました。
 変わった歌だなぁ、と目を引き、「きりぎりす」のインパクトに
 よし、これだと札を取りやすそう!これを覚えて「十八番」に
 しよう!これは一番に取れるようになろう!そう決意したのです。

 インパクトだけで選んだ歌で、意味も何も確認しなかったので
 ずっと、冬眠できなかったキリギリスの歌だと思ってました。
 小さい頃から、イソップとかグリムだとかの童話に慣れ親しんで
 きたもので、きりぎりすと聞いたら連想されるのは
 「アリとキリギリス」でしかないわけです。
 で、衣がないだとか寒いだとか言ってるので
 てっきり冬の貧乏な生活を嘆く歌かと・・・。
 (って、意味を調べてなかったので、言葉の感じで
  そういう意味だと思い込んでいたのです。
  辞書をひくって大事だよねー。)

 随分、後になってから恋の歌だったことを知って
 びっくりしました。でも、最初の思い込みとは恐ろしいもので
 未だに私がこの歌を口ずさみながら想像するのは
 積雪の中、わらぶきの一軒家。
 その中でおちぶれて、緑の体が若干くろずんでいるきりぎりすです。

 ・・・大体、この歌の中の「きりぎりす」は今の時代では
 「きりぎりす」ですらないのに。こおろぎなのに。

 あ。末次由紀さんの新作は「ちはやふる」です。
 競技カルタの面白さが伝わってくる良作ですが、
 百人一首について、まったく知らなくても面白いと思える
 ストーリーです。ぜひぜひ!

九首目:今来むと・・・・

2007年04月23日 23時17分16秒 | 百人一首
今来むと 言ひしばかりに 長月の
  有明の月を  待ち出でつるかな


■のりぞう的解釈
 今から行くよって、あなたが言ったから
 長い長い長い長い長い夜をずっと待ってたの。
 夜明けの月が見えるまで
 あなたをひたすら待ってたの。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 この歌はのりぞうが好きだった、という歌ではありません。
 でも強烈に印象に残っている歌。

 のりぞうが小学校六年の頃、クラスで百人一首が
 大流行したのです。昼休みになると毎日のように
 百人一首で遊んでました。毎日のように遊んでいると
 それぞれに「おはこ」ができてくるのです。
 「この歌は○○ちゃんが好きな歌だよね。」
 ってみんなが認めるような歌がそれぞれに一枚は
 できるわけです。

 この歌は大好きな友人「ぽた」のおはこでした。
 ・・・・あだなが「ぽた」。
 のりぞうの周囲には変わったあだ名の方が多いです。
 ちなみに当時ののりぞうのあだ名は「てらぞう」でした。
 当時も今もつけられるあだなが微妙です。

 そうそう。歌の話でした。
 この歌を好きだと公言していたぽたは
 この歌を「いかこんぶ」と呼んでました。
 「いま こんと」 → 「いか こんぶ」
 もうね、おやぢギャグと同じレベルです。
 それでも、当時はみんなが
 「おお!そうやって覚えると取りやすいねー!」
 と感心してたのです。

 そういうわけで、この歌、すっごく切ない歌なのに
 のりぞうの中では「こんぶの歌」です。
 まあね。小学生のちびっこに
 百人一首の侘びさびの世界は伝わりにくいよね。

八首目:住みの江の・・・

2007年02月20日 21時16分23秒 | 百人一首

住ノ江の 岸による波 寄るさへや
  夢の通ひ路 人目よくらむ


■のりぞう的解釈
 岸に寄せては返す波のように
 あなたのもとを訪れたい。
 なのに、あなたときたら
 夢の中でさえ、人目を気にするんだね。
 僕の夢に、ちっとも出てくれないんだね。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 「夢の通い路」という言葉が美しくて好きな歌です。
 言葉の響きがパステルカラーだな、と詠む度に思うのです。

 ちなみに百人一首の札は
 読み札は絵入りで歌が書かれていますが
 取り札は下の句のみ、ひらがなで書かれています。

 つまりこの歌だと、取り札に書かれている文字は
 「ゆめのかよ
  ひじひとめ
  よくらむ」

 私たち姉妹は、この歌を「ゆめの かよちゃん」と
 呼んでいました。ますますオトメな印象です。

 こういう意味も良く分からないまま好きになった歌は
 他にもあります。
 例えば「紅葉の錦 神のまにまに」

 要するに言葉の響きが面白ければそれでおっけいという
 薄っぺらい理由です。
 でも「声に出して読む日本語」が大いに売れたことを考えると、
 この感覚もあなどれないわけです。

七首目:天津風・・・

2007年02月11日 19時07分54秒 | 百人一首
新年早々、訪れた京都で「時雨殿」にて
久々に百人一首を楽しみました。
百人一首って、なかなか一緒に遊んでくれる方がいないのです。
それがここではひとりで遊び放題!
思わず同行してくれているぽこりんの存在を忘れ
本気モードで思う存分、遊びまくりました。

札をとるときの快感、久しぶりー!
やっぱり面白いー!!!
(のりぞうのみの)大興奮のあまり、
当初の計画より時雨殿出発の時間が大幅にずれてしまいました。
・・・すまんねぇ。ぽこりん。

そんなこんなで再び百人一首熱再発です。
虚仮さんからもありがたいリクエストをいただき
ちょっぴり嬉しい気持ちで再開です。

ていうか、記事はたまってるのです。
映画の感想や本の感想や百人一首への想いなど
バーチャル世界の記事はどんどんたまる一方なのです。
現実世界よりバーチャル世界で過ごしている時間が
いかに多いかがよく分かる記事の量です。

今年はコンスタントに(一度にどさっとではなく)
たまっている記事をどんどんアップしていきます。
というわけでのりぞうセレクト七首目。

天津風 雲の通ひ路 吹きとぢよ
 をとめの姿 しばしとどめむ


■のりぞう的解釈
 風さん、風さん。
 空と地の間をがつんと吹いとくれ。
 思いっきり吹き荒れとくれ。
 舞い終わってすぐに帰ろうとしている
 天女のように美しい乙女たちを
 もうしばらくここにとどまらせておくれ。
 
 注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 この歌も比較的、始めのほうにあるため
 割と早くに覚えた歌です。
 白状すると、のりぞうはこの歌を
 「スケベな親父心」満載の歌だと思ってました。

 ・・・・僧正遍昭様、ゴメンナサイ。
 浅はかなのりぞうをお許しください。

 だって!ほら!
 「風よ吹け!」って言ってるし!
 「をとめの姿しばしとどめむ」ですよ?!

 現代の小学生は思うわけです。
 「ははーん。
  スカートがめくられてパンツ丸見え状態の
  オトメの姿がまぶたに焼き付いてるんだな。」
 と。

 そんなわけないっつーの。
 時代は平安時代だっつーの。

 そんなこんなで思い出深い一首です。
 やー。幼い頃から馬鹿丸出しですわー。

六首目:秋の田の・・・

2005年11月09日 00時58分22秒 | 百人一首
秋の田の 刈穂の庵の とまあらみ
   わが衣手は 露に濡れつつ

■のりぞう的解釈
 秋の稲刈りシーズンなので、刈り取った稲を
 見張るため、田んぼのほとりにつくった小屋に
 泊まってます。でも、草で編んだ屋根の目が
 荒いもんだから、私の袖口は冷たい露で
 しっとりと濡れてるわけです。

 注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 第一番の歌なので、もちろん一等最初に覚えました。
 途中で挫折しては、また始めから覚えなおすので
 3~4回ぐらい覚えなおし、そのおかげで
 しっかりと覚えてます。

 でも、そんなに好きな歌ではないのです。
 天智天皇が農民の立場にたって詠んだ歌、というのが
 通説ですが、なんていうか嫌味。。。。
 勿論、小学生のときはそんなことすら考えていませんでしたが、
 ものすごく地味な歌であまり愛着がないのです。
 「降りつつ」のほうが数倍、かわいらしいわ。
 ・・・情緒というものをいまひとつ解することができない
 かわいそうなヤツとお思いください。

五首目:君がため 春の野に・・・

2005年11月08日 00時55分02秒 | 百人一首
君がため 春の野に出でて 若菜摘む
  我が衣手に 雪は降りける / 凡河内躬恒

■のりぞう的解釈
 君のために、まだ少し寒い春の野に出て
 若菜を摘んであげよう。
 僕の袖に雪がちらほらと降ってくる
 少し肌寒い日だけどね。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 自ら春の野に出て好きな女性の為に春の七草を
 摘み集める殿方が素敵です。春の七草を摘んで
 七草粥にするんだそうです。好きな女性の一年の
 健康まで祈ってるわけです。
 春の七草を言えるばかりか、見分けて摘むことができる
 殿方がかっこいい。昔は普通だったのかなぁ。

 ちなみに、春の七草は次の7つ。
 せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、
 すずな(蕪)、すずしろ(大根)。
 ・・・うーん。なずな、すずな、すずしろぐらいしか
 見分ける自信がありません。風雅人への道は険しい。

四首目:君がため 惜しからざりし・・

2005年11月08日 00時53分08秒 | 百人一首
君がため 惜しからざりし 命さへ
  長くもがなと 思ひけるかな

■のりぞう的解釈
 君のためならば、命なんて惜しくない。
 そう思ってたんだ。だけど、君に会って
 君に触れて、君を抱きしめて、
 僕は命が惜しくなってしまった。
 また君に会いたい。また君を抱きしめたい。

  注:文法書などまったく調べてません。
    のりぞうはこういう意味だと思ってます。
    という解釈ですので、十中八九間違ってる
    ところや浅いところがあると思います。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 すっかり忘れてました。百人一首の存在を・・・。
 これから続けてアップする三首は、のりぞうの中で
 勝手にシリーズ作品となっています。妹と百人一首を
 する際は、50首ずつ自分の陣地に好きなように
 並べるのですが、この3首は必ず隣に並べてしまいます。
 「君がため」シリーズ「わが衣手」シリーズです。
 (なんのひねりもない・・・。)

 おそらく初デートから帰った後に
 彼女に送った歌。
 初デートするまでは、
 「初デートさえできれば死んでもいい!」
 と、熱烈に望み、初デートを終えたら
 「もっと会いたい!抱きしめたい!」
 と、更に願うわけで。
 
 人間の欲深さがよく出ています。
 うん、こうやって新たな望みに向かって
 前に進んでいくところが
 人間のすごいところなんだろうな。

 でもね。。。
 これは、のりぞう向きの恋愛じゃないな、
 と思うのです。もっとそこはかとない
 恋愛がしたい。人を好きになって
 「惜しからざりし 命さへ」なんて
 心を乱されるのは、まっぴらごめん!
 と思ってしまうのです。

 ・・・・ごめんなさい。乙女失格。

三首目:心当てに・・・

2005年09月13日 22時56分34秒 | 百人一首
心当てに 折らばや折らむ 初霜の
  置き惑わせる 白菊の花 / 凡河内躬恒

■のりぞう的解釈
 心のままに摘んでみようかしら。
 今年一番の初霜が私を惑わせるけど。
 白い菊をひとつ摘んでみましょう。心にまかせて。

  注:文法書などまったく調べてません。
    本当に嘘偽りなく、のりぞうはこういう
    意味だと思ってます。という解釈です。
    信じ過ぎませんように。

■ひとことふたことみこと
 描写が美しくて大好きな作品。
 画面いっぱい白で覆い尽くされている様子が
 目に浮かびます。

 作者は男性なのですが、どうも私の想像の主人公は、
 小学校入学前ぐらいの女の子。
 朝起きて初霜が降りている庭を見て目を輝かせて
 庭にはだしで下りていくような女の子。白菊と
 初霜の見分けがつかない様子に興奮して、お兄ちゃんに
 「見て!見て!」と訴えているような女の子です。

 冬の始まりって、なぜかちびっこは
 大興奮しちゃうんですよね。

 ・・・どうしても、想像は「趣」とかけ離れてます。