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2018年8月12日 聖霊降臨後第12主日のミサ 「イエリコにくだるユダヤ人」

2018年10月18日 | お説教・霊的講話
2018年8月12日(主日)聖霊降臨後第12主日のミサ(東京)
小野田神父 説教


聖なる日本の殉教者巡回教会にようこそ。
今日は2018年8月12日、聖霊降臨後第12主日のミサをしています。

今日はいつもと違って、夕方のミサになってしまいました。次のミサは、来週の主日、8月19日、朝の10時半からあります。

デ・ガラレタ司教様がまず堅振の秘跡を授けて下さって、その直後にミサがあります。午後には司教様からのお話を、霊的な講話を聞きたいと思っています。どうぞいらして下さい。



“Homo quidam descendebat ab Jerusalem in Jericho.”
「ある人が、エルサレムからイエリコに下って行った。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日福音の中で、「ある人が、エルサレムからイエリコに下って行って、そして強盗の被害にあって、半死半生で、全く全財産を失って、生きるか死ぬか、グッタリ倒れているところを助けられた」という話があります。

実はこの被害者は、このユダヤ人は、エルサレムからイエリコに下るこの被害者は、私たちです。人類です。私たち一人ひとりです。

そこで今日、この福音のこのミサのテキストに従って、

⑴ 私たちに一体、何が起こったのか?

⑵ 一体、誰が助けてくれたのか?

⑶ 私たちは今日、どうしなければならないのか?

という事を黙想しましょう。


⑴ エルサレムとイエリコの間は、現代では37㎞の距離があります。でも昔は今の迂回の道路がなかったので、もう少し短かったと考えられています、35㎞とか。1日で、朝早くから起きれば歩き通す事ができる距離です。
しかし、今でも昔も変わらずそこに、非常に人気の少ない、寂しい、そして強盗や盗賊や追い剥ぎがいっぱい住み着いていた危険な場所でした。
エルサレムは高い山の上にあったので、イエリコまでは1000mの標高の違いがあります。ですから、非常にイエリコまで行くのは簡単で、ただ道をダラダラと下っていけば良いのです。

これは何を意味しているかというと、聖なる都市エルサレムから、簡単な道を下って、道を外して、人生を間違えてしまった、誘惑に流されて、あるいは世間の言う通りに流されて、あるいは悪魔の誘惑に流されて、あるいは肉欲に負けて、ダラダラと行った私たちです。

この強盗とは盗賊とは、カトリックの教える3つの敵です。私たちの救霊の敵です。
「世俗」と「悪魔」と「私たち自身の肉欲」です。

そして、この3つに襲われなかった、という人は、一体世界に誰がいるでしょうか?マリア様とイエズス様を除いて、洗者聖ヨハネを除いて一体誰がいるでしょうか?
私たちは多かれ少なかれ、攻撃を受けて、そして原罪の傾きを、原罪の傷を負いながら、そして私たち自身の罪の傷を負いながら、多かれ少なかれ、半死半生のもうグッタリとして、悪魔に、あるいはこの世俗の考えに染まって、道端に倒れて、身ぐるみ剥がされて、そして息絶え絶えに、殴られ、蹴られ、そして自分の力では起き上がる事もできずに、「誰か助けを、早く助けてほしい。」

今日ちょうど入祭誦で歌ったように、“Deus, in adjutorium meum intende. Domine, ad adjuvandum me festina.”「早く主よ、助けに来て下さい」と言っている、口でブツブツ言っているかのようです。

もしかしたら私たちは、その自分が半死半生だという事にさえも、身ぐるみ剥がされたという事さえも、気絶して気が付いていなかったのかもしれません。「全身が痛い、もうどうなっているか分からない。目の前も真っ暗だ。どうしたら良いか分からない」という事だけでなっているかもしれません。

その私たちの目の前に、旧約の司祭が通り過ぎます。レビ人が、祭壇に仕える人たちが通りますが、彼らはチラリと横目で見て、そのまま何もせずに行ってしまいました。何もする事が、する力が無かったからです、する事ができなかったからです。

しかしユダヤ人にとって、傷付いた私たちにとって、異国人であったはずの、呪われた人であったはずのサマリア人が、そこの道を通りすがります。すると私たちを見て、哀れに思って近付いて、「大丈夫か。しっかりしろ」と言って、自分の持っていたブドウ酒をドクドクドクと注いでくれて、そして傷口を洗ってくれます。

これは、この良きサマリア人とは、天から私たちを探して、私たちの、傷付いた私たちを救おうと、赦そうと、聖化しようと、浄めようと人となられた、イエズス・キリスト、まさに良きサマリア人、イエズス・キリストです。

自分の御血をブドウ酒であるかのように注いで、私たちの傷を癒して下さいます。罪を赦そうと浄めて下さいます。そればかりか、油を私たちの傷口に塗って、聖霊の力で私たちを強めようとして下さいます。弱ってグッタリしている私たちを、自分の腕で受けて、そして持っていたロバに乗せて、あるいは動物に乗せて、そのまま近くの旅籠屋に旅館に連れて行きます。そして御自分自身で、この弱っている私たちを介護してくれます。「しっかりしろ。」「美味しい、力あるものを食べろ。」「その布団で寝ろ。」

そしてその翌日、「自分は天に帰らなければならないから」と言って、この旅籠屋の主人に、「さぁ、この人を看護を頼む」と言って、2デナリオを与えます。1デナリオは1日の肉体労働のその値ですが、この介護の為に2デナリオは十分すぎるほどでした。「もしもこれで足りなかったら、私が帰ってきたら、また再び世にやって来る時に、報いを与えよう。さぁ、この彼を癒す為に、健康になる為に、世話をしなさい。」

これは、この旅籠屋はこの旅館は、カトリック教会でなくて一体何でしょうか。この主人は、その聖職者じゃなくて何でしょうか。イエズス様はこの霊魂の世話を、彼らに任せます。イエズスの聖心は彼らに、全ての力を与えます。十字架の贖いのその値を全て委ねて、「さぁ、ここに必要なものがある。これを使って、彼らを世話をせよ。」

私たちは今日、こうやって旅籠屋にやって来ました。傷付いた私たちは、イエズス・キリストによって連れられてきて、そして今日また、ブドウ酒とそして油を注がれます。そしてますます強められて、ますます癒されて、ますます浄められて、ますます聖化されて、聖なるものとなって、天国への旅路を辿る事ができるように世話を受けます。


⑵ 第2のポイントは、一体ではなぜ、旧約の司祭たちは、私たちを見て見ぬふりをして行ってしまったのだろうか?何故なのだろう?

旧約の司祭たちは、特にモーゼに代表される司祭たちは、栄光あるものでした。今日の福音書の直後にある奉献誦を見て下さい、聖歌隊が素晴らしくそれを歌います、使徒信経の後に。モーゼが祈ると、「アブラハムの天主、イザアクの天主、ヤコブの天主、どうぞこの民を御憐れみ下さい」とモーゼが祈ると、その罪の為に非常に怒っていた、天主の正義を傷付けられて、罰を与えようとしていたその天主が、宥められて、そして彼らを赦そうとする力を持っていました。

モーゼは天主と、シナイ山で十戒を受ける時に、顔と顔を合わせて、お話をして対話をして、そしてその結果、顔は光に光栄に満ちていて、イスラエルの民はモーゼの顔を直視する事ができないほど、栄光に満ちた司祭職でした。

しかしそれでさえも、その真のヤーウェに仕えていた旧約の司祭でさえも、私たちを癒す事はできなかったのです。

その為には、真の良きサマリア人、イエズス・キリストが、天から私たちの為に、私たちを探して、御自分の御血のブドウ酒を、そして聖霊の油を注いで下さらなければなりませんでした。そして私たちを、その御自分の立てたカトリック教会に世話を任せなければなりませんでした。そうしてこそ初めて、私たちが健康に力を付けて、悪魔からの受けた傷を癒されて、天国への道を再び歩む事ができるように、ようやくなる事ができたのです。

そして今日ミサの時に、典礼学者によると、私たちはもう一度、良きサマリア人であるイエズス様から、ブドウ酒と、そして油を受けます。ですから今日、聖体拝領誦を聖歌隊が歌う時には、「地は、主の御業の実りによって満たされている、満足している。なぜかというと、御身は地から、大地から御聖体を、私たちを養うパンを下さり、そしてブドウ酒は私たちを喜ばせるから。」

これは御聖体の事でなくて何でしょうか。イエズス様の下さる、私たちに下さるブドウ酒でなくて何でしょうか。ブドウ酒は私たちの霊魂を、人の心を喜ばせてくれます。

それと同時に、更に聖体拝領誦では言います、「主は、私たちの顔をその油において喜ばせてくれる。」なぜかというと、聖霊の油がまた注がれるからです。そして私たちを強めるからです。

「聖霊の油が注がれて、パンが人の心を強める」というのは、何か堅振の話をしているかのように、私には聞こえました。

一体、旧約の司祭たちは力が無かったのみならず、もしかしたらその真の宗教の核心が、ただ石によって刻まれた十戒だけであったので、人の心に刻まれなかったのかもしれません。人の心に刻まれる為には、聖霊が私たちの心に染み通らせなければならなかったのかもしれません。

今日イエズス様は、この例えを話す前に質問されます、「永遠の命の道を行く為には、歩き通す為には、どうしたら良いのですか?先生。」
「聖書には何て書いてあるのか?」
「全ての力を尽くし、心を尽くし、精神を尽くして、汝の主なる天主を愛せよ。そして天主を愛するが為に、隣人を我が身の如く愛せよ。」

まさに宗教の核心とは、この「天主への愛」にあるのではないでしょうか。

そしてそのカトリックの教えのその核心というのは、イエズス様が私たちに教えようとしているこの核心というのは、「天主は愛であって、私たちの父として、私たちを御自分の子供として、父親が子供を愛しているかのように、その愛を超えた愛を以て愛している。」
「宗教の関係というのは、天主と人間との関係というのは、愛の関係であって、親子の関係であって、そして私たちが天主から無限に愛されている、憐れみを以て愛されている、という事を知り、そしてその聖父に、愛を愛で以て返す。ここにあるのだ」という事を教えています。
そして「聖父を愛するが為に。隣人を我が身の如く愛する。なぜかというと、同じ父を持つ兄弟だから。同じ家庭の家族の兄弟だから」という事を私たちに教えています。

「しかしこの核心が忘れられてしまうと、天主を全てに超えて愛するという事が、単なる石に書かれた冷たい文字だけになると、形式的だけになると、外見だけの話になると、宗教というのも、単なる外見の形だけのものになってしまって、本当の隣人愛というものを実践する事ができなくなってしまう」という事を教えているのかもしれません。


⑶ では今日、この御ミサのイエズス様が教えて下さるこの天主の愛について、天主が私たちを憐れんで愛して下さっている事について、私たちが多くのものを受けた、という事について、ますます理解する事ができるように、お祈り致しましょう。

先週私たちは、「エフェタ」と言われました。耳が開いて、目が開いて、そして心が開いて、眼が開いて、天主の憐れみをますます分かる事ができるように、お祈り致しましょう。

マリア様にお祈り致しましょう。マリア様は、私たちがどれほど愛されているか、という事を御存知です。今日、この特に御聖体拝領の時に、傷付けられたこのユダヤ人が、良きサマリア人から多くの御恵みを受ける事ができるように、マリア様にお祈り致しましょう。


“Homo quidam descendebat ab Jerusalem in Jericho.”
「ある人が、エルサレムからイエリコに下って行った。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

” Concerning eternity ” Sermon by Fr.Peter Fortin SSPX

2018年10月17日 | お説教・霊的講話
Sermon for twenty-first Sunday after Pentecost
Fr Peter Fortin, SSPX


“And his lord, being angry, delivered him to the torturers until he paid all the debt.”

In the gospel today we find a servant who managed poorly the affairs of his lord and was found to owe him ten thousand talents. The master demanded the sum and the servant pleaded for mercy and said: “Have patience and I will pay thee all”. The master took pity and forgave the whole debt with one sweeping generous act. One of the fellow-servants owed the servant previously spoke of 100 pence (a much smaller amount), and asked patience for he would pay everything back. The wicked servant cast him into prison. The other servants hearing this told the good lord of this who sent for him and said to him that he forgave the large sum and why for a very small sum has he refused to show mercy for his fellow servant. The lord then delivered the wicked servant to the torturers.

In this parable Our Lord speaks to us concerning a soul that is impenitent. Sinners who die as debtors to God for their sins during life and then are not able to make satisfaction for the debt during life and so must spend eternity in to satisfy justice in Hell.

Concerning eternity, it is a great thought according to St. Augustine. He writes, “We are Christians that we may always think of the world to come.” The thought that the end approaching nearer and nearer everyday has led many powerful and successful men to leave the world and to enter a convent or cloister to live in poverty and to make acts of penance. The same thought has led many martyrs to suffer the torments that they have undergone, in order to secure their eternity. St. Paul writes to the Hebrews, “we have not here a lasting city; but we seek one that is to come”. St. Ambrose specifies that at the moment of our death, we will fall into either the house of delight or of torments. This earth is not our country, we are merely pilgrims passing through this land.

Where the soul shall go, it shall remain forever. In the book of Ecclesiastes is written, “If the tree fall to the south or to the north, in what place so ever it shall fall, there it shall lie.” St. Hilary writes, where one thinks is the end, is the commencement. It is only the beginning. One thousand years will pass and it is not even the beginning of eternity. No beginning and no end. For those souls that have been lost for all eternity, they would surely want to exchange more torments in order that their punishment be not eternal. That it would cease. In the book of lamentations is written, “My end is perished”.

If hell were not eternal, then it would not be frightful. Thomas a Kempis writes that, “everything that passes with time is trifling and short”. A question that we may ask ourselves is how do we view Purgatory? We know that the souls that enter into Purgatory suffer a great amount, but their suffering will end sometime, even perhaps if not for several thousand years. If we consider our physical sufferings here on earth, it ends relatively soon. Whatever the pain is, toothache, headache, cancer; all these can be borne for a time. St. Alphonsus writes that if we consider the monotony of the sufferings in Hell. Here on earth, someone would suffer if they would have to hear or something even though very pleasant, over and over again without a break. This would be terrible enough let alone experiencing something evil over and over again. It is written in Deuteronomy, “I will heap evils upon them” and these evils never end.

The sufferings will never end nor be diminished in the slightest degree. In eternity there is no change because the degree is unchangeable. This thought surely increases the sufferings by making them feel beforehand that they must suffer from all eternity. The thought of eternity tortures each of the lost souls knowing that they will suffer for all eternity.

How can God justly punish with eternal punishment for a sin that lasts only a moment? The duration of time has little to do with it but the immensity of the malice. St. Thomas writes that the malice of one mortal sin is infinite. Since man is limited and finite then he is not able to suffer in an infinite manner, so the duration must be eternal.

Death which is so terrible in life is longed for by the souls lost in Hell. They will never find it. ”And in these days men shall seek death, and shall not find it: and they shall desire to die, and death will fly from them.” Apocalypse. The souls of the lost have no chance to be released. They shall forever see before their eyes their sins and the sentence of their eternal condemnation. “And I will set before thy face.”

Let our eternal salvation be the sole object of all our concerns. St. Eucherius writes, “The business for which we struggle is eternity”. There is question if our eternity will be forever happy or forever miserable. When St. Thomas More was sentenced to death by King Henry VIII of England, his wife approached him and told him to accept the adulterous union so that he could live. St. Thomas More asked her how much longer would he live? Another twenty years? He dismissed her that he would not be so foolish as to risk eternity for twenty years of life on earth.

If eternity were a doubtful matter, one might try to avoid all possibility of an eternity of torments, there is no doubt, it is matter of faith. St. Teresa writes that it is through a want of faith that so many Christians are lost. As often as we hear in the words of the Creed during Holy Mass, “Vitam aeternam”, life everlasting, we should enliven our faith and remember that there is another life, one that is eternal.

「永遠の命について」 聖霊降臨後第21主日の説教:聖ピオ十世会司祭 ピーター・フォルティン神父様

2018年10月17日 | お説教・霊的講話
聖霊降臨後第二十一主日の説教
ピーター・フォルティン神父(聖ピオ十世会)


「主人は怒って、負債を全部返すまで、しもべを拷問係に引き渡した」(マテオ18章34節)

本日の福音では、主人の仕事をうまく管理できず、主人に1万タレントの負債のあることが分かった、しもべがいます。主人は決算を要求し、しもべはあわれみを乞いながら、こう言いました。「しばらくお待ちください。そうすればきっと全部返します」。主人はあわれに思い、まったく寛大な心をもって全部の負債を許してやりました。しもべ仲間の一人が、以前このしもべに100ペンス(1万タレントに比べればごく小さな額)の負債があり、全額を返すから待ってくれるように頼みました。この悪しきしもべは、その仲間を牢に入れました。それを聞いた他のしもべたちは、そのことを良き主人に告げ、主人は悪しきしもべを呼んで、自分が大きな額を許したのに、なぜおまえは、ごく小さな額のために、しもべ仲間にあわれみを示すのを拒んだのか、と言いました。そして、主人は、この悪しきしもべを拷問係に引き渡しました。

このたとえにおいて主は、痛悔をしない霊魂について、私たちに話しておられます。生きている間の罪のために天主に負債のある者として死に、その後生きている間の負債を返すことができず、そのため正義を回復させるために地獄で永遠の時を過ごさなければならない罪びとのことです。

聖アウグスティノによれば、永遠について考えることは非常に大切なことです。彼はこう書いています。「私たちはキリスト教徒であるから、来るべき世のことを常に考えることができるのである」。日々終末がどんどん近づきつつあることを考えることによって、権力があり成功した多くの人々が、この世から離れ、修道院に入り、清貧に生きて、償いのわざをするよう導かれました。この同じ考えが、多くの殉教者を、永遠[の喜び]を手に入れるために自分たちの受ける苦しみを耐え忍ぶよう導きました。聖パウロはヘブライ人に対して、「私たちはここに不変の都を持たず、来るべき都を探している」(ヘブライ13章14節)と書き送っています。聖アンブロジオは、死のときに私たちは喜びあるいは苦しみの家のどちらかに入ることになる、と明確に述べています。この地上は私たちの国ではなく、私たちはこの地を通っている巡礼者に過ぎないのです。

霊魂が行くべきところでは、霊魂は永遠にそこに留まります。伝道の書には、こう書かれています。「木が南か北かに倒れると、倒れたところに横たわる」(コヘレット11章3節)。聖ヒラリオは、「人が終わりと考えるところが始まりである」と書いています。それは始まりに過ぎません。千年が過ぎても、それは永遠の始まりでさえありません。初めも終わりもありません。永遠に失われてしまった霊魂たちは、もし自分たちの受ける罰が永遠に続かないようになるのなら、もしもっと多くの苦しみと交換できるなら、そうさせてほしいときっと思うことでしょう。永遠の罰が終わるなら、と。哀歌の書には、「私の終わりは失せた」(哀歌3章18節)と書かれています。

もし地獄が永遠に続かないのであれば、地獄は恐ろしくないことでしょう。トマス・ア・ケンピスは、「時とともに過ぎ去るものはすべて、些細で短いものである」と書いています。私たちが自らに問う疑問は、煉獄についてどう考えたらいいのか、ということです。煉獄に入った霊魂が大変な苦しみを受けることを私たちは知っていますが、その苦しみは、それがたぶん数千年でないとしても、いつかは終わります。私たちがここ地上での肉体的な苦しみのことを考えれば、それは比較的すぐに終わります。歯痛、頭痛、癌のような痛みがどんなものであっても、それらはすべて一定の期間、堪えることができます。聖アルフォンソは、地獄では同じ苦しみの状態がずっと続くことを考えるよう、書いています。ここ地上では、たとえ非常に楽しいことであったとしても、それを休みなしに繰り返し、繰り返し聞かなければならなかったとしたら、その人は苦しむことでしょう。この事自体恐ろしいことでしょうが、悪しきことを繰り返し、繰り返し経験するということは、もっと恐ろしいことです。第二法の書[申命記]には「私は彼らの上に悪を積み重ねる」(第二法32章23節)と書かれており、その悪には終わりがありません。

この苦しみは終わりがなく、どんな少しの程度も減ることがありません。永遠においては、その程度は不変であるため、変化がないのです。この思いによって、自分たちが永遠に苦しまなければならないことをあらかじめ感じ、確実にその苦しみが増すことになります。永遠という思いが、自分たちが永遠に苦しむことになると知っている失われた霊魂の一人一人を苦しめるのです。

天主はなぜ、ほんの一瞬の間しか続かない罪に対して、永遠の刑罰を用いて、正しく罰せられることになるのでしょうか? 時間の幅が問題なのではなく、その悪意の大きさが問題なのです。聖トマスは、一つの大罪の悪意には限りがない、と書いています。人には限りがあるため、限りのない方法で苦しむことはできませんから、その期間が限りのない永遠でなければならないのです。

人生においてまことに恐るべきものである死を、地獄に失われた霊魂たちは待ち望んでいます。でも彼らは、決してそれを見つけることがありません。「そのとき、人々は死を求めても与えられず、死にたいと思っても、死は逃げていくのである」(黙示録9章6節)。失われた霊魂には、解放される機会はありません。彼らは、自分たちの目の前に、自分の罪と永遠の有罪宣告を終わりなく見つづけることになるのです。「私はお前を断罪する」(詩篇49章21節)。

私たちの永遠の救いが、私たちの唯一の関心事であるようにしましょう。聖エウケリオは、「私たちが闘い、求めるのは、永遠である」と書いています。私たちの永遠が、終わりなき幸せか、終わりなきみじめさであるか、という問題です。聖トマス・モアが、イングランド王ヘンリー八世によって死刑の宣告を受けたとき、彼の妻は彼に近寄って、彼が生き延びられるように王の姦淫を受け入れるよう言いました。聖トマス・モアは彼女に対して、そうすれば自分があとどれだけ長く生きられるだろうか、もう二十年だろうか、と尋ねました。そして彼は、地上であと二十年生きるために永遠を危険にさらすほどの愚か者になるつもりはない、と言って彼女の申し出を退けました。

もし永遠というものが疑わしいことだったとしても、人は永遠の苦しみの可能性をすべて避けるよう務めるのではないでしょうか。しかし、永遠は、疑いのない信仰箇条です。聖テレジアは、非常に多くのキリスト教徒が失われているのは信仰がないからです、と書いています。私たちは、ミサのときの信経にある言葉、「Vitam aeternam」、永遠のいのち、を聞くたびに、自分の信仰を強め、もう一つのいのち、すなわち永遠のいのちがある、ということを思い起こさなくてはなりません。


プロテスタント500年―「イェリコの町の三重の壁」は全て破壊されてしまうのか?

2018年10月16日 | エキュメニズム関連情報
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今から500年前、正確に言うと1517年10月31日、マルチン・ルターは95か条の論題(95개 논제)をヴィッテンベルクの教会の門に釘付けにしました。ここからルターのいわゆる「宗教改革」が始まりました。「ドイツのキリスト者貴族に与える書」(1520年8月)では、ルターはカトリックとプロテスタントとを分離させるものについて決定的な回答を与えます。これはローマ・カトリック教会への絶対的で容赦のない戦争開始宣言でした。

500年の間、第二バチカン公会議が開催されるまで、マルチン・ルターの教えは、カトリック教会によって異端であると排斥されてきました。

しかし、フランシスコ教皇はルターを讃えて言います。「ルターの意向は間違っていなかったと思う。改革者であった。(…)今日、プロテスタントとカトリック、私たちは義化の教えについて同意している。とても重要なこの点において彼は間違っていなかった。彼は教会のために薬を与えた。」

いえ、修道女と同棲生活をしていた修道士、酒飲みで冒涜者だったルターは、「教会のために薬」など探していませんでした。ルターが求めていたものは、自分の罪を正当化させる「薬」でした。

ルターの根本的な主張は「信仰によってのみ義とされる」(sola fide 信仰義認 오직 믿음 因信稱義)でした。

ルターによれば、天主は罪びとである私たちにキリストの義を転嫁する。私たち人間の側として、この転嫁は善業ではなく、信仰によって、信仰のみによって受け入れられる。

ルターによれば、「義認」とは、天主が私を受け入れるけれども、私は受け入れられるに値するものに変わるのではないからです。私は受け入れられることのできないものとして留まるからです。天主が私を赦すけれども、私は罪びとのまま留まるからです。「義認される」けれども、私は義へと変わらないからです。ただ単に「義」と称されるだけ・認証されるだけだからです。天主と私との関係は変わるけれども、私は変わらないからです。

ルターは、原罪によって人間はあまりにも大きな害を受け、天主でさえもそれを癒すことが出来ないと主張したからです。ルターによれば、人間は原罪により、人間はいかなるやり方においても善行を行うことが出来ず、功徳を積むことができず、自分の救いに協力することはできない、と主張するからです。ルターによれば、人は「義認」の後であっても、現実には罪人してとどまるほど腐りきっているからです。

ルターによれば、人間は純粋な愛をもって天主を愛することができない、この純粋な愛をもって天主を愛する、その愛によって周りの人を愛するということができない、天主への愛を持つことをできないので、天主と人間との神秘的な愛の交わりへと信仰が熟すことができなくなります。

ですからルターは、私たちをキリストと一致させる、善業を全て拒否します。ミサの聖なるいけにえも、秘蹟の事効的(ex opere operato)効力も、聖職権も、裁治権も、カトリック教会の全構造も、修道誓願も、修道生活も、贖宥も、煉獄も、拒否します。

しかし福音と聖パウロによれば、愛徳を伴って善業を行い功徳を積む信仰が必要であり、救いをもたらすのは信仰それ自体というよりは愛徳です。聖アウグスチヌスが「愛せよ、されば汝の望むことをせよ」と言ったとすると、ルターは「信じよ、されば汝の望むことをせよ」と言います。さらに「大胆に罪を犯せ、されどさらに大胆に信ぜよ」とさえも言います。

2016年10月13日、ファチマの太陽の奇跡の記念日、フランシスコ教皇の意向によってルターの像がバチカンに持ち込まれました。2017年の間、ルター派とカトリックとによる「宗教改革」五百周年の記念行事が次々と行われ、第二バチカン公会議以前のカトリック教会の教導職とは反対のことが促進されました。

カトリック教会の歴史の中でもっとも大きな異端者の一人であり、もっとも劇的な離教を引き起こさせた張本人、その教えは公式に・正式に1520年6月15日に教皇レオ十世によって排斥・断罪されたその人が、いまや「聖人」であるかのように持ち上げられています。フランシスコ教皇は言います。「改宗させることは、エキュメニズムの毒だ!」と。

異端や離教におちる霊魂を回心させるために殉教した多くのカトリックの聖人たちは一体どうなるのでしょうか?第二バチカン公会議以前のカトリックの聖人たちや殉教者たちは、毒を盛る事業を行ったのでしょうか?プロテスタントの回心のために働いた聖マキシミリアノ・コルベは毒の仕事をしたのでしょうか?ロヨラの聖イグナチオは?聖カルロ・ボロメオは?フランシスコ教皇によれば毒の事業になります。

500年後、突然、私たちはこう聞かされます。「むしろわたしたちは、わたしたちを結び付けるものがわたしたちを分かつものよりも大きいことを学んできました。」(ルーテル世界連盟とカトリック教会との共同声明(2016.10.31))

しかし、ルターの書いた「ドイツのキリスト者貴族に与える書」という書の中で、彼はカトリック教会をイェリコの町と例えています。ルターは、キリスト者らはその上を踏み歩き、イェリコの三重の壁を打ち砕くように求めます。その三重の壁とは、叙階の秘跡、教皇の不可謬の教導職、ローマの司教の裁治権の首位性です。

ルター自身の言葉によると、プロテスタントとカトリックとを引き離すものは、(1)司祭職(司祭職とともにミサの聖なるいけにえ)(2)教導職の聖なる伝統(3)教皇制度の権能、です。この三つがキリストによって望まれた教会の一致を保つ柱であり、壁です。

(1)秘跡と礼拝の一致は司祭職によって保障され(2)信仰の一致は、客観的な聖伝と教導職とによって保証され(3)統治の一致は教皇の首位性によって保たれるからです。

私たちは選択を迫られています。

第二バチカン公会議以前の歴代の教皇たちの教えと歴代の公会議のカトリック教会の教えを信じるか、
あるいは、
第二バチカン公会議とその後の教皇の新しいエキュメニズムを信じ、ルターを「プロテスタント・カトリックの共通の教会博士」と信じるか、です。

聖母よ、おんみは御一人でこの世のすべての異端を滅ぼし給えり。我らのために祈り給え!

【参考資料】
以下、2017年の宗教改革500年の記念に、カトリック中央協議会で作成した、小冊子『ローマ・カトリックと宗教改革500年』です。

https://www.cbcj.catholic.jp/wp-content/uploads/2017/11/reform500panph.pdf

聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ、旧典礼のミサ)の報告:10月7日 聖霊降臨後第20主日 ロザリオの聖母の記念日

2018年10月15日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 10月15日から20日までフィリピンのイロイロで司祭黙想会があります。どうぞお祈り下さい。それに伴い、大阪でのミサがキャンセルになりました。ご理解下さい。

 10月21日(主日)の東京のミサは予定通りです。

 11月4日(主日)は、第一主日ですので、東京ではミサの後に聖体降福式があります。
 11月は日本でのミサの予定がイレギュラーになっております。最後のミサは最終の主日(11月25日)の前後です。

 12月1日(土)は、東京でも午後の6時から「命のための祈りの日」としてミサがあります。12月には、新しいアジア管区長のサマース神父様も来日されます。

 12月2日(主日)も、第一主日ですので、東京ではミサの後に聖体降福式があります。
 12月の二回目のミッションは、クリスマスの前後です。

 2019年2月3日(主日)には、シュテーリン神父様が東京にミサに来られます。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 24人(内、子供2人)
女: 26人(内、子供4人)
計: 50人(内、子供6人)


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

聖霊降臨後第20主日のごミサをありがとうございました。
ロザリオの聖母の記念の日でもあるので、ごミサに与ることができましたこといっそう、うれしく思いました。

この日は、この福音書で読まれる王官が子どもが死んでしまわないように、イエズス様にお願いする場面を黙想しました。

王官とは私たちのことで、子どもとは霊魂であること、そして王官が死を迎える前にこの子どもつまり霊魂が生きかえらなければならないとのお話でした。

その願いは聴き入れられ、イエズス様は御聖体をもって降りて来てくださる、それどころか、ご聖体拝領によりイエズス様は私たちの霊魂の内にまできてくださり共にいてくださることを、教えていただきました。

私が今生きているのは追放されてきた場所の天国へ戻るためであることを、イエズス様である司祭様がこんなふうに思い出させてくださらなければ、地上での営みだけにすっかり心を奪われてしまいがちになると思います。外から押し寄せてくる情報は、刺激的で扇動的で気を奪われるものばかり、あるいは眠らせようとするものです。

王官という方は自分には子供がいて死にそうだとわかった、だから身分を王官として描かれているのかなとふと思いました。 心の内側に潜む霊魂の存在を気づくことがないままに、その一生が終わってしまう人もたくさんいるでしょう。霊魂の存在に気づくということは、高貴な身分だということなのかも知れません。ミサに与るとき、その人は気づかなくても子どもは(霊魂は)息を吹き返そうとするのかもしれません。

そしてまた、ロザリオの月の10月・ロザリオの記念日の7日のこの日、ロザリオを祈ることが、どんなふうにわたしを天への帰還のために必要な恵みを与えてくださるかを教えていただきました。

喜びの玄義では、・・天主が人となってくださった。

苦しみの玄義では、・・天主が私たちのために苦しんでくださりどれほど愛してくださったか支払いが高かったか。

栄えの玄義では、・・私たちも天国へ行かなければならない。

ロザリオの玄義は私たちの救いのために必要なことを黙想するように整えられていることを再確認することができました。

イエズス様がミサの中でご聖体を通して、マリア様がロザリオをとおして、私たちを間違いなく天国へ導いてくださろうとしているということを、あらためて心に留めることができましたことを感謝いたしました。

世界遺産に登録された隠れキリシタンのことの報道を見たり読んだりする機会がとても多いこの頃です。ちょうど国士舘大学博物館でのキリシタン史展を拝観する機会もいただきましたが、そこでもやはり、ロザリオの玉や御聖体のメダイなどの、遺品などが、印象に残りました。

遺跡からわかったこととして、小銭のようなものを御聖体のメダイに見立てて、口に含んで殉教されたカトリック信者もいたようでした。高価なメダイが誰でもいつでも簡単に手に入らなかったとのこと。 日本の先祖のカトリック信徒は、確かにロザリオと御聖体で、信仰を守り通そうとしたことが伺えました。 当時の要理の本の古いものも展示されていて、基礎の要理を学ぶことを大切にしたことも伝わってきました。

この日のお説教でも確かに同じこと(御聖体・ロザリオ・公教要理)を教えていただいたことを思うと、私たちは聖フランシスコ・ザビエルが伝えた時のままの最初から伝承された信仰を受けているのだということを感じられます。 彼らが与っていたごミサもこの聖伝のミサだったでしょう。

未来においては、『日本では一時期ノブスオルドミサしか上げることの許されない危機に陥ったが、聖ピオ十世会の尽力によって伝統的なミサが禁止されたものではないことが知られるようになった。やがて日本の各地でもトリエント・ミサがささげられうようになり、よみがえった隠れキリシタンとふたたび同じ信仰がつながるようになりました』と、キリシタン史に残るのではと想像しました。

その時は 最初の迫害は外からの迫害だったけれど、二度目の迫害は内側にはいり込んだ敵の画策によるものだったとも、紹介されると思います。これまで日本でキリシタンの方々は、どれほど迫害を堪え忍んでいたことでしょう。

今の日本で伝統的カトリック信仰を求めることも厳しいですが、日本人はあまりにもひどい迫害の歴史をもっていることを思うと、聖母マリア様と大天使聖ミカエルと聖なる殉教者の取次によって、なんとかこの内側にはいり込んだ敵からによるカトリック信仰への迫害がなくなりますようにと思います。

小野田神父様、いつも素晴らしい聖伝のミサをお捧げ下さいまして、まことにありがとうございます。


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

公教要理のご報告です。

この日のテーマは、とても難しかったです。

325年の二ケア公会議では、
異端のアリウス派・・イエズス・キリストは人間であり天主ではない
正統のアタナシウス派・・イエズス・キリストはまことの天主でありまことの人間である

この時聖書以外の専門用語が、カトリック信仰を見出すために使われた。
この時はホモウシオス homoousios(同じ「実体」、同じ本性)という用語が使われた。
ホモ=同じ
ウシア=実体

イエズス・キリストは、聖父と同じ本性である、同じ「実体」である、と使徒信経で言われるようになった。

実体というのは、ラテン語でスブスタンチアsubstatia(下にたつもの)と訳された。
偶有(たまたまあるものの性質)の《根底にあるものということ》。

この実体という言葉を知らないと誤解してしまうことがある。意味を間違えやすい言葉の一つ。

最初に《有る、在る》ということに気づいて学問を立てたのは、アリストテレスという人。

実体(ウシア、有るもの)には、この二種類の意味がある。
1)第一の実体という、今ここに目の前で存在している「この或る馬」、「この或る人」
2)抽象的な「馬」「人」一般、この意味では「本性」「本質」と通じる意味になる。

431年のエフェゾの公会議では

ネストリウス派の異端のために開催された。ネストリウスは「ヒュポスタシス」という言葉を誤解してしまったのかもしれない。

カトリック教会の教え:イエズス・キリストは天主の本性と人間の本性とを、唯一の天主のヒュポスタシスにおいて合一させている。これを「ヒュポタシスにおける合一 hypostatic union」という。

ヒュポタシスとは、ウシアよりももっと深い「知性あるもの、意志あるものの根本にある」「わたしの中核にたつもの」
ラテン語では、この意味では、ペルソナとか、subsistentia(自立存在するもの)と訳される。

天主の本性と人間の本性この二つの本性がヒュポタシスにおいて一致している。
知性あるもの意志あるものの根本にある・わたしの中核にたつもの=ラテン語でペルソナ、自立存在するもの

でも直訳すると、ヒュポ=下・隠れてる、スタシス=立つという意味。だからヒュポスタシスは substantia とも訳されかねない。しかしそう訳してしまうと誤解を招きやすくなる。何故なら、substantia は「本性」「本質」という意味をも持つから。

ネストリウスは、イエズス・キリストにおいてヒュポタシスが二つあるとした。つまり、天主のヒュポタシスと人間のヒュポタシス。

ネストリウスは、
「イエズス・キリストにおいて二つのヒュポスタシスがあり ー天主のヒュポタシスと人間のヒュポタシスー その二つが、ペルソナ(プロソポン)において一致している」と主張した。

しかし、カトリック教会の教えは、
「イエズス・キリストにおいて二つの本性があり ー天主の本性と人間の本性ー その二つが、ペルソナ(ヒュポスタシス、あるいは subsistentia)において一致している。」
感想です。イエズス様が、人であり天主ではないという考えをする異端・カルトはいつの時代にも現れてきてしまうのは、このペルソナとか実体とかいう根本のところの存在のありかたということを理解するのが、人間にとってどれだけ難しいことなのかということかと思いました。

また、人間は誰でもペルソナを一つ持っていて、生まれてくる命はだれでも一つのペルソナをもっているもので、それはけっして消えることもないと伺うことができました。それゆえ輪廻などないということを確認できました。人間に命の尊厳があるのは、このペルソナがあるゆえなのでしょうか。あまりに難しいお話でしたので、この深淵な知識を完全に理解することはできないと思いましたが(理解したいと思ってもできないので)、でも可能ならほんのちょっとでも頭の片隅に入れていたほうがよいと感じました。それは、教義上の重要なことを理解するために、どうしても必要になることだということだけは感じられたからです。

聖心の小黙想会-10 2018年8月14日霊的講話【6】 「イエズス様はどのように祈られたか、どれほど祈る模範を示して下さったのか」

2018年10月12日 | お説教・霊的講話
2018年8月14日(火)イエズスの聖心小黙想会
小野田神父 霊的講話【6】
「イエズスはどうやってお祈りをしたのか、どれほどお祈りの模範を示して下さったのか」


今回の黙想会では、イエズス様が私たちに対してどれほど愛しておられるか、どれほどの憐れみを持っておられるか、という事を深く理解する事を目標にしました。

そこで、イエズス様が私たちの真理を照らして下さって、私たちを罪から解きほどいて下さって、私たちの惨めさを慰めて下さって、そしていけにえを私たちの代わりに捧げて下さる。

本当はもっと色々深い話もあるのだと思います。イエズス様はどれほど十字架の上で苦しまれて、私たちの為にいけにえを捧げたのか、御血を流されたのか、という事を黙想をすると、イエズス様の私たちに対する愛の深さも分かります。

御聖体において昼夜、世の終わりまで私たちと共に留まっている、という事を黙想しても、イエズス様が私たちを愛して下さっている、という事が分かります。

そのような愛深いイエズス様が私たちにこう教えようと、御自分の模範を以て教えようとしたその1つに、私たちがこの小黙想会の後に遷善の決心を取る為に、イエズス様の色んな聖徳を倣う事ができればと思っています。

イエズス様の愛、聖父と私たちの霊魂への愛、これはイエズス様のこの態度によって現れるのですけれども、柔和・謙遜なイエズス様。その特に今回は、このイエズス様の最も、徳の内の第一というか、一番いつも現れている態度というのが、「聖父に対する祈り」です。

そこで、この黙想会の締めくくり(明日もありますけれども)を準備する為に、「イエズス様がどうやってお祈りをしたのか、私たちにどれほどお祈りの模範を示して下さったのか」という事を見ようと思っています。

「私がいなければ、お前たちは何もする事ができない」と言いました。

ヨゼファ・メネンデスの話を聞くと、家族への愛、お母さんへの愛、兄妹たちの自分を必要としている、という事を痛いほど知っていたので、お母さんから色々と、イエズス様の元に行きたい、というものも犠牲にしてしまった事、そしてそれでもう修道院に行くドアを、門を閉めてしまった事もありました。

でも、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、御聖体拝領の時にお祈りして、十字架の下でお祈りして、すると、本当ならできないはずのものが、もう一度開かれた。ヨゼファ・メネンデスも、「イエズス様がどれほどお祈りしていたか」というのを見習ったのだと思います。ヨゼファ・メネンデスがこう修道院長様にこう直接話しかけたわけでもないのにもかかわらず、向こうの方からいきなり、「来ませんか」という手紙を受けた。

そこで、イエズス様のなさっているのは、「霊魂の救い」という最も大切な御業ですから、そして私たちもイエズス様の道具として、イエズス様の為に何とか多くの霊魂を救おうとしていますから、その為に祈りが必要です。なぜかというと、天主様の仕事だからです。一番ある意味で難しい仕事だからです。一番高貴で、高い仕事だからです。なぜかというと、霊魂に永遠の幸せを与えるという事ですけれども、まず「自分が一体何か」という事をわきまえなければなりません。私たちは単なるつまらない人間ですし、弱い人間ですし、無に等しいものですし、天の上でも、天の下でも、「俺だけが唯一偉い」等と誰が言う事ができるでしょうか。人間の無を深く自覚しなければなりません。

そうすると、そうすればそうするほど、イエズス様の無限の聖心の、愛の聖心といつも一致していなければ、いつも話が通じて、いつもコミュニケーションが取れていなければならない、という事が分かります。ですから祈りが必要です。

霊魂の救いというのは、隣人を天主様の元に連れて行くというのは、時々には反対に会います。なぜかというと、霊魂は変な誤解をしていたりとか、生まれの環境の違いや、教えの違いや、あるいは意思が変なものを望んでいる、頑固に世俗のものに愛着している、自分の才能に凝り固まっている、天主の憐れみを、その良さに信頼できない、というものに打ち当たるかもしれません。特に日本ではそうです。イエズス様の事について知らない人もたくさんあります。ですから、イエズス様から憐れみを受ける、という事について知らない人もたくさんいます。

どうやったらこのような人たちの心を、冷たく固くなっている心をとろかせて、開かせて、イエズス様の愛を受ける事ができるようにする事ができるのでしょうか?

一体、人間がこう自分の言葉で説得して、人間の言葉にどれほどの力があるというのでしょうか?あるいはいくら私たちが何かやっても、心にどれほどの効果があるのでしょうか?

イエズス様はですから、私たちに教える為に、いつも祈る事を模範で見せました。ある時は山に登って、夜中祈りをして過ごしました。ある時にはゲッセマニの園で、オリーブの木の下で跪いてお祈りをしていました。ある時にはベタニアの家でお祈りをしました。ある時には奇蹟を行う度ごとに、父に、聖父にお祈りをしました、「御身の栄光がありますように。」

ある時には山に行って、夕方から明け方の3時までお祈りをしました。これは面白いのです。パンを増やして、その直後の事だったのです。

多くの群衆を見て憐れに思って、病人たちを治していたのですけれども、もう夕方になってしまったので、群衆を草の上に座らせるように命じて、5つのパンと2匹の魚を持って、天を仰いでお祈りをして、祝福して、弟子たちに御与えになって皆に配るのです。すると、皆は満腹するまで食べました。パン5つと魚2匹で、5000人を養うのです。残りを集めると12の籠にいっぱいになりました。食べた人は女と子供を除いておよそ5000人でした。ですから女性と子供を入れると、1万人ぐらい居たのでしょうか。たとえ女性の方も子供はあまり食べなかったとしても、男の人は2人分食べるので、満腹するまで食べたのです。

するとそれが終わった後で、イエズス様は弟子たちを強いて舟に乗せます。そして御自分は群衆を家に帰らせるのです。その間に向こうの岸に渡っているように言って、お命じになりました。弟子たちは舟に乗せて、「さぁ、お前たちは向こうに行け。群衆たちは帰れ」と言って、イエズス様は一人になると、祈ろうとして人気のない山に登って、夕べになっても一人でそこにおいでになって、お祈りしています。マテオの14章。

ところが弟子たちは、真夜中でまだこのガリラヤの湖の上に浮かんでいたのです。なぜかというと、向こう側に行く事ができなかったのです、逆風が来ていたので。波に弄ばれていたのです。

夜明けの3時頃、お祈りが終わってイエズス様は海の上を歩いて行くと、弟子たちの元に行こうとするのです。でも弟子たちはイエズス様を見て、幽霊だと思って叫びます。イエズス様は、「安心せよ。私だ。恐れるな」と言います。でもこの話を見ると、イエズス様はお祈りしていた事が分かります。

啞とつんぼを開かせる時も、お祈りをして、「エフェタ」と言いました。

あと有名な話がラザロの話で、ラザロがもう死んで4日目になって、腐っていて、悪臭を漂わせて墓に葬られて、マグダラのマリアはがっかりしているのですけれども、そのラザロを起こしに行きます。イエズス様は言うのです、「石を取り除けなさい。」でもマルタは、「主よ、4日も経っていますから臭くなっています。」イエズス様は、「もしあなたが信じるなら、天主の光栄を見るだろうと言ったではないか。」そこで石が取り除かれます。

イエズス様は目を上げて仰せられます、「聖父よ、私の願いを聞き入れて下さった事を感謝致します。私は、あなたが常に私の願いを聞き入れて下さる事をよく知っています。しかし私がこう言うのは、ここを取り囲んでいる人々の為で、あなたが私を遣わされた事を、この人たちに信じさせる為であります」とお祈りします。聖ヨハネはこれを直接聞いて、このイエズス様のお祈りを覚えていました。

そう言って後に、声高く、「ラザロ、外に出て来なさい」と言うと、死者は手と足を布で巻かれて、顔を汗ふきで包まれたまま、そのまま出て来ます。「聖父よ、私の願いを聞き入れて下さった事を感謝します。」

イエズス様は最後の晩餐の時もお祈りします。
イエズス様は弟子たちにまず、「今、あなたたちは信じているのか。しかし、あなたたちが各自のところに散り、私を一人取り残す時が来る、いやもう来ている。だが、私は一人ではなくて、父が一緒においでになる。私がこういう事を言ったのは、私によってあなたたちが平安を受ける為である。あなたたちは、この世で苦しむだろう。しかし信頼せよ。私はこの世に勝った。」

こう話し終えてから、天を仰いでこう祈られます、「父よ、時が来ました。あなたの子に光栄をお与え下さい。子があなたに光栄を帰するように。そして、あなたが子にお授けになった万民を治める権力によって、あなたが子にお与えになった全ての人に、永遠の命を与えるように。永遠の命とは、唯一の真の天主であるあなたと、あなたがお遣わしになったイエズス・キリストを知る事にあります。私は、あなたが行なわせようと思し召した業を成し遂げて、この世にあなたの光栄を現しました。父よ、この世が存在するより先に、私があなたの御元で有していたその光栄をもって、今、私に光栄をお現し下さい。

私は、あなたがこの世から取り去って私に下さった人々に、聖名を現しました。その人たちは、あなたのものであったのに、あなたは私に下さり、そして彼らは、あなたの御言葉を守りました。今や彼らは、あなたが私に下さったものが、みなあなたから出ている事を知っています。なぜなら、あなたの下さった御言葉を、彼らに与えたからです。彼らはそれを受け入れ、私があなたから出たものである事を本当に認め、あなたが私をお遣わしになった事も信じました。その彼らの為に、私は祈ります。この祈りは、この世の為ではなくて、あなたが下さった人々の為であります。彼らはあなたのものです。私のものはみなあなたのもの、あなたのものはみな私のものです。そして私は、彼らにおいて光栄を受けています。これから、私はもうこの世にはいませんが、彼らはこの世にいます。私は、あなたの御元に行きます。聖い父よ、私に下さったあなたの聖名において、私たちが一つであるがごとく、彼らもそうなるようにお守り下さい。私は、彼らと共にいた間、私に下さったあなたの聖名において彼らを守り、また守護しました。そのうちの一人も滅びる事なく、ただ、聖書を実現する為に、滅びの子だけが滅びました。今、私はあなたの元に行きます。この世にあって、私がこう語るのは、彼ら自身に私の持つ完全な喜びを持たせる為であります。

私は彼らにあなたの御言葉を与え、この世は彼らを憎みました。私がこの世のものではないのと同様に、彼らもこの世のものではないからです。私は、彼らを、この世からお取り下さいと言うのではなく、悪からお守り下さいとお願いします。私がこの世のものでないと同様に、彼らもこの世のものではありません。彼らを、真理において聖別して下さい。あなたの御言葉は真理であります。あなたが私をこの世におくって下さったように、私も彼らを世におくります。彼らを真理によって聖別する為に、彼らの為に自らいけにえにのぼります。

また、彼らの為だけではなく、彼らの言葉によって私を信じる人々の為にも祈ります。父よ、あなたが私の中においでになり、私があなたの中にあるように、皆が一つになるように。そして、彼らも、私たちにおいて一つになるように。それは、あなたが私をお遣わしになった事を、世に信じさせる為であります。」

イエズス様のお祈りはまだまだこの倍ぐらい続きますが、イエズス様は最後の晩餐の時には、弟子たちの前で、弟子たちにも分かるような言葉でお祈りをされました。

これを見ると、イエズス様がいつも、聖父と親しく一致していた、祈りを交わしていた、という事が分かります。

「正しい父よ、この世はあなたを知りませんが、私はあなたを知り、この人たちも、あなたが私をお遣わしになった事を知るに至りました。あなたが私を愛して下さったその愛が、彼らにもあるように。そして、私が彼らの中にいるように、私は聖名を知らせ、また知らせましょう。」

こうお祈りをしてからイエズス様は、「さぁ、ここを出て行こう」と言って、どこに行くかというと、ゲッセマニの園に行って、お祈りをします。3人だけを選んで、特に近くに呼んで、もう1回お祈りをします、「聖父よ、もしもできる事なら、このカリスが私から遠ざかりますように。」

今度は、弟子たちも一緒にお祈りをするようにお願いします、「私の心は死なんばかりに憂い悲しむ。私と一緒にお祈りしなさい。」「1時間も一緒に祈る事ができなかったのか。霊魂は熱していても肉体は弱い。祈れ。」

イエズス様は、十字架の上でもお祈りします。
「聖父よ、彼らをお赦し下さい。彼らはその為す事を知らないからです。」
「おお我が天主よ、我が天主よ、なぜ我を見捨て給うのか。」
「聖父よ、御手に我が霊魂を委ねます。」

聖書に記録された、あるいは聞いてこう弟子たちが書いたお祈りだけでも、イエズス様がどれほどお祈りしてこられたか、という事が分かります。書かれなかった多くの心の中のお祈りがあったに違いありません。

イエズス様は私たちに、「いつも祈りによって一致しているように」という事を模範で示して下さっています。

憐れみの愛の聖心の持っていた一番の特徴的な聖徳というのは、「お祈り」のようです。多くの聖人たちが射祷を唱えて、いつもイエズス様の聖心と一致していました。ルビオ神父様もヨゼファに、「射祷を唱えるように」と勧めています。

イエズス様もいつも心の中で、聖父と射祷によってお祈りをしていたに違いありません。マリア様もきっと同じだったと思います。

あと10分後に、聖時間が始まります。

聖心の小黙想会-9 2018年8月14日霊的講話【5】 「イエズス様は悪魔憑きにも大きな憐れみを示された」

2018年10月11日 | お説教・霊的講話
2018年8月14日(火)イエズスの聖心小黙想会
小野田神父 霊的講話【5】


イエズス様の聖心の溢れる愛について、黙想しています。

イエズス様が私たちに光を照らして教えて下さって、天主様について教えて下さって、私たちの罪の中にもがいているのを助けて下さって、慰めを下さって、そして私たちの為に、私たちに代わって、唯一、天主聖父に嘉されるいけにえを捧げて下さる、という事を黙想しています。

昨日は、高貴な霊魂マグダレナのマリア、被造物の愛に本当の愛を見出す事ができずに、イエズス様の元に自分で近寄って来た事。それからザケオが、聖寵の御助けによって、好奇心という光によって、イエズス様を見ようとしてきた事。そしてサマリアの女性が、イエズス様について全然知らなかったけれども、イエズス様が自らその出会いの機会を作って下さって、ヤコブの泉までやって来た事を少し黙想しました。

では今日は、イエズス様が悪魔憑きさえをも御愛しになって、そして憐れみの心を開かれた、という事を少し黙想する事を提案します。

イエズス様は、病の人や、傷付く人、弱い人、悲しむ人について、とても大きな憐れみを示しました。悪魔に取り憑かれている人に対しても、惨めな状態の人々にも、憐れみを示しました。

悪魔に憑かれていると言っても、悪魔は人間の意思に直接力を及ぼす事はできません。ですから肉体だけに取り憑いて、その意思には何もする事ができないはずなのです。ですから悪魔に取り憑かれた聖なる人たちも、霊魂たちも、いた事はいたのですけれども、本当にそれは少数に過ぎませんでした。大部分は多くの場合には、体も取り憑かれると、弱い意志は、悪を為したりしていました。

マルコの聖福音の9章によると、イエズス様がある日、聖伝によると御受難の40日前、御変容をなさいました。そして弟子たちに、選ばれた弟子たちに、御自分の姿を見せました。タボル山に登って、弟子たちを連れて降りて来ました。すると、3人の弟子たちとイエズス様が弟子たちの元に帰って来ると、ワイワイガヤガヤやって、人々がタボル山の麓に集まっているのが分かりました。山に登ったのは4人でした。

イエズス様は山を下る時に、「人の子が死者の中から蘇るまで、今見た事を誰にも言うな」と3人に言います。でも、その3人はその言いつけを守ったけれども、「死者の中から蘇るとはどんな事か?」イエズス様が復活するという事はあまりよく分かりませんでした。そこで、「どんな事か」と互いに議論していました。それから話が色々あって、「なぜ律法学士たちは、『エリアが先に来る』と言っているのですか?」とイエズス様に尋ねたりするのですけれども、イエズス様は、「先にエリアが来るはずだ。全ての事を元通りに整えるだろう。それはそうだ。しかし人の子について、どうして彼が多くの苦しみを受け、軽蔑されると書かれているのか。私は言う、エリアはもう来た。そして書かれてある通り、人々は欲しいままに彼をあしらった」と説明するのですけれども、そうこうしている内に、弟子たちの元に戻って来ます。

“彼らが弟子たちの所に帰って来ると、大勢の人々に取り囲まれた弟子たちが、律法学士たちと議論しているのが目に入った。群衆はイエズス様を見ると大いに驚いて、走り寄って来て、挨拶した。”

イエズス様は聞くのです、「あなたたちは、あの人たちと一体何を議論していたのか?」とお問いになると、群衆の内の一人が、その議論の核心を言います、「先生、啞の悪魔に憑かれた私の息子をここに連れて来たのです。悪魔が憑くと、どこでもこの子は地上に倒れ、泡を吹き、歯を食いしばり、体を硬直させます。弟子の方に、悪魔を追い出して下さい、と頼んだのですけれども、それができませんでした。」そこで議論が起こります。

おそらく弟子たちはですね、一生懸命、「悪魔よ!出ろ!」色々したのだと思います、悪魔祓いを。イエズス様の真似をしたりとか。何の効果もありませんでした。おそらく律法学士や他の人たちに「ほら、見ろ。」笑われていたのかもしれません。弟子たちが一生懸命やっていた光景が目に浮かぶようです。

するとイエズス様は何と答えたかというと、「あぁ、不信仰な世だ。私はいつまであなたたちと共におり、いつまであなたたちを忍んでいなければならないのか。その子をここに連れて来るがよい」と言うと、その通りに子供を連れて来るのです。子供がイエズス様を見ると、悪魔はその子にひきつけを起こさせます。すると子供は地上に倒れて、泡をブクブク吹いて、転び回ります。かわいそうに。何歳くらいの子供だったのでしょうか。

イエズスが父親に、「いつ頃からこうなったのか?」と尋ねると、父親は、「小さい時からです。悪魔がしばしばこの子を、火の中や水の中に投げ入れて殺そうとしました。もしもあなたに何かおできになりますなら、私たちを憐れんでお助け下さい」と答えました。このお父さんはイエズス様を探してやって来たのだと思いますけれども、タボル山に行ってしまったので、不在だったので、弟子たちが何かやろうとしたのですけれども、弟子たちができずに、「もしもできるなら、憐れんで下さい。」

イエズスが、「もしもできるなら、と言うのか。信じる人には何でもできる」と仰せられると、子供の父親はすぐ、「私は信じます。不信仰なのを助けて下さい」と叫びます。

すると、「あ、イエズス様が子供を連れて何かやっている」というのを見て、群衆が走り集まって来るのを見てイエズス様は、汚れた霊を叱り、「啞とつんぼの霊よ、私は命令する。この子から出て、二度と入るな!」と仰られます。悪魔は叫びを上げて、ギャーッ!その子をひきつけを起こさせて出て行ったので、その子は死人のようになりました。ですから「死んでしまった」と言う人が多かったのです。しかしイエズス様が手を取って起こされると、その子は立ち上がります。こうやってイエズス様は、悪魔に憑かれた子供を治します。

今日このお話をしようと思ったのは、その続きがあるのです。イエズス様が家にお入りになると、弟子たちがそっと近寄って来て、先生に尋ねるのです、「どうして私たちには追い出せなかったのでしょうか?」

イエズス様は既に「不信仰なこの世だ。どうしていつまで私は忍耐しなければならないのか。不信仰な世を」と言ったり、嘆いたり、あるいはこのお父さんには、「信仰があれば何でもできる、信じよ。信じるか」と仰っていたので、「信仰が大切だ」という事を言うのですけれども、弟子たちにはこう言うのです、「この種のものには、祈りと断食によらずには、どうしても追い出す事ができない。」

イエズス様はここで、「イエズス様の御業は、人間のやり方ではなくて、人間の自分のやり方でやるのではなくて、天主の力によるものだ」という事を強調します。

祈りと断食によらなければ、どうしても追い出せないという事は、人間がこう神経を集中して、こう、というよりは、天主の全能の無限の憐れみと、優しさ、その善良さ、天主の私たちに対する愛に信頼する、私たちがもっと謙遜に、「私たちには力が無いのだけれども、主ならできる」という事に無限に依り頼む、という事を教えます。

そこでそのイエズス様は私たちに、「祈りの大切さ」という事について教えてくれています。霊魂を救う為には、イエズス様はどれほどお祈りをして、どれほど厳しい生活、断食や苦行をされた事でしょうか。もちろんイエズス様は天主様ですから、天主の力を以て、「私は命ずる!」と言えばそれで良いのですけれども、私たちに模範を示そうとされました。そこでイエズス様はどれほどお祈りをされた事でしょうか。

イエズス様はどうやって模範を示したかというと、まず30年間、隠れた生活を、祈りと労働と沈黙の生活をされました。イエズス様はその準備なしに、この祈りと労働と沈黙の30年間なしに、すぐにでも霊魂の救いの業をする事ができたはずですが、しかし私たちに模範を示そうとしました。

ヨゼファ・メネンデスの伝記によると、まさにその通りです。「シスターがどれほど良いシスターかというと、何の変哲もなく、普通で、平凡であれば平凡であるほど、隠れてあれば隠れてあるほど、目立たなければ目立たないほど、それほど聖なるシスターである。」

イエズス様も非常に目立たなく、ただ30年間の仕事は、ヨゼフ様とマリア様にただ服従していた。その4つの単語で表現されるほど聖なるものでした。外見とは内面の燃える聖父への愛とは全く想像もつかないものでした。

イエズス様が最初に、公生活を始める最初になさった事は、40日間砂漠でお祈りする事でした。孤独の内に、厳格な生活の内に、熱烈な、絶え間ない祈りを捧げていました。イエズス様は聖父と一心同体ですから、聖父の懐に永遠の昔から居る聖子ですから、お祈りをしなくても、懇願しなくても、40日間お祈りを、熱い祈りを捧げなくても、好きなだけ、光も、御恵みも、賜物も、自由に受ける事ができたはずですけれども、イエズス様はお祈りを以て始めました。すると私たちは、どれほどお祈りをしなければならないか、という事が分かります。

イエズス様はある時に言います、「私はお前たちに模範を見せた。」

では私たちは、もしも天主の子がここまでお祈りをされたのなら、私たちもどれほどお祈りをしなければならないか、という事を考えましょう。

この続きはまたこの後であります。15時頃まで黙想します。

聖心の小黙想会-8 2018年8月14日被昇天前日のミサ説教 「イエズスの至聖なる聖心は、御肉体、命を、罪の償いとして屠る為に、愛に満ちてこの地上にやって来られる」

2018年10月10日 | お説教・霊的講話
2018年8月14日(火)イエズスの聖心小黙想会
童貞聖マリアの被昇天の前日のミサ
小野田神父 説教


「イエズスの至聖なる聖心は、御肉体、命を、罪の償いとして屠る為に、愛に満ちてこの地上にやって来られる。」



聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。今日は2018年8月14日、聖母の被昇天の前日のミサをしています。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、では私たちは小黙想会の続きを致しましょう。イエズス様の聖心の無限の愛の中に入る、ますます入って行く御恵みを乞い求めましょう。

イエズス様は人類を何とかして助けよう、愛そう、慰めよう、赦そう、教えようと思われました。私たちはそのイエズス様の溢れるような愛を黙想しています。もう一度、人類の置かれた状況を振り返ってみるのを許して下さい。


人間は、この目に見える全ての被造物の全宇宙の王として、無から創造されました。

考えてもみて下さい。もしもEG新御堂の御聖堂に来ると、1階にカメラが付いていて、すぐ顔を認識して、「あ、」見るとドアがガーッと自動に開いて、「あ、誰か来た。うちの聖ピオ十世会の信者さんだ。」ドアが開いて壁に行くと、「あ、この人は御聖堂に行くから、4階まで行く。」

最高のコンピューターで、「Google、OK、今日は何とかが食べたい」と言うと、すると食べたいと言ったものがすぐにオーブンが出てきて、そして「あぁ、コーヒーも欲しい、ブラックコーヒーが欲しい」と言うと出てきたとします。非常に精巧に出てきて、何の苦労もなく、何の汗も流さないで、私たちには文明の最高の力でコンピューターで、全てが与えられたとします。

かといって、コンピューターはそのようなものを、知性的に自ら、何が真理で何が悪であり、何が誤謬であり、何が善で何が悪か、と認識して、その善を愛してこれをやっているわけではありません。ただ人間がそのようにプログラムを作ったので、そうするとただそうしているだけです。

天主はそれよりももっと素晴らしいことをしました。人間がこの地上で全く苦しまないで、この地上で全て幸福に生活する事ができるように、この地上での王として、全宇宙、動植物を人間の奉仕の為に創りました。特別の自然を超える御恵みによって、人間の体は守られていましたし、動物たちも人間の言う通りに従順でした。かといって動物たちに知性があったわけではありません。動物たちもそのように本能によってプログラムされていて、そして生まれては死に、生まれては死に、それだけの命です。植物とても同じです。動物が生まれ変わるとかいう事はありません。

ただ、人間もそうですけれども、たった一回だけの命が与えられて、そして「その生きている間に人間は、天主を愛し、愛し、そして永遠の天主の命に入るように」と創られました。人間だけが、真理と誤謬を、善と悪を認識する事ができるように創られました。人間の霊魂だけが、この物質を超える真理とか、善とか、美というものを知る事ができるように、天主を知る事ができるように、特別の永遠の能力を与えられました。永遠の命が与えられました。そして人間の霊魂だけは、たとえ肉体が滅んでも、決して滅びる事がないものとして創られました。天主は、自然を超える御恵みによって、肉体が決して人間の霊魂から離れないように守って下さっておりました。

苦しみも悲しみもないはずの地上の王であった、被造物の王であったはずの人類は人間は、与えられた特別の真理の知識と、天主への愛と、善を求める愛とをもって、全被造物を代表して、目に見える被造物たちを代表して、これらを天主の為に使って、そして全てを天主へと向ける、天主への愛の為に奉仕させるべき存在でした。

しかし、この頂点に立つ人類が、天主に逆らったのです。正しいあるべき道から敢えて自由意志を使って、乱用して、天主から与えられた最高の頭脳と知性を使って、それを天主の道を歩むのを拒み、自ら自分の力で天主の如くなろうと、創造主のようになろうと、善と悪を自分で判断しようとしました。

アダムとエヴァは、他の自由意志のない知性のない被造物たちができない、その自由意志を以て、天主に反乱する事を選択しました。蛇の言葉を信じる事を選びました。人間の創造主である天主を犯して、罪を犯す事を選択しました。

その時アダムとエヴァは、ほんの束の間、「してはいけない」という事をした、その果実の味を味わった楽しみを覚えました。しかしそれもほんの一瞬の間で、後は後悔と恐れにとらわれました。アダムとエヴァ二人は、天主が、三位一体の天主がどれほど優しい方であるか、どれほど良い方であるか、どれほど自分たちの為に全てを下さった恩人であるか、大恩人であるか、という事をよく知っていました。愛の満ちた方であると。しかしそれと同時に天主は、正義の方であって、全能の方であって、大自然の支配者であって、その力は無限である、この全宇宙を支えておられる方である、という事もよく知っていました。そこでアダムとエヴァは初めて恐怖にとらわれました。恐れにとらわれました。「何という事をしでかしてしまったのだろうか。」、生まれて初めて天主を恐れました。天主からの罰を恐れました。

そこでアダムとエヴァは、自分たちが全く無であった事に、裸である事に気付き、自分の身を隠します。その時、いつもと同じ天主様の、ヤーウェの優しい、甘美な、そして落ち着いた声が聞こえます、「アダム、どこにいるのか。」天主はアダムを探しておられました。天主は愛するアダムの事を求めていました。しかしアダムとエヴァは天主を恐れて身を隠して、初めて身を震わせて、「恐ろしい」と思いました。

天主はこの原罪を犯したアダムとエヴァを、その正義を以て罰せざるを得ませんでした。「なぜ、なぜ食べてはいけないという物を食べたのか。」
「あなたが下さった女が、私に『食べろ』と言ったのです。」

するとヤーウェは女に聞きます、「エヴァ、」エヴァに聞きます。
「あなたが創った蛇が食べろと言いました。だから私は騙されました。」

その時アダムとエヴァは、赦しを求める言葉を発しませんでした。弁解をして、自分の責任ではないかのように、口実をつけました。赦そうとされた天主は、そうして探しに来られた天主は、アダムとエヴァをこの地上の楽園から、幸せな場所から追放せざるを得ませんでした。その幸福のエデンの園が閉ざされた時、ケルヴィムを置いてそこを守らせました。

その時からこの地上は、特別の御恵みを失ってしまったので、本性に従って、貧しい、作物も実らない、普通の土地に変わってしまいました。天候も、今までは人間の為に特別に配慮されていて、特別の御恵みによって、暑くもなく寒くもなく、温暖な素晴らしい気候だったところが、今度は非常に厳しい気候に変わりました。大自然が全く変化してしまいました。動物たちも、その今までの規制を解かれて、御恵みが無くなってしまい、今度は人間を刺す虫が躊躇なく迫ってきたり、毒を与えたり、あるいはバイ菌を吹き回したりする事ができるようになりました。

人間にとって、労働と、苦しみと、辛い、悲しい人生が始まります。アダムとエヴァはその苦しい人生が始まったその時に初めて、夕方あるいは夜の真暗闇とか、あるいは寒い夜、恐ろしい動物たち、狼、獣、あるいは突然彼らを襲う嵐、冬などを体験した事でしょう。

その時、「あぁ、昔は本当によかった。」「あぁ、エデンの庭では本当に美しい、大自然の綺麗な花々と、木の実と、温暖な気候と、いつも私たちを照らしていた太陽と、光と、喜びと、そして楽しみと、いつも従順に従っていた動物たち、」優しい可愛い動物たちの事を思い出していたに違いありません。

それよりもまず、何よりも変えて、天主様と親しく語り合ったあの日々の事。天主はもちろん霊である方ですから、目には見えないのですけれども、しかし天主が実在し、いらっしゃる、天主からの優しい声が目に見えるかのように耳に聞こえるかのように、天主が私たちを愛しているという事がもう肌で感じる事ができるように、アダムとエヴァには知る事ができました。霊である天主の存在をいつも感じていました。それさえも失ってしまいました。

「アダム、お前は一体何をしたのか。」きっと、アダムとエヴァは自問自答した事でしょう。そして自分の犯した罪に対してどれほど涙を流し、どれほど悲しい思い、辛い思いを、後悔の念を起こした事でしょうか。涙を流しても、流しても、流しても、それでも足りませんでした。「あぁ、どうしたら昔のあの幸せな時代に戻る事ができるだろうか。どうしたらあの天主様ともう一度親しくお話して、お近付きになる事ができるだろうか。あぁ、早くまたもう一度昔のように、天主様と親しいお話、天主との親しい友達関係に、友情関係があれば。」

寒い冬、冷たい雨、洞窟の中、暗い闇の中で、あるいは狼や凶暴な動物たちに囲まれて、自分の身を守りながら、アダムとエヴァは空腹を抱え、疲れた体でどれほど祈った事でしょうか。「エヴァ、一緒に、」痛悔の念を捧げた事でしょうか。天主にどれほど叫びの声をあげた事でしょうか、「ヤーウェ、本当にすまない事をしてしまった。あれほどの御恵みを、全く感謝の心もなく…」と。

しかし天は、アダムとエヴァに全くドアを門をピタリと閉めていて、その願いは聞き入れられる余地もないかのようです。叫んでも叫んでも、こだまさえもしません。全く何も聞こえないかのように、耳を閉ざしているかのようです。どうしたら天主との愛を取り戻す事ができるだろうか。罪によって壊されてしまったこの愛の関係を、友情を、あの昔の仲の良い関係を、何とかして取り戻したい。幸せな日々に戻りたい。

大自然を見ると、大自然はますます荒々しく人間たちに迫っています。台風、嵐、竜巻、地震、山火事、獰猛な動物たち。そしてそのような大自然の大きな力を見ると、ますますその荒れ狂うその力を治めていた、天主の全能の力の偉大さ、大自然のこの大宇宙を支配する天主のその大きな力、そして今まであれほど秩序立てておられたその天主の力をますます認識します。それと同時に、「自分はどれほど無力なのか、天主から離れてしまった今となっては、全く自分を守ってくれるものはいない。自然さえも、鎖を放たれた獰猛な犬のように、野獣のように、人間に迫り来る。」全く自分の無に等しい存在、その弱々しさ、か弱さというものを、ますます認識するばかりでした。

しかしそれと同時に、「それでも天主様は何と良いお方であるか。なぜかというと、天主は御怒りのあまり、せっかく私たちに下さった、私とその子孫たちに下さったこの御恵みを全くひっくり返してしまったにもかかわらず、まだ私を生かして下さっている。この地は大地は、まだそれでも花を咲かせている。それでも木の実は、実を付けている。それでも大自然は、それでもこんなに美しい。それでもこの地は、私を飲み込もうとして開かない。鳥は歌うし、花は微笑むし、太陽は輝くし、それでもこの大自然は、私たちにこれほどの恵みをしてくれている。罪を犯したにもかかわらず、天主は私たちにこれほどの恵みを下さった。天主は私たちに服をも下さった。全宇宙が全て人間に対して反乱を起こしたとしても、美と、善と、美しさと、その豊かさが、破壊されて無くなってしまってもおかしくなかったのに、それにもかかわらずこんなにも豊かで、こんなにも美しいものを、まだ残して下さっている。あぁ、何と憐れみ深い天主様なのか。」

アダムとエヴァは、祈りと、黙想と、痛悔の中に、天主をどれほど讃美して、感謝して、そして天主からの赦しを乞い求めた事でしょうか。天主の正義、全能を思い、それに恐れおののく、震えると同時に、天主がこれほど憐れみ深い、という事をますます認識して、そしてその天主に、この憐れみ深い天主に、何とか罪の償いを捧げたい、生贄を捧げたい、自分の砕かれた心を表したい、と思った事でしょう。「もしもできる事ならば、自分の命を捧げて天主に償いを果たしたい」と思った事でしょう。

アダムとエヴァには子供が生まれます。そして大きな祝福を見て、罪の赦しを乞うて、きっと天に、何も耳を閉ざしているような天に、それでも声をあげずには、感謝と讃美と祈りを捧げずにはいられませんでした。

アダムとエヴァは、救い主が約束されていた事を思い出します。跪いて、涙と、汗と、そして苦しみでいっぱいであるこの大地に跪いて、アダムとエヴァは祈りと生贄を捧げようと思った事でしょう。熱烈な果てしのない祈りを捧げたに違いありません。救い主が来られる、それを待つ間に、その救い主のいけにえに合わせて、自分も生贄を捧げたい。

そこでアダムとエヴァが大切に育てていた、あるいは家畜を、あるいは一生懸命手塩を込めて作った一番良い作物、初穂を、詳しくは私たちは聖書に何も書かれていないので分かりませんが、感謝と罪の償いのしるしとして、天主にお捧げしたに違いありません。礼拝と、感謝と、讃美と、罪の償いと、ますますの御恵みを込めて、愛を込めて、最初の生贄を捧げました。

もちろん、アダムがいくらそのような物を捧げたとしても、一体どんな価値があったでしょうか。アダムにとって非常に大切で、一生懸命世話をして、心を込めて、そしてとても便利で有益で、とても良い物であると思ったとしても、そしてそれを全く屠って捧げたとしても、どんな価値があったでしょうか。

アダムのやっている事を見て、その息子であるアベルやカインも生贄を捧げています。創世記によると、「アベルの捧げ物には、天主はこれを嘉された」とあります。なぜかというと、アベルの捧げた子羊は、来たるべき真の天主の子羊、真の、唯一、天主に嘉されるべき、聖子イエズス・キリストの犠牲を思い出させるものであったからです。

しかし全能の天主が、人間にとってどれほど大切であったとしても、その動物が屠られて一体どれほどの満足を得たというのでしょうか。罪人がいくら犠牲を生贄を捧げたとして、一体どれほどの価値があったでしょうか。動物が屠られたとして一体どんな価値があったでしょうか。

しかし天主三位一体は、この人間を愛しておられました。「天主の正義を満足させたい、そして天主からのその友情をもう一度回復させたい、天主からの賜物をもう一度得たい」と願っている人間のその心を理解しておられました。しかしその人間の罪の赦しの為には、無限の天主、無限に聖である天主を犯した人間の罪を償う為には、無限の聖性が、無限に聖なる方がいけにえとならなければなりません。

三位一体の、創られなかった永遠の知恵、イエズス・キリストが聖父に、「自分が人となって、人間となって、私たち罪人の代わりに、最高の司祭として、そして唯一天主聖父の御旨に適ういけにえとして、自分の命を捧げよう」という事を提案します。

そしてイエズス・キリストは、イエズスの至聖なる聖心は、私たちの為に屠られる為に、この地上にお降りになります。私たち人類ができない事を、しかし望むけれどもそれができない事を果たして下さる為に、私たちの無知を照らし、そして私たちを赦し、私たちを慰め、そして私たちに代わって御自ら、浄い御肉体、命を、罪の償いとして屠る為に、愛に満ちてこの地上にやって来られます。このイエズス様の愛の聖心の中に深く入る事ができるように、マリア様にお願い致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

聖心の小黙想会-7 2018年8月13日霊的講話【4】 「サマリアの女」

2018年10月09日 | お説教・霊的講話
2018年8月13日(月)イエズスの聖心小黙想会
小野田神父 霊的講話【4】


サマリアの女


この今日の午後の目的は目標は、この黙想を通して、イエズス様の燃える聖心にぜひ触れて頂きたいということです。

イエズス様が私たちを愛しておられて、私たちを赦したいと思っておられる、その事をぜひ深く理解して頂きたい、と思っています。

この為にイエズス様は、色んな手段を使って心を動かして、御自分の元に引き寄せようとします。ある時には聖マグダレナ・マリアのように、自分の意思から自ら、良心の呵責によって、イエズス様の事を聞いて近寄った。あるいはザケオのように、好奇心から、イエズス様を見てみたい、会ってみたいと思った。

ある時には、あまりにもイエズス様という存在が遠くにあって、聞いた事もないし、話した事もないし、しかしイエズス様が探して行った、というケースもあります。

そこで、イエズス様が探して行ったケースをちょっと黙想します。これはサマリアの女性についてです。ヨハネの4章にあります。

ユダヤからガリレアの方に行く時に、よくその当時の人が通っていた道の1つに、サマリアを通る道がありました。サマリアというのは、ユダヤの人にとってあまり評判が良くなかったのですけれども、ユダヤの人とサマリアの人はあまり仲も良くなかったし、対立していたし、両方とも両者とも軽蔑していたのですけれども、そこを通らなければなりません。イエズス様が今回そこを通らなければならなかったというのも、御摂理の内の1つでした。なぜかというと、そこに自分の回心させたいと思っていた霊魂がいたからです。

色々イエズス様は霊魂たちに御恵みを与えて、光の元に来るように、正しい道に来るようにと招いているのですけれども、多くの場合、人々は自分の罪の中にすっかり深く入ってしまって、あるいは自分の耳を霊魂の耳を閉ざしてしまって、この御恵みの声に耳を傾けようとしません。そこで、御恵みを与えて、与えて、与えても、それを気が付かないので、今度はイエズス様が御自分で行って、話をされようとされます。きっとイエズス様は何度も何度も、霊魂たちの為にお祈りして、聖父にお祈りして、そしてお願いされたに違いありません。

その時は何月だったのでしょうか。リッチオーリという聖書学者によると、「5月だった」とありましたが、もしかしたら日本の暑い8月の中旬だったのかもしれません。非常に日差しの強い日で、喉が渇いたのではないかと思います。

“イエズスは、ユダヤを去って再びガリラヤにおいでになった。その時、サマリアを通らねばならなかったが、ヤコブがその子ヨゼフに与えた畑に近いシカルというサマリアの町に主はおいでになった。そこにはヤコブの泉があった。旅に疲れたイエズスは、その泉のかたわらに座っておられた。昼頃の事だった。”

きっと、イエズス様はお疲れになったのだと思います。食べ物もないし、喉も渇いたし、日は暑いし、ちょうどその泉の所に木陰があって、ちょっとその木陰で腰を下ろしてお休みになっていたのでしょう。

“するとサマリアのある女が水を汲みに来たので、イエズスは『飲ませて下さい』とおおせられた。弟子たちは、食物を買いに町に行っていた。”

おそらくイエズス様はちょうど、このサマリアの女性が来る、水を汲みに来るというのを知っておられたのかもしれません。あるいは来るように、こう御恵みで来るようにさせたのかもしれません。あるいは全て天主の御摂理の内に、それがなるように、ちょうどその時にイエズス様がそこを通るように御計画されたのかもしれません。弟子たちは、「先生、ここで休んでて下さい。お昼を買ってきます」と言って、イエズス様だけを残して行ったのかもしれません。イエズス様も本当に色々のお説教や、色々の事で本当に疲れ切ってしまっていたのでしょう。それも御顔に現れていたのかもしれません。でも全ては御摂理のままでした。

すると、イエズス様がその為に祈っていたサマリアの女性がやって来ます。その彼女が来るのをイエズス様は見つけます。

サマリアは必ずしも正しい教えを守っていませんでした。確かに唯一のヤーウェを信じていましたけれども、しかしそれなりのやり方をしていました。そのような所で子供の頃から住んでいたサマリアの女性は、間違った教えに影響を受けたかもしれません。あるいは近くに住んでサマリアの街に住んでいた、あるいはシカルの町に住んでいた色々な男性から騙されたのかもしれません。あまり良い生活は送っていませんでした。イエズス様はそのこの彼女の霊魂を何とかしたいと思って、最初にこう仰った事が、「飲ませて下さい。お水を飲ませて下さい」とお願いした事でした。

イエズス様は非常に謙遜で、霊魂の事を尊重して、最初からワーッと言うのではなくて、優しく近寄りました。何か「ちょっとした親切をお願いします」と「お水を一杯下さい。」

するとサマリアの女は、軽蔑を以て答えました、「あなたはユダヤ人なのに、サマリアの女の私に飲ませて下さいと仰るのですか。」ユダヤ人とサマリア人は犬猿の仲で、付き合わないのです。

するとイエズス様は、少しずつこのかわいそうなサマリアの婦人に光を与えます、「あなたが天主の恵みを知っているなら、天主の恵みを知って、『飲ませて下さい』と言っている人が誰かを知っているなら、自分の方から『そうさせて下さい』と頼んだに違いない。そしてあなたは生ける水を受けた事だろう。」

何かすごい深い話をしているのだな、という事だけは分かったのですけれども、でもこのサマリアの女性は、その生ける水とか、天主の御恵みとか、自分がこの誰か、この飲ませて下さいと言うのは誰か、という事を、一体何の話をしているのかあまりよく分からなかったようです。

ですから、「主よ、あなたは汲む物も持っておられず、井戸は深いのに、その生ける水をどこから持って来るのですか。私たちにこの井戸を与えてくれた先祖ヤコブよりも、あなたは偉大な方なのですか。ヤコブもその子孫もこの家畜も、この井戸で飲んだのに」と答えます。この地上の水の話しか頭にありません。

でもイエズス様は少しずつ、少しずつ、この霊魂を照らしていきます。最初からこの女性の置かれているやっている生活や、過去の生活等について触れるわけではありませんでした。叱るわけでもありませんでした。辱めるわけでもありませんでした。またこの女性が理解していないという事も、かといって指摘するわけでもありませんでした。やさしく説明します。するとイエズスは、「この水を飲んでもまた渇きを覚えるが、私の与える水を飲む者は、いつまでも渇きを知らないだろう。私が与える水は、その人の中で永遠の命に湧き出る水の泉となる」と仰るのです。

“この水を飲んでもまた渇きを覚えるが、私の与える水を飲む者は、いつまでも乾きを知らないだろう。私が与える水は、その人の中で永遠の命に湧き出る水の泉となる。”

するとこのサマリアの女性の中には、最初は「ユダヤ人だ」と言って軽蔑したのですけれども、だんだんこのイエズス様との、対話をしている人に対しての信頼が沸き起こって来て、今度はお願いします、「主よ、私に二度と渇きを知らず、ここに水を汲みに来ないように、その水を下さい。」

では、イエズス様が水を与える為にはどうしたら良いのでしょうか?永遠の命の水の泉を与える為にはどうしたら良いのでしょうか?清い生活の永遠の命の水の為にはどうしたら良いのでしょうか?

イエズス様は更に言葉を進めます。でもこの時にはですね、叱る事もなく、非常に単純に、更に一歩追います、「あなたの夫を呼びに行って、連れて来なさい。」
するとそのサマリアの女性は、本当の事を言います、「夫はいません。」

するとイエズス様は優しく、単純に、こう言います、「夫がいないというのはよく言った。本当の事だ。あなたには5人の男がいたが、今のは夫ではない。だからあなたの言う事は本当だ。」

こうして、自分の罪の生活についてよく知っているという事を明かされたイエズス様は、かといって説教をするわけでもなく、かといって叱るわけでもありませんでした。

するとこの女性は、「主よ、私は、あなたが預言者だと認めます。私たちの先祖は、この山の上で礼拝しました。それなのに、イエルザレムで礼拝しなければならないと、あなたたちは言っています・・・」と、またユダヤとサマリアの問題について話を移します。

するとイエズス様は、その問題について素晴らしい回答をします。疑いを晴らそうとします、「婦人よ、私のいう事を信じなさい。この山でもなくイエルザレムでもなく、あなたたちが聖父を礼拝する時が来る。あなたたちは知らないものを拝み、私たちは知っているものを拝んでいる。救いはユダヤ人から来る。しかし、真の礼拝者が、霊と真理とをもって聖父を拝む時がくる。いやもう来ている。聖父は、そういう礼拝者を望んでおられる。天主は霊であるから、礼拝者も、霊と真理とをもって礼拝しなければならない。」

するとこのサマリアの女性は、「私は、キリストといわれるメシアがおいでになる事を知っています。その方が見えれば、全ての事を知らせてくださるでしょう」と言うと、イエズス様は、「あなたに話している私がそうだ」と言われました。

イエズス様は、御自分の事を「メシアだ」とか、「俺がそうだ」といった話は一度もないのですけれども、例外が1つだけ、サマリアの女性の時だけでした。「あなたに話している私がそうだ。」

するとこの婦人は、そこに水瓶を置いて町に走って行って、確かにイエズス様がメシアだと信じたわけではないのかもしれませんが、「私がした事を全部話した人がいます。見にいらっしゃい。あの人がメシアではないでしょうか?」と言います。そして人々に、イエズス様についての話をします。自分の良心に咎める事があって、それに動かされたに違いありません。

「この人は非常に単純で、非常に純粋で、優しくて、自分が何をしたかを知っているけれでも、何も『コラ!』とか言わずに、軽蔑もせずに、優しく接して下さっている。この方をメシアとして信じなければならないのかもしれない」とは思っても、でもそこまではまだいってないけれども、でも「他の人にも知ってもらいたい。とても偉大な方がいらっしゃる。」

それで、“その町のサマリア人の多くは、『私がした事を全部話した』と女が証明した事から、イエズスを信じた。そしてイエズスの元に来て、自分たちの所に留まってくださいと頼んだので、二日お留まりになった。”

おそらく、サマリア人はユダヤ人と仲が悪かったので、本当ならば「泊まって下さい」等とは言わないはずなのですけれども、でもイエズス様の場合には、あまりにも聖なる方であって、お優しい方なので、イエズス様には是非泊まって頂きたいと思ったに違いありません。それでその日イエズス様の元にやって来たに違いありません。おそらくイエズス様の元から、今までの罪の赦しを受けたに違いありません。

二日間、イエズス様はサマリアに留まると、その間多くの人々が、イエズス様の御言葉を聞いて信じました。その二日の後には、そのサマリアの女性に向かって、「私たちが信じたのはもうあなたの言葉のためではない。自分で彼の御言葉を聞き、本当に彼こそ、この世の救い主だと確信したからだ」と言うようになりました。

このサマリア人が、イエズス様の事を最初に、「この世の救い主だ」と宣言しました。そして「確信した」と宣言しました。

このサマリア人たちが言った、2000年前に言ったこの言葉を、今でも私たちは繰り返しています、「この世の救い主。」私たちの霊魂の深くを知り尽くして、私たちに必要なものが何かをよく知っていて、それを癒す為に全ての力を持っているイエズス様、世の救い主。

21世紀の私たちも、イエズス様の事を「世の救い主」と言いますけれども、世の終わりまでずっと、「救い主」と言い続ける、そして永遠に言い続けます。なぜかというと、この世はイエズス様の憐れみ深い罪の赦しを必要としているからです。そのような優しい救い主を必要としているからです。

では、10分程の後に、御聖体降福式をします。

聖心の小黙想会-6 2018年8月13日霊的講話【3】 「マグダラのマリアとザケオ」

2018年10月08日 | お説教・霊的講話
2018年8月13日(月)イエズスの聖心小黙想会
小野田神父 霊的講話【3】

「マグダラのマリアとザケオ」


今日は新しい初参加者も増えて嬉しいです。この小黙想会は、イエズス様の聖心の、私たちに対する愛について黙想しています。

三位一体、真の天主は、この全世界を愛によって創造しました。無から創造しました。三位一体の、永遠の昔から永遠の未来に至るその命は、愛の命です。聖父と聖子と聖霊の三位一体は、永遠の昔から永遠の未来に向かって、愛し愛される存在です。

イエズス様の聖心は、まさに愛の聖心で、そして愛によって人類を創ったのですけれども、創造されたのですけれども、人類はこの愛を裏切りました。天主からの愛を拒否した、あるいはその愛を愛し返さない人類にとって、待っていたのは不幸でした。悲しみでした。惨めさでした。

天主三位一体は、この哀れな人類を、更に大きな愛を以て愛そうとしました。人類が負った大きな傷の1つは、最も悲惨なのは、「罪」でした。なぜかというと、罪を犯す事によって人間は、天主から受けたその御恵みに恩知らずとなったからです。恩知らずばかりか、天主に対して私たちが持っている、人類が持っている義務を打ち捨てて、反乱を起こしたからです。罪を犯すという事は、天主に挑んで逆らった、という事だからです。罪を犯すという事は、恩知らずであって、反乱を起こしたのみならず、天主から受けたその信頼を全く裏切った、背信の裏切り行為をした、という事です。今までの友の関係、親子の関係は、敵の関係になってしまいました。

しかし天主は、このような人類を更に愛そうと思いました。このような人類を赦そうと思いました。「私は、失われたものを救う為に来た」とイエズス様は言います。イエズス様はこの罪人の霊魂を探して、疲れを知らずに、果てしなく、どこまでも助けようと汗を流します。

そこで今日は、「じゃあイエズス様は一体どういう事をやったのですか?」と言うお友達の為に、いくつか例を取って黙想してみます。

マテオの9章にはこうあります、“『私が望むのはあわれみであって、いけにえではない』とはどんな意味かを学びに行け。私が来たのは義人を招く為ではなく、罪人を招く為である。”

マテオ9章には、中風の人に向かって、イエズス様がガリレア湖を渡っていると、人々が中風の人の元にやって来て、「信頼せよ。お前の罪は赦された」と仰いました。イエズス様は罪の赦しを与えようと、海を渡り、陸を渡ります。

今日、まずこの今日の午後、特にお話したいと思うのは、自分の方からやって来た霊魂たちについてです。

イエズス様が探して行った霊魂たちもいるのですけれども、自分の方からやって来た霊魂があります。自分の犯した罪に対して嫌気が差して、それから良心の声を聞いて、あるいはもしかしたらイエズス様の話を噂で聞いたのかもしれませんけれども、天主の元に戻りたいと思った霊魂がいます。たまたま聞いた話というのはないのですけれども、たまたまというのはないのですけれども、全て御摂理によって、イエズス様がそのように、その時に、そのような方法で、御自分の話を伝えるのですけれども、最後にイエズス様の御恵みによって動かされて、やって来た霊魂がいます。

その内で有名な一人が、マグダラのマリアで、イエズス様の御足に自分を任せて、そして涙を流します。そして自分の過去の恥ずかしい屈辱の罪をイエズス様に告白して、赦しを求めます。自分の罪を非常に痛悔してそれを悲しく思うのですけれども、それと同時に、イエズス様に対して信頼をもって近寄ります。イエズス様から何か赦しをもらおうと、何か御言葉をもらおうと待っているのです。

するとイエズス様は、このマグダラのマリアに罪の赦しを与えます。元々は高貴な、ラザロとマルタの立派な家に生まれていたのです。

しかし何か人間の愛情にほだされて、あるいは騙されて、その儚い蜃気楼のような幻想や、あるいは何か甘い言葉に騙されて、道を外してしまいました。少しずつ少しずつ、深い淵へとはまって行ってしまった霊魂でした。そこでその罪の中にはまって行ってしまったので、ますます弱く、心は弱くなってしまって、ユダヤの教え、伝統、家族のその色々な教え、という事も忘れてしまって、遂には家族の恥となってしまって、悲しみの元となってしまいました。

しかしこの霊魂はとても高貴だったので、その罪の中に幸せを見出す事はできませんでした。この被造物の中に本当の喜びを見出すには、あまりにも霊魂が高いものを望んでいたからです。高貴だったからです。

そこでイエズス様の話を聞いて、元にやって来ます。「イエズス様ならば自分を救う事ができる」と信じていました。そこで赦しを乞い求める為に、イエズス様の元に近寄ります。信仰がありました。マグダラのマリアには、「イエズス様ならば憐れみ深く、自分の為に何かをして下さる」という信頼がありました。そしてマグダラのマリアには、イエズス様に対する愛もありました。「多く愛した者は、多く赦される。」

イエズス様はそこで、マグダラのマリアをまず、自分の罪の状態のマグダラから、ベタニアに連れ戻します。それからベタニアから、カルワリオに。そしてカルワリオから、天国へと、少しずつ連れて行きます。少しずつ永遠の幸せに導いていきます。

でも全てが最初から簡単だったわけではありません。イエズス様が御復活なさった後でさえも、マグダラのマリアには自己放棄をする事を、犠牲を払う事を教えます。あれほど十字架の下に佇んだ、それよりも更に大きな犠牲を今度は払わせます。イエズス様によって後には、エルサレムから離れなければならない、という迫害自体も体験させられます。

でもイエズス様の導きによって、家の悲しみの元であったマグダラのマリアは、イエズス様の愛の奇跡となり、カトリック教会の誇る大聖人となりました。イエズス様から最も清く愛された、イエズス・キリストを最も清く愛する、十字架の下に佇む、偉大な聖人となりました。

もう一人の例は、ザケオです。これはお金持ちの税吏で、イエリコに住んでいます。ルカの19章。

ザケオは背の低い男で、しかし税吏として、他の役人がやっているような事を多かれ少なかれやって、簡単なやり方で莫大な財を築いていました。この世の精神に従って、面白おかしく生活をしていたのですが、しかし、もっと高貴な、もっと良い立派な生活があるのではないか、という事に、心の中では気付いていたようです。でもそんなに、そういう考えも一瞬の事で、「仕事にも忙しいし、この世のお金もたくさんあるし、美味しいものも食べているし、大きな家もきれいな家もあるし、あんまり気にしなくてもいいんじゃないか」等と思っていたのかもしれません。

でもやっぱり、このザケオにもイエズス様の話が届きます、「奇跡をするメシアがいる。」
「ほう、面白い。へぇ~、そんな話もあるんだ」と言っても、仕事もあったし、特に関心は無かったかもしれません。
でも何か噂によると、この偉大な預言者が、自分の街イエリコにやって来るという話を聞きます。

イエズス様はこのザケオに、この霊魂に、御恵みや聖寵の光を与えて、色々準備していたに違いありません。それでこのザケオに好奇心を起こさせます。この「イエズス様を見てみたいなぁ」と思うのです。

ザケオはこの何も、イエズス様にこの罪の告白をするとか、自分の生活がどうのこうの、というよりは、「ただ見てみたい」という事だけでいっぱいでした。するとイエズス様がこの話によると、通ると言うじゃないか。そこで、でも群衆の波があったので見る事ができません。そこでどうしようかな、と思ったのですが、近くにあった高い木に登って、そしてイエズス様を見ようと思いました。

“イエズスは、イエリコに入って、その町をお通りになった。そこに、名をザケオという人がいた。彼は、税吏のかしらで、金持ちだった。そして、イエズスがどんな人かを見ようとしたが、背が低かったし、群衆の波で見る事ができなかった。そこで、前に走っていって、イエズスを見ようとして桑葉いちじくの木によじ登った。イエズスは、そこをお通りになるはずだった。”

木に登って、一生懸命イチジクの木に登って、「あぁ、あの人だあの人だ!ゆっくり歩いている。顔も、顔つきも良いじゃないか。髭も生えている。あんな服を着ているのか。たくさん弟子がいるなぁ」と見て、イエズス様がゆっくりゆっくりこう近付いてくるのを見て、「ほほぅ、ほほぅ」と見ると、いきなりイエズス様が自分の方を見るのです。すると自分の名前を呼ぶのです、「ザケオ、早く降りてきなさい。」

“イエズスはそこに来られると、目を上げて、『ザケオ、早く降りよ。私は今日、あなたの家に泊まる』と仰せられた。”

何という優しい御言葉でしょうか。

考えてもみて下さい。皆さんがどこかのスターの追っかけでですね、有名な、世界でも有名なスターが、そして皆がファンがキャーキャー言っている中を歩いている。その中で名前を呼ばれて、「家に行くから。」

するとザケオは、木から喜んで飛び降りて、イエズス様を迎え入れました。イエズス様は何とお優しい方なのでしょうか。ザケオが誰かを知っていました、もちろん。皆から憎まれたり、嫌われたりしていたという事を知っていました。ザケオもその事を知っていました。自分がどういう立場にあるかという事も知っていました。しかしイエズス様の優しい、その憐れみ深い態度で、こう見て本当に感動します。

でも他の人はそうでありませんでした。これを見ていた人々は皆、「あの人は罪人の家の客になったのか」と非難しました。

きっとザケオは、木から降りてすぐに家に帰って、家の掃除をしたり、イエズス様を迎え入れる準備をしたに違いありません。自分でこう色々召使いに言って、「さぁ、ここに応接間に大きな綺麗な椅子を、一番良い椅子を持ってきなさい。」「ここにテーブルも並べて、ここにお花を飾って、」「ここはこうして、ここにはこう、」そしてイエズス様は約束通り、このザケオの家に、大きな家へと向かいます。

イエズス様が家の中に入って、ザケオはイエズス様を迎え受けると、イエズス様の姿を見てきっと、近くに見てきっとビックリしたかもしれません、「あの偉大な預言者でも、衣服は非常に質素で、収入はといえば献金で生きているし、善を施しながらユダヤ、ガリレアを回っておられる。奇跡を起こして、病人を治して、色んな良いお言葉をしているのだけれども、非常に謙虚で、偉ぶらないし。」

すると、自分の生活とあまりにも違う事に気が付きます、「あぁ、自分はこんなに裕福な家に、美味しい食べ物と、安楽の内に生きているけれども、簡単にお金も儲けているけれども、イエズス様はこうやって、質素に善を施して生きている。私もイエズス様のようになる事ができるんじゃないか。もっと善を施す事ができるんじゃないか。自分の今までの生活は、あまりにもイエズス様と比べたら違っている」という事に気が付いたのかもしれません。

するとザケオは言います、「主よ、私は財産の半分を貧しい人々に施します。また私が人に何らかの損害を与えていたら4倍にして返します。」このラテン語ではですね、4倍にして「返すでしょう」とか、「返そうとします」と言うのではなくて、もう「返す」と断定しているのです。この現在形で言っているのです。

それを見てイエズス様はどれほどお喜びになったでしょうか、「今日この家に救いが来た。この人もアブラハムの子である。人の子は(御自分の事ですけれども)、見失ったものを訪ねて救う為に来た」と仰いました。

こうやってイエズス様は一人一人に優しく近付いて、そしてその霊魂に光を、御恵みと成聖への聖徳への道を少しずつ導いて下さるのです。

少しだけ黙想します。私たちもマグダラのマリアであって、ザケオです。

聖心の小黙想会-5 2018年8月13日(月)説教 「イエズス様は苦しむ私たちを力づけようとされている」

2018年10月06日 | お説教・霊的講話
2018年8月13日(月)イエズスの聖心小黙想会
殉教者聖ヒッポリト、聖カッシアノのミサ

小野田神父 説教


聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は2018年8月13日平日ですが、記念を行っている聖ヒッポリトと聖カッシアノ殉教者のミサを捧げています。

いつものようにミサの後に感謝の祈りがあります。今日は小黙想会の最中のミサですから、その後で一緒に昼食をとりましょう。その昼食の時には読書があります。読書は、シスターヨゼファ・メネンデスの伝記です。これを一緒に読んで、沈黙の内に聞いて下さい。

その後少し休憩があって、14時から霊的講話があります。その後しばらく黙想があって、15時からもう1回霊的講話、そして16時から17時まで聖時間を過ごしましょう。
イエズス様の前で、イエズス様の聖心の溢れる愛について黙想致しましょう。



聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、私たちはこの小黙想会で、イエズス様が私たちに対して持っておられる、その溢れるばかりの無限の愛について黙想し出しました。イエズス様が私たちにとって愛の溢れるあまり、私たちの哀れな状況を、どんな状況に置かれているかという事も黙想しました。

そしたら、私たちが右も左も分からない、天主の事も全く知らない、無知の暗闇に置かれているという事、また私たちが罪を犯して、罪に傷付いて、そして赦しを必要としているという事、悪に傾いているという事、聖なる都市エルサレムから簡単な道をダラダラと下って、聖なる所から離れてしまった状態にいる、そしてその挙句の果てに、追い剥ぎにあって、半死半生で、息もゼェゼェ、血をダラダラと垂らして、グッタリと道端に倒れて、助けを必要としている、という事を黙想しました。そればかりか、私たちは苦しみの状態に置かれている、という事を黙想しました。

そこでイエズス様は、そのような状態の私たちを何とかして優しく教えようとされ、そして私たちの罪を赦そうと、油を注ぎ、ブドウ酒を注いで、私たちの罪の傷を癒そうとされている事を黙想しました。

そこで今日は、この殉教者のこのミサに全く相応しい、苦しむ私たちをイエズス様が何とかして力づけよう、励まそうとしている事について黙想します。

そこで今日3つのポイントがあります。3つのポイントをしっかり黙想します。

⑴ 1つは、私たちが一体、生まれてから死ぬまで、どれほど苦しみに、十字架に、苦悩に苛まされて生きているか、という事。

⑵ 第2に、イエズス様はそのような私たちを、どうやって慰めようとされるのか、どうやって力づけようとするのか。第2は、2つあります。

(2-1) 一つはイエズスがご自分で苦しみを体験して知っておられるから。
(2-2) もう一つはイエズス様と共に苦しんでいるその苦しみは、栄光に変わるからです。

その2つの理由とやり方を黙想致しましょう。その2つとも、まさにこの殉教者のミサで語られます。

⑴ では第1のポイントで、私たちは生まれてから死ぬまで、苦しみでいっぱいです。

天主様は、私たちの為に苦しみを作った覚えはありませんでした。最初はそんな計画はありませんでした。全て、苦しみも悲しみも、涙も死も、何もない、この地上での楽園、喜びと幸福の人生を私たちが送る事ができるようにと、全てを整えてくれました。

この地上の目に見える動植物は、全て人間に従っていました。人間に微笑みかけて、そして気候も全て穏やかで、人間にとってもうこれ以上楽な生活がない、という、食べ物も飲み物も、全て幸福に満ちていました。どんなに乱暴な獰猛な動物であったとしても、人間には素直に従っていました。巨大な恐竜もウジャウジャ動いていたかもしれませんけれども、人間に従順に従っていました。もしかしたら巨大な恐竜や、空を飛ぶ大きな鳥たちは、人間の為の乗り物となっていたのかもしれません。「ここに行け」と言えば、そのまま連れて行ってくれたかもしれません。

でも人間が罪を犯したその時、天主様の私たちに与えて下さった愛のその御計画、溢れるばかりの無限の愛によって作られた幸せの計画を人間が踏みにじった時、その時初めて、人間に悲しみと苦しみの泥のようなものが、堰を切って、人間に襲いかかったのです。

ちょうど何か私の知ったところによると、つい最近ラオスで、造ったダムが破壊されて、今までの作ったものが全く無くなってしまって、そして多くの人々が行方不明になって、亡くなって、そしてそこは非常に山奥なので、誰も救助に行く事が難しい、という事件が起こったそうですけれども、何かそのように、人間が罪を犯したが為に、今までせき止められていた苦しみや、悲しみ、そのようなものが無かったはずのものが、人間がその天主の御摂理を、計画したダムを壊してしまったので、全てが私たちに悲しみと苦しみとなって襲いかかってしまいました。

私たちの体はですから、その後労働をしなければならなくなりました。額に汗して、日常のパンを糧を取らなければなりません。疲れ、疲労困憊、苦しみが体に来ました。天候も、暑かったり寒かったり、雨が降らなかったり、あるいは洪水があったり、あるいは病気になったり、伝染病や皮膚病や、風邪や、その他多くの病に冒されるようになりました。事故にも遭うようになりました。怪我をしたり骨を折ったり、多くの不幸や、痛みや苦しみに苛まされる事になりました。罪の結果によって。

人間の心は、天主の愛を感じる為に創られました。天主から受けた愛を感じ取る、非常に繊細で、非常に敏感な、美しいものを美しいとして認識するものとして作られています。ですから人間は、音楽やあるいは詩を作ったり、ある人は俳句を作ったり、あるいは大自然を見て、あるいは愛を感じて、幸せに感じるようにできています。非常に繊細にできています。

しかしこの綺麗に創られたこの人間の心も、罪によって、忘恩や恩知らずや、裏切りや憎しみ、あるいは汚い言葉や、あるいは非道な態度など、あるいは見捨てられたり、あるいは孤独であったり、騙されたり、辛い思いをしたり、あるいは期待が叶えられなかった、希望を失ってしまったり、あるいは何かこうあってほしいと思ったのができなかった等という、心で悲しい思いもするようになりました。

皆、罪によって、このような心の苦しみが入ってきました。
「一体、何でこんな事?」「なぜ、一体?」

私たちの、被造物として天主の似姿によって創られたこの知性も、意思も、本当ならば真理を知る為に作られたこの知性も、罪によって暗み、真理をそのまま理解する事ができなかったり、あるいは真理にまで到達するのに非常に困難だったり、あるいは騙されてしまったり、誤解してしまったり、あるいは意思も、本当なら、本当の善を追求するところが、見せかけの善に目を眩まされて、それを求めてしまったり、あるいは私たちの記憶力も、本当の事をすっかり忘れてしまったり、善、良い事を忘れてしまったり、あるいは昔の悲しい思い出を忘れる事ができなかったり、あるいは昔の喜びを、失ってしまった幸せなその日々の事を思い出したり、善を求めようとしながらもいつも意志が弱かったり、心が移ろいだり、変わったり、天主様を愛するつもりがそれに逆らってしまったり、恐れや恐怖や、将来の不安などによって、私たちの霊魂も苛まされてしまいます。

これも罪によって、私たちの中に激流のように入ってきた悲しみです、苦しみです。

赤ちゃんも、生まれた時から涙を流し、そして子供の時にも、大人になっても、辛い事や悲しい事を経験します。年を取ったらそれが無くなるかといえばそうでもなく、孤独や、病気や、あるいは体がますます衰えたり、死に直面したり、その死の苦しみや辛さ、過去の人生の後悔などによって、人間の一生は、生まれた時から終わりまで、苦しみでいっぱいであるかのようです。

このような私たちは、あまりにも自分で勇気を出して立ち上がって歩くには、あまりにも弱々しくて、あまりにも孤独で、あまりにも力が無くて、誰か助けを必要としています。ちょうどエルサレムからイエリコに行くまでに強盗に遭って、半死半生になって身ぐるみを剥がれて、どうしても助けが必要だ、というこの男と全く同じです。

誰かが助けてくれなければ、誰かが支えてくれなければ、誰かが励ましてくれなければ、誰かが、「頑張れ!さぁ!」と応援してくれなければ、私たちはどうして、この重い心を引きずって、痛い体を引きずって、砕かれたこの心を引きずって、後悔と悲しみと涙の中で、私たちはこの人生の荒波の中を行き着く事ができるでしょうか。

誰かが優しく、デリケートな心で近付いてくれて、私たちのそばに寄ってくれて、微笑んで下さって、そして手を取って、「さぁ、一緒に頑張ろう!」と言ってくれなければ、どうして私たちがこの荒波を超える事ができるでしょうか。私たちにはどなたか、慰めて下さる、助けてくれる人が必要です。

そのような事を、イエズス様の聖心はよく知っていました。「天主の御言葉は人となって、我らの内に住み給えり。」私たちを慰めて助ける為に、私たちを探して、私たちのその元にやって来られました。「悲しみ、重荷を担う者よ、我が元に来たれ。」イエズス様の御言葉は聖心は、私たちに呼びかけています。「私はお前を回復させよう。」

⑵ では、イエズス様はどうやって、私たちにその慰めを下さるのでしょうか?2つあります。

(2-1) まず第1に、イエズス様の聖心は、私たちの苦しみを御自分でよく御存知であるからです。なぜかというと、御自分も、生まれた時から十字架の上に亡くなるまでに、私たちが体験するよりも更に大きい苦しみと、悲しみと、そして孤独と痛みを体験しているからです。

生まれた時から、オギャーとベトレヘムで、寒い冬に、人々から拒否されて、まぐさ桶に置かれて、凍えて、生まれた時から、王の王が、真の天主よりの真の天主、光からの光が、私たちを愛するが為に生まれた方が、拒絶されて、その生まれた時から、悲しみを御存知です。

生まれたその8日目から割礼を受けて、血を流されました。「ヤーウェは私たちを救う」という名前を受ける為に、「イエズス」という名前を受ける為に、最初の血を流され、苦しまれました。

国家当局から王からはその命を狙われて、外国での逃亡生活もします。30年間、極めて貧しい、もしかしたら毎日食べるご飯もなかったかもしれない、隠れた労働生活、疲労と、暑さと、そして貧しさの中での生活を御存知です。

公生活を始める時にも、罪人を、悲しむ人を探し回って、ガリレア中ユダヤの山々を歩き回って、あるいはゲネサレト湖、ガリレア湖を舟に乗って、全ての岸に舟を着けて、私たちに慰めの言葉をかけようと、癒しを与えようと、そして罪を赦そうと回った、その時の御疲労、困難、砂漠での祈り、あるいは断食、夜を通しての祈り、寒さ、辛さを御存知です。

弟子たちをこれほど愛したにもかかわらず、全く無理解で、理解されなかった、忍耐強く彼らを教えた事。

お金の為にユダから裏切られた事、イエズス様は体験されました。

十字架に付けられて、鞭を打たれて、辱められて、イエズス様は、極悪人として盗賊の間に十字架に付けられました。

ですからイエズス様こそ、私たちの想像を超えるような苦しみを全て身に受けた方であるので、私たちに余りある同情と、そして愛の心を持っています。私たちの苦しみを全て御自分で体験したので御存知です。ですからイエズス様は、それを以て私たちを慰めて下さいます。イエズス様は私たちの心を知っているが故に、慰める事ができるからです。

(2-2) 第2の理由は、今日ミサのこの聖パウロの言葉、イエズス様の御言葉にも表れています。なぜかというと聖パウロは、「お前たちはこの過去の苦しみを思い出せ。お前たちは全財産を奪われても、喜んで我慢したではないか。イエズス様が報いを持ってもうすぐやって来る。義人は信仰によって生きる。この短い苦しみというのは、将来来たる栄光と比べれば何でもない。このお前たちの今、イエズス様と共に苦しんでいるその苦しみは、栄光に変わる、無限の喜びに変わる。だからその事を思い出せ」と言っています。

超自然の慰めをイエズス様は与える事ができるからです。イエズス様でさえも避ける事ができなかった苦しみを、私たちは避ける事ができません。もしもこの地上から苦しみを避ける事ができるなどという宗教がいたら、それは嘘です。インチキの偽物です。
「この壺を買うと幸せになるよ。一個100万円だけど。」
「このペンダントを付けると全てが成功するし商売繁盛で儲かるよ。」
「この世で全ておもしろおかしくうまく行くよ。」

そうではなくて、イエズス様は、真の宗教は、イエズスの聖心は、「私たちの苦しみが、実は永遠の価値を持つものだ。だからこれを捧げよう、一緒にお捧げしよう」と、「私たちの生まれてから死ぬまでの全ての苦しみ、悲しみ、裏切り、あるいは暗闇のどん底は、光の、幸福の世界の為の種だ」という事を教えて下さっています。

ですからイエズス様は福音の中で、今日のミサの福音の中で、とても慰めに満ちた事を仰います。

「たとえこの世で苦しみがあったとしても、何も恐れる事はない。恐れる人は、私たちを地獄に入れるその力のある方だけを恐れれば良い。それ他の事は何でもない。なぜかというと、私たちは溢れるばかりの愛を受けているから。この明日は市場で売られる鶏も、あるいはスズメも、特別の愛を受けて今生きている。しかし私たちはこのような動物よりももっと大切だ。聖父が聖子を送って、その命を屠らせたほど大切だ。あまりにも大切なので、私たちの毛の一本一本さえも数えられている。全ての事は御存知だ。心配するな。お前たちは全て愛されている。無限の愛を受けている。何も心配する事はない。苦しみ、何も心配するな。迫害がある、心配するな」と、イエズス様を仰って下さいます。何という超自然の、何という本物の、真理に満ちた慰めでしょうか。

ですから、今日の殉教者たちも喜んで、この世の苦しみを雄々しく耐え忍んで、全財産を没収されようが、命が無くなろうが、嬉しくて、嬉々として、喜んで、この全てを捧げました。

イエズス様は私たちを慰めてくれます。本当の意味で慰めてくれます。そしてこの地上で慰めるのみならず、天国で永遠に慰めて下さいます、「よくやった。さぁ、私と一緒に、聖父の喜びの中に入れ。」

マリア様にお祈り致しましょう。マリア様は最後に、被昇天の喜びを受けました。私たちもマリア様と共に、この永遠の慰めを受ける事ができますように、この地上の時からすでに、慰めを受ける事ができますように。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

聖心の小黙想会-4 2018年8月12日主日説教 「イエズス様は良きサマリア人である」

2018年10月05日 | お説教・霊的講話
2018年8月12日(主日)イエズスの聖心小黙想会
聖霊降臨後第12主日のミサ

小野田神父 説教


聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は2018年8月12日、聖霊降臨後第12主日のミサをしています。

この今日は、小黙想会の最中の主日です。本来ならば、黙想会のプログラムに沿って昨日のように1日を過ごす予定でしたが、夕方のミサの為に東京に行かなければなりません。そこで少し今日だけは予定を変えて、このミサの直後に、感謝のお祈りをしたら聖体降福式を致しましょう。

聖時間を御聖体の前で過ごした後に、皆さん黙想会のプログラムの1つである昼食を皆さん一緒に食べて下さい。沈黙の内に昼食を食べていらっしゃる間に、昨日のように読書を聞いて下さい。これも小黙想会のプログラムの1つです。

その後には自由時間があります。お祈りをなさったり、休憩をされたりして、そしてその後ここの御聖堂は17時まで開いています。

お祈りをされたり、あるいは今度の8月15日の、聖母の被昇天の為の聖歌の練習も計画されています。どうぞ良い主日を過ごすようになさって下さい。

明日も、8月15日まで10時半から毎日ミサがあって、そして明日・明後日は午後も、霊的講話と聖時間があります。8月15日には聖母行列も準備されています、計画されています。デ・ガラレタ司教様が今週いらっしゃるので、良い堅振の準備ができるようにお祈りしましょう。


“Homo quidam descendebat ab Jerusalem in Jericho.”
「ある人が、エルサレムからイエリコに下って行った。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日イエズス様が、「私たちにとって隣人とは誰か」という事を教える為に、例えの話をします。「エルサレムから、聖なる街、天主ヤーウェの神殿のある街、ユダヤ教の中心地エルサレムから、娼婦で有名なイエリコまで、ある人が下って行った。」

このエルサレムとイエリコの間は、聖書学者によると、37kmあるそうです。そしてエルサレムは聖なる山の上にあったので、イエリコまではずっとほぼ下り坂で、1000mの高さの違いがありました。

この人は簡単な下り坂をトボトボと歩いて行きました。現代でも、つい最近までは今でも、警察、あるいは駐屯所があったにもかかわらず、警備していた人がいたにもかかわらず、非常に強盗や盗賊、追い剥ぎなどで有名だったところです。

この寂しい道を、この人は通っている間に、やはり強盗に追い剥ぎに遭って、暴力を受けました。

殴られ、叩かれ、身ぐるみを剥がされて、そして持ち物を全部奪われ、傷付き、血だらけになって、半死半生になって、ぐったりと道に倒れて、息絶え絶えに助けを待っていました。

そのままほっぽらかされていて、この男はきっと入祭誦の始めにあったように、「天主よ、早く我が救いに来たり給え。早く助けに来たり給え。とく助けに来たり給え」と心の中で祈っていた事でしょう。

祈りが通じました。このかわいそうな人、この人の近くを、司祭が通ったのです。旧約の司祭です。おそらく神殿での務めを終えた事でしょう。エルサレムからイエリコの方へと歩いて行きます。「あぁ、司祭が来た!」声も出せずにその方を見ていると、司祭はこの人を見て、そのまま通り過ぎました。うめき声をあげて、「助けて下さい」と言っていたかもしれません。司祭は手ぶらで何もする事ができなかったのかもしれません。声すらもかけませんでした。横目でチラリと見て、通り過ぎました。ラテン語によると、“praeterivit.”「横を去って行った。」

「主よ、早く助けて下さい。」“Deus, in adjutorium meum intende. Domine, ad adjuvandum me festina.”何度お祈りした事でしょうか、「助けて下さい。あぁ、来たり給え。」

すると、レビ人がレビ族の人が、ユダヤ人がやって来ます。「あぁ!来た来た来た!」レビ族も特別に天主から選ばれた、神殿に仕える者です。「あぁ!」

「主を、全てを越えて、心を尽くし、力を尽くし、精神を尽くし、愛せよ」という掟を知っているはずの男のはずです。しかしこの彼を見ると、そのまま通り過ぎて行きます。“pertransiit.”「そのまま通過した。」

同胞の聖なる人々から見捨てられた、このかわいそうなユダヤ人。息絶え絶えに、「ハァ、ハァ、もうこのまま、ここで息尽きるのか」と思っていると、そこによそ者がやって来ます。サマリア人で、ユダヤ人からは憎まれていて、呪われた人々、破門された人です。

この人はきっとお金持ちだったのかもしれません。歩いていたのではなくて、動物、家畜を持って、それに荷物を運んでいたらしいのです。そしてブドウ酒や、旅行用の油も持っていました。この彼が来るのを見ると、「あぁ、この人また通っちゃうのかな。ユダヤ人ではないな。サマリア人のようだ。この帽子のかぶり方から、服から、ユダヤ人じゃないな。これはダメだ。」

すると、サマリア人はその様子を見て、半死半生のこの傷だらけのぐったりした人を見て、近寄って、そして哀れに思って、「大丈夫か」と声をかけました。「ハァ、ハァ、はい…はい…。」

そしてこの傷にブドウ酒を注いで、ドクドクと注いで洗って、そして油も塗って、早くこの油の染み通って、早く傷が治るように、そして息絶え絶えのこの男をきれいにしてから、今度は抱きかかえて、自分のその持っていたこの家畜の上に乗せて、それから近くの旅籠屋(はたごや)、宿屋まで連れて行くのです。

そして宿屋に一緒に泊まって、この男を看病します。「大丈夫か。」「ご飯を食べろ。」「さぁ、このきれいな布団で寝ろ。」

翌日、この男は行かなければなりません、このサマリア人は行かなければなりません。「あぁ、あなたの名前は何ですか?どうしてこの私の、ユダヤの私に、あなたはそんなに親切をしてくれるのですか?」

このサマリア人は旅館の主人にお願いして、「ここにお金があるから、2デナリオ、(1デナリオは1日の給料、肉体労働の値でした。それを2デナリオ与えて)、これをやるから、どうぞこの男を看病してほしい。面倒を見てほしい。もしも足りなかったら、十分なはずだけれども、足りなかったら、また用事が終わって帰ってくる時にもっと払う。」それを見て旅館の主人は非常に喜んで、「あぁ、分かりました!」と言ったに違いありません。

イエズス様はこの例えを聞かせて、一体、私たちにとって隣人は誰かというと、もちろんこの憐れみを下した人が私たちの隣人です。確かに、同胞、同じ血を持つ者としては、司祭、あるいはレビ人が最も隣人であったかもしれません。しかし本質を知っていた彼は、「憐れみを施した者がそうだ」と言います。

今日、ではこの例えが私たちに語っている事は何でしょうか?

この聖なる街エルサレムからイエリコに下って、簡単な下り道を下りて行った人は、私たちです。私たち一人ひとりでした。この薄暗い、誰も人通りのないような寂しい道を、トボトボと簡単に下って行く間に、私たちは敵に襲われました。この世と、悪魔と、肉欲でした。

そして私たちも、このかわいそうなユダヤ人のように、敵に、三重の敵に襲われて、身ぐるみを剥がれ、天主から受けた全ての超自然の恵みも、聖寵の御恵みを奪われて、傷付き、罪と誘惑の傷を受けて、血もダラダラになって、傷を受けて、もう一人で立ち上がる事ができないほど半死半生の身で、このままほっぽらかされて、そのまま永遠の死を迎えなければならない、地獄の火で焼かれるべき者でありました。

私たちもお祈りをしました、「あぁ、このまま死んでしまうのか。このまま息絶え絶えに、もうそのままどうしようもないのか。誰か救いの手は差し伸べられないのか。」

旧約の教えは力がありませんでした。旧約の司祭は、たとえモーゼのような者であったとしても、その栄光に満ちた者であったとしても、石に書かれた文字の宗教では、私たちを生かす事はできませんでした。私たちはただその律法の重さと厳しさに、罪に定められ、裁かれるだけでした。レビ族も何もできません。

しかし、天から良きサマリア人、イエズス・キリストが来られました。私たち、罪を負っている、罪によって傷付いて、半死半生の私たちを探して来られました。イエズスの聖心は来られました。私たちを癒す為に、私たちを聖とする為に、私たちに命を与える為に、私たちに赦しを与える為に、私たちの無知を照らす為に、教える為に、探して来られました。

そして御自分の御血を、ブドウ酒のようにドクドクと流して、きれいに洗ってくれます。そして御自分の聖霊を、油のように染み通らせて、私たちを力強めてくれます、養ってくれます。私たち一人ではとても動く事ができない、体中が痛く、足もぎこちなく、頭もふらふらしている私たちを抱きかかえて、ちょうど迷子の子羊を良き牧者が肩に担いで運んでくれるように、傷付いた私たちを抱きかかえて、イエズスの聖心は、宿屋まで運んでくれます。

この「宿屋」というのは、御自分が立てた「聖なるカトリック教会」です。そしてこのカトリック教会の主人に、聖職者たちに、司祭たちに委ねます、「この罪人を彼を世話をしてほしい。さぁ、ここにデナリオがある、秘跡がある、ここに教えがある。これを使って、彼の世話をしなさい。また私がもう一度戻った時には、報いを与えよう。」

この「デナリオ」というのは、「イエズス様の十字架の死によって勝ち得た贖い」でした。私たちに命を与えるそのお金でした。その功徳でした。

私たちは、今日福音で語られたこの傷付いたユダヤ人です。しかし、傷付いて道で息絶え絶えに救いを待っていたユダヤ人ですが、良きサマリア人、イエズス・キリストに出会って、救われて、教会の中に運ばれた、このユダヤ人です。そしてイエズス様からワイン、ブドウ酒と油を塗ってもらった、この介抱されたユダヤ人です。良きサマリア人に出会ったユダヤ人です。

今日、ミサ聖祭だ、それと同じ事が起こっています。イエズス様は私たちを、御自分の旅籠屋に旅館に連れて来ました、「この彼の世話を、このデナリオでこの世話をしなさい。十字架の贖いであるミサの効果を以て、御聖体を以て、御血を以て、この世話をしなさい。聖霊の油を以て、この霊魂の世話をしなさい」と教会に委ねています。

皆さんが今日御聖体を拝領する時には、教会はこう歌います、「主よ、御身の御業の実りは、この地上、大地を満足させる。御身は力、この大地からパンを導き出し、そしてブドウ酒は人の心を喜ばせる。」

私たちも、ブドウ酒を御聖体を受けるので、心は御聖体拝領の時に喜びます。そして「油において、私たちのその顔は喜ぶ。パンは人の心を強める。」私たちもこの御聖体拝領する時に、看病を受けたサマリア人のように喜び、心は強められ、主に満たされる、満足します。

これが今日私たちの、福音の事が私たちに今日起こる事です。

典礼学者によると、「サマリア人が連れて行った、良きサマリア人イエズス様が連れて行ったこの旅籠屋、旅館とは、カトリック教会の事であって、そして良きサマリア人が注ぐ油とワインは、御聖体の事であって、聖霊の御恵みの事である」と言います。

「更に、書簡を通してこの福音を見る事によって、書簡と奉献誦を比べてみる事によって、実は旧約の時代の司祭たちは、無力のあまりに通って行ったけれども、それでもこの司祭職は栄光あるものであった。なぜかというと、モーゼが十戒を、石に刻まれた十戒を受け取る時に、天主とその顔と顔を合わせて話を対話をしていた。それなので、その顔は、その天主と対話したそのモーゼの顔はあまりにも輝いていて、イスラエルの人たちはモーゼの顔を見る事ができなかった、直視する事ができなかったので、モーゼは自分の顔の前にベールを被らなければならかった。それほどモーゼの、旧約の時代の司祭職でさえも栄光に満ちたものだった。」

モーゼがせっかく十戒を持って地上に帰っても、イスラエルの子らは偶像を作って、天主以外のものを崇拝していました、礼拝していました。そこでモーゼは非常に怒って、十戒を粉々に、石を粉々にして、また天主に行きます。そして何とか彼らの為に取り次ぎを願います。すると天主はその怒りを宥めて、モーゼの言う事を聞きます。モーゼの言う通りにします。

「たとえ力の無い旧約の職務でさえも、これほど力があって栄光に満ちているものであるならば、新約の本物のモーゼ、イエズス・キリストの栄光とその聖務は、どれほど力があり、どれほどの栄光に満ちたものであるのか。良きサマリア人イエズス・キリストはどれほど力に満ちているものか、という事を教えようとしている」と言います。

ところで典礼学者は、「私たちはモーゼよりも更に恵まれている。モーゼでさえ、旧約の王でさえダヴィドでさえ見る事ができなかった、聞く事ができなかったものを、私たちが見る事ができ、聞く事ができるから。」「なぜかというと、私たちはミサの時に、イエズス様を見て、イエズス様を拝領して、イエズス様とお話をする事ができるから。愛の対話をする事ができるから。」ですから、「私たちの顔はモーゼ以上に輝かなければならないのではないか。」

聖体拝領誦でも言います、「油において、私たちの顔は喜びに輝く」と。

ミサの時にイエズス様と親しく一致して、会話のできる私たちは、何と幸いな事でしょうか。

モーゼがこの旧約の人たちをイスラエル人たちの為に取り次いで下さったように、良きサマリア人であるイエズス・キリスト、新約の本物のモーゼはイエズス・キリストは、私たちの為に更に取り次いで下さいます。

これが、イエズス様の聖心の愛であって、私たちに注がれる、溢れるばかりの愛情です。どうぞ良きサマリア人の愛を感じ取って下さい。この中に深く入って下さい。

この話を黙想している中に、少し私も個人的に考えた事があります。

もう長くなるので、本当はもうこの私の勝手に考えた事は言わないようにしようかな、とも思うのですけれども、1分間、話を続けます。

確かに旧約の、確かに傷を受けたユダヤ人が、この話は愛徳の話と、天主に対する愛の話と、そして旧約と新約のその違い、新約の優位さ、優位性について私たちに教えるものです。

しかし21世紀の日本に生きる私たちにとって、何んで、なぜこの司祭たちは傷付いた人を、この同胞の、同じユダヤ人を見て見ぬふりをして通り過ぎてしまったのだろうか?と思いました。

一体、別の仕事があったのだろうか?仕事が終わったから、もう早く家に帰って休みたいと思ったのだろうか?それとも無関心だったのだろうか?「関係ねぇよ」と思ったのだろうか?でも同じ、同じユダヤ人なのに?「これはお医者さんの仕事であって、司祭の仕事じゃないから」と思ったのだろうか?あるいは見るからに身ぐるみ剥がれて、手伝ってやってもお金も持ってなさそうだし、お礼もする事もできないし、そのまま「儲からないよ」と思ったのだろうか?「面倒くさい」と思ったのだろうか?一体何だろうか?と思いました。

この傷付いた人は私たちですけれども、どのようなもので傷付いたのだろうか。

罪を負っていて、この「罪の重荷に、傷を早く癒やしたい」と思っている私たちです。ですから「告解をしたい」と思って、「罪の、告解の秘跡を受けたい」と思っている人たちなのかもしれません。しかし「告解を聞いて下さい」と言っても、もしかしたら聞いてくれる人はいなかったのかもしれません。

あるいは、イエズス様についての、天主についての真理にあまりにも無知で、息絶え絶えだったのかもしれません。しかし公教要理について教えてくれる人がいなかったのかもしれません。

あるいは、この世俗の考えに惑わされたり、あるいは肉欲に引かされて家庭がボロボロになっていったり、苦しんでいたりする人なのかもしれません。

しかし、イエズス様のカトリックの教えを本当は聞きたくて、知りたくて、御恵みを受けたかったのですけれども、それを本当に受けるべき人から、受ける事ができなかった霊魂たちの事も表しているのかもしれません。

イエズス様はこの例えの時に、福音書を読むと、こう質問されるのです、「永遠の命を受ける為には、どうしたら良いのですか?」
「永遠の命を受ける為には、何と書かれているのか?」
「はい、全ての力を尽くし、霊魂を尽くし、精神を尽くし、天主を愛する事。」

真の宗教というのは、天主への愛に基づいています。天主への愛に基づく、隣人への愛に基づいて教えています。カトリックの教えは、「人間と天主との愛の関係」を教える宗教です。

「天主が聖父であって、憐れみ深い聖父であって、私たちがその被造物であって、子供のように愛されている、聖父と親子の関係のように愛されている」という事を教える宗教です。

しかし、もしその超自然の、「天主が聖父である、天主が聖父であって、私たちを愛している」という聖心の神秘の中に深く入る事ができないと、もしかしたら宗教は、イエズス様の当時のユダヤ教のように、形式的で、外的で、見かけだけのものに成り下がってしまうかもしれません。

ですから「外見だけやってればそれが宗教だ。だから、一致のために、日本では、御聖体は手で立って拝領しなければならない。」「もしもそうしなければ、一致を乱す。」「もしもそうしなければ、教会から離れている。」
今の新しいミサの教会のようです。

でもカトリックの本当の真髄は、天主を全てに超えて愛して、心を尽くして、力を尽くして愛して、そしてこの私たちを子供として愛する父のような天主の愛、この親しい関係にあるのではないか。もしそのような時に、この天主を愛を込めて礼拝する時に、なぜ跪いてはいけないのか。もしもそのようであれば、もしもそのような天主への愛をもしも表してしまったとすると、呪われた者になります。破門された者になります。教会から離れた者になります。一致を乱す者に。

非常に外見的で、形式的で、もしかしたらファリサイ人のような態度になってしまうような危険があるのではないでしょうか。

でもこの罪に傷付いた私たち、イエズス様への命に、イエズス様への教えに渇く霊魂たち、また超自然の命を受けたくて、「救い主は来ないか、救いの手は来ないか」と待っていた私たちに、良きサマリア人がやって来ました。

この良きサマリア人は現代では、ルフェーブルと言われています。そしてちょうどこの良きサマリア人ルフェーブルは、傷付いた私たちの所にやって来て、そして油とブドウ酒を注いでくれます。

「ブドウ酒」は「聖伝のミサ」であって、「油」は「聖伝の堅振の秘跡」です。

ちょうどあと数日後に、デ・ガラレタ司教様が私たちに、良きサマリア人のように来られるというのも、ちょうどこの主日のミサが私たちに現実に起こりつつある、という事をイエズス様が準備して下さっているかのようです。

イエズス様の深い愛の中にますます入る事に致しましょう。イエズス様は私たちを決して見捨てたり、そのまま通り過ぎたりする事はありません。イエズス様の愛がますます理解できるように、マリア様にお祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

聖心の小黙想会-3 2018年8月11日霊的講話【2】 「イエズス様は私たちに真理を教えて下さる」

2018年10月04日 | お説教・霊的講話
2018年8月11日(土)イエズスの聖心小黙想会
小野田神父 霊的講話【2】
「イエズスの聖心は私たちを赦そうとされる」


人類は、天主についてあまりにも無知で、闇の中に沈んでいます。そこでイエズス様はその人類に、「光を与えよう、真理を啓示しよう、天主について教えよう」と思われました。

でもイエズス様がまずなさろうと思ったのは、言葉によるものではなくて、御自分の態度で、行動で、模範を示す事によって教えようされました。

ファチマの天使を見て下さい。まず自分でお祈りをして見せて、子供たちに「このように祈れ」と言いました。ファチマの天使はイエズス様の真似をしていたかのようです。イエズス様はまず最初に御自分でなさって、次に言葉で教えました。よくあるパターンが、お母さんが、「何!まだテレビを見てるの!早く勉強しなさい!」ガミガミガミと言って、そして自分はテレビを見ている。「お母さんはテレビを見ていいの?」

イエズス様はまず、御自分の態度で、行動で、模範を示しましたので、イエズス様を見た人は、「あぁ、聖徳というのは、これほど美しいものか。あぁ、こんなに良いものなのか。あぁ、すごい、こうなりたいな。あぁ、このようにこうすれば良いのか」という事を人々に見せる形にしました。

御自分が教える前に、自分で素晴らしく模範で示して、どうやってやれば良いのか、という事を道を示しました。

ですからイエズス様の御行動を見ると、このイエズス様の態度とお人なりを見ると、私たちがどのように行動すべきか、という事を非常に雄弁に教えています。人類は特に、天主から離れて病気にかかった、癩病にかかった者のように、人間の姿を失ってしまって、天主の似姿からほど遠くなって変形している姿をしていたので、まず天主の似姿とはどのようなものか、という事を模範で見せたかのようです。

イエズス様が赤子となってまぐさ桶に寝かされて、置かれて、すやすやと眠ってお生まれになったその慎み深さと、御謙遜、天主の愛と、聖徳と、慎みと、その良さと、その御親切が、憐れみが、私たちの前に現れましたけれども、イエズス様の十字架のその最後まで、生まれてから最後まで、イエズス様の御生涯が全て、雄弁な教えとなっております。「私に従って歩く者は、闇の中を歩かない」とイエズス様は言いました。

でもイエズス様は、ただ私たちを愛するあまり人となって、世の光となって、道・真理・命として、私たちに生きる道を教えて下さったのみだけではありませんでした。

人類の状態は、無知のみならず、深い罪の影に底に沈んでいたので、これを救い出そうと思いました。

そこで、この御聖体の前で、「私たちに真理を教え、非常に知恵深く、私たちが真理を知る事ができるように助けて下さる聖心のその憐れみ」と同時に、「私たちを赦そうとされる聖心の愛」についても黙想しましょう。

「罪」というのは、天主の正反対にあるものです。なぜかというと、罪というのは、天主に「NO!」と言う事だからです。天主の愛の反対です。天主を憎しむ、天主を裏切る事だからです。天主は全て愛によって私たちを創り、私たちを愛によって取り囲んで、憐れんで下さるにもかかわらず、人類はこの愛を無視して、足蹴にして、その代わりに、愛の反対を、憎しみを、天主に対する反乱を起こしました。

それにもかかわらず、この罪に陥った人類を赦そうと、救おうと、イエズス様は更に私たちに愛を注がれます。天主の御言葉は肉を、肉体を取りましたけれども、私たちの弱さと苦しみの条件を身に取りましたけれども、それは全て私たちを赦す為でした。永遠の愛が、無限の憐れみが、この地上に赦しをもたらす為に人となりました。イエズス様は、イエズス様の聖心は、天主の赦し、そのものです。

「天主は、その御一人子をこの世に送られるほど、世を愛された。」
「天主は、この世に御一人子を送られたが、それは世を裁く為ではなく、この世が彼によって救われる為であった。」

イエズス様は、イエズス様の聖心は、天主の御言葉は、罪人を探す為に、罪人を救う為に、霊魂を求めて、人となりました。罪人を求めて。

しかし人類は、これほど恩知らずであったにもかかわらず、天主から全てを受けたにもかかわらず、その天主の親切、優しさ、愛、御恵み、受けた御恵みを全く軽蔑して、天主の優しさ、天主の寛大さ、天主からの御恵みを忘れ果てて、それを足踏みにして、あたかも御言葉を踏み砕くかのように、忘恩の限りを尽くしました。

その人類の為に、イエズス様は人となって、この人類を探そうとやって来ました。

被造物ですから、全て御恵みを受けた身分ですから、その分際で、一体人類は天主にどのような立場があるでしょうか。人類は、人間は、天主に従順に従う、という義務しかありませんでした。感謝と、讃美と、礼拝、天主を創造主と認めて、自分は被造物という事を認識して、「ありがとう。」「お恵みを感謝します。」「おかげさまです。」

それ、その義務しかなかったはずなのに、それを全く、その甘いその軽い荷を振り退けて、天主の権威を踏みにじって、それほど天主の合法的な当然の権威を無視して、天主の代わりに、「自分こそがこの世の、自分の支配者である。」「私たちは自由だ。」「自分の上には誰も上はいない。この世の王だ。」「自分で自分が決める。」

反逆の徒と成り果てたこの人類を探して、天主は人となられます。

この全宇宙の美しい全て、果てしのない銀河、大宇宙、太陽も、星々も、月も、あるいはこの地上に生ける動物も、鳥も、魚も、獣も、植物も、木々も、森林も、水も、空気も、鉱山も、鉱物も、全て人間の手に委ねられました。「さぁ、これはお前たちが幸せになる為に、本当に幸せになる為に、天国に行く為に使うように」と、「善を行なう為に使うように。」

しかし、この天主から与えられたこの信頼を全く裏切って、天主に逆らう為にこれらの被造物を使い出します、自分の目的を、自分の罪を犯す為に、与えられた才能、時間、能力、そして全ての被造物を。裏切り者です。

しかし、この人類の為に、イエズス様は人となってこの罪人を探しに来ます。イエズス様はこのような、もう道を外れた、非道の、ろくでもない人間を愛して、この罪人と共にいる事を求めて、罪人と会話をしようと、罪人を受け入れて、喜んで受け入れて、親切に尽くす為に人となります。そしてこの地上での生活を送ろうと望みました。

ある時ファリザイ人たちは、非常にそのイエズス様の憐れみ深さに躓きます、「何でお前たちの師は先生は、罪人と一緒に飲み食いしているのか。税吏と一緒に飲み食いしているのか。」あるいはある時には、「もしも彼が預言者だったならば、一体この女がどんなひどい罪人かというのを知っているはずだ。」

人々は、人類の罪の惨めさ、悲惨さ、哀れさの為に、イエズス様はそれに、あまりにも哀れなので、もう近付くのが嫌だと思うに違いない、と思っていました。罪に泣く罪人というのは、イエズス様の憐れみを受けるにふさわしくない、と誤解していました。でもイエズス様の憐れみというものがどれほど深いか、という事を人々は知りませんでした。

イエズス様の聖父から受けた使命というのは、罪人を赦して、彼を救う事でした。イエズス様は言います、「私は、失われたものを探して、救う為に来た。」

多くの霊魂は、罪の為に盲目となってしまって、光を見る事ができなくなって、恥ずかしさの為に、あるいは恥を感じて、天主の元に戻る事ができなくなったり、あるいは勇気がなく、罪の奴隷となったままで、もうそのまま一人ではどうする事もできないでいます。でもイエズス様は、そのような霊魂たちを何とか助けようと、地上にやって来ました。

ですからイエズス様は、霊魂を探して町から町へ、村から村へ、ユダヤのガリレアの小路を小さな道を歩いて回ります。イエズス様はガリレア湖の上に舟を浮かべて、その色々な岸を回って人々に話をします。あるいはイエズス様は砂漠の中に入って、あるいは異教の人たちが住んでいるようなティロやシドンの街々にも行って、人々に話をします。霊魂を探して回ります。ある時には神殿の回廊で律法学士たちと話をしますけれども、ある時には神殿の近くにある池で、病の人がそこで寝ていて、病気が治るのを待っている所に赴きます。イエズス様は霊魂を探して、疲れずに、汗を流します。

あまりにも霊魂を探して、霊魂を救いたいと思ったあまり、遂にイエズス様が辿り着いた場所は、ポンシオ・ピラトの鞭打ちの場所であって、十字架のゴルゴタの丘でした。

イエズス様の燃えるような、聖なる、霊魂を救いたいという望み、霊魂を聖化したいという望みの為に、イエズス様は全てのことをなさいました。御自分の事はすっかり忘れて、自分の休みや、楽しみや、休息や、余暇というものはありませんでした。この地上で快適な生活を送ろうかとか、平和な生活を送ろうかとかいうのは、夢にも思いませんでした。「霊魂の救い」それだけに燃えていました。イエズス様は罪の赦しを人々に与える事、豊かに与える事だけを求めました。

それでは、今から10分間休憩で、16時から御聖体降福式を行ないます。

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)

2018年10月04日 | カトリックとは
回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス』
近代主義の誤謬について
聖ピオ十世教皇

訳者 聖ピオ十世司祭兄弟会

Copyright (c) Society of Saint Pius X, 2001
All rights reserved

スコラ哲学

  45.第一に、学問研究について述べるならば、私はスコラ哲学が聖なる諸学問の基礎とされることを望み、かつ厳格に定めます。無論、「もし何であれスコラ学の博士たち[の思想]の中で、過度の細緻さをもって考究された、ないしは充分な考察を欠いて教えられたと考え得るもの、また後生の研究によって得られた確実な研究成果にそぐわないもの、要するに、もっともらしさに甚だ欠ける一切のものを、現代の人々に、倣うべきものとして提示する意志を私はいささかも有していません。」また、何よりもまず、私がスコラ哲学を用いるべきものとして指定する際、私が主に意図するのは天使的博士(聖トマス・アクィナス)が私たちに残したところのものである、ということをよく了解して下さい。そしてこのため、この問題に関して前任者[レオ十三世]が定めた全ての教令は、完全にその効力を保持しているのであり、また、必要である限り私自身も、それらが全ての人によって厳格に遵守されるべきことを新たに布告かつ確認し、命令します。これらの教令が守られていなかった神学校については、今後それらの遵守をより厳しく課し、要求することが司教たちの務めとなりますが、同様の務めは諸修道会の長上にもあります。さらに、私は教授たちに「特に形而上学的な問題を扱うに当たって、聖トマスをないがしろにするなら、重大な不都合を生む」ということをよく念頭に置くよう勧告します。

健全な神学の促進

  46.この哲学的基盤の上に神学の構築物が注意深く築き上げられねばなりません。尊敬する兄弟たちよ、持てる限りの力を尽くして神学の学習を奨励しなさい。そうすれば、あなた方の聖職者たちが神学校から出てくる時には、それに対する深い嘆賞と愛好心とを抱いており、そしてその中にいつも喜びの源を見出すことができるでしょう。と言うのも、「真理を求める精神の前に開かれた広大かつ多様な学問研究の中にあって、神学が支配的な地位を占めることは、皆に知られていることです。古の賢者の格言に従えば、神学に奉仕し、下女のようにかし仕えることが他の諸学芸の義務なのです。」私はこれにつけ加えて、伝統ならびに教父、および教会の教導権に対するこの上なく深い尊敬を心に抱き、よく均衡のとれた判断に基づき、そしてカトリックの諸原理によって導かれて(誰もがこのような態度を有しているわけではありません)実証神学に真正な歴史の光を投じようと努力する者たちは、称賛に値するということを述べておきます。実証神学が過去におけるよりも、より高く評価されることは確かに必要なことです。しかるに、このことはスコラ哲学に損失を与えることなしに為されねばなりません。そして、スコラ的神学を軽視するように見受けられるほど実証神学を礼賛する者は、近代主義者として拒絶されねばなりません。

神学以外の学問の役割

  47.神学以外の学問に関しては、私の前任者が見事に言い表したことを思い起こすにとどめておきます。「自然科学の研究に熱心に励みなさい。この学問分野において、かくも輝かしく発見され、かくも有益な仕方で応用されて、現代の人々の感嘆をさそっている諸々の事物は、私たちの後に続く者たちにとって称賛の的、また倣うべき模範となるでしょう。」しかるに、これは聖なる諸学問に干渉することなしに為されねばなりません。同じ前任者[レオ十三世]が、次のいたって重みのある言葉で定めているようにです。「もしあなた方がこれらの誤謬の原因を注意深く探るならば、あなた方はそれが、自然科学がかくも多くの研究の対象となっている近年、より峻厳で高尚な諸学問がその分だけ疎(うと)んじられている事実に存することを見い出すでしょう。その中のいくつかは、ほとんど忘却に付され、また他のいくつかはぞんざいな、あるいは表面的な仕方でしか考究されず、そして残念なことに、旧来の地位の栄華がかげりを見せるにつれ、これらの学問は有害な教条と甚だしい誤謬とによって醜く歪曲されてしまうに至りました。」それゆえ、私は神学校における自然科学の学習がこの法規に則ってなされるよう命じます。

実際上の適応

  48.私自身および私の先任者たちによるこれら一切の規定は、神学校およびカトリック大学の校長と教授の選出に当たって常に遵守されるべきものです。どのような点であれ、近代主義に染まっていることが分かった者は誰でも、管理ないしは教授に携わるこれらの役職からためらうことなく除外され、またすでにそういった役職に就いている者たちは、その座を追われねばなりません。同様の方針が、密かにあるいは公然と近代主義を支持する者たちに対して適用されなければなりません。このような者たちとは、つまり、近代主義者たちを誉めそやしたり、彼らの咎むべき所行を弁護したり、あるいはスコラ主義、教父、および教会の教導権に言い掛かりをつけて非難したり、さもなくば教会の権威に対する従順を、どのような種類の権威に対してであれ、拒む者たちです。この方針はまた、歴史や考古学、聖書釈義学において新奇な説を立てたがる者たち、さらには神聖な諸学問を軽視し、世俗的な学問を優先するように見受けられる者たちにも適用されます。尊敬する兄弟たちよ、学問研究に関するこの問題において、あなた方は警戒しすぎたり、堅実すぎることはあり得ませんが、とりわけ教授の選択において特にそうです。と言うのも、概して生徒[の心]は自分の教師の模範にしたがって形成されるからです。この問題に当たっては、自らの義務を強く自覚しつつ、常に賢慮と力強さをもって行動するようにして下さい。

教育の分野で求められる慎重さ

  49.司祭叙階の候補者を審査し、選択する際にも、同様の慎重さと厳格さをもって当たらなければなりません。聖職者には新奇なことがらに対する愛好心が微塵もありませんように!天主は傲慢で頑なな心を嫌われます。今後は、神学および教会法の博士号は、まず第一にスコラ哲学の正規の課程を修了した者以外には、決して授与されないようにしなければなりません。もし、この規定に反して授与された場合には、全く無効のものとして見なされます。1896年にイタリアの「在俗ならびに修道司祭のための司教・律修者聖省」により定められた大学の頻繁な視察に関する規定が万国に範囲を広げて適用されることを私は命じます。カトリックの研究所もしくは大学に在籍する修道者ならびに司祭は今後、自らが所属する研究機関で開講されている科目を、カトリック以外の大学で履修してはいけません。もし、旧来このようにすることが許されていた所があれば、今後はもはやそれが許されないようにすることを私は定めます。カトリックの研究所ないしは大学の理事会に名を連ねる司教たちは、私が定めるこれらの命令が不断に守られるよう、細心の注意をもって見張らねばなりません。

出版物の入念なチェック

  50.近代主義者たちの著作、あるいは何であれ近代主義の気味があるか、それともこれを支持する著作が、もしすでに出版されているなら、これが読まれることを、そしてもしまだ出版されていないならば、その刊行を妨げることもまた、司教らの義務です。この種の書籍、新聞、定期刊行物は何であれ、神学校あるいは大学の学生の手に渡らないようにしなければなりません。このような著作によって彼らにもたらされる害は、不道徳な書物の読書による害に劣りはしません。いいえ、それどころか前者による害は後者によるそれよりも大きなものであるでしょう。なぜなら、この種の著作はキリスト教的生活を、そのまさに源において毒してしまうからです。同様の処置が、悪意があるわけはないにしても、神学の正しい素養に欠け、現代哲学にそまり、これを信仰と調和させ、そして彼らの言うところによれば、これを信仰の益となるものへと転ずるよう努める一部のカトリック者に対しても取られるべきです。こういった著者の名声と評判は、その著作を疑いの念をもたずに読ませることとなり、それゆえ彼らは近代主義への道を徐々に準備するという意味で、いっそう危険なのです。

印刷出版許可と無害証明

  51.尊敬する兄弟たちよ、さらにいくつかの一般的な指示を加えるならば、このように重大な事柄において、あなた方が持てる力を尽くして、自らに託された司教区から必要ならば荘厳な発行禁止処分をもって、当地に出回っている有害な書物を排除することを命じます。聖座はこの種の著作を除去するに当たって、可能な限りの手段を講じますが、こういった出版物の数があまりにも増えたために、その全てを検閲することはほとんど不可能です。そのため、治療薬が届くときには、もう遅すぎるということが往々にしてあります。と言うのも、病気はこの遅延の間に根を張ってしまうからです。それゆえ私は、司教らがあらゆる恐れと肉の賢慮とを打ちやり、悪意の人々の上げる叫び声を横目に、無論優しく、しかし断固として、教皇教令『オフィチオルム』におけるレオ十三世の次の指示を念頭に置いて、この事業における自らの分担を果たすことを望みます。「この事柄においても聖座の代理者である司教たちは、自らの司教区内で出版され、あるいは出回っている有害な書籍ないしはその他の出版物を禁止し、信徒の手に届かないようにするよう勉励しなければなりません。」この一節において、司教たちが一定の行動をとる権限を付与されているのは事実ですが、しかし彼らは自らに課せられた義務をも有しています。いかなる司教も、一つないし二つの書籍を私のもとに、排斥されるべきものとして報告することで自分の義務を果たしたと思い、それに類したおびただしい数の書籍が出版され、流通するままにしておくなどということがありませんように。また、あなた方は、ある書物が他の所で一般に印刷出版許可と呼ばれる許可を得たからといって、それで自分の務めの執行が妨げられるようなことがあってはいけません。なぜなら、これは単に[そのような許可を得たと]見せかけることも可能であり、またこれは不注意もしくは行き過ぎた寛容さ、あるいは著者に対する過度の信頼のために与えられたかも知れないからです。特に最後のケースは、ともすれば修道会において往々にしてあったことではないでしょうか。また、ちょうど同じ食べ物が誰の体質にも合うのではないのと同様に、ある書物が、ある場所では無害なのに、状況の相違のために他の場所では有害である、ということがあり得ます。ですから、ある司教が賢明な者たちの助言を得て、自らの司教区でこの種の著作のあるものを排斥するのが適当である、と判断したとすれば、私は彼がそのように行う充分な権能を与え、かつそのように行う義務を課します。これら一切のことは[状況に応じた]ふさわしい仕方で為されねばなりませんが、ある場合には、聖職者のみに対象を限定した禁止を出すことで事足りるでしょう。しかし、いずれにせよカトリックの書籍販売者には、司教によって排斥された書物を店頭に置かないようにする義務があります。そしてこの問題を扱うに当たって、私は司教らに、書籍商が利得への熱望に駆られて悪辣な商売に身を染めることのないよう注意することを望みます。一部の書籍商のカタログにおいて、近代主義の著作が往々にして、決して少なからぬ賞賛と共に広告されているということは、確かな事実です。彼らが従順を拒むならば、司教らはしかるべき勧告の後に、彼らからカトリック書籍商の称号を一切の会釈なく奪わなければなりません。このことは、より一層重大な理由のために、司教付き書籍商の称号を持つ者たちに当てはまります。もしも[近代主義をはらんだ書物を販売するところの]彼らが教皇庁付き書籍商の称号を有しているならば、彼らは使徒座へ告発されねばなりません。最後に、私は皆に前述の教皇令『オフィチオルム』の第26条を思い起こさせて、この章を閉じることにします。「禁止された書物を読み、かつ保管する教皇よりの権能を得ている者は誰であれ、このことにより、当該地区の管轄司教によって禁じられた書籍ならびに定期刊行物を読みかつ保管する権限を与えられているわけではありません。このようにすることが許されるのは、教皇より与えられた権能が、誰によって排斥された書物であれ、これを読み、保管する許可を明示的に与えている場合に限られます。」

検閲

  52.悪書の読書と販売を妨げるだけでは充分ではありません。こうした書物が出版されるのを防がなければならないのです。それゆえ、司教らは出版許可を与える際には、最大の厳格さをもってなさなければなりません。教令『オフィチオルム』において定められた規則にしたがって、多くの出版物は管轄司教の認可を必要とし、また一部の司教区では、著作物の審査のための公式の検閲者を適当数置く───これは、司教がそれら全てを自ら逐一目を通すことができないからですが───ことがならわしとなっています。私はこのような検閲者の制度をきわめて高く評価しており、それゆえ私はこの制度が全ての司教区に広げられることを勧めるのみならず、命じます。したがって、全ての司教教区庁において、出版を意図した著作の検定のための検閲者を任命し、また、検閲者は在俗および修道者という聖職者の2つの身分から選ばれた、その年齢、知識、ならびに賢慮のゆえに、判定を下すに当たっては安全かつ至当な手段を採択するような者たちでなければなりません。出版の許可を必要とする一切の著作物を、先述の教令中の第41条ならびに第42条にしたがって検閲することが彼らの職務となります。検閲者は判定を文書のかたちで出します。もしその判定が肯定的なものであれば、司教は「印刷出版許可」という言葉で出版の許可を与えますが、これは必ず「無害証明」および検閲者の氏名の後に記されねばなりません。ローマ聖庁においては、他の司教区と同様に公式の検閲者が任命され、その選出はローマ司教総代理によって推挙され、教皇により承認され、受け容れられた上で、教皇宮廷付き神学顧問によって任命されなければなりません。また、個々の著作に対して検閲者を割り当てることも教皇宮廷付き神学顧問の職務となります。出版の許可は、この教皇宮廷付き神学顧問もしくはローマ司教総代理ないし教皇総代理枢機卿によって与えられることになりますが、これは先に述べたとおり、「無害証明」と検閲者の氏名との後に記されねばなりません。司教の賢明な決断に基づいて、きわめて稀で特別な場合にのみ、検閲者の氏名を省略することができます。検閲者の氏名は、彼が肯定的な判定を下すまでは、決して明かされてはなりませんが、それは、彼が著作物の検閲に当たっている間、また万一承認を出すのを手控えた場合に不都合を被らないためです。検閲者たちは、管区長、あるいはローマの場合、総長の[当の者たちに関する]私的な見解が得られた上でなければ修道会からは決して選出されてはならず、またこの際、管区長ないし総長は、当の候補者の人格、知識、ならびに[信仰・思想上の]正統性について誠実に述べなければなりません。私は諸修道会の総長に、彼らの管轄下にある修道会員が、彼ら自身および教区司教の許可なしにいかなる著作も刊行することを決して許さない、というきわめて厳粛な義務を忘れぬよう勧告します。最後に、検閲者の称号は、[それ自体として]何の価値もなく、また、それを与えられる者の私的な見解に信頼性をもたせるために利用されることは一切できないことを私は断言し、かつ宣言します。

編集者として働く司祭についての注意

  53.以上のことを一般的に述べた上で、私は特に、先述の教令『オフィチオルム』の第42条がより注意深く遵守されることを命じ、定めます。すなわち、この条項では「在俗司祭が教区司教の事前の許可なしに新聞もしくは定期刊行物の編集に当たることは禁じられる」と、されています。この許可は、誰であれ、勧告を受けながらもあえてそれを濫用する司祭からは剥奪されなければなりません。定期刊行物の通信員ないし寄稿者である司祭については、彼らが近代主義に染まった記事を自分たちの新聞や定期刊行物に寄稿するということが往々にしてあるので、司教らは、彼らがこの点について過誤を犯さないように目を配る必要があります。そして、もしかかる事態が生じたならば、当の者に警告を発し、執筆を禁じなければなりません。私は同様に、諸々の修道会の総長にもこの同じ義務を果たすよう荘厳に命じ、そしてもし彼らがこの職務をよく果たさないならば、司教たちが教皇からの権威をもって適当な措置を講じなければなりません。また、それが可能である限り、カトリック者によって書かれた新聞ならびに定期刊行物を担当する特別の検閲者が任命されるようにして下さい。その職務は、刊行された新聞および定期刊行物の毎号に適宜目を通し、もし何か危険な要素を見つけたなら、これがすぐさま訂正されるよう命じることです。司教も同じ権限を有しますが、司教はこれを、検閲者がある出版物中に何ら問題を見出さなかった場合でも行使することができます。

司祭会議

  54.私は先に、会議や公の会合を、近代主義者たちが自分たちの見解を喧伝かつ擁護するために用いる手段の一つとして挙げました。今後、司教らは司祭たちによる会議を非常に稀な場合を除いて許可してはなりません。もし司教たちがこれを許可する場合、司教たちもしくは使徒座に属する事柄がそこで取り扱われず、また神聖な権威の横領を暗に意味するような決議もしくは請願を出すことが許されず、さらに、近代主義や長老主義、あるいは俗化主義の気味のあることが全く何一つ発言されない、という条件でのみ、これを許すことができます。文書での許可が適宜、個々の場合に与えられた上でのみ開くことのできるこの種の会議においては、他の司教区の司祭が自分の属する教区の管轄司教の文書での許可なしに臨席することは法規上許されません。さらに、いかなる司祭もレオ十三世の荘重な推奨の言葉を忘れてはなりません。「司祭たちは自らの牧者[である司教]の権威を、神聖なものとして捉えるようにしなければなりません。また司祭たちは、司祭としての役務がもし司教らの指導のもとに行われるのでなければ聖くも、甚だ実り豊かであることも、あるいは尊敬に値するものでもないことを確実なこととして見なさなければなりません。」

司教区ごとの「警戒協議会」の設置

  55.しかし、尊敬する兄弟たちよ、こうした私の命令と規定のすべては、もしそれらが忠実かつ断固として実行に移されるのでなければ、一体何の役に立つでしょうか。そのためには、何年も前に、ウンブリアの司教たちが優れた知慮をもって彼らの教区民のために定めた規定を、全ての司教区に拡大して適用することが適当であると思われます。その規定とはすなわち、「すでに広められた誤謬を根絶し、また、それがさらに伝播してしまうのを防ぐため、さらにはこのような誤謬の伝播によるきわめて悪い影響を恒常化させている、不敬虔の教師らを取り除くため、この聖なる会議は聖カルロ・ボロメオの範に倣い、各司教区に協議会を設置することを決定しました。この協議会は、承認を受けた、聖職者の2つの区分からのメンバーによって構成され、その職務は、種々の誤謬ならびに新たな誤謬が紹介され、伝播される手段の存在を察知し、司教にそれら一切を報告することです。これを受けて司教は、彼らと協議をはかり、害悪をその端緒でくい止め、それが広まって人々の霊魂の堕落へとつながること、あるいはさらに悪いことに勢力を得て増大することを防ぐために最良の手段を模索するのです。」ですから、私は全ての司教区において「警戒協議会」とでも言うべきこの種の協議会が直ちに設立されることを命じます。この成員となる司祭らは、先に検閲者の選出について述べたのと同じような仕方で選ばれ、司教の立ち会いのもと、2か月ごと決められた日に会合することになります。同協議会のメンバーは、討議ならびに決定の内容に関して秘密を守る義務を課されますが、その職務には次のことが含まれます。すなわち、出版物および教育において見出される近代主義のあらゆる痕跡と印をきわめて入念に見張り、そして聖職者および若者をこれから守るために、あらゆる賢明かつ迅速で効果的な手段を用いることです。彼らがレオ十三世の次の訓戒を思い起こして新奇な言葉遣いと闘いますように。「カトリックの出版物中に、信徒の敬虔な信心を嘲笑い、キリスト者の生活の新しいあり方の導入や教会の新たな方針、現代人の霊魂の新たな渇望、聖職者の新しい社会的召命、ならびに新しいキリスト教的文明、その他これに類した多くの事について述べ立てるように見受けられる、不健全な新思想に息吹かれた文体を認めることは到底できません。」ここで指摘されているような言葉遣いは、書籍においても講義においても許されてはなりません。当協議会はさまざまな所で保持されている敬虔な伝統、あるいは聖なる遺物を取り上げている書物を省みずにおくことはできません。当協議会はまた、信心を育むべき新聞または定期刊行物において、こうした事柄が嘲笑や軽蔑の念をにじませた表現で、あるいはあたかも教義であるかのように断定的な筆致で取り扱われることを許さないようにしなければなりません。後の点に関しては、確実な事実として述べられていることが、───しばしば見受けられるように───蓋然性の域を出ないか、あるいは先入観の混じった見解に基づいている場合、特に注意しなければなりません。聖遺物については、以下の規則に従わねばなりません。もしこの種の事柄における唯一の判定者である司教たちが、ある遺物が真正なものでないことを確実に了解したならば、即刻それを信徒の崇敬から遠ざけるように。また、もしある遺物の証明が国内情勢の混乱や、その他の事情により紛失してしまっている場合、司教がその真正さを確認するまでは、それを公の崇敬のために公開しないように。時効あるいは「充分な根拠のある想定」という議論は、ある聖遺物が、1896年に免償・聖遺物聖省から発布された以下の法令における意味での「古さ」のゆえに[それに対する信心が]推奨に値する場合にのみ、有効なものとなります。「古えの遺物は、個々のケースにおいて、それが偽造あるいは偽物である、ということを実証する明白な議論が存在するのでない限り、それが常に受けてきた崇敬を保持するべきである」からです。

敬虔な伝統について判断を下す際には、この事柄について教会は最大の賢慮を払っていること、さらに教会は、この種の伝統がきわめて慎重な注意をもって、またウルバノ8世教皇により義務として課された宣言文が挿入されるのでない限り、書物にて言及されないことを常に念頭に置かなければなりません。そして、この場合にも教会はそこで述べられている事実の真正さを保証するのではなく、ただ単に、人間的な意味での証拠に欠けていない事物を信じるのを禁じはしない、ということにとどまります。この問題について30年前、礼部聖省はに次のように規定しました。「これらの出現や啓示は聖座によって承認されたのでも排斥されたのでもなく、ただそれらが純粋に人間的な信仰によって、またそれら[自体]が語るところの伝統に基づき、信憑性のある証言ならびに文書記録によって裏打ちされた限りで、[人々によって]信じられることを許す、ということに過ぎません。」誰であれ、この規則に従う人は何も心配する必要がありません。何らかの出現に基づく信心については、それが事実自体に関する限り、すなわちその信心が相対的なものである限り、当の事実が真実のものである、という条件を常に含みます。他方、それが絶対的なものである限りにおいては、その対象となるものが崇敬されている聖人たちの人格であるという意味で、それは常に真実に基づいています。同じことが聖遺物に関しても言えます。最後に、私は諸々の警戒協議会に、たゆまず熱心に社会的組織ならびに社会的問題に関する著作を監査し、それらが近代主義の痕跡をいささかもとどめず、かえって歴代ローマ教皇の定めた規定に従うように取り計らう義務を託します。

3年ごとの申告制

  56.私がこれまでに述べたことが忘却に付されてしまうことのないように、私は全ての司教区の司教たちが、当書簡発布の1年後およびそれ以降は3年ごとに、私のこの書簡中で定められた事柄、ならびに聖職者の間で、殊に神学校やその他のカトリック学校───教区司教の管轄下にないものも含めて───において流布している種々の教理について精勤で宣誓を伴った報告書を聖座に提出することを望み、かつ制定します。そして私は、同様の義務を諸修道会の総長に、彼らの下にある者たちに関して、附与します。

結び

  57.尊敬する兄弟たちよ、以上が全ての人の救霊のために、あなた方に書き送る義務があると私が考えたことです。無論、教会の敵対者は私がここで述べたことを取り上げて、教皇が科学と人類の進歩の敵だと誹謗する旧来の中傷をむしかえすことでしょう。キリスト教の歴史がまごうことのない証拠をもって反駁する、このような非難に対する新たな回答として、学識にすぐれて秀でたカトリック者の協力のもとに科学および知識のその他あらゆる部門の進歩が、カトリックの真理の導きと教導とにしたがって促進される特別な研究機関を、私の力の及ぶ限り、あらゆる手段を尽くして設立することを望みます。願わくば、キリストの教会に対する真摯な愛を抱く全ての者の助力に支えられて、私が首尾良くこの自らの企図を実現することを天主が嘉みし給いますように。しかるに、この企画については別の機会に述べることとしましょう。

使徒的祝福

  尊敬する兄弟たちよ、あなた方の熱意と精力とにまったき信頼を置きつつ、私は真心より、あふれるほど豊かな天からの光をあなた方のために祈ります。こうして、あらゆる方向から狡猾に忍び寄る誤謬が及ぼす人々の霊魂への大きな危険のただ中で、あなた方が、何が為されるべきであるかを判然と見定め、また自らの持てる力と勇気を尽くしてそれを実行に移すべく努めますように。私たちの信仰の創始者かつ完成者であるイエズス・キリストが、その御力においてあなた方と共にいて下さいますように。また、あらゆる誤謬を打ち砕く方である無原罪の童貞[マリア]が、その祈りと助力とをもってあなた方のそばにいて下さいますように。そして、私の愛情および逆境における天主からの慰めの印として、私はあなた方およびあなた方の聖職者と信徒とに使徒的祝福を愛に満ちた心から与えます。

1907年(教皇在位第5年)9月8日

ローマ、聖ペトロ大聖堂にて

教皇ピオ十世


回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

2018年10月04日 | カトリックとは
回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス』
近代主義の誤謬について
聖ピオ十世教皇

訳者 聖ピオ十世司祭兄弟会

Copyright (c) Society of Saint Pius X, 2001
All rights reserved


これまでにも排斥されてきた近代主義

  28.尊敬する兄弟たちよ、出版物の著者としてであれ、思想の宣布者としてであれ、近代主義者たちにとって、教会には安定したもの、変わり得ないものは何一つありません。実際、彼らは自らの教説を唱えるに際し、[思想的]先駆者を有していないわけではありません。と言うのも、先任者ピオ九世が次のように述べたのは、こういった者たちについてだったからです。「天主的啓示の敵であるこれらの者たちは、人間の進歩を天上にまで祭り上げ、かつ向こう見ずで涜聖的な大胆さでこれをカトリック教の中に取り入れようとするのです。あたかもこの宗教が天主のではなく人間の業、または人間の努力によってより完全なものと成され得る、ある種の哲学的発見であるかのように。」かかる宣言によって私たちの認識が、信仰に関する認識も含めて、妨げられるわけではなく、反対に、支持かつ保持されます。なぜなら、その同じ公会議は続けて、次のように述べているからです。「それゆえ知性、学知、知恵が個人において、また大衆において、信仰者において、また教会全体において豊かに、そして力強く世々代々にわたって増大し、前進せんことを。しかるに、それはその種類においてのみ、すなわち、同じ教義、同じ意味、同じ解釈に基づいてである。」

近代主義のさらなる検証

  29.私たちは哲学者、信仰者、それに神学者としての近代主義者を研究してきました。私たちはこれから歴史学者、批判学者、護教論者、ならびに改革者としての近代主義者を考察してみなければなりません。

歴史学者としての近代主義者

  30.ある近代主義者たちは、歴史の研究に専念し、哲学者として見られることを極度にきらうようなそぶりを見せます。「哲学については全く何も知らない」と彼らは公言しますが、ここにおいて彼らは非凡な抜け目なさを示します。と言うのも、彼らは自分たちが客観的と称するところから外れているとの非難を自らの身に招くことのないよう、種々の哲学的理論に対して、どのようなものであれ好意的先入見をもっているとの嫌疑を免れることを何よりも望んでいるからです。しかるに、彼らの歴史学および批判学には、彼らの哲学が浸透しており、また彼らの導き出す諸々の歴史批判的結論は、彼らの哲学的原理の当然の帰結なのです。このことは、誰であれじっくりと考えてみる人には、いたって明らかでしょう。彼ら近代主義者の3つの主な法則は、すでに扱った彼らの3つの哲学的原理の中に含まれています。すなわちそれは、不可知論の原理、信仰による事物の変容の定理、および歪曲化と称し得るもう一つ別の原理です。これらの原理のそれぞれから、どのような結果が生じてくるのかを見てみることにしましょう。「不可知論によれば、歴史は科学と同様、まったく現象のみを扱い、その結果、天主、また人間的事柄に対する天主の一切の介入は、信仰のみに属するものとして、信仰に委ねられねばなりません。それゆえ、天主的ならびに人間的という2重の要素が結び合わさっている事物、たとえばキリスト、または教会、あるいは秘跡、ないしはそれに類したその他多くの事物においては、区別と分離が成されねばならず、人間的要素は歴史に委ねられ、他方、天主的な要素は信仰に割り当てられなければなりません。ここから、近代主義者たちの間で非常に広まっている、歴史上のキリストと信仰上のキリストとの区別、歴史上の秘跡と信仰上の秘跡ととの区別、およびこれに類した事柄における同様の区別という、よく知られた区別が出てくるのです。次いで私たちは、歴史学者が取り扱うべき、文書中に現れている限りでの人間的要素は、信仰によって変容されたもの、つまり、本来の歴史的状況よりも高く上げられたものとして見なされるべきである、ということを了解します。このため、キリストを扱うに当たって、心理学が人間について述べること、あるいは彼が生きた場所と時代から私たちが推測するところにしたがって、歴史学者は、自然的条件における人間[の域]を越え出る一切のことを除外しなければなりません。」最後に彼らは、第3の原理に基づいて、歴史の領域に属する事柄さえもふるいにかけられ、彼らの判断に即して事実の論理[的関係]に合わないことや、取り扱われている人物に似つかわしくないことは全て除外され、信仰に委ねられることを求めます。こう言うわけで、彼ら近代主義者は、キリストが彼の話を聞く群衆の[知解]能力の範囲外のことを、たとえ一度であれ口にしたということを認めようとしないのです。このため、彼らはキリストの現実の歴史から、その説教中に見出される全ての寓話をのぞき去り、それらをことごとく信仰の手に委ねるのです。私たちは、いかなる原理に基づいて彼らがこういった区別を成すのか問うてみることができるでしょうか。彼らの返事は、自分たちは当の人物の人格、彼の生活状態、教育、諸々の事実が生じた状況の複雑な絡み合いに即して議論しているのだというものです。つまり要するに、───もし私が彼らを正しく理解しているのであれば─── 主観的なものにすぎない原理に基づいて議論しているのです。このようにして、徹頭徹尾ア・プリオリに、また、それについて無知であると公言しながら、[実際は]支持している種々の哲学的原理に立脚し、彼らは自分たちがキリストについての現実の歴史と称するものに即してこう宣言します。すなわち、キリストは天主ではなく、したがって天主的なことは一度として行わず、また人間として、その生活した時代から判断して彼が言い、また為したであろうと、彼らが見なすところのことのみを言い、行ったのだと。

批判学者としての近代主義者

  31.歴史がその種々の結論を哲学からとるように、同様に批判学も歴史から自らの諸結論をくみとります。批判学者は、歴史学者から供給されたデータに基づいて、自分の取り扱うあらゆる文書を2つの部分に分類します。先に述べた3重の除外をくぐり抜けて残ったものは現実の歴史を構成し、その他の部分は信仰の歴史ないしは内的と称される歴史を構成します。近代主義者たちは、これら2種類の歴史をきわめて入念に区別するのですが、ここで注意すべきなのは、彼らが信仰の歴史を現実の歴史と対置させる際、後者をまさに、事実に即したものとして見なしている、という点です。こういうわけで、先述したように、「現実のキリスト」および「実際には存在しなかった信仰上のキリスト」からなる2つのキリストという概念が生まれるのです。一方は「特定の時間と特定の場所で生きたキリスト」であり、他方は「信仰者の敬虔な観想の外では決して存在したことのないキリスト」です。後者の例として、たとえば近代主義者によれば始めから終わりまで単なる観想でしかない聖ヨハネ福音書中に見出されるキリストがこれに当たります。

近代主義者の批判学の原理

  32.しかるに、歴史に対する哲学の支配はこれに止まりません。今述べた、種々の文書を2つの部分に分ける区別が成された後、哲学は再び生命的内在という自らの教義を従えて介入し、「いかに教会の歴史における一切の事物は、生命的発出によって説明されねばならないか」を示します。[彼らによれば]「あらゆる生命的発出の原因ないし条件は、何らかの必要ないし欠乏の中に見出されるべきものですから、したがっていかなる事実も、それをつくり出した必要に先行するものとは見なされ得ません。歴史的には、事実が必要より後になるのです。」それでは、歴史学者はこの原理を念頭に置いて、何をするのでしょうか。彼は研究の対象となっている文書を ───それが聖書に含まれているものであろうと、あるいはその他の書物から取られたものであろうと─── 再度見直し、それらの文書から教会が殊更抱いている必要のリストを独自に作り上げます。ここで言う「必要」とは教義に関するもの、あるいは典礼、あるいはそれらの文書中で叙述されている当の教会において見出される他の事柄に関するもののことを指しますが、歴史学者は自分の作成したこのリストを批判学者に託します。批判学者は信仰上の歴史を取り扱っている文書を手にとり、それらを時代ごとに分類し、そうして必要のリストと完全に対応するようにします。これは批判学者が「諸々の事実は必要にしたがって生じるのと同様、叙述もまた事実に引きつづいてなされるものである」という信条を常に自らの指導原理としているからです。[彼らによれば]「時として聖書中のある部分───例えば[使徒]書簡───それ自体が、必要によって創り出された事実を構成している、ということが起こり得ます。しかし、たとえそうではあっても、いかなる文書の年代も、個々の必要が教会の中で表面化した年代によってのみ確定され得るという原則は依然として有効です。さらに、ある事実の発端および発展とを区別しなければなりません。ある日生まれたものが成長するには時間を要するからです。」それゆえ「批判学者は、自らの取り扱う時代ごとに分類された文書をもう一度見直し、種々の事実の起源に関するものを、当の事実の発展を扱ったものから分離するという仕方でそれらを再び2つの部分に分け、そしてこれらを各々の時代ごとにもう一度分類しなければならない」のです。

近代主義の歴史書に見られる混乱

  33.そこで、再び哲学者が介入し、歴史学者に、彼のなす全ての研究において進化の掟と法則に従う義務を課します。これを受けて歴史学者は、もう一度自分の扱っている文書を吟味し、異なった時代において教会に影響を及ぼした状況および諸々の条件、教会が前面に出してきた保守の力、教会を刺激して進歩を遂げるよう駆り立ててきた教会内外の必要、教会が直面しなければならなかった障害、つまり、進化の法則が教会においてどのようなかたちで実現されてきたかを見定めるのに役立つ一切のことを入念に検証します。この作業をすませた後、歴史学者は自分の仕事の仕上げとして、[教会の]発展の歴史を概略的に描き出します。引き続いて、批判学者が当の文書の残りの部分を埋め合わせることになります。批判学者は歴史学者が記述していない箇所を埋めるべく筆を執り、こうして歴史が完成します。ここで私は尋ねます。誰がこの歴史の著者なのでしょうか。歴史学者でしょうか。それとも批判学者でしょうか。無論、このどちらでもなく、哲学者です。この歴史中に記されてあることは、始めから終わりまで一切がア・プリオリであり、また異端の気味のある、体験に基づかない空理空論です。これらの人々は確かにあわれむべき者たちであり、使徒パウロの次の言葉は、まさに彼らによく当てはまるものと言えましょう。「彼らは自分の考えに傲り高ぶり...(中略)...自ら知者と称えて愚かな者となった。」その一方で、彼らは教会が独自の流儀で自らに都合のいいように種々の文書を編纂し、かつ混交している、と非難して教会に対する反感をあおっています。このようにする際、彼らは自らの良心が直截に自分たちを咎める、他でもないそのことについて教会を断罪しているのです。

近代主義者による聖書の扱い方

  34.[文書のかたちで残された]記録をこのように分断し、世紀ごとに分ける結果、[彼らによれば]「当然のごとく聖書の諸書典はもはやその名をもって呼ばれている著者の作とされることはできなくなってしまう」のです。近代主義者たちは、「一般的に言ってこれらの書───とりわけモーセ五書ならびに3つの共観福音書───が度重なる付け足しと神学的ないしは寓意的解釈、あるいは種々の異なる文章をつなぎ合わせるためにだけ書き加えられた箇所の挿入によって、原初の簡潔な叙述から徐々に形成されていった」と何のためらいもなしに断定します。「これははっきり簡潔に言うならば、聖書に含まれる諸書典の中に、私たちは信仰の進化から由来し、これに対応する生命的進化の存在を認めねばならない」ということです。彼らの述べるところによれば、「かかる進化の痕跡はあまりにも明瞭であり、およそこの進化の歴史を綴ることができる」くらいです。実際、彼らはそのような歴史をしたためるのであり、しかも、あまりに安易な確信をもってそれを著すため、ほとんど、いく時代にもわたって聖書の諸書の記述を水増ししていった著作者たちの仕事を、その目で見てきたかのように思われるほどです。このような見解を保持するに当たって、彼らはテキスト批判と彼ら自身が称する批判学の一分野を援用し、何某かの事実あるいは文章の一節が正しい本来の箇所にないということを、その他これに類した議論をもち出して実証するよう腐心します。実際、彼らは自らのために、あるものがその本来の場所にあるか否かについて彼らが確信をもって下す判定の基準となる、特殊な形態の叙述ないし論述を編み出したように見受けられます。しかるに、彼らは一体このような識別をする資格がどれほどあるでしょうか。聖書について行っている作業について彼らがとうとうと説くのを聞く人は、彼らがかくも多くの欠陥を見つけ出すことのできた聖書というものを、彼ら以前の誰一人としてひもといてみたことがなかったかのように感じられることでしょう。しかし、実際のところは、才知、学識、聖性において彼らをはるかに凌ぐ数多の教会博士たちのことごとくが聖書の各書をありとあらゆる仕方でふるいにかけた結果、その中に何か一つでも難ずべきことを見つけるどころか、それらを深く調べれば調べるほど、このようなかたちで人々に語りかけてくださった天主の慈愛に一層、心からの感謝を捧げたのです。残念ながら、これらの偉大な博士たちは、近代主義者たちが有している「研究の助力」なるものを持っていませんでした。天主の否定に根ざす哲学ならびにそれ自体で存立する [近代主義者たちの] 基準を、自らの規範ないし導きとして抱いていなかったからです。

カトリックの教えと矛盾する近代主義

  以上、近代主義者の歴史学的手法を充分明晰に示してきたことと信じます。哲学者が先頭を切り、歴史学者がそれに続き、そして、しかるべき順序にしたがって内的批判およびテキスト批判がその後を締めくくります。そして、第一原因は諸々の二次的原因に自らの力をわかち与えることをその特徴とするため、ここで私が問題としている批判がただ無差別にどのような批判でもというわけではなく、正しくも不可知論的、内在論的、そして進化史観的と呼ばれている批判である、ということは明らかです。そのため、誰であれこれを採用し、適用する人はその中に含まれている誤謬をも奉じていることを公言することになり、自らをカトリックの教えに対立する立場に置くはめになります。このようなわけで、一部のカトリック者の間で、この近代主義がかくも広く受け容れられるに至ったということは、実に驚くべき事態です。この原因として2つのことが挙げられるでしょう。第一に、近代主義学派の歴史学者ならびに批判学者があらゆる国籍ないし宗教の壁を越えて互いの間で結ぶ緊密な同盟、第二には、彼らの限りを知らぬ厚顔無恥です。すなわち、彼らの中誰か一人が何か口に出して言えば、他の者は科学がさらに一歩前進したとこぞって賞賛の声を上げるのですが、他方、外部の者が当の新しい発見を自分で調べてみようと思うと、彼らはその人に対して共同戦線を張るのです。その新説を否定する人は無知な者としてこきおろされる一方、それを支持し擁護する人は彼らからの惜しみない賞賛をほしいままにします。このようにして彼らは少なからぬ者たちを陥れていますが、その同じ人たちがもし自分が何をしているかに気づいたならば、恐れをなして後込みするに違いありません。謬説を教える者たちの横柄で威圧的な態度は、彼らに賛同する、より浅はかな者たちの無思慮な追従を得て、いたるところに蔓延し、病毒の感染をもたらす腐敗しきった空気を生み出しています。しかし、[批判学者としての近代主義者についての考察はひとまず終えて] 今度は護教論者としての近代主義者に論究を進めねばなりません。

護教論者としての近代主義者

  35.近代主義の護教論者は2つの意味で[近代主義の]哲学者に依存しています。第一に、間接的に依存しており、それは彼が主題とするものが歴史───先に見たように哲学者によって述定された歴史───であるからです。第二に近代主義の護教論者は哲学者に直接的に依存しており、それは彼が自らの教条ならびに結論を哲学者からゆずり受けるからです。ここから、「新しい護教論において宗教的事柄に関する論争は心理学的および歴史学的研究によってその正否が判定されなければならない」という近代主義学派に共通の定理が出てくるのです。さて、近代主義の護教論者は表舞台に躍り出、唯理主義者たちに向かって、「自分たちはたしかに宗教を擁護しているが、しかし聖書からのデータもしくは今日教会で一般的に用いられている、古い線に沿って書かれた歴史を使う意志はいささかもなく、ただ現代的原理に立脚し、現代的手法にしたがって作成された現実の歴史のみを用いるだけだ」と公言します。このように語る際、彼らは聞き手に応じた論法を用いているわけではありません。なぜなら「ただこの種の歴史にのみ真理が見出され得る」と彼らは心から信じているからです。彼ら近代主義の護教論者には、著作中で自分たちに裏表がないことをわざわざ披瀝する必要はないと感じられるのです。彼らはすでに唯理主義者たちから、同じ旗印の下に闘う仲間として知られ、賞賛されています。そして彼らはこういった礼賛を得て得意になるばかりでなく、───それならば、真のカトリック者に嫌悪感をもよおさせるだけのことでしょうが───それを教会からの譴責に対する埋め合わせとして利用するのです。

近代主義護教論の方法論

  ここで、近代主義者がどのように彼独自の護教論を展開するかを見てみることにしましょう。彼が自らに課す目的は、いまだ信仰をもたない人に、近代主義の体系において信仰の唯一の基礎とされるところの、カトリック宗教の体験を得させることです。彼は客観的手法、ならびに主観的手法という2つの方法から自由に選ぶことができます。このうち前者は、不可知論を出発点とし、「宗教、とりわけカトリック教は、『誠意のある全ての心理学者および歴史学者をして、その歴史には何か不可知なるものの要素が隠されている』と認めざるを得なくするほどの生命力を宿したものである」ということを示そうとします。この目的を果たすためには、今日あるカトリックの宗教がイエズス・キリストによって創立されたところのものであること、すなわち、それが、イエズス・キリストがこの世にもたらした芽生えが漸進的に発達したものに他ならないことを証明する必要があります。このため、まず第一に、そもそもこの芽生えがどのようなものであったかを特定することが絶対必要となりますが、近代主義者は次の定式文によってその問題を解決することができるとしています。すなわち、「キリストは天主の御国の到来を告げましたが、これは短期間のうちに実現すべきことであり、またキリストはそのメシア、天主から与えられた創立者かつ統治者となるべき者でした。次に、カトリック教の中に常に内在し、永在するこの芽生えが、どのように歴史の流れをつうじて徐々に発達してきたかが示されなければなりません。実際、この芽生えは様々な状況に次々と自らを適合させ、そういった状況から自らの目的のために役立つあらゆる教義的、文化的、教会的な形態を生命的同化吸収によって借り受けて発達してきたのです。その一方で、この芽生えはあらゆる障害を克服し、全ての敵を打ち負かし、あらゆる攻勢、戦闘に耐え抜いてきました。この山のような数多の障害、敵対勢力、攻撃、闘争、ならびに教会がこれら全てを通して示してきた生命力と豊饒性をじっくりと、しかるべく考えてみる人は誰でも、たとえ進化の法則が教会の生活において目に見えるかたちで現れているにしても、かかる法則をもってしてはその歴史の全てを説明することができない、と認めざるを得ません。不可知なるものがそこから立ち現れ、私たちの前に姿を現します。」このように彼らは議論を立てるのですが、その際彼らは、原初的萌芽に関して自分たちの成す確定が、不可知論および進化論に根ざす哲学によるア・プリオリな仮定にすぎないこと、またこの芽生え自体も、自分たちの主張にうまく合うよう、何の根拠もなく定義されたものであることに気づいていません。

内的混乱をはらんだ近代主義

36.このような論法によってカトリック教[の卓越性]を証明し、弁護しようとする彼ら新しい護教論者たちはしかし、この宗教の中に多くの好ましからざることがあると認め承知するのにやぶさかではありません。それどころか、彼らは「その教義さえもが誤謬と矛盾とから免れていない」ということを発見したと、あからさまに、満足を下手に隠そうとしながら、告白するのです。彼らはつけ加えて、これは酌量の余地のあることであるばかりでなく、───奇妙なことに─── それは正しく、適当なことであると言うのです。彼らによれば「聖書の各書の中には、科学や歴史に関して明らかな誤りのある箇所が多く見出される」のです。しかるに、彼らの言うには、「これらの書の主題は科学や歴史ではなく、ただ宗教と道徳なのであり、これらの書において、歴史と科学は一種の覆いとして働き、その中に包み込まれている宗教的および道徳的体験が、より容易に衆人の間に浸透するのを助けるだけのものである。民衆は科学と歴史とを、これらの書において表現されているままのかたちで理解するのであり、そしてもし科学と歴史がより完全な仕方で表現されたならば、[理解の]助けとなるどころか、妨げとなってしまうのは明らかなこと」なのです。さらに彼らは「本質的に宗教的なものである聖書は、必然的に生命に満ちあふれたものであるはずだ」と補足します。ところで、[彼らによれば]「生命はそれ自身の真理と論理とを有していますが、それは理性によって把握される真理および理性によって構築される論理とはまったく異なり、別の次元に属するものです。すなわち、この真理とは適合、ならびにそれ(真理)がその中で生きるいわゆる媒体と、それが生きる目的との比例関係の真理なのです。」最後に、抑制の感覚を一切失った近代主義者たちは、「生命によって説明されることは、たとえ何であれ真実であり、正当である」と宣言するまでに至ります。

真理の単純さ

  尊敬する兄弟たちよ、一つの、ただ一つの真理のみ存在すると信じ、また聖書が「聖霊の霊感を受けて書かれ、天主をその著者とする」と信じる私たちは、このような教説は天主ご自身が便宜上の嘘をつかれた、と言うことに等しいと断言します。そして、聖アウグスチヌスと共に、こう述べるのです。「かくも崇高な権威において、ただ一つでも便宜上の嘘[の存在]を認めるならば、一見実践あるいは信じることが困難に見える命題の中で、その同じこの上なく有害な原則に基づいて、その書の著者が故意に、ある目的のためについた嘘であると説明しおおせない、ただ一つの文もなくなるでしょう。」そして、このようにして、この聖なる博士が続けて述べているような事態が生じるのです。つまり、「誰もが自分の好む、好まないに応じて、これらの文章───すなわち聖典───に記されていることを信じ、あるいは信じるのを拒むようになる」のです。しかし、近代主義者たちは自分たちの定めた方向に邁進してゆきます。彼らはまた「ある特定の教理の証明として持ち出されるある種の議論、例えば預言に基づいた議論は、何らの理知的根拠も有していない」と認めます。しかるに、彼らはこれらさえ宣教のための術策であり、生命[の必要]によって正当化され得るものだとして擁護するのです。それのみならず、彼らは「キリストご自身さえもが天主の御国の到来の時期について明らかな間違いをおかされた」ということを認める、否、声を大にして主張するのです。そして彼らの言うには、これについて驚くにはあたりません。なぜなら、[彼らによれば]「キリストご自身も生命の法則に服されていた」のですから!こうなれば、教会の諸々の教義は一体どうなってしまうでしょうか。近代主義者たちに言わせれば、「これらの教義は甚だしい矛盾に満ちています。しかし、それに何の問題があるでしょうか。なぜなら、生命の論理がそれらを認め、受け容れているという事実はさておき、それらの教義は象徴的真理にそぐわぬものではないからです。問題となっているのは無限なるものであり、しかるに無限なるものは無限に多様な側面をもっているのではないでしょうか。」つまるところ、こうした諸説を主張し、弁護するために、彼らは、「無限なるものに対して捧げることのできる最も気高い礼賛は、互いに相矛盾する命題をこの存在に帰することである」、と憚(はばか)ることなく宣言するのです。しかし、もし彼らが矛盾さえも正当化するのなら、彼らが正当化するのを拒むようなものが、一体何かあるでしょうか。

主観的議論

  37.しかるに、[近代主義に従えば]不信仰者をして信仰を受け入れるよう導くのは、客観的議論によってだけではありません。主観的な議論もまた存在するのであり、このために近代主義の護教論者は内在という教説にその根拠を求めます。彼らは事実、自分たちが関わる当の不信仰者が、自らの本性ならびに生命の奥深いところに、何かある宗教、それもただどんな宗教でもよいのではなく、カトリック教の名で知られている特定の宗教に対する必要および欲求が隠れていることを納得させようと努めます。「この宗教こそが生命の完全な発達のために絶対必要なものとして要請される宗教だから」です。ここでもまた私は、内在を教説としては否定しながら、それを護教論の手法として用いるカトリック者がいることに不服の念を表わす充分な理由をもっています。実際、こうした人々はあまりに賢明さを欠いた仕方でそうするので、カトリックの護教家たちによって常に、しかるべき限度をまもって強調されてきたように、人間には超自然的事柄に対する受容能力ならびに適合性がある、と認めるに止まらず、「人間本性には超自然的次元に対する真の、厳密な意味での必要がある」と認めさえするように見受けられるほどです。実のところ、カトリック宗教に対するこのような[人間本性の根元からの]切迫した必要という論拠を用いるのは、まだ穏健な方の近代主義者たちです。その他の徹頭徹尾のとでもいうべき近代主義者は、不信仰者に、彼の存在の内に、キリストご自身がその意識の中に持っておられ、人類に伝達されたのとまさに同一の芽生えが潜んでいる、ということを示そうとします。尊敬する兄弟たちよ、以上が近代主義たちの用いる、彼らの教説と完全に調和した護教論の手法の概略的な説明です。こういった誤謬にあふれた手法ならびに教説は、建設のためではなく破壊のためのもの、また、カトリック信者をつくるためではなく、すでにカトリック信者である人を異端へと誘い入れるためのものであり、宗教全体の完全な転覆へと導く種類のものです。

改革者としての近代主義者

  38.さて、私はここで、改革者としての近代主義者について少し述べておかなければなりません。これまで述べてきたことから、このような人々が抱く刷新への熱情がどれほど強く、どれほど激しいものであるかは充分すぎるほど明らかです。カトリシズムの中で、かかる熱情の対象とならぬものは、実に一つとしてありません。彼らは哲学が、特に神学校において刷新されることを望んでいます。彼らはスコラ哲学が哲学史の単なる一章として種々の絶対的体系の中に位置づけられること、また「唯それのみが真でありかつ私たちの生きる時代に適合したものである現代哲学」が青少年に教えられることを望んでいます。さらに、彼らは神学の刷新を希求しています。合理的神学は現代哲学をその基礎とし、また実証神学は教義[発達]の歴史に基づいてなされるべきである、としています。歴史に関していえば、歴史は彼らの方法論ならびに現代的原理にしたがって書かれ、教えられなければなりません。教義とその進化は科学と歴史とに調和されねばならない、と彼らは力説します。「公教要理においては、刷新されたものおよび一般の人々の理解能力の及ぶものをのぞいて、いかなる教義も記されるべきではありません。」礼拝について彼らが言うには、「外的な信心の数は減らされ、これ以上それが増えることのないように手段が講じられなければなりません。」もっとも、彼らの中で象徴主義を信奉する一部の者は、このことに関しては、より寛容な姿勢を見せるのですが。

  彼ら近代主義の改革者は、教会の統治機構がその全ての部門において改革されること、特に規律および教義に携わる部局の改革を声を大にして唱えます。彼らは外部に向かっても、また内部においても、「教会の統治機構が、今やことごとく民主主義を志向する現代人の意識に合致されねばならず、したがって聖職者の中でも低い階級に属する者たち、さらには一般信徒にさえも同機構において何がしかの役割が与えられるべきであること、また、過剰に一点集中している権威もまた、分権化されねばならないこと」を強く主張しています。ローマ聖省、中でも特に図書検閲聖省ならびに検邪聖省も同様に改変されなければなりません。教会の権威は社会的および政治的な世界において、その行動方針を変えなければなりません。すなわち、政治的機構の外にありながら、自らをそれに適合させて、これに自らの精神を浸透させることを図るべきなのです。道徳に関しては、彼らは活動的な徳が消極的な徳よりも重要であり、その実践が、より奨励されるべきであるとするアメリカ主義者の原理を採り入れています。彼らは「聖職者が原初の謙遜と清貧とに立ち帰り、また思想と活動において近代主義の原理を認め受け入れること」を求めます。さらに一部の者は、プロテスタントの教師の教えに喜んで聞き入り、「聖職者の独身制の廃止」を望んでいます。こうなると、教会の中で彼らによって、彼らの原理にしたがって改革されるべきでないものが一つでもあるでしょうか。

あらゆる異端の総合である近代主義

  39.尊敬する兄弟たちよ、ある人たちには、私がこのように近代主義の教条をあまりに長々と詳細に敷衍してきたと思われるかもしれません。しかし、自分たちの思想を理解していない、という彼ら近代主義者のおきまりの非難に答え、またさらに、彼らの体系がばらばらで互いに関連のない理論ではなく、かえっていわば密接に結びついた一つの全体であり、その中の一つを認めたならば、全てのを認めざるを得なくなるということを示すために、こうすることが必要だったのです。それゆえ、私はこの解説をいくぶん教育的な形式で行い、また近代主義者たちが導入した、ある種の耳慣れない用語をはばからずに用いざるを得ませんでした。さて、こうしてその体系全体に眼を注いだならば、私がこれをあらゆる異端を総合したものである、と断じたところで、誰一人驚く者はないでしょう。もし誰かが[カトリック]信仰に対して打ち出されてきた全ての誤謬を一つに集め、それらみなの樹液と実質とを一つにまとめようとしたとしても、近代主義者たちがしたよりも、首尾よくそれを成し遂げることはできないでしょう。否、彼ら近代主義者は、それよりももっとひどい結果を招こうとしているのです。なぜなら、先にほのめかしたように、彼らの体系は単にカトリック教の抹殺ではなく、宗教全体の抹殺を意味するものだからです。それゆえ唯理主義者たちは近代主義者に惜しみない賞賛を浴びせ、その上、彼らの中でもとりわけ率直でうそ偽りのない者たちは、近代主義者たちを、あらゆる盟友の中でももっとも価値のある盟友として得た、と言って喜んでいるほどです。

  尊敬する兄弟たちよ、ここでしばしの間、破滅的な教説である不可知論にもう一度、注意を向けてみることにしましょう。この教説によって、天主に対する知性の側からのいかなる道も人間には閉ざされてしまうのですが、他方、霊魂のある種の感覚、ならびに活動の側から、よりよい道が開けるのだとされています。しかし、このような主張がいかに誤ったものであるか気づかぬ者があるでしょうか。と言うのも霊魂の感覚とは、知性もしくは外的感覚が[霊魂に対して]現前させる事物の活動に対する反応に他ならないからです。知性を取り去ってしまうならば、元来感覚に追従しがちな人間は、これの奴隷となってしまいます。また、もう一つ別の観点からも、このような主張は二重の誤りをおかしていると言えます。なぜなら、宗教的感覚にまつわるこれらの夢想とも言ってよい理論は決して常識を破壊してしまうことはできず、そしてその常識は感情ならびにその他、心を虜にしてしまう一切のものは、真理を発見する助けとなるどころか妨げとなることを私たちに教えているからです。私がここで言う真理とは、それ自体における真理のことです。と言うのも、内的な感覚ならびに活動の結実に他ならない、もう一つ別の純粋に主観的な真理は、たとえ言葉の遊びのために有用であるとしても、自分の外の世界に、その手の内にいつの日か身を横たえねばならない天主が存在するのか否かを、他の何事にも先んじて知ることを望む人には、まるで何の役にも立ちません。無論、近代主義者たちは体験というものを持ち出して、自分たちの体系の欠陥を補おうとするのですが、当の霊魂の感覚に、かかる体験は一体何をつけ加えるでしょうか。対象の現実性についての確信をある程度強め、これを[当の体験自体の]程度に比例して深めること以上には、全く何も付け足しはしません。しかるに、これら2つのことは霊魂の感覚を、感覚の他の何ものかに変えることは決してなく、また、知性によって導かれるのでなければ誤りに陥りがちなその性質を改変させることもありません。反対に、これら[の作用]は、ただ感覚の持つこの性質を固め、一層強いものとするだけです。と言うのも、感覚とは、激烈であればあるほど、それだけ一層本当の意味での感覚であるからです。そして、私たちがここで取り扱っているのは宗教的感覚およびそれに含まれている体験であるため、この種の事柄において、いかに賢慮およびその賢慮の規範となる学識が必要であるかは、尊敬する兄弟のみなさんには周知のことでしょう。あなた方はそれを自ら自身、人々の霊魂、殊に感情がその中において支配的立場にある霊魂に接することを通じて熟知しています。あなた方はまた、修徳神学のさまざまな著作を読むことを通じてこのことを承知しています。[ちなみに]この種の著作の価値を近代主義者たちは、まったく軽視していますが、これらは学知ならびに堅実さにおいて、彼らの著作をはるかに凌ぎ、さらに近代主義者たちが自ら具備すると思いなしているものよりもはるかに緻密で洗練された観察に基づいています。近代主義者がかくも誇りとする、これらの不完全な体験を検証もせずに真実のものとして受け容れることは、ほとんど狂気の沙汰か、あるいは少なくともこの上なく向こう見ずな行為であるように思われます。私たちはここで、次のように問いかけてみましょう。もし体験が彼らの目には、それほどの力と価値とを有しているのであるとしたら、どうして彼らは、近代主義者たちが誤った道を歩んでいるという、かくもおびただしい数のカトリック信徒が抱く体験にも同等の価値を置かないのでしょうか。それはつまり、カトリック者の体験だけが誤り、欺瞞を含む体験である、と言うことでしょうか。人類の圧倒的に大多数は、感覚と体験だけでは───もしそれらが理性によって照らされ、導かれるのでないなら───天主の認識には達し得ないという見解を抱き、また常に抱き続けるでしょう。もし近代主義者たちの見解が正しいとすれば、無神論と一切の宗教の欠如以外の何が残るでしょうか。もちろん、私たちをこの窮地から救い出すのは象徴主義の教条ではありません。なぜなら、もし宗教の含むあらゆる知性的な───と彼らの称する─── 要素が単に天主の象徴でしかないのであれば、天主の御名自体、もしくはその天主的な位格さえも同様に象徴に過ぎぬものとなり、そしてもしこれを認めるならば天主の位格もまた疑念をゆるす事柄となり、汎神論への門が開かれるでしょう。そして純然たる汎神論へと、天主的内在という別の教条が真っ直ぐ導くのです。と言うのも、私が問うているのは、次の問いだからです。かかる内在[の教説]は、依然として天主を人間から区別されたものとして認める余地を残すのでしょうか。もし、そうであれば、それはカトリックの教理とどこが違うのでしょうか。また、どうしてそれは外的な啓示という教理を拒絶しなければならないのでしょうか。もし、天主と人間とを区別する余地を残さないのであれば、それは汎神論になります。さて近代主義者の理解する限りでの内在の教条は、あらゆる意識[内]の現象は人間たる限りでの人間から出来するという見解を保持し、表明するものです。ここから厳密な論理にしたがって導き出される結論は、人間と天主との同一性であり、これは汎神論に他なりません。近代主義者たちが科学と信仰との間に成す区別も同じ結論へと至らせます。彼らの言うには科学の対象は可知的なものの現実であり、信仰の対象はその反対に、不可知なるものの現実だからです。ところで、不可知なるものをして不可知なるものたらしめるのは、対象となるものと知性との間に一切の均衡関係が存しない、───これは近代主義者の教説においてさえ、いかなるものによってもうめることのできない、とされる均衡の欠如です───という事実に他なりません。そのため、不可知なるものはそのまま残り、信仰者にとっても、哲学者にとっても永遠に不可知なるものとしてとどまることになります。したがって、もし何らかの宗教が存在する余地があるとすれば、それはただ不可知なるものの宗教でしかあり得ません。そして、この不可知なるものが、一部の唯理主義者たちが語るところの、宇宙の霊魂とは異なると主張されるとすれば、それは私には了解しかねることです。これらの論拠によって、近代主義がいかに多くの道筋を通して無神論ならびに一切の宗教の抹殺へと導くかが、充分すぎるほど明らかに示されたでしょう。プロテスタント主義は、この道の第一歩を踏み出し、近代主義が二歩目を印し、無神論がさらにもう一歩、歩を進めるのです。

好奇心の危険

  40.尊敬する兄弟たちよ、近代主義のもつ意味に一層深く分け入り、これほど深い傷に対する適当な治療策を見出すために、私たちはそれを生み出し、その成長を育む諸々の原因を究明しなければなりません。その近接的、直接的原因が知性における誤りであることには疑いの余地がありません。近代主義の遠因となるものについては、2つの項目にまとめることができます。好奇心と傲慢です。好奇心は、もし賢明に律されるのでなければ、ただそれだけで全ての誤謬の充分な理由となります。先任者グレゴリオ16世は、このような見解に基づいて次のように記しています。「理性が新奇なものを求める精神に屈するとき、使徒[パウロ]の警告に反して、それが本来知るべきものよりさらに知ろうとするとき、また、自ら[の力]を過信し、真理が誤謬のわずかの陰さえも被らずに見出されるカトリック教会の外に真理を見出すことができると考えるとき、人間の理性の逸脱は見るに堪えない光景を呈します。」

近代主義の中に居を構える傲慢

  しかるに、霊魂の上に[好奇心よりも]比較にならないほど大きな影響力を及ぼしてそれを盲目にし、誤謬へと導くのは傲慢です。そして傲慢は近代主義の中に、それが自分の住居であるかのようにあぐらをかきます。傲慢は、近代主義の教えのいたるところに自らを養うものを見出し、そのあらゆる側面に潜みます。実際、近代主義者をして、自分たちが万事の基準[を定める者]であると見なし、かつそのように振る舞うほどに自信で満たすのは、この傲慢です。彼らを虚しい傲りで満たし、知識の唯一の保持者を自認させるのも、また、得心し、僭越心にふくれ上がって「我々は他の者たちとは違う」と言わせるのも、さらに、自分たちが他の人々と同じように見えることのないよう、最も愚昧な新説さえをも採り入れ、また自ら考案するよう導くのも傲慢です。さらに、彼らの心中に不従順の精神をかき立て、権威と自由との間に歩み寄りを要求させるのもまた傲慢です。傲慢のゆえにこそ、彼らは自らを改めることを忘れて他の者たちを矯め直す者となることを欲し、また、権威に対する敬意に、───最高の権威に対してさえも─── 甚だしく欠くようになるのです。まことに傲慢ほど近代主義へと直接に、また速やかに導くものはありません。もしカトリックの一般信徒もしくは司祭が、キリストに従うために己れを捨てるよう強いるキリスト教生活の戒律を忘れてしまい、傲慢を自らの心から引きはがすのを怠るならば、彼は他の誰にもまして近代主義の誤謬の格好の標的となります。それゆえ、尊敬する兄弟たちよ、このように傲慢の餌食となった者たちに対抗し、彼らを最も低い、目立たない役職にのみ用いることがあなた方の第一の義務となります。彼らが高い所に上ろうとすればするほど、それだけいっそう彼らを低い位置に置かなければなりません。それは彼らの地位の低さのゆえに、彼らの及ぼす害悪が制限されるためです。あなた方のもとにある若い聖職者らをあなた方自身で、また神学校の校長を通し、きわめて入念に審査しなさい。もし傲慢の精神を彼らの中に見出したならば、呵責なく彼らに司祭職の道を閉ざしなさい。倦むことのない用心深い警戒によって、今日に至るまでずっとこのことが為されていたならば、どれほどよかったでしょう。

近代主義者たちの無知

  41.近代主義の道徳的原因から知的原因へと視点を移すならば、第一の主要な原因として、無知が見出されます。そうです、教会の教師として目されることを望む近代主義者たち、現代哲学をかくも称揚し、スコラ哲学に対してあれほどの軽蔑を表す当の彼らが前者をその全ての偽りの魅力と共に受け容れたのは、まさに後者についての無知のために、彼らは思考の混乱を識別し、詭弁的論法を論駁する能力を持ち合わせていなかったからです。実に、かくも多くの、かくも甚だしい誤謬を含んだ彼らの体系全体は、信仰と誤った哲学との結合から生まれたものです。

宣布のための手段

  42.彼らがこれほどの熱意と精力を注いでその宣布に努めなかったとしたら、どれほどよかったでしょう。しかるに、自分たちの主義のためになす彼らの活動とたゆまぬ骨折りとはかくも大きいので、彼らがそれほどの精力を、教会の衰亡を招くために無駄に費やすのを見て、心を痛めずにはいられないくらいです。もし彼らの努力が、より良い方向に向けられていたならば、教会に対してきわめて大きな貢献を成すことができたでしょうから。彼ら近代主義者は2つの術策を用いて人々の知性を欺きます。第一のものは、自分たちの進路の妨げとなるものを取り除くために、第二のものは、自らの目的の達成の助けとなる、あらゆる手だてを積極的に、かつ根気よく開発および適用するために用いられます。自分たち[の計画実現]を阻む3つの主要な難点がスコラ的方法論に基づく哲学、教父の権威ならびに伝統、教会の教導権にあることを認識している彼らは、これらに対して容赦のない戦いを挑むのです。スコラ的哲学と神学とに対し、彼らは嘲笑と軽蔑という武器を用います。彼らにこのような行動をとらせるのが恐れであれ、あるいは無知、もしくはその両方であれ、確実なのは、彼らの心中で新奇なものへの情熱がスコラ学に対する憎悪といつも結びついていること、そして、ある人が近代主義に傾く場合、スコラ的手法に対する嫌悪感を示し始めるのが、その最も確かな印になる、ということです。近代主義者たち、ならびに彼らの信奉者たちが、ピオ九世によって排斥されている次の命題を心に呼び起こしますように。すなわち、「古えのスコラ学の博士たちが神学に取り組む際に用いた手法と原理は、現代のさまざまな必要あるいは科学の進歩にもはや対応することができない」という命題です。彼らは持てる限りの巧知を駆使して伝統の力を弱め、その性格を歪めるよう腐心します。しかるに、カトリック者に対して、何ものも[以下の決定を下した]ニケア第2公会議あるいはコンスタンティノープル第4公会議の権威を取り去ることはできません。すなわち、ニケア第2公会議は「異端者らの不敬な態度にならって教会の伝統を嘲笑し、何か新奇なことがらを案出し(中略)、あるいは悪意または術策によってカトリック教会の正当な伝統の何か一つでも覆そうと大胆にも試みる者たち」を排斥し、そしてコンスタンティノープル公会議は次のように宣言したのでした。「それゆえ、私たちは聖にしていとも栄えある使徒たちによって、また全ての正統な普遍的および地方的公会議によって、さらには神聖なことがらを解釈する者たち、すなわち教会の教父ならびに博士のことごとくによって、聖なる普遍の使徒的教会に伝えられている諸々の原則を保存し、守る[べき]ことを公言する」と。それゆえ、ピオ四世ならびにピオ九世教皇は、信仰宣言において下記の宣誓文を挿入するよう命じたのです。「私は使徒伝来のものである教会の伝統、およびその他教会が定めた儀典ならびに教令をいともかたく認め、受け容れます。」

教父を軽視する近代主義者たち

  近代主義者たちは、伝統に対してそうするのと同様、教会の聖なる教父たちに対しても審判を下します。途方もない大胆さをもって、彼らは「教父たちが、人格の面ではあらゆる崇敬にこの上なく値するとはいえ、歴史と批判学については全く無知だったのであるが、これは教父たちが生きた時代を考慮に入れれば、しかたのないことである」と衆人に説き聞かせるのです。最後に、近代主義者たちは、あらゆる手だてを尽くして教会の教導権自体の権威を減じ、弱めようとします。そのため彼らはその起源、性格、ならびにその諸々の権利を涜聖的に歪曲し、また、教会の敵対者らの中傷をそのまま繰り返して攻撃するのです。近代主義者の徒党のことごとくに、私の前任者が悲痛な心持ちで記した言葉が当てはまります。「真の光であられるキリストの神秘的な花よめに軽蔑と憎悪とをふり向けるために、闇の子らは世人の目前で彼女の顔に愚にもつかない中傷を投げかけ、そして種々の事物や言葉の意味ないしは真意をねじ曲げて、彼女を暗闇と無知との友、光明と科学、進歩の敵という烙印を押すのを常としてきました。」 このようなわけですから、尊敬する兄弟たちよ、近代主義者たちが持てる限りの辛辣さと憎悪を、教会のための戦いを熱心に戦うカトリック者にぶつけてくるのも、何ら不思議なことではありません。近代主義者たちは、ありとあらゆる侮辱をカトリック者に加えますが、ふつう、無知または頑迷さというレッテルを貼るのが彼らの用いる常套手段です。学識と力によって脅威となるような反対者が立ち上がると、彼らはその人の周りに沈黙の策略を張りめぐらして、彼の攻撃の効力をなくしてしまおうとします。カトリック教徒に対してとられるこのような方策の理不尽なところは、自分たちの側につく著述家たちには、感嘆を込めた、とどまるところを知らぬ賞賛を浴びせ、ほとんど毎頁に新奇な思想をにじませる彼らの著作を、声を合わせて歓呼する、という点です。彼ら近代主義者にとって、ある著述家の学識は、彼が古代(から)の事物に対してどれだけ軽率・短絡に非難を浴びせ、また教会の教導権と伝統を覆す努力を為しているかに直接比例して決まるのです。もし彼らの中の誰かが教会による排斥を被るならば、残りの者は善良なカトリック信徒をよそおって当の人の周りに群れ集い、公衆の面前で声を大にして彼を賞賛し、まるで真理のための殉教者でもあるかのように祭り上げます。年若い者たちは、かかる賞賛と讒言(ざんげん)の叫び声に刺激されたり、困惑させられたりして、ある者は無学の烙印を押されることを恐れて、またある者は学のある人の仲間入りをする熱望に駆られて、───そしてこの両者は共に好奇心と傲慢にせきたてられて───往々にして近代主義に屈し、身を委ねてしまうのです。

近代主義者たちの大胆不敵さ

  43.近代主義者が自分たちの思想を売り込むために用いる数々の術策のいくつかが、こうして出そろいました。新たな賛同者を勝ち取るために、彼らはどれほどの努力を払うことでしょうか!彼らは神学校と大学の教授職に矛先を向け、徐々にそれを有害な思想の座と変えてゆきます。説教台から与える説教の中で、彼らは自分たちの教理を、たとえ、時としてそれとない言い回しを通してであれ、広めます。会議や会合において、彼らは自らの教説をより公然と表明します。彼らはそれを社交的な集いにおいても、他の人々に紹介し、薦めます。彼らは実名あるいは偽名でおびただしい数の書籍、新聞、雑誌を発行し、また時には同一の著者がいろいろな偽名を用いて、注意力を欠いた読者にあたかも多数の著述家が存在するかのような印象を与えようとすることさえあります。要するに、熱烈な精力でもって行動、言論、および著述を通し、ありとあらゆる手段を尽くして自らの目的を果たそうとするのです。しかし、ここからどのような結果が生じたでしょうか。かつては有望で教会のために大きな働きを為し得た数多くの若者が、今や道を誤ってしまっている光景を目の当たりにして、私は嘆かずにはいられません。その上、他の多くの者たちが、先の者たちほどではないのは確かだとしても、やはり毒を帯びた周りの空気を吸ってこれに冒され、カトリック者に相応しからぬ、奔放な考え方、話し方、書き方をしていることも、私の悲しみの種となっています。この種の人々は一般信徒の中に、また聖職者階級の中にも見出され、最も思いがけない場所、すなわち修道会の中にすら存在しています。もし彼らが聖書を扱うとすれば、それは近代主義の諸原理に基づいてであり、歴史を著すなら、注意深く、そして下手に満足を隠そうとしながら、真理全体を述べるためと称して、一見、教会の顔に泥を塗るように思われることを全て明るみに出します。ある種のア・プリオリな観念に基づいて、彼らは能うる限り人々の敬虔な伝統を破壊し、その古さのゆえに、非常な崇敬を払うべき特定の聖遺物への敬意を損なわせています。彼らは自分たちの名が衆人の口にのぼることへの虚しい望みに駆られており、そして万人によって常に言われてきたことを述べたなら、この望みは決して実現しないことを彼らは承知しています。その一方、彼らはこういったこと全てを通じて天主と教会とに事実、奉仕しているのだと信じ込んでいるのかも知れません。しかし実際には、彼らはその両者にただ侮辱と危害のみを加えています。そして、それは彼らの著作そのものによってよりも、むしろ彼らがそれらを著す際の精神によって、また彼らがこのようにして近代主義者たちのもくろみに与えてしまう力づけによってです。

警戒への呼びかけ

  44.これら一連の重大な誤謬、およびそれらの密かなあるいは公然の進展に対して、思い出深い前任者レオ十三世は言葉と行いとをもって果敢に対抗しましたが、それは聖書の研究に関して特にそうでした。しかし、先に見たように、近代主義者たちはこのような武器によっては、易々と[その活動を]阻まれません。強い服従と敬意をよそおい、彼らは同教皇の言葉を自分たちの意味にねじ曲げてしまい、その一方で教皇の行為を、別の者たちに対して向けられたものだと述べ立てます。このようにして、害悪が日に日に増大してゆきます。それゆえ、尊敬する兄弟たちよ、私はこれ以上の遅れを許さず、より有効な手段を適用することを決断するに至ったのです。私は、このいたって重大な事柄において、誰もあなた方がたとえほんのわずかでも警戒心、熱意、あるいは強固さに欠けていた、と言う余地のないように注意するよう、あなた方を励まし、かつ命じます。そしてあなた方に要請し、かつ期待することを、同様に他の全ての霊魂の牧者、全ての教育者、ならびに聖職者の教育を担当する教授、そして特別に修道会の長上に要請し、期待します。


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
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