大木昌の雑記帳

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安倍晋三首相の所信演説-語られたことと語られなかったこと-

2013-02-10 19:58:35 | 政治
安倍晋三首相の所信演説-語られたことと語られなかったこと-


2013年1月28日,安倍首相は国会において所信表明を行いました。

所信表明は,新内閣の発足にさいして,首相が国民に向けて示す自らの基本方針です。

今回の所信表明の特徴は,重要で問題となりそうなことはできるだけ隠し,とにかく「安全運転」に徹したことでした。

所信表明は,1 はじめに, 2経済再生,3 震災復興, 4,外交・安全保障,5,終わりに,という5部構成になっています。

まず,「はじめに」で,日本の現状に関する全般的な認識が述べられます。首相は,今の日本が危機的状況にあることが強調されています。

これは,自らの内閣を「危機突破内閣」と自ら表現していることと一致しています。

危機の第一は,デフレと円高の泥沼から抜け出せないため,莫大な国民の所得と産業の競争力が失われている経済危機です。

第二は,東日本大震災により,32万人近くの人がふるさとに帰れない,東日本大震災からの復興の危機です。

第三は,我が国固有の領土・領海・領空や主権にたいする挑発が続く外交・安全保障の危機です。

第四に,子どもたちの間にひろがるいじめ,日本の歴史や伝統への誇りを失い学力の低下が危惧される,教育の危機です。

以上の4点のうち,分量的にも安倍首相がもっとも力を入れたのは第一の「経済の危機」で,
これを「わが国にとって最大かつ喫緊の課題」と位置づけています。

自民党は,昨年の衆議院総選挙で圧勝したもっとも決定的な理由は,景気の回復を強調したことである,とみなしているからです。

安倍首相は,日本が経済危機に直面している根本的な原因を,長引くデフレと円高であると考えています。

その解決策として,「大胆な金融政策」,「機動的な財政政策」,民間投資を喚起する「成長戦略」の,
「三本の矢」で経済再生を推し進めるとしています。

これらひとつひとつについては,その問題点も含めて,次回に詳しく検討したいと思いますが,今回は,ごく概略だけを示しておきます。

まず第一の矢である「大胆な金融政策」です。大胆な金融政策とは,2パーセントの物価上昇が達成されるまで貨幣の供給を増やすことです。
別の表現をすれば2パーセントのインフレ・ターゲットを設定します。

そのために,政府はさまざまな事業を起こし(実際には公共事業を行うため),そこで財源が必要になったら国債を発行し,
それを無制限に日銀が買い取るということです。

具体的には,日銀は輪転機を回して大量のお金を刷ることです。これにより,民間にお金が流れ,デフレから脱却することが期待されています。

紙幣の大量増刷は,いわば劇薬ですから,一歩間違えば修復不能の危機を増大させる危険性があります。

第二の矢は「機動的な財政政策」です。所信表明では,まずは補正予算で「復興・防災対策」「成長による富の創出」「暮らしの安心」,
「地域活性化」を目指すとしています。

これらのうち,最初の「復興・防災」という名の公共事業の大判振る舞いこそが中心であることはいうまでもありません。

あとの二つは,いわば理念のようなもので,具体策はありません。

第三の矢の「成長戦略」ですが,これについてはiPS細胞を中心とした,新しい薬や治療法を開発することが,
唯一触れられているだけで,実際にはまだ,具体策はない,というのが現実です。

自民党は,野党だった3年半の間,民主党の政策には成長戦略がないこと,福祉などへのバラマキだと常に批判し続けてきました。

それでは,この3年半の間に,しっかりとした成長戦略を立てたのかといえば,未だに何もありません。

また,民主党のバラマキを批判しながら,大規模な公共事業という名のバラマキを行うなど,
過去60年にわたって自民党がやってきたことの繰り返しです。

結局,経済政策と言っても,お金を大量に刷って,公共事業を大規模に行うこと以外には新しい戦略がないのです。

所信表明の第3点「震災復興」ですが,これについては,ある少女とその家族の物語を引用しているだけで,
特に新たな政策や理念が語られているわけではありません。

おそらく,「震災復興」を大義名分とし,どさくさ紛れに民主党に飲ませた「国土強靱化法」を根拠とした,
10年間で200兆円の大規模な公共事業を実施するという,自民・公明の戦略があるのでしょう。

第4点の外交・安全保障こそが,本来,安倍氏がもっとも主張したいテーマであるはずです。

この分野にたいする安倍氏の基本認識は,日本の安全保障にとって最重要課題は日米同盟の強化である,というものです。

この文脈で,普天間飛行場の移設をはじめとする沖縄の負担の軽減に全力で取り組むとしています。

具体的には,沖縄に対する経済援助と交換に基地の存続を受け容れてくれよう求めるということです。

しかし,これは沖縄返還以来,自民党が一貫して行ってきたやり方で,簡単に沖縄の人たちが,
お金と交換に基地の存続を受け容れることはなさそうです。米兵による性犯罪や騒音など,あまりにも被害が多すぎるからです。

対外関係では東南アジア重視(アセアンとの関係強化)を謳っています。実際,首相自ら就任早々,
ベトナム,タイ,インドネシアを訪問していることからも,その意欲は伺えます。

この背景には,アセアン諸国が著しい経済成長を遂げつつあるという実態ありますが,それ以外に,中国との関係悪化を考えて,
輸出市場としても生産拠点としてもこの地域との関係が重要視されているという事情があるのでしょう。

問題となっている尖閣列島や竹島なのどの領土問題には直接触れず,国民の生命・財産と領土・領海・領空は,
断固として守り抜いていくと宣言しています。

他には,アルジェリアでのテロ事件などの教訓からテロやサイバー攻撃,大規模災害,重大事故への危機管理を強化することが述べられています。

しかし,海外に展開している日本企業や在外日本人をどのように守るのかは,具体策はなく理念としても語られていません。

最後に,拉致問題の解決に触れています。これは第一次安倍内閣からの懸案事項で,安倍氏もかつて係わっていましたが,
その後,目に見える進展はありません。

さて,以上が所信表明で語られたことですが,私たちが強い関心をもっているけれども語られなかった重要な問題が幾つもあります。

まず,首相が就任前に強調していた憲法改正問題,自衛隊の国軍化など,いわゆる「安倍カラー」は封印されています。

国の経済財政問題では,膨れ続ける国債の発行による国の借金,財政赤字をどうするのか,という問題にはまったく触れられていません。

一方で,大胆な公共事業によって景気回復の目論む首相としては,この問題に触れることはできないのでしょう。
しかし,国債の利払いは確実に教育や福祉など他の部門への予算を圧迫します。

つぎに,国民の生活に大きな影響を与える問題として,あれほど議論となった消費税値上げの問題,
税と社会保障の一体化の問題にも触れていません。これでは増税だけが決まり,老後まで安心できる展望は持てません。

その陰で,福祉予算の減額だけが既に先行して決定されています。

金融・財政政策を中心とした経済施策が,本当に経済の安定や成長をもたらすことができるのかどうかという問題は,
次回,検討してみたいと思います。

さらに見過ごせないのは,エネルギー,特に原発をどうするのか,というこれこそ「最大かつ喫緊の課題」の一つです。

事実上,原発の存続および新設や輸出さえ視野に入れている自民党としては,国民の反発を恐れてこの問題には触れられなかったのでしょう。

また,TPP問題にかんしても,他の場所で,「例外無き自由化」が前提なら参加しないと明言しています。

しかし,3月にアメリカに行った際に,これへの参加を押しつけられたとき,果たして抵抗できるかどうか分かりません。

これら語られなかった問題こそ,私たちの日々の生活に大きな影響を与える重要な課題なのです。

これらに言及がなかったという意味で,私は今回の所信表明には非常に失望しました。
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