うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む99

2010-05-10 05:23:48 | 日記

敗戦のドイツ<o:p></o:p>

五月二十一日(月)曇<o:p></o:p>

 正午B29一機来りて、神田方面へビラを撒けりと。軍部はご裁可を待たずして満州事変を初めたりとか、日本人を幸福にするは降伏あるのみとか、B29は無敵なりとか、アメリカの生産力は驚異的なりとか書ける由。<o:p></o:p>

 「降伏」なる文字は日本人に対するかぎり使用せざるが可ならん。<o:p></o:p>

五月二十二日(火)曇<o:p></o:p>

 時々霧雨降る。寒し。産婦人科の清水教授など、六月来らんとするに外套を着て講義す。今年の農作心痛にたえず。<o:p></o:p>

五月二十三日(水)雨<o:p></o:p>

 ドイツは政府を認められない、米英ソ仏四国の軍政下にひきすえられた。ナチス首脳部をはじめおびただしい人間が「戦争犯罪者」として断罪され、幾十百万のドイツ兵は捕虜として、徒歩で本国に追い返され、また戦後復興の奴隷として英国やソ連やフランスへ送られつつある。米兵はドイツ内の「宝探し」に狂奔し、ドイツ民衆は「生きるだけの食糧」を与えられて地べたを這いずりまわっている。<o:p></o:p>

 流血の犯罪者ドイツ! 世界の悪党ドイツ! 勝利者は冷酷に、高らかに宣言する。<o:p></o:p>

 一個人すら「悪人」と刻印打つは躊躇せざるを得ない時代に、一国あげて悪人国と断ずるのは!<o:p></o:p>

 曾ての盟邦にセンチメンタルな同情を寄せるのではない。チャーチルやスターリン米国人はつくづく馬鹿だと思う。勿論彼らの今までの惨苦や犠牲や勝利の陶酔は知っているが、しかし、これはまた新しい未来の戦争のたねをまくだけである。<o:p></o:p>

 彼らは、たとえドイツを寛大にゆるしても結果は同じだというであろう。それはそうかも知れない。しかしドイツが数十年の後、さらに復讐の頭をあげることは眼に見えている。<o:p></o:p>

 こうしてまた酷薄な殺戮が、ああ、永遠にくりかえされるのであろう。<o:p></o:p>

 昨日今日珍しくB29来らず。最近B29の大挙爆撃本土になし。沖縄の戦い、大本営沈黙久しく、新聞の激越なる報道もやや中だるみの感あり。まさに山雨至らんとして風楼に満つるの日々。<o:p></o:p>

五月二十四日<o:p></o:p>

 前夜のことである。高須さんと勇太郎さんと風呂へゆく途中大鳥神社のほうへ下る広い坂道を歩みながら、初夏の美しい星空をしずかになでている数本の探照燈を仰いで、自分は指折り数え、<o:p></o:p>

 「高須さん、あなたたちが夜間の大空襲に会ったのは、あの三月十日が最後ですね。四月中旬のやつのときには田舎へいってたんだから」<o:p></o:p>

 「うん、そうだ」<o:p></o:p>

 「じゃ、もうそろそろ凄いやつをくらっても文句はいえんわけだ」<o:p></o:p>

 「冗談じゃない」<o:p></o:p>

 すると勇太郎さんが「コロコロいうて、なかなかコラへんかな」といった。朝鮮の遊女のまねだそうだ。三人は大笑した。


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