goo blog サービス終了のお知らせ 

伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

いやぁ、気持ちいい。

2014-09-06 23:41:58 | 東京都立秋川高等学校

一昨日(9/4)のことだ。

高校の先輩や同期とラムのしゃぶしゃぶを食べた。

食べるのが目的ではない。

あくまでも旧交を温めるのが目的である。

そしてこのような催しがあった後は必ず「寮歌」でしめる。

その寮歌の前には口上があるのだが、この日は私がそれをやった。



場所はここ。新橋機関車広場前で


 いやいや、ギャラリーの方々の視線を浴びて・・・

清流 秋川の流れを南に望み
秋留の丘に そそり立つ
我らが白亜が玉成寮
東京都立大秋川高等学校
玉成寮の男児が
今日の良き日を祝して
歌わんかな舞わんかな示さんかな
大玉成寮 寮歌 一番・二番・ならびに三番
そーれ そーれ そーれ

すんごい、気持ち良かったぁ。

秋川高等学校を誇りに思うゆきたんくである。


東京都立秋川高等学校・寮歌

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

これ着てた時の・・・

2014-08-05 23:36:13 | 東京都立秋川高等学校

投稿のジャンルを「言いたんく」にするか「東京都立秋川高等学校」にするか少し迷った。

でもね、数少ない秋川ネタなので・・・

仕事が休みの時は、部屋の整理等をしているゆきたんくである。

今、整理で割合の多い順に挙げると

1 写真

 撮った日、場所によって階層を考えて整理している。

 名前付けは英訳で半角英字でする。

  このようにするとサーバーにアップロードする時に早いし楽なのである。

2 次に自分の部屋の紙ベース(文書)の整理。

  これがなかなか曲者なのである。

 内容によっては簡単に捨てられないからだ。

 

3 曲(ものではない)

 買いためた楽譜(ギター譜)の練習である。

 だんだん指が動かなくなってきている。

こんなことを書いているとキリがない。

 

そんな整理の中で久しぶりに対面したのがこいつだ。



秋川高等学校陸上競技部のユニフォーム(上)


 下は?

 そう、本当に久しぶりだ。

 懐かしくて手を通すなんてしなかった。

 こいつと付き合っていた時の歳の3倍生きてしまったゆきたんくである。


 


今の年齢の1/3の時のゆきたんく・・・ ユニフォームは上下でこんな感じだった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京都立秋川高等学校36…音

2014-07-15 23:50:04 | 東京都立秋川高等学校

あれは何だったんだろう。

消灯前の筋トレ(筋肉トレーニング)の話は前に書いた。

それは消灯まで続く。

つまり就寝時刻を過ぎてから、自分の棟にかえるのである。

舎監に見つからないように渡り廊下のコンクリート壁に隠れて帰りたいのだが・・・

先輩がありがたい話をしてくれていたのである。

その話とは、いわゆる怖い話だ。



これ、渡り廊下の下である。 別名雨天トレーニング場・・・ 


 1 夜の渡り廊下を走って帰ると、後ろから追いかけてくるのがいるよ。

2 渡り廊下の真ん中を通らないと、何かに憑りつかれるよ。

3 絶対に振り向かない方がいいよ。

つまり、筋トレで痛くなった足を引きずりながら自分の棟の舎監に一番見つかりやすい状態で渡り廊下を歩くのである。

そんな状況だから、自分の部屋に戻った時には体だけでなく神経も疲れている。

さて、寝る前にかいた汗を拭き、着替えをすませ布団に入る。

「寝れるわけがない。」

体の興奮は覚めていないのだ。

寝る前に30分も筋トレをやれば当然だってえの。

まぁ、あの当時は激しい運動をして水を飲むとバテると教えられでいた時代だ。

鍛えた分だけ強くなると思ってやっていたのも事実である。

そして冴えた目をつぶっていると、聞こえてくるのは同室の奴の寝息。

起きているのは自分一人と気づく。

そんな時、勉強机の上に置いてある湯呑カップにさしてあるスプーンが音を立てる。

「チン・・・」

誰もスプーンをいじってはいない。

「まあ、偶然だろうなぁ。」と思っていると、「チン・・・」

うーん、寝れない。

しょうがないので目を閉じて無理やり寝ようとする。

「うん、いいぞ。もう音は聞こえない。」

と思って目を開けたら、大変恐ろしいことになっていた。

さっきまで真夜中だったはずなのに、窓の外に朝日が差していたのである。

まったく、あの音は何だったんだ・・・

昭和51年4月。1棟16室でのお話し。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日はお出かけ

2014-06-14 23:39:50 | 東京都立秋川高等学校

ゆきたんくの行っていた高校は全寮制の高等学校である。

昭和40年の開校以来、2715名の卒業生を出し平成12年閉校。

今日は、3/2715が顔を合わせる。

偉そうなことを言っているが、ゆきたんくが一番の後輩。

東京都全都が学区の学校だったため、卒業生はおろか同級生が偶然に顔を合わすことは稀である。

ただ、1期生の先輩がフェースブックに秋川高等学校のページを立ち上げたことで、仲間が集う機会が増えた。

関連ページも増え、ゆきたんくもそのいくつかに顔を出している。

今回は、その最初のきっかけを作っていただいた1期の先輩と、近隣に在住の先輩と3人で会う。

ざっかけない話、ビジネスの話であっという間に3時間が過ぎていった。


 


場所は新宿、「ライフガード」のペットボトルを載せた車が走って行く・・・


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

検証したい・・・2

2014-06-13 23:30:52 | 東京都立秋川高等学校

先日の大久野島の話。

毒ガス製造の話のことだ。

島内には、様々な遺構が残されている。

その中でも目を引いたのが、長浦毒ガス貯蔵庫跡である。

年間生産量1200トンと解説版には書いてあった。

ただ、新しい解説版ができたようで、そちらの方は1500トンになっている。


 


長浦毒ガス貯蔵庫跡


そんな量の毒ガスが使われたのであろうか。

戦後、様々な処理がされたという。

消毒、焼却、海底への遺棄。

1年間かけて行われたというが、どこまで信じてよいのだろうかと思っている。




100トンタンクの載っていた台座の大きさときたら・・・



火炎放射器で徹底的に焼いたという倉庫の壁


 

 

そして、ここが稼働していた時代の写真が一つも残されていないことの不思議さ。

処理のためにタンクが倒された時の写真は公開されている。

まあ、使われたかどうかはともかく、生産はされたようだ。

その時に仕事に従事した方々の後遺症の話は、サイトを探せばみることができる。

その時の表現について気になることがある。

戦中の日本兵の人間性については他国と比べて賞賛されている表現も使われている。

ところが、この大久野島で従事した人々が受けた扱い(青紙による強制)については、現在見直され始めている軍の他国への関与の仕方に似ているのだ。

毒ガス製造の真実にもできるだけ迫りたい。

しかし、従事者の扱いについても、大久野島の限局的なものなのか、軍全体にそのような雰囲気があったのかも知りたい。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夢のお話

2014-05-02 21:47:49 | 東京都立秋川高等学校

昨日はメーデーであった。

本来は春の訪れを祝う五月祭で、労使が休戦し、ともに祝う日であったのがだんだん形を変えてきたそうだ。

 

本来ならば昨日に書くべきであった。

しかし、その気が起きなかった。

「8時間は労働、8時間は休息、そして残り8時間は自分たちの自由な時間のために」

これがメーデー誕生当時の主張である。

これはゆきたんくにとって夢のようなお話である。

まあ、これを見て下さる方に「お前だけじゃないぞ」とお叱りを受けることだろう・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日も

2014-04-06 22:12:14 | 東京都立秋川高等学校

同窓会である。

花見会場の下見、確保は友人がやってくれた。

本当はゆきたんくも参加するつもりだったのだが・・・

そして車出しと、食材運びもする予定だった。

全部友人が変わってくれた。

それくらいだから休んでもと思ったが、甘えて参加した。

会場は、言問橋西詰の公園の端。

スカイツリーが良く見える場所だ。


 


最初は青空だった花見会場



この幟がたくさんあった。



ご機嫌なゆきたんく達



空がプルーだったら最高だったのだが、だんだん怪しく・・・


そして二次会は「どぜう」



どぜう鍋、柳川鍋、どぜうから揚げ・・・      写真はどぜう鍋


次は仲間のリクエストで「釜飯の春」



頼んだ釜飯は3種類、そのたおかずもろもろ・・・


われわれ秋川高等学校OBの中でも12期は大食漢としてしられている。

今回、自分が不調だったので、あまりたくさんは食べなかったが、なんともぜいたくな同窓会であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京都立秋川高等学校35…阿伎留病院

2014-03-22 23:39:28 | 東京都立秋川高等学校

高校時代の思い出で、お世話になった場所を書いていなかった。

高校から400mほどのところに病院があった。

その名を阿伎留(あきる)病院という。

地図で調べてみると、現在は公立阿伎留医療センターという名称に変わっている。

ゆきたんくは阿伎留病院が好きだった。

正確に言うと、阿伎留病院の売店が好きだった。

好きになったきっかけは、生涯唯一の骨折をしたことに始まる。



今は亡き、東京都立秋川高等学校の校舎と事務棟。この写真の奥400mのところに阿伎留病院があった。


バスケットボールをやっていた。

誰かがシュートを打った。

リバウンドしたボールを取ろうとして飛び上がった。

その時にゆきたんくより高く飛んだ奴に手にボールが触れた。

軌道が少し変わった。

そのボールはゆきたんくの手に収まらずに指の端を速いスピードでかすった。

その時に骨折をしてしまったようだ。

そして阿伎留病院の整形外科にお世話になる。

当然授業は休講して病院に迎う。

順番待ちで少し退屈である。

そんな時に目に入ったのが売店である。

今では珍しくなくなったが、アイスクリームのショーケースの中にチョコモナカアイスがあった。

ゆきたんくは、迷うことなく買って食べた。

友人たちは授業を受けている。

何か特権を得たような、気持ちの良さ。

何か体の調子が悪いなあと思ったらすぐに病院だ。

そして、調子が悪いという状況の中でアイスは必ず食べる。

まあ、高校の先生も馬鹿ではない。

ゆきたんくも何度もやっていばばれてしまうので、我慢が必要だった。

2か月に1回くらいは、そんなことをしていたと思う。

それは、高校2年秋、文化祭が終わって陸上競技部に入部するまで続いた。

それにしても、あの時のアイスは旨かった。

あの状況があってこその味だったと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北千住

2014-03-19 23:02:02 | 東京都立秋川高等学校

今日は、高校の仲間で何かやらかそうと密談の日である。

仕事を終わらせ北千住へ迎えう。

いつもコインパーキングに駐車するのである。

いつもだいたい同じ場所なのだが、近くに変わった門構えのお寺があるのだ。



浄土宗勝専寺


いつも北千住を訪れる度に目にしてはいるが、中途半端に知っていることは気持ち悪いので調べることにした。

 勝専寺は1260年に蓮社阿上人が開山し、江戸時代は日光街道千住宿の拠点であった。

 近くには南千住の刑場(小塚原刑場)があった。

 将軍様の御鷹狩の時の御休所にもなったという。

 何の気なしに、歴史的な建物はあるものだ。

 

そうそう、打合せをした店が、ゆきたんくの母校東京都立秋川高等学校の同期が経営する「B玉屋」だ。

ここでうまいものをつまみながら、話が弾んだ。



牛串。 1本食べてから写真を撮った。


ポテトフライ。火の通し方が完璧だ。

 


チーズフライ。口の中で溶ける一品。


うずら串。黄身が口の中でこっくりと・・・


焼き鳥丼とピーマン肉詰め(2個喰ってしまった)


 もっといただいたのだが、腹が減っていて写真を撮り忘れたものもあった。

 とにかく良い仕事をする店だ。

 ここを見た方はご贔屓にね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

友人の言葉

2014-02-19 23:48:10 | 東京都立秋川高等学校

高校2年の秋。

文化祭でのマンドリン演奏を終えて、ホッとしていたゆきたんくを呼び出したクラスメートのN氏。

ジンジンで待つという。

全寮制高等学校の敷地内に一つだけある喫茶店。

その名をジンジンという。

何か奢ってくれるようだ。

いや、実際には怒ってくれたのだが。

そんなことを、自分の部屋の書架を整理した時に久しぶりに見た写真で思い出した。

N氏 「○○(ゆきたんくのあだ名)、言いたいことがあるんだ。」

ゆきたんく「何?」

N氏 「奢るからジンジンで」

ゆきたんく 「あいよ。」

その後1時間くらいは説教に近かった。

彼が何を一番言いたかったか・・・

「○○、今しか無理はできないよ。」

その一言でやる気を出したゆきたんくである。

人生の恩人なのだ。

そして、そのことは今身にしみて理解している。


 


筋力的に一番負荷に耐えていたころ。今は望むべくもない。


若い頃と同じことをするのは無理だ。

ただ、彼が言ったことは、今の時点の自分に於いても実践しなければいけないことだと思う。

N氏に感謝。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋川高等学校34…夜の筋トレ その2

2014-01-04 23:37:03 | 東京都立秋川高等学校

「16~」

「16~」

「16~」

「16~」

時刻は夜10時30分。

学習時間終了の時刻である。

1棟16室の窓を開けて返事をする。

「はい~」

「こ○○○○~、すぐおいで~

トレーニングの時間である。

2棟(2年生の棟)へ移動した。

T先輩がいらっしゃった。

T先輩「お前は足腰が弱いだけでなく、腕の力もなさそうだな。」

ゆきたんく「はい・・・」

T先輩「今日は特別な筋トレね。腕が弱いからな。」

ゆきたんく「はい・・・」

T先輩「いいか、俺が肩の高さにバスケットボールを持つ。そして床に落とす。ボールは弾む。ボールが止まるまで腕立て伏せで腕を曲げているんだ。」

ゆきたんく「はい・・・」

T先輩「そしてボールが止まった瞬間に体を上げるんだ。やってみろ。」

ゆきたんく「はい・・・」

やってみた。

ボールは床に落ちて、徐々に弾む間隔が短くなっていく。

 トーーーン、トーーン、トーーン、トーーン、トーン、トーン、トーン、トン、トン、トトトトトト・・・・

すごーーーーーく、時間が長く感じられた。

よし止まった。

しかし腕を立てようとしても、なかなか上がらない。

T先輩「まだ上げちゃだめだよ。ボールが動いているぞ。」

ボールは弾みは止まったが、床を転がり始めた。

それが止まるまでずっと腕を曲げているのだ。

T先輩「よし、上げるんだ。」

上がる訳がない。

結局、その夜の30分で3回挑戦されられた。

1回もできなかった。

そんなに何回もやらされた訳ではない。

しかし、自分のとっては強烈だった。

ずっと記憶に残っている。

その後、大学に進学した後自分でやっみた。

高校1年生当時はスポーツ未経験者に近い軟弱な体であった。

卒業時には陸上競技を始めて、がっちりした体になっていた。

さて、大学のトレーニングでは120㎏のベンチプレスを10回挙げられるようになっていた。

体力に自信があった。

高校当時を思い出して体育館に誰もいない時にやってみた。

自分でボールを肩の高さから落として、腕立て伏せの伏せの体勢になる。

ボールが静止するまで耐える。

結果は1回だけできた。

必死になって頑張ってである。

相当な負荷のかかるトレーニングだったことを知った。

 新日本プロレスでのトレーニングに、トランプを重ねて1枚ずつめくり、出た目の数だけ腕立て伏せをするというのがある。そのトランプを全部めくるまでだ。

トレーニングは単純でも考え方・やり方で負荷が変わるものなんだと思った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カヴァタッピ

2013-12-25 23:56:30 | 東京都立秋川高等学校

カヴァタッピって何?

イタリア語でワインの栓抜きのことだ。

これを名前にしたお店が築地にあるイタリアンレストラン・カヴァタッピだ。

ゆきたんくの母校、東京都立秋川高等学校の先輩の経営するお店である。

そこに集合してミニ忘年会をした。

ゆきたんくは秋川高等学校の12期。

もう一人12期の友達と9期の先輩と・・・

ちなみにカヴァタッピのマスターは8期生である。

残念ながら、本日は不在であった。

いくつもの料理に舌鼓を打ちながら胃袋に詰め込む。

ワインが飲めないゆきたんくは、ジンジャエールをどんどんお変わりする。

ここのジンジャエールはウィルキンソンのもので少し辛口である。



イベリコ・ペジョータのグリル


ピッツァ、自家製ジャガイモのニョッキ、カルボナーラ、イベリコ豚・・・

腹いっぱい食べてしまった。

話にも花が咲いた。

皆様も一度どうぞ。

とても美味しいレスランである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まったりと・・・

2013-12-21 23:08:15 | 東京都立秋川高等学校

今日は女房ののりたんが仕事で1泊する。

朝、職場まで送って行くとフリーになる。


 


家を出て200m。するとこの景色になる。女房撮影


寒さは伝わってくるが、空気が澄んでいて雲一つないことがお分かりになるだろう。

長男は夜勤で次男の帰りも遅い。

昼は旅の大男三人組通称ココフカでランチ。

ランチと言ってもおしゃれではなく、流山のラーメンハウス中島でチャーシューワンタンメンである。

そして仕上げは珈琲のOBでケーキセットを食べながらお話しに夢中・・・

ほんと、まったりである。

帰り道では踏切で留まってしまったので、電車の写真撮影(流鉄)をした。



急いでカメラを取り出した割にはよく撮れているか。右側が惜しいなぁ。


腹いっぱいでお話しもして、普段ならカメラを取り出さないだろうなぁ。

でも、気持ちに余裕があるとこういうものなんだな。

ガソリンメーターのランプがお腹すいたというので、スタンドに。

ガス入れ終わって車移動してトイレが終わって落ち着いたら、すてきな(ゆきたんくにとって)景色が。



風が強い時の雲は、また表情が違うんだよね。


 夜はのんびと過ごしましたとさ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京都立秋川高等学校33…スイッチ

2013-12-06 23:00:19 | 東京都立秋川高等学校

都立の全日制全寮制高等学校の秋川高等学校に入学してから5日目の出来事だったと思う。

ゆきたんくの眼鏡が壊れた。

いや、部活動中に眼鏡の鼻当ての部分が取れてなくなってしまったのである。

体育館からの帰寮後に気が付いた。


 


秋川高等学校の300mトラックと体育館


鼻が痛い。

すぐに対処しなくてはいけない。

1年生の住居1棟舎監室には、学年主任だったと記憶しているが鷲鼻のブラックジャックに出てくるようなK先生がいた。

ゆきたんく「実は、眼鏡の鼻当てが取れまして・・・」

K先生「だから?」

ゆきたんく「直したいので眼鏡屋に行かせて下さい。」

K先生の形相が急に険しくなり、

 「大体、最初は眼鏡なんだ!」

と大きな声で怒鳴られた。

ゆきたんくは何のことか分からず戸惑っていた。

K先生 「大体、最初は眼鏡なんだ。嘘をつくんじゃない。」

部活動顧問のW先生が入ってきて

 「あっ、こいつの眼鏡部活動中に部品が取れたみたいですよ。」

その声を聞いて

 「それならば、よろしい。」

何のことか分からなかったが

 後で考えてみると入寮すると自由がなくなる。

 何か外に出る言い訳が欲しくなる。

 「眼鏡が壊れる」というのは、一番多い理由だと解釈した。

 まぁ、そんなことはなかったのだろうが・・・

 入寮してすぐに何事も簡単に許しては後々の生活指導が大変になることを知っておられたのであろう。

 確かに1年生の時が一番先生方は口うるさかったように思う。

 学年が上がるごとにお小言は少なくなっていった。

 しかし、前置きがなく瞬時に「スイッチ」が入った時には本当に驚いた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京都立秋川高等学校32…読書に開眼?

2013-10-11 23:44:20 | 東京都立秋川高等学校

これは誰も知らない個人ネタである。

ゆきたんくは本が大嫌いだった。

理由は面倒くさいから。

文字を見るのが面倒くさい。

授業中はどうしていたか。

中学校からの習慣であった歌で乗り切るのである。

中学校・高等学校の1単位時間は50分。

始業のチャイムが鳴る。

頭の中では初代ウルトラマンのオープニングが始まる。

フルコーラスでウルトラマン→ウルトラセブン→帰ってきたウルトラマン→ウルトラマンエース→ウルトラマンタロウ→ウルトラマンレオと頭の中で歌う。

それぞれ 2分06秒 2分07秒 3分23秒 2分45秒 2分35秒 2分46秒 と合計15分42秒だ。

どう歌ったのだろう。ウルトラマンレオの主題歌が終わるところでチャイムが鳴った。

高校生になってまでこんなことをしているのだからしょうもない。

放課後は前に書いたリコーダーアンサンブルで楽しんだ。

楽譜が初見で読めるようにはなったが、これは読書の類ではない。

さて、そんな勉強嫌い、読書嫌いのゆきたんくが本に取りつかれたことがあった。

ハンマー投げを始めてからだ。

図書館に行って、陸上競技のそれぞれの種目について連続写真の載っている本を借りた。

確か「図説陸上競技」の下巻だったと思う。

他に借りる者がいなかったので、ゆきたんく専用本になってしまった。

図書館からの督促もなかったように思う。

それをいつ見ていたか。

授業中である。

おもに室伏広治の父親である室伏重信氏、石田義久氏、菅原武男氏の連続写真である。

なぜか先生には注意されなかった。

あきらめられていたのだろう。

毎日毎時間である。


sugawala.jpg
菅原武男氏


 陸上競技部に入部して1か月目、記録会に出た。

 ハンマー投げなんてとんでもない。

 明後日の方向に飛んで行って人にでも当たったら・・・

 ゆきたんく陸上のデビュー戦は立川陸上競技場で200mに出た。

 その後講習会があって、ハンマー投げのコーナーに行った。

 指導していただいたのが写真の菅原氏である。

 ハンマー投げの選手で小柄なおじさんであった。

 この方がメキシコオリンピックで3位と同記録で4位に入賞した選手と気づいたのはそれから2か月後。

 陸上競技マガジンを読んでいたら、菅原氏のことが漫画になっていた。

 偉大な選手だったのである。

 初めて学校でハンマー投げの練習を始めたのが12月4日だったことは覚えている。

 この時に初めて図書館で本を借りるという奇跡が(笑)起きたのである。

 そして肝心の勉強をしないで連続写真ばかり・・・

 写真に飽きたので、次に見たページがトレーニングのページ。

 ウエイト・トレーニング、栄養補給と文章を理解するまで読まざるをえなかった。

 ハンマーを遠くに飛ばすのに必要な体力の1つが走力であることも、この本から知った。

 元々走るのが嫌で投擲種目を選んだゆきたんくである。

 しょうがないから走る、しょうがないから跳ぶ、喜んで投げると結局すべての局面で体を鍛えることとなった。

 学校の敷地の広さは十分で、投げるのに昼礼場というところを独り占めして使っていた。


 


秋川高等学校、右に見えるのが校舎、左のスペースが昼礼場


 その読書の成果で、体を鍛え、朝食で友人が残したチーズをもらって食べ、プロテインを買って飲み、高校2年10月の入部時には66㎏だった体重が高校2年3月には79㎏になった。

 そして無駄な肉はないという効果が体に現れた。

 実際風呂場で友人に「お前、凄い体になったな。」と声をかけられ、鏡に自分の姿を見てびっくりした。

 普段は意識して見ていなかったのである。

 この時初めて、本というのはありがたいものだと知った。

 秋川高等学校の生徒でなければこのような展開はなかったと思う。

 授業中の読書を見逃してくれた、あるいは気づいていなかった先生に感謝である。

 学業成績は・・・聞かないでほしい(笑)

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログ村Ping

http://ping.blogmura.com/xmlrpc/okr7t7fen957