おとといは真中さんの『火光』をとことん読む会でした。
この会のために日帰りで東京から参加された方を含めて17名。 15分くらいまえに着いたらもう席が4つくらいしかない、という状態でした。 みなさんの熱心さが伝わります。
事務所でやる会は中央のテーブルをぐるりと取り囲んでやるので、一体感があります。 まずは「好きな一首」をそれぞれが頁順にひとことコメントをして自己紹介。 そのあと本番の「議論したい歌」へ移りました。
それぞれが議論したい歌へ疑問や思いをぶつけて、読み解きあっていくうちにいろいろ深いところが一瞬見えたような気がしました。
・人災を言ひつのる馬鹿は万全の岩窟の内に閉ぢ込めるべし
「馬鹿」とは誰のことを言っているのか。 ということが議論になりましたが、自分が思っていた読みとまったく別の読みが出されて、驚きました。
・とうに死にて死につづけたるひとびとが新しき死者を迎へるごとし
この歌は「この山のつづき」という一連の中にありますが、この前の一連が震災の歌なので、やはり「山」といいつつ「海のイメージがする」「かひやぐらしづむごとし」の歌が前にあるが、ほんとうは何を見ているのか、といったあたりが議論になりました。 私は海の中で死者が重なっていくようすを思っているのだろうと思ったことを言いました。
・弟の殺さるるまでを見届けむ死んでも疎まるるべき弟の
「弟は原発である」という読みが提示され、それはこの歌集が出たころにネットで読んだことのあるひとは共通してそのように受け止めていたのですが、はじめてその読みを知った人は衝撃を受けている感じでした。 たしかにこの歌は「工場の町」という小題の2首のうちの1首で、そんなことはどこにもありません。 全体的に詞書や注もなくて、「わかってもらえなくていい」といったスタンスが中心にあって、そこが真中さんらしいと思いました。
・五十年息をひそめてありたるとわが裡をいでて来たりしこゑは
この歌は私が出した「議論したい歌」。 裡のなかにひそんでいたのは、幼少のころとか成人してからでなく、生まれ出たそのときからあった、というのです。「もう自分を殺しつづけなくていい―あなたが来て言ひたり」や「わが裡にほろびゆくものほろびたるものがおまへをほろぼす かならず」や「やがて喰ひやぶつて出てくるのかわが裡の龍を恃み懼れる」など、繰り返されてところどころに現れる「裡にひそむもの」。これがかなり印象に残って、絶対に誰も踏み入ることのできない昏さを確認しました。
さて、きょうは「あなたを読む会」8回目です。 5月からスタートして、仕事の帰りに毎月って続けられるのかなと思っていましたが、こちらもみなさん熱心で、もう8回になりました。来年も続けましょう、いう声があって、体力の続く限り私もがんばりたいと思います。
手作りのクリスマスクッキーなどが配られてクリスマス気分を味わいつつ、真剣勝負。 今回は5名でしたが、白熱し、いつもより長引いて18時半から21時半まで、1作品に30分以上かけて議論されました。 私の童話も問題点や不明点が浮き彫りにされ、推敲がまだまだ必要だなと思いました。
遠慮なく言ったり言われたり。 終わったらすがすがしい。 今年は深く語り合える場に参加できていい年でした。