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洗者聖ヨハネの誕生日の祝日:「多くの人はその子の誕生を喜ぶだろう。その子は主のみ前に偉大な人であり、ぶどう酒と酔う物とをのまない。母の胎内から聖霊にみたされる。」

2022年08月02日 | お説教・霊的講話

2022年6月25日(土)洗者聖ヨハネの誕生のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父説教(修道院)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

6月24日が本来の洗者聖ヨハネの祝日、聖ヨハネの誕生日の祝日です。しかし今年はちょうどその日は、イエズス様の聖心の大祝日になったので、洗者聖ヨハネはその場所をイエズス様の聖心に譲って、今日25日に、洗者聖ヨハネの祝日、誕生日を祝っています。

皆様もご存知の通り、公教会で誕生日を祝う聖人は三人だけです。皆、罪が無い御方として生まれてきた方です。イエズス様、マリア様、そして洗者聖ヨハネです。その他の聖人たちは、どれほど聖なる方であっても、亡くなった、天に生まれた日をお祝いします。

⑴洗者聖ヨハネは、では一体どのように生まれてきたのでしょうか?
⑵では今日のその誕生日に、洗者聖ヨハネは私たちに何を教えているでしょうか?
この二つを簡単に黙想しましょう。

⑴すでに時は満ちていました。救世主が、約束されたメシアが生まれる日が来ていました。
その時に、ザカリア、レビ族の司祭、アーロンの子孫、そしてザカリアは非常に高貴な生まれで、神殿で勤めを奉仕していました。その妻はエリザベト(エリザベトもアーロンの子孫でした)、両者とも非常に聖なる方々で、敬虔で、天主の前の道をまっすぐ歩み、一つも掟を軽んじたり、祈りを軽んじたりすることがない方でした。愛徳も積んでいる方ですが、しかしエリザベトには、年を取ったにも関わらず、子供がありませんでした。女性にとって子供がいないということは、メシアの母となることができないということで、大きな恥辱でした。

こうやって年を取って老年となったザカリアは、その日、慣例どおり籤をひき、神殿に行って香を焚いて、祈りを捧げることになっていました。ザカリアが神殿でお祈りをしていると、突然、大天使聖ガブリエルが現れました。ザカリアはそれを見てうろたえおそれます。天使は「おそれるな、ザカリア、お前の妻エリザベトは子を産むであろうから、その子にヨハネという名前を付けよ。あなたはよろこび、楽しみ、多くの人は、その子の誕生を喜ぶだろう。その子は、主のみ前に偉大な人であり、ぶどう酒と酔う物とをのまない。母の胎内から聖霊にみたされ、イスラエルの多くの子らを、天主なる主に立ちかえらせ、エリアの精神と力とをもって主に先だつ人である。」
ザカリアは信じようとしませんでした。主から送られて下さった天使に反論します。
「どういうことから、私はそれを知ることができましょうか?一体、何でそんなことが起こるのでしょうか。妻はもう年を取って、もう子供を産むことはできません。」あたかも、冗談はおよし下さい、とでも言いたかったかのようです。

大天使はザカリアに「私は、天主の御前に立つ大天使ガブリエルである。私は主からのメッセージをお前に告げに来たのに、お前は信じなかったから、口がきけなくなるだろう」と言って、姿を消します。ザカリアはそれ以後、口をきくことができませんでした。神殿から戻ってみると、口がきけなくなってしまったザカリアを見て、皆が驚きました。「一体、何があったのだろうか!?かれは聖所の中でまぼろしを見たのだろう。」

すると、ちょうどそのころに、ザカリアの妻エリザベトは身ごもります。そしてその身ごもった後にエリザベトは月みちて今日、男の子を生みます。今日、洗者聖ヨハネが生まれるのです。

この誕生から3か月前、洗者聖ヨハネが、聖エリザベトの胎内にいた時に、何があったかというと、実は大天使聖ガブリエルが、ザカリアにお告げを告げた六ヶ月の後に、マリア様に現れて、マリア様にもお告げをしていました。マリア様には、子供を産むことだろう、救い主が産まれる、救い主の母になるということを言いました。マリア様はそれを聞いた時に、「一体、男を知らないのに何故そのようなことが可能であるか?」ということを聞くと、すると大天使ガブリエルは、聖霊の力によって、それが可能になる。エリザベトも子供を身ごもった。主の御言葉には不可能なことがないと断言します。そしてその時にマリア様は、「はい」と答えると同時に、聖エリザベトの元に駆けつけて、そして老婦の聖エリザベトのお世話をします。

マリア様が聖エリザベトを訪問した、挨拶の言葉をした時に、胎内にいた私たちの主は、エリザベトの胎内にいた洗者聖ヨハネの原罪を赦して、そして聖寵に洗者聖ヨハネを満たしたのでした。これは皆さんもよくご存知の通りです。ですから、洗者聖ヨハネがお生まれになった時には、罪無くお生まれになりました。

ところでユダヤでは、自分の祖先の名前を子供に付けるという習慣がありました。ですから例えば、ザカリアの子供はやはりザカリアであったり、あるいは祖先の名前を取ります。聖エリザベトはある日、その洗者聖ヨハネに「何という名前を付けるか?」生まれてから八日後、名前を聞かれると、「ヨハネという名前です」と答えました。実はユダヤの習慣によれば、父親が子供の名前をどうしても言わなければなりません。しかしザカリアは口をきく事ができなかったので、その代わりにエリザベトが答えました。

皆は驚いて、「あなたの家族にヨハネという名前はいないじゃないですか?一体なぜ?」
するとザカリアはその時に、聞かれた時に、「この子の名前はヨハネだ」と書いて、そしてその時に、口のもつれが解けて、話せるようになりました。


⑵では第二に、お生まれになった後に、一体この洗者聖ヨハネはどのような生活をしたのでしょうか?

非常に幼い時から、苦業の生活をしました。全く罪が無くて生まれたにも関わらず、一生涯を荒れ野で、祈りと断食と犠牲の生活をしました。ラクダの衣を着て、イナゴを食べて密を食べて、厳しい生活をしました。

では、私たちに洗者聖ヨハネは何を教えているでしょうか?

洗者ヨハネは私たちに、イエズス・キリストから罪を赦された私たちは、そのイエズス様に感謝する為に、主に感謝する為に、主の道を歩まなければならない、罪のない生活を送らなければならない、そしてその為に祈りと犠牲を捧げなければならないことを教えています。

マリア様にお祈り致しましょう。私たちもイエズス様の聖心によって洗礼の秘跡を受けて、罪を赦され、そして洗者聖ヨハネよりも更に大きな御恵みである御聖体を受けて、七つの秘跡を受けた身となりましたので、たとえ洗者聖ヨハネのような厳しい生活はできなくても、祈りと償いの生活を送ることができる御恵みを乞い求めましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

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