正月実家に泊まっていた時父が突然私に腕を見せてこう言った
「ちっこ。見てみろ。俺の腕、油がなくなってシワだらけだ。鎖骨も飛び出て
骨だらけだ。俺ももうお陀仏かも知れないなぁ」
父の手は確かにシワだらけだった
背も小さく昔から痩せていた。だから今更痩せているといわれても特に変わったようには思えなかった
父はとても丈夫な人だった
私が知っている限り病気で寝込んだ事は1度も記憶にない
「父さんは丈夫で良いねぇ」が母の口癖だった
父はしきりに肌が老化していることを気にした
あそこにシミが出来た。こっちにシミが大きくなったと1日鏡を見ては悩みだした
母が「もう歳なんだからシミぐらいできるでしょ」と言うと
「お前の言うシミとは違うんだ!見ろ!こんなにシワが細かく入っているなんて
どこか悪いに違いないんだ。そういえばテレビでこんな症状の病気をやっていた
きっとその病気に違いない」と凄い剣幕でまくし立てた
自分の老化を受け入れられなかった父
父の不安は膨らむばかりだった
それから父の病院めぐりが始まった
大きな病院で血液検査からレントゲン、ホルモン検査までした
全て異常なし
それでも納得がいかず皮膚科に内科。あらゆる病院を回っては調べた
医者は皆口をそろえて言った
「もう、お歳ですから。シワもシミも増えますよね。内蔵に異常がないんだからよかったですね」
父は食い下がった
「どこも悪くないのになんでこんなにシミが増えるんだ」
結局精神科へと廻された
私は母から逐一報告の電話を貰ったけれど父に何も言う事はできなかった
父に「俺はもう駄目だ」といわれれば
「困ったね。心配だね」位しか言葉が出てこなかった
安定剤を飲むようになって少し落ち着いたように見えた
しかし今度は頭に円形脱毛が見つかった
父はパニックになった
「薬のせいで髪が抜けた。薬じゃないなら何かやっぱり病気にかかっているに違いない。そういえば胃も重い。吐き気もする気がする。めまいもする気がする
頭も重い気がする」
気がする。気がすると連呼し続けた
医者が「頭が痛いんですか?ガンガンとしますか。シクシクと痛みますか」と聞けば「そうじゃない。痛い気がするんだ」
結局皮膚科へ廻された
大きな病院の中をあっちへこっちへとたらい回しされた
栄養剤に病院の薬、市販の薬にサプリメント。
父の薬で食卓が一杯になってしまうほどだった
それでも髪は生えてこなかった
気にすればするほど脱毛は増えていった
すでに髪は薄くなりつつあったので、所々穴が開いていても傍からは分らない
でも父には大問題だった
そして遂に片方の眉毛が消えた
父はますますパニックになっていった
店に出るのにこんなみっともない姿では出られないと母に毎日訴えた
最初は病院通いや愚痴に付き合っていた母も疲れ果て寝込むほどになった
ある日お嫁さんが「お義理父さん、眉毛書いたらどうですか」と眉墨をプレゼントしてくれた
父は大喜びだった
父は真っ黒い太い眉毛を書いては満足した
青白い顔に眉毛だけが黒々と目立った
姉は口出ししない
父に関しては全く無関係を貫いている
弟は結婚してから父とは衝突しなくなった
でも父に声を自ら掛ける事はない
私も同じ
父の固い背中を見ると何も言う気がしなくなってしまう
どんな言葉も父に通じる気がしない
私の中の父親像は母のたった一言に支えられている
「産まれてすぐあんた達3人を風呂に入れたのは父さんだ。
母さんは落としそうで恐くて風呂に入れられなかったから毎日父さんが入れたんだよ」
産まれてすぐの記憶などない
父に風呂に入れられていた記憶ももちろんない
物心ついた時には父は恐ろしい存在となり、近づくことも話すこともなかった
父の愛情を考えたことすらない
父親という存在すら私には無用の物だった
父が何もしてくれなくても
父が話しかけてくれなくても私は困らなかった
ただそこに居る人だった
その存在を父として位置づけていられたのは母のこの言葉だと思う
何度も何度も聞かされた
母の嘘なのか。誠なのか分らないが私はその言葉にすがってきたように思う
もう父を憎んでも嫌ってもいない
父は老いを受け入れられずただ苦悩する人となった
父は他人よりも遠い存在だった
今は遠くから見つめる存在となった
鏡を見て必死に眉を書く父の背中を見つめながら
私達をお風呂に入れてくれたのだと何度も思うようになった
父との距離はほんの少し縮まりつつあるのかもしれない
「ちっこ。見てみろ。俺の腕、油がなくなってシワだらけだ。鎖骨も飛び出て
骨だらけだ。俺ももうお陀仏かも知れないなぁ」
父の手は確かにシワだらけだった
背も小さく昔から痩せていた。だから今更痩せているといわれても特に変わったようには思えなかった
父はとても丈夫な人だった
私が知っている限り病気で寝込んだ事は1度も記憶にない
「父さんは丈夫で良いねぇ」が母の口癖だった
父はしきりに肌が老化していることを気にした
あそこにシミが出来た。こっちにシミが大きくなったと1日鏡を見ては悩みだした
母が「もう歳なんだからシミぐらいできるでしょ」と言うと
「お前の言うシミとは違うんだ!見ろ!こんなにシワが細かく入っているなんて
どこか悪いに違いないんだ。そういえばテレビでこんな症状の病気をやっていた
きっとその病気に違いない」と凄い剣幕でまくし立てた
自分の老化を受け入れられなかった父
父の不安は膨らむばかりだった
それから父の病院めぐりが始まった
大きな病院で血液検査からレントゲン、ホルモン検査までした
全て異常なし
それでも納得がいかず皮膚科に内科。あらゆる病院を回っては調べた
医者は皆口をそろえて言った
「もう、お歳ですから。シワもシミも増えますよね。内蔵に異常がないんだからよかったですね」
父は食い下がった
「どこも悪くないのになんでこんなにシミが増えるんだ」
結局精神科へと廻された
私は母から逐一報告の電話を貰ったけれど父に何も言う事はできなかった
父に「俺はもう駄目だ」といわれれば
「困ったね。心配だね」位しか言葉が出てこなかった
安定剤を飲むようになって少し落ち着いたように見えた
しかし今度は頭に円形脱毛が見つかった
父はパニックになった
「薬のせいで髪が抜けた。薬じゃないなら何かやっぱり病気にかかっているに違いない。そういえば胃も重い。吐き気もする気がする。めまいもする気がする
頭も重い気がする」
気がする。気がすると連呼し続けた
医者が「頭が痛いんですか?ガンガンとしますか。シクシクと痛みますか」と聞けば「そうじゃない。痛い気がするんだ」
結局皮膚科へ廻された
大きな病院の中をあっちへこっちへとたらい回しされた
栄養剤に病院の薬、市販の薬にサプリメント。
父の薬で食卓が一杯になってしまうほどだった
それでも髪は生えてこなかった
気にすればするほど脱毛は増えていった
すでに髪は薄くなりつつあったので、所々穴が開いていても傍からは分らない
でも父には大問題だった
そして遂に片方の眉毛が消えた
父はますますパニックになっていった
店に出るのにこんなみっともない姿では出られないと母に毎日訴えた
最初は病院通いや愚痴に付き合っていた母も疲れ果て寝込むほどになった
ある日お嫁さんが「お義理父さん、眉毛書いたらどうですか」と眉墨をプレゼントしてくれた
父は大喜びだった
父は真っ黒い太い眉毛を書いては満足した
青白い顔に眉毛だけが黒々と目立った
姉は口出ししない
父に関しては全く無関係を貫いている
弟は結婚してから父とは衝突しなくなった
でも父に声を自ら掛ける事はない
私も同じ
父の固い背中を見ると何も言う気がしなくなってしまう
どんな言葉も父に通じる気がしない
私の中の父親像は母のたった一言に支えられている
「産まれてすぐあんた達3人を風呂に入れたのは父さんだ。
母さんは落としそうで恐くて風呂に入れられなかったから毎日父さんが入れたんだよ」
産まれてすぐの記憶などない
父に風呂に入れられていた記憶ももちろんない
物心ついた時には父は恐ろしい存在となり、近づくことも話すこともなかった
父の愛情を考えたことすらない
父親という存在すら私には無用の物だった
父が何もしてくれなくても
父が話しかけてくれなくても私は困らなかった
ただそこに居る人だった
その存在を父として位置づけていられたのは母のこの言葉だと思う
何度も何度も聞かされた
母の嘘なのか。誠なのか分らないが私はその言葉にすがってきたように思う
もう父を憎んでも嫌ってもいない
父は老いを受け入れられずただ苦悩する人となった
父は他人よりも遠い存在だった
今は遠くから見つめる存在となった
鏡を見て必死に眉を書く父の背中を見つめながら
私達をお風呂に入れてくれたのだと何度も思うようになった
父との距離はほんの少し縮まりつつあるのかもしれない