先日のご退位とご即位の儀の報道では「三種の神器」という言葉をよく耳にしました。
私はこの言葉を10年以上前に仕事場で通訳しなくてはならず少しうろたえたことを思い出しました。
日本贔屓のドイツ人の邸宅をその会社と取引のある日本の会社の幹部数名と訪れたときのことです。
お部屋にある素晴らしい日本の古美術などを拝見していた時、日本の方が思わず
「随分日本のお宝を集めたものですね。そのうち三種の神器までお持ちになられるかもしれませんね」とお愛嬌を述べられたのです。
咄嗟に私は頭の中で「三種って、剣、鏡、勾玉だけれど勾玉はどう訳そうかしら」と色々考えていて、もしかすると戸惑いの表情が出てしまったかもしれません。
その時おひとりが「天皇家のお宝ですからねぇ」とおっしゃったので、私はそのまま「三種の神器」のかわりに「天皇家のお宝」と訳しました。
通訳業を営むと通訳として要求される技量の中でもこの「臨機応変」はかなり重要性が高いと思います。
ロシア語通訳の第一人者だった米原万里さん(残念ながら2006年にお亡くなりになってしまいました)のご著書
『不実な美女か貞淑な醜女か』にも臨機応変に訳された例が何か所も登場します。
この本は多くの通訳者にとってバイブル的な本になっています。

彼女がまだ駆け出しのころ、ある町での会議場で双方が歌を歌うことになった時、日本側は「赤とんぼ」を歌うことになったのだそうです。
でも『トンボ』のロシア語はまだ彼女の語彙集の中にはありませんでした。
それで彼女は「次はヘリコプターによく似た昆虫に関する歌です」とロシア語で紹介し、ロシア人の爆笑と大喝采を受けたのだそうです。
臨機応変とともに重要なのは度胸です。
もしかするとこの訳は間違っているかもしれないと思っても調べる手段はなく、かといって沈黙することはできないので「エイッ」と訳さなくてはならないこともあるからです。