岳と百姓と

余生で農業しながら山に登り、全国を旅行して人生を謳歌している爺の趣味三昧のブログ

ネギの収穫作業

2020年08月31日 | 百姓

令和2年8月31日(曇り)

今日は涼しいというより、寒い。一昨日迄の猛暑は何処へ行ったのだろうか?今日は25度を超えなかったのじゃないかな?

涼しくなったら、訪問者も多いし、収穫の秋なのか、米の出荷用の福江尾も配達されたり、急に忙しくなってきましたね。

今日は2時間ほど畑周りの草刈りをして、管理機のアタッチメントの取り換えや、ねぎ用の管理機の不具合の修理や一寸、支払いなどの作業をしていました。午前中は忙しかったね。

午後はねぎ畑に回ってねぎの収穫をしました。いつも思う事なんだけど、春先は7月下旬から出荷すると決意してねぎの定植するんだけど、結局、8月下旬以降になってしまうのはなんでだろうか?怠け癖が抜けないのかな?8月中は暑すぎてモチベーションが上がらないんだよね。一人百姓なんで誰にも迷惑をかけている訳ではないんだけどね。

今日のねぎ畑です。草が凄いですね。でも、ここは1週間で収穫してしまうのでねぎには影響はありません。

トラクターに装着したアタッチメントは調整したこともあってよい角度で畝に刺さっています。が、一寸、深いかもしれません。それにしてもねぎの葉が長くて超立派ですが、此の葉っぱの7割はカットして捨てるんで勿体ないですよね。

という事で雪降るまで一人百姓のねぎの出荷は続きます。ネギの出荷が終わったら、また、旅に出たいのでそれを糧に頑張ります。明日は出荷します。

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野菜の防除について

2020年08月30日 | 百姓

令和2年8月30日(雨)

今日は午前中は曇り空で涼しかったが。11時には本日、最高気温で25.6度で雨が降り始めました。今日は涼しい、涼しすぎる!昨日までの猛暑は何処へ行ったの?

今日は午前中はトラクターを自宅に持ってきて装着したねぎの掘り取り機のアタッチメントの角度調整をして畑に戻しました。アタッチメントの角度調整は畑では出来ないので自宅で工具を使っての角度調整です。前はジャガイモの掘り取りで使用して畝に入る角度は問題なかったですが、ねぎの場合は振動板が畝に深く入らないとねぎが途中で切れてしまうのです。此れでねぎは綺麗に掘り取れるでしょう。

次にニンニクを9月の下旬に定植するんで管理機に平畝用のアタッチメントを入れ替える作業したんですが、蒲鉾型のアタッチメントの脱着は簡単なんだけど、平畝用のアタッチメントが上手く装着できなくて四苦八苦していてそのうちに強い雨が降ってきて作業は中止にしました。午後も雨が強くて外作業は全て辞めです。

昨日,T君と会ったときにT君のキューリハウスが2週間前から茶色になっていて樹が完全に枯れているし、路地物も枯れているんで、例年、9月の中旬まで収穫できていたので、高温障害か水不足かなと思って聞いてみたら、給水不足ではなくて防除の失敗らしい。8月2日にキューリの樹に病気が出てそこでアミスターフロアブルを使用して防除したらしいが、それの影響で枯れたと言ってました。例年に比べて1か月も前に収穫が終わってしまったという事ですね。しかし、アミスターでキューリが枯れるのかな?自分はキューリ栽培の知識もなく、経験も無いので良く判らないけど、ダコニールでは駄目なのかと言ったら、ダコニールは規定では6回までなので複数の成分の違う薬剤を使用しなければならないという事でした。キューリってそんなに防除することには驚きましたが、T君はいつもキューリ栽培のプロを自認していますけど、プロでも失敗するんですね?

ちなみに自分はネギの殺菌剤防除は出荷まで3回ぐらいですかね?べと病が付けばアミスターを使いますが、それ以外はダコニール(最大3回まで)を使用しています。それ以外は、前にJA等の勉強会で勧められて購入してあった各種薬剤の在庫を消化しています。前は良く判らなかったので色んな薬剤を購入して2週間に1度のペースでスプレーヤーでたっぷり散布していましたけど、何か効果が良く判らないので最近は背負い動噴で散布して今はそれで十分なのです。自分のねぎは病気に弱い「ホワイトスター」がメインですが、6月下旬に一度はべと病が付きますが、アミスターで止まりますし、それ以外は特に病気は出ませんので、直近では山旅から帰って来た一か月前に一度、防除したきりですね。もう、1か月も防除していないけど病気は出ていませんよ。最初のころは、只管、防除していて、却って薬害を起こしていたりしていたんで極力防除しないようにしているのですが、特に問題ありませんし、農薬費も凄く安く抑えられています。此れが経験と実績による栽培方法ですね。

明日はお天気に寄りますがネギの掘り起しをして、若干、出荷調整などの作業をしますが、明日は出荷場がお休みなんで出荷は出来ませんので明後日から出荷します。

それにしても、急激に涼しくなって、却って、体が付いていかない。

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草刈りの共同作業

2020年08月29日 | 岳と登山

令和2年8月29日(薄曇り)

今日は昨日程では無いけど、暑いのには変わらない。10時には30度越だし、14時には最高温度の34.5度なんでこの暑いのに草刈り作業で皆、バテバテです。

大堤の土手の斜面は踏ん張りながら刈らなければならないので、この場所の作業は辛いものですが、今日は若手のメンバーが4人程、参加して居なくてこの斜面を最初4人で作業したんだけど、高齢のオジサンが歩けないと脱落。結局、3人で作業したけど面積が広いし、斜面で踏ん張って草刈りするのって足が痛くて辛かった。

半年前にここも刈払いしたんだけど、半年でアカシヤが1m程伸びていてどんだけ成長度が高い木なんだろうかと思いましたね。午前中の作業もキツイ、辛い作業で午後は勘弁してと思っていましたが、午後もやるという事で仕方なく参加しました。高齢の人たち中心に午後は勘弁してと言ってましたが結局、作業をすることになってしまいましたが、一人は午前中で限界という事で午後はとうとう来ませんでした。

午後は農道の草刈ですが、基本、田んぼを耕作している人たちは田んぼ前の農道の草は刈っていますけど、不耕作の圃場の前は刈れていないので草ぼうぼうで地域環境を守るためには刈るしかないのです。ここは草が凄く伸びていて力仕事なんですが、平地なんでそれ程はキツクは無かったです。

不耕作にも意味があります。

先ずは高齢で農業を続けられない。親から農地を引き継いだけど農業をやる気が無い、第2の人生で農業を始めるが想定以上に辛くてやめてしまう等、色々と理由があります。

この地域に限って言えば、高齢で農業を続けられないというのはありますが、子供が引き継がないのです(50%)。サラリーマンだった人が第2の人生で退職金と貯金を叩いて農地を買って農業を始めたは良いけど、農機具の投資が多くて上手く収入が得られない(20%)。自分だって第2の人生で農業初めて黒字化したのは5年目からでしたから、そう簡単に「人生の楽園」風にはならないよ。残りの30%は専業農家でも手が回らないので耕作に不便な山間地の圃場を諦めてしまうです。自分も山の脇の12アールの圃場は耕作に不便なんでねぎや野菜の残渣を捨てる場所にしています。復田は無理になってしまいましたね。

話は変わりますが、自分は料金を支払わないで野菜を持って行く人が居るんで、頭に来て直売所を今は閉めているんですが、最近、T君が直売所を再開してほしいと何回も言ってくる。理由を聞いたら自分の直売所が開いていたころはキューリが良く売れていたらしい。だけど、自分が直売所を閉めたら途端に売れなくなったらしい。つまり、自分とこの直売所にお客さんが来るとついでにT君の直売所(50mほど離れている)でキューリも買って行って潤っていたらしいがそれが売れなくなったらしい。なので相乗効果もあるので「岳仁庵」を再開してほしいと何回も言ってきます。自分は一寸、頑固なので再開するかは一寸、不明です。ただ、ねぎの出荷も始まって規格外のねぎが出たときに前は廃棄していましたが、捨てずに売れれば若干の収入になるかなと思ってはいるんです。

今日の夕方に岳仁庵を掃除に行ったら、再開するのかと何人かが寄ってきて期待感を示されましたが、頑固爺は未だ、再開の決断はしていません。売る野菜はあるんですよ。

明日はネギの出荷はするかは一寸、微妙です。ねぎは試し掘りでほとんどは2Lサイズで頗る良い出来でバッチリなんですが、トラクターの掘り取り機の調子が今一でねぎを上手く掘り起こせなくてねぎを傷つけているんで明日、機器の調整して上手く掘り起こせたら出荷作業に入ります。

さあ!忙しくなるぞ!

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駄目だコリャ!

2020年08月28日 | 百姓

令和2年8月28日(快晴)

今日も暑い。出だしはこの言葉しか出てこない。当地は毎日、高温記録の更新中で朝9時には既に30度超で、11時以降は36度超で危険領域で外仕事は超危険、外で作業している人は見当たりません。一人暮らしでは倒れたら通報してくれる人がいないので死に直結する。今日は15時に本日最高温度の36.5度になり、16時になっても35度超の気温で怖い。何が大事かと言えばお金よりも身の安全なので午後は外に出られません。駄目だこりゃ!!

午前中はネギの出荷準備で根切葉切機や皮むき器、コンプレッサーの動作確認をしました。皮むき器の一部、パーツも交換して動作確認して良好でした。作業環境もテーブルなどに雑巾がけして埃を除去して何時でも出荷作業に入れます。でもハウス内の温度が45度超で扇風機を掛けても温度は下がりません。なのでねぎの出荷作業は遣りません。駄目だこりゃ!

次に稲刈りの準備で籾摺り機を清掃してのゴムロールを交換しました。超古い籾摺り機で親の代から使用している50年物ですが、ガタは来ていますが故障しているわけではありません。マイコンなど付いていないハードな機器なので故障しないのです。ただ、消耗品は交換しなくてはならないのでゴムロールがすり減っていてもまだ使えますが、ゴムが硬くなっているので交換しました。

最近の農機具はマイコンが付いていて、故障すると高価なパーツを交換したり、一寸、農機が古くなるとパーツが製造中止とか言われて本体ごと交換されてしまうんですよね。最近の農機のエンジニアさんはこのところ技術低下していて、何でもパーツを交換するパーツのチェンジニアになっていますからね。最近、農機屋ではパーツを在庫しなくなっていて、故障が発生するとパーツを注文するパターンになっていて、当日修理はほとんどなくなりました。昔のエンジニアは廃棄農機具から使えそうな部品を外して在庫して、自分の顧客の農機が故障した時にその部品で修理したものですけど、今はそれも無い。それにしてもこのゴムロールは昨秋に農機のパーツだけを売っているところで見つけて購入したんです。此れが無かったら、新しい籾摺り機を購入しようかと思っていたんですが、部品があったしね。ゴムロールの使用前と使用後。そこでハード的な機器はパーツさえあれば自分で交換できて修理出来ますから、50年前の機器なのに良くパーツがあったなと思うけど、

新しいロールを取り付けました。作業は簡単で前にも5年に1回程度、交換しているんで特に難しくはありません。作業完了です。

新しい籾摺り機を購入しようとは考えているんですが、新品で100万円程なので、あと何年、農業が続けられるか不安なので購入を躊躇しているんですよ。農機が駄目になるか?自分が先に駄目になるか?暑さに負ける自分って、あと何年、百姓が出来るのやら!

明日はネギの出荷作業が出来るんですが、地域の共同作業で草刈りがあるんで、自己都合で出なくても良いけど高温のハウス内の作業は厳しいので草刈りに出たいと思います。

一雨が来れば、一気に気温が下がると思うので雨待ちですね。身の安全第一!

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50年前の回想

2020年08月27日 | 生活

令和2年8月27日(快晴)

今日も暑い。当地はこの夏、一番の暑さで公表で35.9度で危険状態。18時になっても32.5度、無風でこの時間帯でも外に出られない。実際は公表温度よりも暑くて最悪です。

先ずは昨日、掘り起こしたジャガイモたちです。一寸、小ぶりかもしれません。植えっぱなしで草に負けたのでしょう。ただ、芽欠きをした畝の芋は大きかったですね。芽欠きは大事ですね。

男爵です。粒は大きくて揃っています             きたあかりです。今一粒が小さいですね。

メイクイーンです。粒が小さいですね。             はるかですが、良い粒ぞろいですが昨年より一回り小さいです。

今年のジャガイモは収穫量は目分量で0.6トンぐらいですかね。市場に出すか直売するかは後で考えます。

午前中は航空防除の立て札を回収したり、草の多い箇所に除草剤を散布したりしたんですが、11時で暑すぎてギブアップ。午後は外作業は危険すぎて出来ないので、理髪に行ったり、農機具の修理費を支払ったり、小農具を購入したり、食料の買い出しをしたりして時間を潰していたんですが、無風で一向に気温が下がらない。外に出ると息苦しくなってしまうので今日の午後は外作業は辞めにしました。爺は無理が出来ない。

さて、掲題ですが、大阪万博が2025年に開催され、其のロゴが決まったというニュースを見ました。実は自分は50年前の大阪万博を見に行ったんで、凄く懐かしかったですね。50年前は高校3年生でした。自分は中学、高校と自転車小僧で自転車でいろんなところに行っていまして100km先まで行くのは普通でしたね。なので、高校3年生の時に大阪万博があったので夏休みに自転車で行くことを計画していて準備をしていたのですが、夏休みの中間期にある試験を受けなければならなくなってしまったので自転車で行くことを断念して電車?(ディーゼル車?)でいくことに。当時は全国1社の国鉄だったので青森から大阪まで日本海側を1本で行くことが出来ました。特急はお金が無いので急行列車で4人掛けのシートで1日半くらいかけて行った記憶があります。若かったのであまり辛いとは思いませんでしたし、高校生の一人旅なんで周りの人たちが凄く親切で、何故か前の席に外人(若いアメリカ人で軍人さん)さんがいて英語は良く判らなかったけど、身振り手振りで会話して凄く楽しかった思い出がありました。中学英語レベルでも一寸は会話は出来るんですよ。

当時はお金も余りなかったのでホテルには泊まれませんでしたので大阪駅で野宿しました。当時、駅で野宿する人は若干いて、自分は駅をくまなく見て回り寝るところを探したら当時は団体待合室があって、夜はお客がいないので新聞紙を敷いて寝ていましたね。全く、浮浪孤児みたいな行動でした。其れが今に繋がっているのかな?(笑)今でも野宿は怖くないので山でも野宿できるんですよ。なので車中泊なんて快適すぎますよね。

食事は梅田の地下街で食べて万博会場に日参しました。会場では朝から閉場するまで居ましたから、数時間待ちの人気のパビリオンは並びません。日中は空いているパビリオン巡りをして人気パビリオンは閉場時間ギリギリ(21時だったかな?)に行くと観光客は宿に帰っているので人気のパビリオンも空いているのでスムーズに入れました。自分はどうせ大阪駅で野宿なんで何時に帰っても良いので時間に制約されないのです。なので「4日間?1週間?」でほとんどのパビリオンは見て回れました。

浮浪者みたいな生活をしていたのでウェアが着た切雀だったし、今でいうコインランドリーもありませんでしたので汗臭くなってきて、仕方なく阪急デパートでウェアを買った記憶が今でも鮮明です。

大阪駅では色んな人に声を掛けられてチンピラみたいな人に「ニイチャン アルバイトしないか?」とよく声を掛けられましたね。いつも「明日帰るんで」と断っていましたけど、これは怖かった!山の熊より人間が一番怖いよね。

子供のころから、一人旅はしていたし、浮浪癖はあったので今に繋がっているんでしょうね。親も裕福では無かったけど、こういう体験型にはお金を出してくれましたしね。

何で一人旅なんだろうか?自分でも不思議?20歳過ぎに会社に入ってからも新潟からロシアに渡ってシベリア鉄道に乗ってヨーロッパに入る一人旅する計画を立てて、バックパックを買ったんですが、旅行期間は35日だったんで有給休暇を2年分を足しても足りなくて、会社を辞める訳にはいかなくて断念しました。その時の大きなフレームバックは今も実家にあります。その後も国内旅行は全て一人旅でした。意識していないけど一人旅が好きなんでしょうね。一人旅は気楽だしね。仲間と行くと仲間とばかり話すし、新しい出会いは無いけど一人旅だと新しい出会いがあって面白いんだよね。

次の年にアメリカを1か月間、旅行したんですがこちらは残念ながらツアーでしたが、其の旅行も面白かったので何れは掲載してみたいと思います。1ドル360円の定額為替時代ですよ。

50年前の万博旅行は昨日のように思い出せますが、残念ながら爺は昨日食べたご飯も思い出せないときがある。2025年の大阪万博には行けるのかな?気力、体力的に無理かもしれない。

明日も暑いと思うので作業所で水稲の出荷準備で籾摺り機と選別機を清掃作業をして、その後はネギの出荷リハーサルをする予定です。

暑いのは嫌だな。

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