大木昌の雑記帳

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菅内閣誕生(2)―理念なき政治と安倍政権の継承の中身は?―

2020-09-24 22:57:45 | 政治
菅内閣誕生(2)―理念なき政治と安倍政権の継承の中身は?―

一体、この国の国民はどうなっているのだろうか? 私には到底理解不能です。

安倍首相が辞任を発表する直前の8月22~23日に共同通信が行った世論調査では、
安倍内閣の支持率は36%まで落ちていました。

ところが辞任表明の直後の29日~30日の調査では56.9%に跳ね上がりました。

同じ29~30日の調査で、次期首相にふさわしい人のトップは石破茂氏で34.3
%、菅義偉氏は14.3%でした。

ところが、有力派閥がこぞって菅氏を推すようになり、菅氏の勝利が確実になった9
月8~9日の調査では、菅氏が50.2%でトップになりました。

まず、安倍首相の支持率からみると、わずか1週間で20%以上も跳ね上がったので
す。少なくとも、病気のため辞任という行為以外、安倍首相に何かプラスの要因があ
るとは思えません。

この1週間に国民の心に何が起こったのでしょうか?何を信じたらいいのでしょうか?

菅氏に対する評価にしても、自民党の有力派閥がこぞって支持したという点以外、一
気に36%も支持が上がる、という理由は見つかりません。

安倍氏に関しては、病気による辞任に、きっと本人には無念の思いがあるのではない
か、という同情が集まった可能性はありあす。

しかし、菅氏に関しては、国民の多くが突如として日本の顔としてふさわしい、と評
価が上げた理由は私には分かりません。

姜尚中氏は、菅政権は、自民党内にも国民の間にもただよっていた「長いものには巻
かれろ」という雰囲気と、安倍政権にたいするノスタルジー(郷愁)のなかで誕生し
た、と述べています(注1)。

前半部分は分かりますが、国民が安倍政権へのノスタルジーを感じたという点は、私
にはちょっと疑問です。

総裁選に際しての岸田文雄、石破茂、菅義偉の三氏による討論でも、「森・加計・さ
くら・問題」にかんして、岸田・石破両氏は、国民が疑問に思っている以上は再調査
すべき、という姿勢をみせていたのに、菅氏は、もう決着済みだから再調査の必要は
ない、と突っぱねていました。

安倍首相が政権末期にこれらの問題で追及され、国民の支持率がそのために低かった
のに、菅氏が、その再調査を拒否すれば評価はさがることはあっても上がるとは、不
思議というほかはありません。

また、三氏の立候補の所見発表演説でも、岸田氏は、所得格差が広がっており、社会
に分断が生じているとの認識から、キャッチフレーズは「分断から協調へ」という、
それなりに社会の大枠をとらえ、将来像を示しています。

また、石破氏は、「平成で民主主義が大きく変質を遂げた」と指摘したうえで、戦前
に軍部が国民に正確な情報を伝えないまま、第二次世界大戦に突き進んだ悲劇に触れ
「正しい情報が有権者に与えられなければ民主主義は機能しない」との認識から、キ
ャッチフレーズを「納得と共感の政治」を主張しました。これも、歴史認識を踏まえ
た政治に対するまっとうな姿勢です。

これにたいして菅氏は、優位に立っている自信なのか、首相としての価値観を含んだ
理念については語らず、安倍政権の継承のほかは、自民党の綱領に盛り込まれた「自
助・共助・公助」に「絆」を付け加えたフレーズを示しただけでした。

つまり、まず、自分の力で問題を解決すべく努力し、それが無理なら他の人の協力で
乗り越え、それでもだめなら、ようやく「公」(国や自治体)が助ける、という姿勢
を前面に出しました。

石破氏も岸田氏も、社会全体と歴史認識を含んだ理念を語っているのに対して、菅氏
はそうした他理念ではなく、国民に対して、「こうせよ」と上から命令している感じ
がします。

菅氏の「売り」は7年8カ月、安倍政権を支えてきた実績と、秋田の貧しい農村で生
まれ、高校卒業後、単身上京し、町工場で働き、自分の力で大学を出た、という生い
立ち話です。

菅氏が以前『週刊文春WOMAN』(2019年夏号)に、「私の田舎はものすごく貧しい
ところでした(略)。高校卒業後、たいていは農業を継ぐんですが、豪雪地帯ですか
ら、結局冬には出稼ぎに行くんです」と語っています。

貧しい田舎、出稼ぎ、といった言葉からは、かつての青少年の苦労が滲むようですが、
実際はかなり違っていました。

菅氏のある同級生によれば、「中学校は一学年に150人くらいいたのですが、高校
に進学したのは三十人ほど。当時、進学するにはある程度、家が裕福でなければなら
なかった」という状態でした。

さらに菅氏の二人の姉は大学に進学しています。女性が大学に進学するのは珍しかっ
た時代でしたが、「義偉の二人に姉はともに大学に進学し、高校の教師になっていま
す。母親も結婚前は尋常小学校の教員で、叔父や叔母も教員という家系。普通の農家
とは違いますね」(菅家を知る人物)

裕福な暮らしの背景には父親のイチゴの栽培事業がありました。70年代には父親が
開発した冬場にできるイチゴ事業が大当たりして菅家は一気に裕福になりました。現
代でいう「カリスマ農家」でした。

菅氏の父親は、義偉氏が高校一年生の時から四期にわたって雄勝町議を務めるなど、
地元の名士でした。

母校の湯沢高校のHPには、2013年7月8日に講演した時の発言が紹介されています
が、そこには「湯沢高校卒業後に東京の町工場に集団就職した」と記されています。
自分一人で出て行ったのに集団就職はまずいのではないか、という小学生からの同級
生に対して、それは敢て訂正しない、と答えたという(注2)。

つまり、実際には相応に裕福な家庭だったにもかかわらず集団就職などの言葉を使っ
て、苦労人を演じていましたが、あくまでも自分の意志で東京暮らしを選んだという
のが実際です。苦労人としての自分を印象づけたかったのかもしれません。

このようなイメージから、菅氏は地方の出身だから、地方の声を聞き地方に寄り添っ
てくれるのではないか、との期待する人もいます。

では、その地方の人たちはどう思っているのだろうか。福島の自民支持者でもある畜
産農家のご主人は、総裁選で菅氏の勝利をみて、「地方の声なんて届かない。政治な
んてそんなもんだ」と苦笑すると、彼の妻も「次の総選挙まで一年。そう思ってあき
らめているようなところもあるよね」と、つぶやいていた。

また、菅氏はこれまで官房長官時代から福島の問題で自ら踏み込んだ発言をしたこと
はほとんどなく、避難者の生活実態に目を向けず、これまで家賃補助や住宅の無償提
供といった支援の打ち切りを進めてきました。

福島から横浜市に避難した「原発事故被害者団体連絡会」幹事の村田弘氏は「安倍政
権を継承する菅さんが総裁に就いたところで、希望や期待は持てない」、「冷淡な印
象しかない」と語っています(『東京新聞』2020年9月15日)。

首相指名された後の記者会見で語った菅氏の発言は期待外れでした。

菅氏は、最優先課題は「新型コロナウイルス対策と、その上で社会経済活動(実態は
経済活動)をとの両立を目ざすと言い、経済については「Go To キャンペーン」や、
持続化給付金、雇用調整助成金、無利子無担保融資の経済対策、携帯電話料金の値下
げなど、具体的な方策を語っています。

しかしコロナ対策については、具体的な方策も、方向性さえも触れていません。私は、
菅氏の関心は、やはり経済優生で、コロナ対策は付け足しに過ぎないとの印象を持ち
ました。

菅氏は、理念を語ることを嫌うそうです。これまでは、安倍首相の広報官として首相
の考えを説明したり、ある場合には批判を抑え込んだり問題を隠蔽したり、と黒子役
でした。

しかし、首相になったからには、携帯電話料金の値下げなどチマチマしたことを言わ
ず、日本をどのような国にしたいのか、そして自分の国家観なり政治理念を明確に指
し示す必要がありますが、それには全く触れませんでした。これには大いに失望しま
した。

ところで菅首相のもう一つの看板は、安倍政権の継承ですが、よく言われるように、
何を継承し、何を継承しないのかを明らかにはしていません。

菅氏の行政改革の方向について「行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義を打ち破
って、規制改革を全力で進める」と述べています。

携帯電話料金の値下げも、大手三社による寡占状態を打破することも、規制緩和の一
環に位置付けられています。

規制緩和による自由競争の推進、という考え方は小泉首相時代の新自由主義への回帰
です。これは、経済は企業や個人の自由な活動に、価格も市場にまかせ、そのために
障害となる規制をできるだけ排除する、その代わり、そうした活動の結果は自己責任
である、という市場原理主義の思想です。

ところが、携帯電話の料金を下げろ、と国家が市場価格に介入するというのは、この
原理に反しています。

そもそも安倍政権時代から、いわゆるアベノミクスは、政府が日銀を使い、530兆
円の国債を買い、また日銀は、株式で構成される金融商品、株価指数連動型上場投資
信託(ETF)を毎年6兆円のペースで買い増すことにより間接的に株式を保有して
います。日銀が間接的に保有する株式(時価ベース)は、3月末時点、東証1部だけ
で28・4兆円に達して医います。

これではまだ足りないのか、「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)が投入
した金額は、19年3月末の時点で東証1部上場企業の株式の形で総額で37・8兆
円にも上ります(注3)。

要約するとアベノミクスは、巨額の貨幣を市場に流して円安に導き、大量の株式を公
的資金で買い上げて株価を上げて、見かけの経済の好調を演出してきました。

安倍政権時代は、日本の経済は、新自由主義とは反対の、実態は「国家資本主義」に
なっていたのです。菅政権もこれを引き継ぐことを表明しています。

菅氏は、一方で新自由主義的な発想で規制緩和を叫びながら、大枠では「国家資本主
義」を維持するという、原理的に矛盾した経済運営を目指しています。

この原理的な矛盾を、菅政権はどのように考えているのでしょうか?あるいは、全く、
矛盾していること自体に気が付いていないのでしょうか?

いずれにしても、菅氏は7年8カ月におよぶ安倍政権の功罪を検証する必要がありま
す。それなくして、軽々しく「安倍政権の継承」などとは言うべきではないでしょう。



(注1)『朝日新聞』デジタル 2020年9月22日 16時30分
     https://www.asahi.com/articles/ASN9L4JH2N9JUPQJ00K.html?ref=mor_mail_topix2
(注2)以上は、『週刊文春』20209月17日号:「菅義偉『美談の裏側』集団就職はフェイクだった」22-25ページ);『東京新聞』2020年9月13日「本音のコラム」より。
(注3)『赤旗』電子版(2019年7月12日(金)  https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-07-12/2019071203_01_1.html;『日刊ゲンダイ』(2020年9月9日)「金子勝の天下の逆襲」
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お彼岸の頃になると、忘れずに一斉に咲くヒガンバナ                           木立の間に朝日が斜めに差し込む早朝の林
   

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