goo blog サービス終了のお知らせ 

伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

こんな近くに・・・

2021-10-06 23:50:17 | 戦争遺跡

いやぁ、何度も通った道だろ!

最近まであった川光倉庫。

旧陸軍の気球連隊格納庫だった。

戦争遺跡としては、現役の倉庫として稼働していたのでしばらくは残るものだと思っていた。

残念ながら、昨年9月に解体。

令和元年の台風で、屋根を破損したからだという。

そして川光倉庫が手放したことも大きい。

保存には費用がかかるものだが、貴重な建物だったと思う。



2018.09.23の川光倉庫。


2021.04.17の川光倉庫跡


寂しくなった。

大物がいなくなった。

それから5か月後。

川光倉庫の端から50mの所に陸軍境界標柱があることが分かった。



googlemapさんにはまだ倉庫は残っている。左上の青い吹き出し部分に陸軍境界標柱がある。


その標柱がこれだ。


こんな近くにあったことに気付かないなんて。

というより、予習不足だったのだ。

抜かれてしまったり、解体されたりする前にできるだけ取材するように努めようと思う。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

監的壕?

2021-09-26 23:19:28 | 戦争遺跡

「かんてきごう」は砲弾の命中率や性能を近くで観察するための施設である。

今まで、富山で2件(目玉監的壕、丸山監的壕)、茨城で1件(鉾田監的壕)見たことがある。

この千葉にもあるのか・・・

全国戦争遺跡調査研究隊(ゆきたんくは下っ端隊員である。)の隊長、ナウスラ氏が調査した場所を見に行ったのである。



六方野射橋池ノ上看的基礎 → Map


ちなみに、



目玉監的壕(富山県南砺市文化財指定) 2017.12.26 → Map


目玉監的壕の中。びびる、ゆきたんくの自撮り(笑)


丸山監的壕(富山県南砺市文化財指定) 2018.02.17 → Map
雪で埋まっていて、中には入れなかった。


鉾田監的壕(茨城県鉾田市) 2021.05.15 → Map
これが、千葉市の基礎に乗るとすればイメージできる。
現在鉾田市では「平和を考える教材」として文化財指定を求めている。


しつこいので写真の追加はしないが、千葉県の富津岬にも3つこのような施設がある。監的壕とは目的は違うが、戦争遺跡である。

昔の弾薬庫が公園の遊具(習志野市)になっていたり、この監的壕基礎が砂場になっていたり、知らないところに戦争遺跡はあるものだと思う。

「戦争はだめ」ということを伝えるために、歴史はしっかりと学ぶこと、そしてその環境を整えることが大切だと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うん、有難い。

2021-09-14 23:26:55 | 戦争遺跡

戦争遺跡と言ってよいのだろう。

場所は、流山市、駒木のお諏訪様(駒木諏訪神社)の境内だ。

先人のありがたみが伝わってくる。

あまり取り上げられないのが悲しいね。



ここの宮司さんだった、古谷金祐氏が建立したものである。2021.09.05訪問。


かの大戦が終わった後、残りの人生をどう使うかの決意がここにあるのだ。

写真のオリジナルサイズを挙げたのでクリックして大きいのを見ていただきたい。

オリジナルサイズの写真。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あら、

2021-09-12 23:16:10 | 戦争遺跡

なぜ、こんな所に。

自分の予想しなかったところに追い求めていたものがあった。

それは、「陸軍境界標柱」である。

陸軍糧秣廠流山出張所に関連する遺構である。

それが、こんなところに・・・

もう何回も車で通った所である。

たまたま、前方の交差点が車が止まり、ゆきたんくは、5台目にいた。

ふと横を見ると、それはあった。



陸軍境界標柱である。


ゆきたんくにとっては新発見であり、大きな喜びなのだが、残念ながら民家脇である。

住所を載せるのはやめておく。

頭の上は十字の切り込みが入っているので、近くに何本かある可能性がある。

流山市の歴史の一部を紐解くカギになるかな・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

柏飛行場・・・

2021-08-21 23:48:26 | 戦争遺跡

そう、かつて存在した飛行場である。

現在は十余二(とよふた)という名前で呼ばれている地域である。

そこに掩体壕であるという。

近くにあるロケット戦闘機「秋水」の燃料庫跡には何度も足を運んでいる。

ただ、無蓋掩体壕があるとは聞いていたが行ったことはなかった。

あのあたりは開発が進み、昔の面影はなくなっているという。

昔からある「こんぶくろ池」の辺りが公園として残されている。

掩体壕はその中にあると聞いた。

行ってみた。



馬蹄形に盛られた土の柵がある。野間土手と間違えそうだ。


かつて日本を守るために配備されていた飛行機がここにあったのである。

このような史跡を、しっかりと残してくれていることがありがたい。

まだまだ近代史については、正確な知識を持ち合わせていない自分にとって事実を持って語ることのできる証拠が残っているのは実にありがたいことなのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

見つけた。

2021-08-18 23:30:07 | 戦争遺跡

陸軍境界標柱の話である。

ゆきたんくは30年前に、新京成線の北習志野駅近くに住んでいた。

そこからすぐの三咲駅の近くに、陸軍境界標柱がないか探索した。

そして見つけた。

沿線南側ばかりを探していたのだが、今回は北側を歩いてみた。



スレート屋根のいかにも古い建物が並んでいる。自転車置き場になっている。


その横にポツンと鎮座しておられた。


最近、標柱が抜かれているのに遭遇することもあるが、このような新発見もある。

ただ、これから増えることは絶対にないのだから記録をしておくことが大切だと思う。

このあたりも再開発をされる時には抜かれてしまうのだろうから。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お勉強した。

2021-08-01 07:08:18 | 戦争遺跡

今日もお勉強。

というと恰好が良いが、ただの趣味だな。

足を伸ばした。

うん県外に行く勇気は・・・

少しある。

まぁ、このご時世だからねぇ。

成田に行った。

成田鉄道多古線橋台跡だ。

 まぁ、戦争遺跡というよりも創業時に大日本帝国陸軍鉄道連隊が演習で敷設した設備と車両を使っていたということである。

その跡の近くに転がっていた境界標柱があった。

御影石でできていて陸軍風ではある。



上面には「千葉県」、側面には「12/9」とある。 → Map


これもまたお勉強が必要だな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっと・・・

2021-07-17 23:47:12 | 戦争遺跡

ゆきたんくの住んでいる松戸市。

市内の戦争遺跡はありとあらゆるものを取材した。

一つ、なかなか行くことがものがあった。

そのの前を通ること数十回。

行っても門が閉まっている。

そんな訳でだめなものと思っていた。

日本のために大切な命をささげた方に感謝したいのである。

 

なにかうまくいかないなぁ・・・

ところがそんな気持ちに火を付けた出来事が・・・

それからプスプスと燻っていたのである。

2018年12月23日である。

ゆきたんくは長野県の善光寺にいた。

あの善光寺参りの善光寺である。

その参道を歩いている時にあるものを発見した。



全国善光寺会だと・・・


これを見ていたら、千葉県のトップにあったのが松戸市の善光寺である。

「そういえば、行ってないや。」

思い出してしまったのだ。

この日から2年と7か月。

偶然のその時は訪れた。

用事の帰り、松戸善光寺の前を通ったら門が開いていたのである。

当時は近くにコインパーキングがなかったのだが、今はあり1台分空いていた。

迷うことなく車を停め、善光寺に向かう。

一礼して境内に足を踏み入れる。



松戸市五香にある善光寺。 → Map


戦時中、戦死された方、訓練中の事故で亡くなられたの遺骨が安置された。

遺族が引き取りに来るまでだが、松戸駅から片道6kmの道のりを歩いてこられたそうである。

現在のような街並みではなく、原野であったというから夜は照明がない中を歩かれたのであろう。

ある方はその家の大黒柱、ある方はその家の跡とりであったはずである。

残された家族の苦しみは大変なものであったはずである。



この供養塔に手を合わせたかったのである。


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は千葉県民の日

2021-06-15 23:32:33 | 戦争遺跡

お休みをいただいてお出かけである。

場所は千葉県八街市。

何があるって・・・

下志津の陸軍飛行学校の八街分教場として組織されたのである。

大東亜戦争の終戦により解散したのだ。

その跡地をたずねた。

ここでもいくつかの遺構があったのだが、一番印象に残ったのはこれだ。



何かの台座である。砲座なのか、他のものなのかは分からない。


近くには防火用水の遺構があったが、私有地の中にあったので、近くで農作業をしていたその地主の方に聞いた。

たくさん家の中にあるのだけれど、いまはコロナなので遠慮してほしいということだった。まあ、当然の話である。コロナが終息したら再訪したいと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先日の・・・

2021-06-11 23:54:24 | 戦争遺跡

6月5日に行ってきた。

 第二次世界大戦末期、金属資源が欠乏していた日本で作られた「陶器手榴弾」の痕跡し川越にあった。

近隣には、1937年(昭和12年)「東京第一陸軍造兵廠川越製造所(現在のふじみ野市…旧上福岡)」があり、この地域に「浅野カーリット埼玉工場」もありも、軍需エリアであった。

その陶器手榴弾がびん沼川に廃棄されているのを見に行ったのだ。

残念ながら、この季節は川の水量が多くて見ることはできなかった。

が、近くには当時の陶器が落ちいていた。


欠片ばかりである。


まん丸の状態の良いものは、拾っていく人がいたようだ。


帰りに「ふじみ野市立上福岡歴史民俗資料館」に寄った。

この戦跡に関してたくさんの資料があった。

また、「幸たんく」で紹介できたらと思う。

入口近くでは、陸軍の境界標柱が出迎えてくれた。



少し太めかな・・・


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また今日も。

2021-06-07 23:41:42 | 戦争遺跡

好きだねぇ。

松戸工兵学校跡。



夜は怖いかな。


べ、別にのろけている訳ではない。

女房のお迎えである。

そう、家庭で平和に過ごすための儀式なのである(汗)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

良いもの見つけた。

2021-06-04 23:47:38 | 戦争遺跡

寝る前のネットサーフィン。

うん、良いものを見つけた。

場所は栃木県烏山市。

土日に開放日の戦争遺跡である。

現在は酒蔵として使われているのだそうだ。


 


これは行きたいねぇ。

仕事が一段落したらだな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日も・・・

2021-05-21 23:26:34 | 戦争遺跡

今日も昨日と同様に時間が経過した。

もちろん仕事内容は違っているのだが、ほぼ同じ時刻にここにいた。

ここって?



車を停める場所はいつも同じなのだ。


天気模様まで同じである。

これではつまらないね。

昨日、記事に書いた松戸工兵学校の正門と歩哨楼の写真がある。



真夏に撮ったものである。2005.08.21撮影。このままの状態で現存している。


固く焼いた煉瓦でできた門柱。

門柱の右側(写真右端)にコンクリート製の歩哨楼がある。

ゆきたんくが戦争遺跡に興味を持ち始めたころの写真である。

意識してみていない時には、なんであんなものを残してあるのかなぁといった意識であった。

超貴重な戦争遺跡である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こんな時にも・・・

2021-05-20 23:18:58 | 戦争遺跡

仕事が早めに終わった。

こんな時には女房を迎えに行く。

場所は、かつての松戸工兵学校の近く。

見ただけではなんてことない公園脇の道なのに。

ここに来ると、自然とそれを思い出してしまう。



道の右側に松戸中央公園がある。入口に門柱や歩哨楼が残る。


ここでどんな訓練が行われてしたのか。

この車を停めた場所から南東に400m行くと、弾薬庫があった舌状台地がある。

兵隊のエリートを育成していたというから、様々な施設があったのだろう。

といつも同じことを繰り返し考えているうちにのりたんが来た。

あとは自宅に戻るだけである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3番目の監的壕(かんてきごう)

2021-05-15 23:44:18 | 戦争遺跡

監的壕ってなあに。

射撃練習における、砲弾の的中率、機能効果を観察するところである。

 けっこう多数の戦争遺跡を目にしてきたが、この「監的壕」というのは聞きなれないものであった。

 富山に2つの監的壕がある。

2018年に立野原監的壕、2018年に丸山監的壕を見てきた。

他に監的壕の存在は知らなかった。

今回、また仕事を始めるのにあたって最後の休みの日を遠出に使うことにした。

コロナのおり、都心方面には向かえない。

友人と一緒に行くことにした。

そのリクエストの中に監的壕があったのだ。

名前は「鉾田陸軍飛行学校監的壕」だ。



小ぶりな監的壕だ。この1基しか残っていないようだ。 → Map


もちろん、これだけでなく百里基地の方や北浦に残る遺跡も十分に見ることができた。

そう、言いたかったのは、ゆきたんくが見た3番目の監的壕だったことである。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログ村Ping

http://ping.blogmura.com/xmlrpc/okr7t7fen957