風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

トンボの空

2010年04月20日 | 「特選詩集」
Sora9


水よりもにがい
トンボの翅のにがさ
少年の夏は
喉のずっと奥にのこる


空よりも透きとおって
その澄んだ銀色の翅は
ときにカッターナイフの俊敏さで
川面に空をひきよせた


トンボの空に憧れた
ぼくの手が
トンボの翅を半分に切る
空を失ったトンボの
それはちょうど
ぼくの手がとどく空間


トンボが空を失うと
ぼくも空を失う
空はあまりにも透明だから
もうぼくの手はどこにもとどかない
空はどこだ
トンボにたずねても
トンボもこたえない


翅を失ったトンボは
もはやトンボではなかった
そうしてぼくも
たくさんの夏を失った


   *


トンボよトンボ
少年のまぼろし
おまえはいつから空高く
そんなに飛べるようになったのか
青い空と白い雲のはざまに
ぼくは今でも
その透明な翅を見失ってしまう


(2004)


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