中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

文豪 幸田露伴と須原宿の名誉「桜の花漬」(旧中山道を歩く 189)

2009年11月21日 08時38分15秒 | 5.木曽(長野県)の旧中山道を歩く(157~2


(水舟の里「須原宿」の案内)


(須原宿)
「水舟の里」と「須原宿」の看板を見てホッとするが、
実は旧中山道はまだ国道に沿って先に進まなければならない。
宿場より後にできたJR須原駅への道は旧中山道ではないからである。
「水舟の里」の水舟とは丸太を舟のようにくりぬき、
中に水を入れたもので、飲み水、用水桶代わりにしたものである。
湧き水が絶え間なく流れている。

看板を横目に見て先に進むと、左に脇道が見えるのでこの道を登る。
これが旧中山道である。
登り道は左へ折れ曲がっているが、そのまま坂道を登ると、
古めかしいいかにも時代物の塀があり、
その先に武家屋敷の門のような門が見える。
門は倒れそうで角材で支え棒がしてある。
その門の先に階段があり、須原宿らしい古(いにしえ)の街道に出る。
左後方を見ると道路の先が広がり駅前広場という感じである。

JR須原駅である。

(左の脇道へ行く、白く引いた矢印はウオーキング大会の跡)


(武家屋敷風の建物の塀)


(武家屋敷風の家の門)


(階段を上がると街道に出る)


(須原駅前の広場)


(幸田露伴の文学碑と水舟)

駅前には、幸田露伴の文学碑と水舟が置かれていて、
豊かで清らかな水が絶え間なく流れている。
須原宿では、幸田露伴を避けて通ることはできない。
幸田露伴の出世作「風流仏」の舞台になった所であるからだ。

幸田露伴の「風流仏」は、流れるような美しい文章で、
樋口一葉の文体に似通っているように思われる。
しかし樋口一葉もそうであるが、一度読むと病み付きになってしまう。
幸田露伴の女性の美しさを見事に表現しているその一節が、
須原駅前の文学碑に「幸田露伴と須原宿」と題して次のように刻まれている。

「文豪幸田露伴は明治22年冬の頃木曽路を旅して須原に泊る。
彼はこの地を訪ねた縁を基にその出世作小説「風流仏」を著す。
時に22歳。
ここに文中の一部を抜粋し記念碑として文豪露伴を偲ぶ。」とあり、
次の一節が刻まれている。

(仮名を振りましたので読みにくい所もありますが、名文ですので、是非ご一読を!)

「名物(めいぶつ)に甘(うま)き物ありて、
空腹(すきはら)に須原のとろゝ汁殊(こと)の外妙(みょう)なるに
飯 幾杯(いくはい)か滑り込ませ(すべりこませ)たる身体(からだ)を
此尽(このまま)寝さするも毒とは思えど為(す)る事なく、
道中日記注(つ)け終(しま)いて、
のつそつしながら煤(すす)びたる行燈(あんどん)の横手の楽落(らくがき)を読めば
山梨県士族(しぞく)山本勘介(やまもとかんすけ)
大江山退治(たいじ)の際一泊と禿筆(ちびふで)の跡、
さては英雄殿もひとり旅の退屈に閉口しての御わざくれ、
おかしき計(ばか)りかあわれに覚えて
初対面から膝(ひざ)をくずして語る炬燵(こたつ)に
相宿(あいやど)の友もなき珠運(しゅうん)、
微(かすか)なる埋火(うずみび)に脚をり、
つくねんとして櫓(やぐら)の上に首投(なげ)かけ、
うつらうつらとなる所へ此方(こなた)をさして来る足音、
しとやかなるは踵(かかと)に亀裂(ひび)きらせしさき程の下女にあらず。
御免なされと襖(ふすま)越しのやさしき声に胸(むね)ときめき、
為(し)かけた欠伸(あくび)を半分噛(か)みて何とも知れぬ返辞(へんじ)をすれば、
唐紙(からかみ)するすると開き丁寧(ていねい)に辞義(じぎ)して、
冬の日の木曾路嘸(さぞ)や御疲(おつかれ)に御座りましょうが
御覧下(ごらんくだ)され是(これ)は当所(とうしょ)の名誉(めいよ)花漬(はなづけ)
今年の夏のあつさをも越して 今降る雪の真最中(まっさいちゅう)、
色もあせずに居りまする梅(うめ)桃(もも)桜(ざくら)のあだくらべ、
御意(ぎょい)に入(はい)りましたら蔭膳(かげぜん)を信濃(しなの)へ向けて
人知らぬ寒さを知られし都の御方(おかた)へ御土産にと
心憎き(こころにくき)愛嬌(あいきょう)言葉(ことば)商買の艶(つや)とてなまめかしく
売物に香(か)を添(そ)ゆる口(くち)のきゝぶりに利発あらわれ、
世馴(よな)れて渋らず(しぶらず)、さりとて軽佻(かるはずみ)にもなきとりなし、
持ち来(きた)りし包(つつみ)静かにひらきて
二箱(にはこ)三箱(さんはこ)差し出(いだ)す手つきしおらしさに、
花は余所(よそ)になりてうつゝなく覗(のぞ)き込む此方(こなた)の眼を避けて背向(そむ)くる顔、
折から透間(すきま)洩(も)る風に燈火(ともしび)動き
明らかには見えざるにさえ隠れ難き美しさ。
我(が)折れ深山に是(これ)は何物。・・・」(大桑村観光協会)

と、小説「風流仏」の最初の部分が刻まれている。

物語は、上の碑文でも判るように、珠運(しゅうん)と言う名の旅の仏師が、
桜の花漬をお土産のどうかと、
売りに来た娘の美しさに打たれ、恋をする。
娘は爵位のある方のお嬢様で、とても仏師が恋をする相手ではない。
身分が違いすぎる。
想い焦がれながら仏像を彫ると、仏像は娘のかたちとなる。
仏師の思いがその像に魂を入れたのか、
娘自身がその場に姿を現したのか、
あるいは思いつめた仏師の妄想なのか、
像が動いたのやら女が来たのやら、解らぬままに抱きしめあい、
互いに手を取り合って天に昇っていく・・・そんな幻想的な恋物語である。

などと感傷に耽っている場合ではない。
時間はすでに15時をまわっている。
今日の宿泊場所に行くには15:39分の電車に乗らねばならない。
そして明日はこの須原から直線距離で18kmほどを歩く予定だから、
少しでも須原宿を見学しておかねばならない。


(須原宿の古い家並み)

予定としては宿場はずれの定勝寺(じょうしょうじ)まで行って、
見学済ますべく足を早める。
左右の町並みを眺めながら、本陣はここ、脇本陣はここ、
旅館の「かしわや」は此処と目星を付けておく。
「かしわや」の先で京都方面から歩いてきたと思われる三人組とすれ違い挨拶を交わす。
少し夕方の気配を感じる。
秋の陽はつるべ落としという。
定勝寺の門前ではもう薄暗くなりかかっていたが、
門内に入り本堂、蓬莱庭、見事なつくりの庫裏などを見学して、
電車の時間に間に合うよう駅にとって返す。


(定勝寺の古刹らしい山門のたたずまい)


(本堂入り口)



(蓬莱庭)

(白壁と木組みの美しい庫裏)

駅前広場の一角に散歩の途中か老婆が腰を下ろし休憩していた。
地方に行くと習慣になっている「人に会ったら挨拶をする」原則に基づいて
「こんにちは」と挨拶すると、
「どこからお出でになった?」質問。
「東京です」と応えると、
「私は須原で生まれ、小中学校を須原で、その後東京の目黒に出て裁縫の勉強をし、
卒業後東京で10年暮らした。東京で知り合った男性がやはり須原の人で、
結婚して須原に帰った。長男がいてこれも東京で生活していたが、妻に先立たれ、
今須原に帰ってきている。
私は主人に先立たれ一人暮らしだったので、
妻をなくした息子を呼んで、今は二人で暮らしている。」とのこと。
お年をお訪ねすると大正6年生まれの92歳という。
息子さんはたまたま幼稚園バスの運転手をして欲しいと、
知り合いに誘われて今その仕事をしています、という。

息子は72歳と言う。それではボクと同じ年ですねと、
本当はボクのほうが二歳年上なのだが、話を合わせる。
聞きもしないのに身の上話をしたのは、きっと普段話し相手もいないからに違いない。

「幸田露伴の小説に出てくる(当所の名誉花漬)を扱っている
大和屋は駅前にあるというが、どこにありますか?」と聞くと、
何のことはない、目の前にあった。
大和屋に行くとお客さんはほとんどないらしく、
店に居た子供が大声で
「お客さんだよ!!」と遠くに向かって呼ぶ。
「はーい」と妙齢の女性の返事が返ってきた。
露伴の思い描いた娘が出てくるかと、
期待に胸膨らませると、
確かにボクの年齢にふさわしい、妙齢の女性が出てきた。
「須原名物桜の花漬はありますか?」と訊ねると
「ハイハイ」と二つ返事でガラス棚から取り出し
「800円です」という。
品物を見ると50gと書いてあり、
気分は現実に戻って随分高く感ずるが、
名物だからと購入する。

表紙に(素晴らしいぞえ須原の桜、つけて煮え湯ののなかで咲く)とあり、
お召し上がり方(コップまたは湯呑みに桜の花房を一、二輪入れて、
煮え湯を注いでくだされば、桜の風味が出ておいしく召し上がれます)とある。

そして予定の電車に乗り、本日の旧中山道歩きは終り、明日また出直すことにする。


(須原名物 桜の花漬)


(桜の花漬の大和屋、花漬は今は此処でしか扱っていない)


(駅舎)

後日譚:
桜の花漬けについて、昔は7~8軒ほど造っている所はあったが、
今は何処にもなく、この大和屋だけになってしまった。
思い起こせば、甥姪や娘や息子の結婚式の時にも「桜の花漬け」は出てこなかった。
ここ20年以上桜の香りがするお茶を頂いた記憶が無い。
家に帰るなり、熱湯をそそぎ、
露伴に言わせれば都の良き方(ボクの場合=老妻)と二人で頂いた桜の花湯は、
若き頃をしのび、とても美味しかったことを報告しておきます。






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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
桜の花漬け いわゆる桜茶の事だと思ってそのとき... (どら)
2009-11-21 11:04:02
桜の花漬け いわゆる桜茶の事だと思ってそのときさほどめづらしいと思わなかったのですが・・・
須原ではここでしか扱っていないと言う事ですよね? うちの方でも結納や結婚式などおめでたい席で使います。 
時々塩を少し抜いてお菓子に入れたりします。
良い香りなので 優雅で幸せな気分になれますよね?
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風流仏をたどってここのサイトに来ました。ずっと... (くおん寺)
2010-11-22 12:40:25
風流仏をたどってここのサイトに来ました。ずっと残してください。風流仏、何度読んでも涙が出ます。露伴フアンより。

関連紹介
「文学は科学とは別で、国家・権力に好遇されるよりもむしろ虐待されるところに優れたものが生まれる」-- 幸田露伴 風流仏
青空図書館
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/2710_14020.html

(翻訳)
http://blog.sbcr.jp/taiwa/2010/07/1-1.html
http://blog.sbcr.jp/taiwa/2010/07/2-1.html

風流仏 - Wattpad (ワットパッド)   1~ 24ページ分
http://www.wattpad.com/57043--?p=1
返信する
くおん寺さん! (hide-san)
2010-11-22 17:21:45
くおん寺さん!
ようこそおいでくださいました。
須原宿の名誉「花漬け」はありませんが、
ごゆっくりご逗留ください。
返信する
風流仏を読み、たどり着きました。非常に勉強にな... (ekemtt)
2011-09-08 00:35:20
風流仏を読み、たどり着きました。非常に勉強になりました。
返信する
ekemtt さん (hide-san)
2011-09-08 09:51:02
ekemtt さん
コメント有難うございます。
桜の花漬いかがですか?
美味しいですよ。
返信する
・「幸田露伴と二人の妻」小島直記著~人間の運命より(平成11年) (くおん寺→長遠寺)
2017-02-28 09:59:30
~名を変えました、失礼。

露伴28歳のとき、姉妹の経営する下宿屋に住み、そこの妹山室幾美子(21歳)と結婚。この女性は非常な美人で理想の妻であった。が露伴43歳のとき3人の幼児を残し病没。

「わが一衣(いちい)を新(あら)たにせんよりは君がために数巻の書を贖(あがな)はむには如(し)かじと云ひたりし事なども目のあたりに浮かび出で、日頃ただ後顧の憂無く予をして読書作文に勤めしめんと図りくれし心尽しの数々、その事彼の事、心頭に上り来たりて、今ただ一片の木脾数字の法号、想いて呼ぶ可からず、呼びて応えしむ可からず、笑容(しょうよう)終に見るべくもあらぬを悲しむこと久し。学位の如き我唯委順(われただいじゅん)する耳(のみ)。」と追悼しました。

先妻幾美子(36歳)に先立たれて一年後、露伴は文学博士の学位を受けました。彼は無き妻を思い、妻の生前にこれを得て妻を喜ばせ自分もそれを見たかった。・・「幸田露伴と二人の妻」小島直記著~人間の運命(平成11年)

>と追悼しました
墓石にもあると聞きました
後妻(クリスチャン)はトンデモと。
返信する
桜の花漬けについて (マキロン)
2017-09-24 19:13:15
風流仏に出てくる花漬けは桜の花を塩漬けにしたものではなく、梅桃桜の三分咲きの蕾を小箱に美しく差し並べたもので、どこまでも観賞用のものでありました。今はどこにも売られておりません。
返信する
マキロンさん コメントありがとうございます。 (hide-san)
2017-09-24 21:36:40
風流物の中に

>御覧下(ごらんくだ)され是(これ)は当所(とうしょ)の名誉(めいよ)花漬(はなづけ)

と桜の花漬けと書かれていますので、やはり花漬けで、
その花が梅桃桜(うめももざくら)の花と文中にも出ております。

如何でしょうか。

ご指示をお待ちしております。

返信する
須原の花漬けについて (マキロン)
2017-09-25 00:34:50
hide-san様
はじめまして。
風流仏で娘が差し出した花漬けはかって須原にあったものでいわゆるフラワーボックスです。須原の花漬けとよばれておりました。漬物ではございません。
もし漬物ならば、文中の

>今年の夏のあつさをも越して 今降る雪の真最中
色もあせずに居りまする梅桃桜のあだくらべ
につながりません。

須原の花漬けの写真をアップしておきます。
https://blogs.yahoo.co.jp/gifuyu3152
よろしくおねがいいたします。
返信する
マキロンさん ご返事いただきありがとうございます。 (hide-san)
2017-09-25 04:04:34
須原の花漬けの写真をありがとうございました。

実物を見て驚きました。

納得です、ありがとうございました。

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