伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

秋川50

2015-10-17 23:01:32 | 東京都立秋川高等学校

ゆきたんくの母校。

東京都立秋川高等学校。

2001年閉校である。

ゆきたんくを大きく変えてくれた全寮制の高等学校である。

その秋川高等学校創立50年を記念して式典が開かれた。

諸先輩を始め、何人ものOBがスタッフとして骨を折って実現したものである。

誠に頭が下がる思いだ。

その式典の中で胸の中を去来したものは言葉や文章では表せないし、そのような能力をゆきたんくは持ち合わせていない。

いつもながらの感想を書こうと思う。



会場 中野ゼロ 


 式次第に沿ってお話をいただく。

会場内には1期から34期までのOBが一同に会している。

もちろん全員出席ではない。

しかし、秋川が好きでたまらない者たちが集ったことは間違いない。



1年生のいる1棟の造り。涙が出てきた。学習時間によく漫画を読んだものだ。


寮の2階と校舎を結ぶ渡り廊下。ここに同期のやつらと社会科教師の車を運んだこともあった。


この校舎は建て替えで無くなり、新しい寮棟も取り壊された。

そして、毎日毎日、ハンマーを投げていた昼礼場も今はない。

秋川高校で過ごした時のことを思い起こしながら、濃い時間を過ごした。

卒業以来の友人の顔を見ながら、当時の関わりについて思い出す。

あぁ、こいつのおかげて今の自分があるんだ。

 相手は覚えていなかったけれど・・・

あぁ、こいつのおかげて、今の仕事がやりやすいんだ。

 相手は覚えていなかったけれど・・・

ゆきたんくとのりたんの仲人をしてくれた先生も奥様と一緒に来ていてお会いすることができた。

この先生が自分をここまでにしてくれた。

秋川高校だからこその3年間というのを持った人間が集った中野ゼロ。

その日は、自分のパワースポットになった。

ありがとう、東京都立秋川高等学校。 

 会の実行委員会の皆様のご苦労に深く感謝します。

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デュッセルドルフに戻って

2015-09-16 23:11:47 | 東京都立秋川高等学校

いやぁ、やられた。

散々、駅の東側が危ないと聞かされていた。

ホテルはデュッセルドルフ中央駅の西側だから注意をあまり払っていなかったのも事実だ。

電車を降りて、駅の下の通路でデュッセルドルフ在住の高校の先輩に電話をかけて

アドヴァイスを受けて駅の外に出る。

完璧だ。

左の肩に小さいバッグをかけて、トラベルバッグを引っ張って・・・

ホテルは目の前。

交差点の中をトラムが走っている。

その線路を越えた辺りで、

「ヘィ、ユー。,:@[]\/:@@@;@[]]」と酔っ払い親父のような奴に声をかけられた。

振り返ってバッグを見ると、鳥の糞が大量にかかっていた。

まったく、これから出かけるのに・・・

チェックインの手続きの時に、荷物を少し離して置いた。

受付のお兄さんに、デュッセルドルフの警察のお達しで荷物は近くに置いてということを聞いたが臭うと思ってそのままにした。

部屋で汚れのチェックをした。

肩掛けカバン、トラベルバッグ、着ていたシャツ、ズボンにドロドロにかかっていた。

部屋の水道で洗う。

 全然落ちない。

臭いをかぐ。

 全然臭くない。

しばらくして、ペイントだということに気付いた。


 


この旅行のために買った、肩掛けバッグ。いくら洗っても落ちない汚れ。


 誰かにかけられたのだ。

駅からホテルまでの道のり、かけられたことには気づかなかった。

ホテルのすぐ前で声をかけられた。



ホテル「モテル・ワン」の真ん前、矢印の先辺りで声をかけられたゆきたんくである。


 トラムの線路があるので立ち止まるには良い場所ではなかった。

 線路を越えて信号の手前で汚れを確認。

すぐふかなければ思い、宿泊するホテルが目の前だったので入った。

それがかえって良かったのだろう。

ホテルで汚れを確認し、洗ったことでペイントだと分かった時点で、一緒に出掛ける予定だった先輩に電話をかけた。

「何か盗まれてない?」

第一声で、スリ軍団に狙われた疑いを持った。

約束に遅れることを詫びて、洗い物の続き。

落ちない汚れだということを理解して、乾く前にビニール袋に入れてカバンにしまった。 

 ホテルがもう少し遠かったら別の展開(悪い)があったかもしれない。

今日は土曜日なので車を停める場所が見つからないだろうとわざわざ電車がかけつけてくれた先輩である。

かねてからアルトシュタット(旧市街)とそれにまつわるシューマンについて検証することとなった。

そして宿泊するホテルは初日と同じホテル。

その夜にも先輩と歩いた場所がある。

次の写真の場所だが、その時は人がいなくてガラガラだった。

「休日になると人が通れなくなるくらい賑わっているよ。」

「みんなここでビールを飲みながら過ごしているんだ。」

と聞いていて、今日は休日。


 

  
いやぁ、店の中ではなくて外で飲む。お話の通りの光景。 → Map 


 
この人込みを通り抜けてライン川へ。 下戸のゆきたんくで、先輩に申し訳ない・・・


さて、シューマンの自宅からライン川に飛び込んだ場所を推理する。

シプスブリュッケという名前を突き止めていたのだが、先輩曰く。

「船橋だね」と。

そう、船を渡した橋のことである。

シプスはシップス、ブリュッケはブリッジと英訳すればシップス・ブリッジで船橋となる。

実際、当時ライン川に架かっていたのは、船橋だったそうだ。

先輩に対岸を見るように言われた。




対岸には通路が切れたような部分があった。 → Map


 ライン川の水位は一定でなく、水量が多い時には溢れるくらいになるという。

その時にも川に架かっている橋に近づくのなら、この延長上に橋があったんではという推理だ。

そしてもう一つ。当時のエッチングである。

ゆきたんくが小学校3年生の時に見ていた原色図解百科の第9巻「音楽と鑑賞」でトロイメライのライナーノートの中にあったエッチングである。


 


この場所についての検証である。右に深く折れ曲がっている場所に入り江があって船が出入りしていたようだ。


 エッチングにあった、教会はランベルタス教会で現存している。

ただ、大戦時、この辺りは徹底的に破壊されたということだ。

ケルンにある大聖堂は周囲が破壊されても、キリストということで破壊されなかったことから、教会だから当時の建物だろうと考えていた。

先輩は、「いや、再建のようだね。ドレスデンの有名な教会も破壊されたままのことがあった。教会だからと言って破壊を免れないものもあったようだ。」と仰った。

当時の場所に教会が建っているのだろうか。 



現在のランベルタス教会


休日のせいか、人で溢れているライン川沿いである。

夜も8時30分をを過ぎだんだんと暗くなってきた。

人通りも落ち着いてきたようだ。

エッチングのように見えるポイントを探す。


 
なかなかポイントは見つからない。先輩の一言で場所を移動する。


 エッチングには樹木があった。

この近くで樹木があるところに行って見よう。

その提案で樹木のある所まで移動した。 → Map

ライン川沿いで樹木が認められるのは、ラインクニ―橋のたもとだ。

橋脚が邪魔で見えない。

見える位置に移動する。

「おぉっ」



小さいが、エッチングの構図とほぼ同じだ。


少し近づけてみる。


 そして、シプスブリュッケがあっただろう場所に歩いて行く。

対岸の通路がある部分に対峙する。

ゆきたんく「この辺りでしょうね。」

先輩   「まず、そうだね。」

当時のことを見ていた人の話に触れたことがないので、妥協する以外にはない。

そして、シューマンハウスからこの辺りまでの道筋は。

当たり前に考えて、精神を病んでいた人が川に飛び込もうとしている時、そして46歳(当時)という年齢を考えた時にそうそう長い距離を走れるものではない。

そして、川沿いを歩いていて発作的に飛び込んだのではなく、家を飛び出してライン川に飛び込んだということから考えてみる。

ゆきたんく 「自分だったら最短距離で行きますね。」

先輩    「わざわざ遠回りはしないだろうね。」


 


5月の投稿で使った画像である。


実際にはこうではなかったかという検証(青矢印)


 シューマンハウスから北に140mのところにカールプラッツという市場がある。

この交差点でまっすぐ進んだか、左折したかということで議論になった。

シプスブリュッケを基本に考えると直進が考えられる。

しかし、精神状態からすると近道を選ぶだろう。

そしてライン川の流れは非常に速いことが分かった。

青矢印の最後の部分で飛び込んで流されたことも考えられる。

実際には飛び込んだ瞬間を見た人はいないようだ。

少し流されてから助けられたということだ。

その場所がシプスブリュッケであってもおかしくはない。

先ほど書いたようにラインの流れは速い。

実際に見てその速さに驚いた。

助けようとした人が飛び込んだとしても、助けられたか。

敢えて物語りを作るとすれば、青矢印の最後の所で飛び込みシプスブリュッケの辺りで助け上げられたというのが考えられる。


 カールプラッツを左折するとここ(シュール通り)に出る。 → Map

この写真を撮った立ち位置のすぐ後ろはライン川だ。


振り返るとライン川


 もうこれ以上の検証のしようはない。

 様々な角度からエッチングの検証をした。

 そしてエッチングの絵の場所に来れたことは間違いないようだ。

 小学校3年生から40年以上の時を経て、その場所に立てたことに感激した。

 一瞬頭の中に「トロイメライ」が流れた。

 「食事にしようか?」

 先輩に促されて移動する。


 

 
 電車に乗ってインマーマン通りの方に戻る。



インマーマン通り。ラーメン匠のチャーシューメン。


 最後はホテルの近くでラーメンをご馳走になり、ホテルまで送っていただいた。

東京都立秋川高等学校の先輩は面倒見の良い方が多い。

しかし、この1週間で初めてお会いしたのに、散々お世話になりっぱなしで恐縮である。

また、明日はデュッセルドルフ空港まで送って下さるという。

感謝してやまない。

先輩、この場をお借りしてあらためて御礼申し上げます。

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頭が下がる。

2015-08-26 23:44:44 | 東京都立秋川高等学校

かくしてデュッセルドルフには着いた。

そして女房たち、女性軍との食事も終わった。

ここからは、男一人別ホテルなので気楽だ。

5月から連絡を取り合っている先輩へ連絡した。

都立秋川高校学校の5年先輩でデュッセルドルフ在住の方だ。

前に連絡を取り合った時には、シューマンの住んだ町、デュッセルドルフについて調べたいとエラそうなことを言ってしまった。

そして、ライン川に身を投げた場所も確認したいという話をしたのである。

午後8時過ぎに待ち合わせ、車でアルトシュタット(旧市街)に連れて行っていただいた。

まずはアルトシュタットの探訪。



この石畳の場所が、ビールを飲む客でごった返すのは、金曜日の夜だという。


 ついで連れて行っていただいたのが、シューマン一家が最期に暮らした家だ。

ここに行きたくて行きたくてしょうがなかった。

小学校3年の時に買ってもらった、「原色学習図解百貨」の第9巻「楽しい音楽と鑑賞」に入っていたEPのトロイメライを聴いて好きになったシューマン。

その解説に、「シューマンが投身したライン橋」というものがありました。

投身の意味が分からず、母に聞いたら「死のうとした」ということが分かった。

たかが9歳では死の意味も分からず、自殺の意味はさらに分からなかったはずなので分かるように説明してくれたのだと思う。

そのことで、シューマンのことが余計に頭に刻まれることになったのだ。


 


シューマンハウスの前。 シューマンと彼の妻クララのレリーフがある。


 そのシューマンハウスを起点に、どの道を通ってライン橋(シュプスブリッケ)まで行ったのかを一緒に検証した。

というよりも、先輩は前もって調べておいてくれたようだった。

町区分で言うと、さきほどのアルトシュタットの南にカールシュタットがあり、ビルカー通り沿いにシューマンハウスがある。

シューマンハウスから北上し、市場まで来たことは予習していた。

なんと先輩も、「このカールプラッツ(市場)」までは来たんだよな。

と予習をしていて下さったことが分かり恐縮した。

そこから北へ走ったか、西へ走ったかがはっきりしなかった。


 
シューマンハウスからカールプラッツまで  ライン川はこの地図の左(西)にある。


 とりあえず、その場所(シプスブリュッケ)に行ってみようとなった。



市庁舎前(マークプラッツ…マルクト広場)。を通ったり・・・


ハインリッヒ・ハイネの生家の前を通ったり・・・


ライン川沿いに出て、セント・ランベルタス教会(2番目に高い建築物)の確認をしたり・・・


セントランベルタス教会が描かれている。教会手前にある橋は現在はない。


一人ではなかなか歩けない街中を案内していただいた。

充実したとても良い観光になった。

本当に有り難かった。

4日間、他の場所を回ってまたデュッセルドルフに戻ってくることを伝えて別れた。

初対面で行き届かないところがたくさんあっただろうに、親切にしていただき感謝している。

頭が下がる思いというのはこういうことなのだろう。

 

かくして、9歳の時の思いがかないつつある状況になったのだ。

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思い出した…

2015-08-21 23:31:42 | 東京都立秋川高等学校

ゆきたんくの母校。

高校は東京都立秋川高等学校という。

かつて存在した全寮制の高校だ。

現在、閉校している。

その秋川生の拠り所はフェイスブックである。

その中で、鹿児島を旅された先輩が「本家白熊(かきごおり)」の写真をアップされていた。

この暑い中だから、食べたくなるゆきたんくである。



ちょっと糖質多めだが、たまには・・・


 そう、秋川高2年の時だ。

生活の場が、1棟(1年宿舎)から2棟に移り、同室の隣(正確には学習時間の机の向きは、背中合わせになるような配置)の奴を思い出した。

まぁ、どこでもあることだが同姓のやつを区別したり、見た目の特徴で呼んだりするのにリングネームがつけられたのだ。。

天才〇〇、パプー〇〇、メキシコ〇〇、チワワ〇〇、こなきじじい〇〇、かま〇〇、卒業して何年もしてから核弾頭〇〇と命名された者もいる。

その中のメキシコ〇〇がゆきたんくの隣人であった。

メキシコ日本人学校から秋川高に入学したのである。

足のサイズは31cm、色白で大きな体をしていた。

そして、「メキシコ〇〇」転じて「白熊〇〇」になったのである。

その彼に雰囲気の似ている生徒は「白熊パート2」と命名された。

そんな風に、秋川高であった出来事というのは小さなことをきっかけに思い出されるのだ。

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やっと分かったよ。

2015-07-30 23:04:29 | 東京都立秋川高等学校

少し前に、自分の行っていた東京都立秋川高等学校の起床音楽「愛のテーマ」について書いた。

曲は1曲ではなく、もう2曲あったと記憶している。

実はそのうちの1曲を見つけた。

ブラザーズフォーの曲ということは知っていたのだが、曲の名前は分からなかった。

部屋のスピーカーから聴こえてくる、ぼやけた音のメロディーがなくとなく頭の中に残っていた。

その曲はこれだ。


七つの水仙 Seven Daffodils Brothers Four


 あともう1曲。

耳に残っている詞は「I wish I was a born ・・・」のような気がするのだが・・・

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秋川高等学校の朝

2015-07-24 23:06:43 | 東京都立秋川高等学校

ゆきたんくは高校時代を親元を離れて全寮制の高校で過ごしたことは、ここに何度も書いた。

今日は、ふとしたことからその生活を思い出すことがあった。

まぁ、その顛末は書いても秋川生にしか伝わらないと思うので割愛する。

その生活の話だが、朝は部屋のスピーカーから「起床ラッパ」がなる。

その後、15分後の点呼に備えて着替える。

その時の音楽が、各期の放送担当が選んだ音楽だったようだ。

ゆきたんくの在籍した12期は、この曲で着替えた。


バリー・ホワイト - 愛のテーマ & DC-9 (LaserDisc)


 在校中に先輩に、「卒業した後に聞くと涙が出ると先輩が言っていた。」と聞かされた。

「ふーん」と聞いていたゆきたんく。

実は、このブログ記事を書くときに涙が出てしまった。

うん、当時を思い出してしまったのだ。

 いくつか動画があるが、ゆきたんくが初めて乗った飛行機は東亜国内航空だったのでこれを・・・

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お祝い

2015-07-12 23:30:24 | 東京都立秋川高等学校

今日は高校の先輩が政治家になられたお祝いをする。

横浜中華街が会場だ。

高校同期のドス(あだ名)氏の車が自宅まで迎えに来てくれた。

話をしながらのドライブ、それも助手席でハンドルを握らないと楽なこと。

ドス氏には申し訳ないけれど。

冷房の効いている車から降りたら暑いこと暑いこと。

汗がだらだらと流れる。



会場までの途中にあった北京小路。


 

中華街の雰囲気に浸る。

会の内容にも触れたいが、かなり過激な状態だったから・・・

 

まずは「招福門」でご馳走を食べながら祝賀会。


 
焼き小籠包


二次会はカラオケで・・・


そして黄昏時・・・


今更書くまでもないが、楽しい時はすぐに過ぎゆく。

同じ釜の飯を喰った仲間、先輩、後輩が一緒になって政治家人生のスタートを祝った。

飲み、食い、寮歌を歌い、心を一つにした。

良い日だった。

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ふるさと。

2015-05-13 23:40:05 | 東京都立秋川高等学校

ゆきたんくが故郷を感じるものの一つにメタセコイアがある。

ゆきたんくが3年間の青春を燃やした、東京都立秋川高等学校の校樹である。

そのメタセコイアがゆきたんくの職場に1本植わっているのである。

それを見るたびに高校時代を思い出すゆきたんくである。

そして特徴のある葉の形にホッとするのである。



緑に輝くメタセコイアの葉 


 

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お祝い

2015-04-24 23:22:42 | 東京都立秋川高等学校

東京都立秋川高等学校の同期の店が開店11周年を迎える。

行くしかない。

それが秋川である。

職場から車を飛ばすが、結構渋滞だった。

開始から遅れること30分、場所は野方の「焼酎バーくんちゃん」、すでに盛り上がっていた。

秋川生以外にも、くんちゃんのお友達が大勢来ていて満員御礼状態だった。

そこに体の大きなゆきたんくが・・・迷惑だな(笑)


 


芸能人のお客も多い。タレントのブッチャーさんが煮込みをサーブしてくれた。


 いろんな方と話をしたが、何を話したのかは半分以上覚えていない。

ゆきたんくの住んでいる松戸市の美味しいいちごをお祝いに持っていった。

くんちゃんは、お客さん達にそれを振舞ってくれた。

隣にいたお客さんが、「ありがとうございます、美味しいですね。」と

ゆきたんくは「松戸の苺ですよ。」

お客B「千葉でこんな美味しい苺を食べることができるんですか。」

ゆきたんくは「ええ、自慢です。」

お客B「自分は千葉県知事の知り合いだから伝えないと・・・」

ゆきたんく「鈴木栄治さんですね。」

お客B「おぉ、感激です。本名をご存じなのですね。」

ということで、このお客が森田健作氏の芸能界での知り合いというか弟子ということを知った。

その後千葉県行政の在り方とか、固い話で盛り上がった。

それがタレントのブッチャーさんだった。 

ここを読んで下さった方。

中野は野方の「焼酎バーくんちゃん」をよろしく。

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コースター

2015-03-18 23:36:37 | 東京都立秋川高等学校

今日は職場の年中行事。

でも終わったら自由時間。

早めに職場を出て、新橋に向かう。

目指すは「金の目」。



ちなみに我が家の家族「ミー」の写真です。 金の目でやんしょう。 


 ラムシャブ食べ放題の店の名前が「金の目」だ。

高校の先輩が幹事となって、後輩を可愛がってくれるのである。

もちろん、先輩方との懇親の席でもある。

ゆきたんくにとって有り難いのは、今やっている「炭水化物抜き」ではなくて「タンパク質プラス」の体質改善にかなっているからだ。

たっぷりとお話をし、たっぷりといただいた。

みなさん二次会に行けないほどいただいた。

ゆきたんくと一番歳が離れている方で12歳。

ただ寮生活が人生の中で共有されていることは、溝なんか作らないのである。

楽しい、本当に楽しいひと時であった。

感謝である。



こんなのがどんどんお代わりできる。


野菜も入る。


飲み放題はウーロン茶で・・・ 


 楽しいひと時を過ごした後は店の外で「東京都立秋川高等学校の寮歌」である。

東京都立秋川高等学校・寮歌


ちなみにコースターというのは、一枚一枚のお肉をしゃぶしゃぶするのではなくて、

お肉が滑り台を滑るように皿から鍋に入る様を言います(笑)

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大きくなったな。

2015-03-13 23:55:30 | 東京都立秋川高等学校

「大きくなったな。」

友人の言葉である。

弔事があって出かけた。

その場所があきる野市だった。

昔の秋川(あきがわ)市である。

ゆきたんくがかけがいのない若い時の3年間を過ごした場所である。

ゆきたんく「まだ時間があるね。」

友人「行くか?」

ゆきたんく「おう。」

向かった先は、東京都立秋川(あきかわ)高等学校の跡地である。

そう、校樹だったメタセコイアに会いに行くのだ。



「大きくなったな。」はメタセコイアを見た友人の口からもれた・・・


秋川高等学校のメインストリート。この右に寮、左に学校施設があったのだ。 


 ここに来るだけで、あの時の自分を思い出す。

校地の周囲で場所を変えてメタセコイアを撮影する。

ゆきたんく「まだ時間があるね。」

友人「行くか?」

ゆきたんく「おう。」

行先は、食欲旺盛な高校生の時に胃袋を満たしてくれたラーメン屋「大勝軒」である。

跡地に来るときに車の窓から大勝軒が見えた。営業中だった。


 


店の中から暖簾をパチリ。


申し訳ないが、この日は久しぶりの炭水化物。
秋川に来て、大勝軒がやっていたら寄らない訳にはいかないだろう。 


 実は、この大勝軒には卒業してから1回も来ていない。

36年以上来ていないのである。

当時ご主人には生まれたばかりの赤ちゃんがいた。

 その赤ちゃんは36歳になっている計算である。

ご主人もそれだけ歳を召されているのである。

あの時若かったご主人もおじいさんになっていた。

食事終わって、たまらず声をかけた。

36年ぶりのこと、当時は大盛りが食べられたこと・・・

そして、現在ゆきたんくが住んでいる松戸の北、流山市にある、友人と行きつけのラーメン店のご主人のお兄様のこと。

そう、その方と大勝軒のご主人は若い頃一緒に修行をされたという話を流山のラーメン店主から聞いていたのだ。

そのことと、名前を告げた。

大勝軒のご主人は

「36年も経って、このお話を聞いて・・・。 世の中というのはどこかで繋がっているのですなぁ。どうかよろしく伝えて下さい。」

ゆきたんくは何か嬉しかった。

そして写真を一緒に撮らせていただいた。

ゆきたんく「この服装ですみません。」

店主「いいんですよ、いいんですよ。」

ここにアップしようとして気が付いた。

写真掲載の許可をいただいていない・・・

では、これで。



ご主人と一緒に。 


 

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注文

2015-01-27 23:39:19 | 東京都立秋川高等学校

※この投稿は1/27の分で、本は1/29に手に入った。

書店で注文。

久しぶりの行動様式だ。

だいたい、アマゾンで注文して家に届くパターンがこの頃の姿。

そう、出前のラーメン感覚である。

今回は書店で注文することにした。

注文したのは「都立秋川高校 玉成寮のサムライたち」と言う本だ。

ゆきたんく(達)の第二の故郷、東京都立秋川高等学校。


 


ゆきたんくがよくお世話になった保健棟。2004.08.12

奥に見える寮はゆきたんく卒業後に建て替えられた新しい玉成寮


 秋川という名前を聞くだけで、胸の辺りの感覚が変になるほど思い入れがある。

仕事が終わったらまっしぐらに地元の「すばる書店」へ


  久しぶりの「すばる書店」


おぉ、移動クレープ販売・・・


「なかよし夫婦のクレープ屋さん」 ツアーなんだ。


 クレープ屋さん、閉店後の姿だ。

 体質改善をしていなければ、2つくらい買って食べていただろう。

 本が来るのが待ち遠しい。

 

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先輩・・・

2014-11-30 23:24:17 | 東京都立秋川高等学校

今日は高校の1こ先輩の墓参りに行ってきた。

高校の3こ先輩と一緒に行ってきた。

陸上競技部の先輩でもあり、大変可愛がっていただいた。

やり投げの選手で、高校卒業後国体の選手になるほどの実力者だった。

ゆきたんくハンマー投げだが、練習にはマンツーマンで付き合っていただいたこともあった。

ゆきたんくの長男がハンマー投げをやっていると言った時には、大変喜んでいただいた。

動画を見て分析までしていただいた。

優しくて頑丈な体を誇った先輩だったが、病には勝てなかった。

今できることは墓を参り、話をすることだ。

先輩は越谷市の静かなお寺に眠っている。


 


お寺の銀杏 黄葉がとても綺麗


 

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ふと

2014-11-06 23:56:24 | 東京都立秋川高等学校

朝早く職場に行った。

始業まで時間な余裕ができたので、少し職場内を歩いた。

昨晩の睡眠不足で多少血圧が高かったこともあったからだ。

そして必ず行く場所がある。

あいつの所だ。



職場に植わっているメタセコイア


 母校の東京都立秋川高等学校の校樹のメタセコイアの所だ。

何かそれだけで心が落ちつく自分に気付く。

今年もそろそろ紅葉の季節を迎えようとしている。

まだ、目に優しい緑が残っているのも嬉しい。



メタセコイアの葉


プチ森林浴に、とてもすっきりとした気持ちでこの日の仕事に励んだ。

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うん、自慢だ。

2014-10-17 23:31:12 | 東京都立秋川高等学校

どう書こうか。

自分のことではなく他人様のことだから考えていた。

ここは自分が感じた幸せを書く場所。

親サイト「幸たんく」の一部分である。

10/12からずっと考えていたけれど、もう、自分の気持ちを書くことにした。

そう、10/12に東京都立秋川高等学校の後輩がテレビに出演した。

まあ、芸人さんであるから、いろいろな番組には登場していた。

今回は家族に自慢し、自分も嬉しかった。

名前は「黒板七郎」氏。

北の国からで田中邦衛氏演じる黒板五郎からとった名前だ(と思う。本人に確認していない。ただ、黒板五郎の物真似は秀逸だ。)

 


 


これはトンネルズの「細かくて伝わらないモノマネ」でも演じていた。2012.11.30撮影



先日、テレビに出た時の模様をデジカメで動画撮りした。


 『Mr.サンデー特別版 激動!世紀の3大犯罪』男を惑わせた魔性(日本閣事件)

 


 

殺され役とはいえ、美保純とのからみができるのは良いことだ。

自分の自慢の後輩として、これからも頑張ってほしい。

 

 

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ブログ村Ping

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