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津和野殉教者が知られ、この取次ぎを祈りながら2018年を過ごすことができますように! 聖ピオ十世会日本の「聖伝典礼カレンダー2018年版」

2017年11月19日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖ピオ十世会日本が制作している「聖伝典礼カレンダー」は、毎年12月に皆様が入手することができるように準備しております。

 東京や大阪での聖伝のミサの会場や聖堂で配布しております。毎年このカレンダーを作るために多くの時間を割いてくださる方々に深く感謝したいと思います。

 聖伝のミサに与られていなくともこれを手にされた方々からは、その内容とても良いとお褒めの言葉を頂いております。時々、もっと欲しいともご希望を頂いたこともありましたが、全てに答えることができなかったこともあります。

 中にはこのカレンダーのことをご存じない方々も多くおられると思い、この典礼暦の存在をお知らせいたします。

 特徴は、1962年の聖伝のミサの典例法規に従った典礼暦であり、ベネディクト十六世教皇様が言われたとおり、教会が過去愛してきたものを現在の私たちも愛し続けるべきだという呼びかけに答えるものです。

 新しいミサの暦は、エキュメニズムのために作られたので、カトリックのカトリックらしいところが取り除かれています。

 聖ピオ十世会日本が制作している「聖伝典礼カレンダー」には、更に毎年のテーマを定めて、見て美しいだけでなくカトリック信仰生活の糧となるように、工夫されています。

2016年は、聖ピオ十世会が秋田巡礼10周年を記念して、長崎にも巡礼を行いました。高山右近の帰天400周年の翌年であったこと、信徒発見150周年の翌年でもあったので、日本の尊い殉教者を特集に組みました。

心を込めてカレンダーを作成してくださった方々のご厚意で、PDFファイルを公開させていただく許可をいただきました。ダウンロードをすることができます。

「聖ピオ十世会日本 聖伝典礼カレンダー 2016年 日本の殉教者たち」

今年のカレンダーは、2017年がファチマ100周年でしたので、ファチマの聖母について毎月黙想できるように念入りに作られています。ファチマの聖母の画像も特別のものが使われています。このPDFファイルも、制作してくださった方々のご厚意で公開させていただく許可をいただきました。ダウンロードをすることができます。

「聖ピオ十世会日本 聖伝典礼カレンダー 2017年 ファチマ100周年」

2018年版の典礼カレンダーは、今、制作最終の段階です。12月に愛する兄弟姉妹の皆様の手元に届くことができるように制作とチェックとをしています。

来年のテーマは、津和野の殉教者です。何故なら、2018年から数えると150年前の1868年からはじまって、1872年までの間に、日本の津和野というところで尊い殉教があったからです。

250年以上の血まみれで残酷なキリシタン迫害を生き抜いた長崎浦上の信徒たちは、「浦上四番崩れ」という弾圧によって、津和野に流刑されてきました。津和野には、1868年6月に28名のキリシタンたちが送られました。

なぜ津和野かというと、当時、津和野では神道研究が盛んだったので、神道による教化、改宗を試みようとしたからです。神道による教化や改宗の試みは、拷問による棄教の強要と化しました。

凍てつく寒い冬に凍った池に裸で投げ込まれたり、裸のままで雪の中の三尺牢に入れられたり、信徒は虐待を受けました。しかし、そのような信徒にマリア様が現れ、慰め、励ましてくださいました。

ファチマのマリア様は聖母の汚れなき御心への信心をするように望まれました。もし人が聖母の要求を聞くなら、ロシアは回心し平和がやってくるでしょう。さもなければロシアはその誤謬を世界中に広め、戦争と教会に対する迫害とをもって挑発するでしょう。多くの善良なものが殉教し、教皇様は多く苦しまねばならないでしょう。無くなってしまう国々もあるでしょう。

津和野殉教者が、愛する兄弟姉妹の皆様によって知られ、私たちがこの殉教者たちの取次ぎを祈りながら、2018年を過ごすことができますように! できるだけ多くの方々に津和野の精神が浸透することができますように! ファチマのマリア様が、厳しい時代がありうることを警告しているからです。私たちが「旅」にでた浦上の信徒たちの精神を持つことができるように、多くの方々にこのカレンダーを使っていただきたいと願っています。

そこで、今回、印刷の前に、少なくともこのブログをご覧になっている方々にこのカレンダーのことをお知らせしなけらばならない、と強く思いました。2018年に私たちがどうしても必要とする殉教者たちだからです。日本では、津和野殉教者の列福列聖運動が始まっているように、日本の信徒が緊急に必要としている存在だからです。

ですから、より多くの方々の手に届くように皆様のご協力をお願い致します。何部印刷するべきかをあらかじめ知る都合上、ご希望の冊数を知りたいと思っております。そこで2018年のカレンダーについては、特別にご注文を受け付けることにしました。

印刷会社が今年も値段をそのまま維持してくだされば、非常に良い紙とカラー印刷で、一部800円で提供できます。

たとえ東京や大阪のミサに来ることができない方でも郵送で発送することもできます。郵便局のレターパックなら、3冊くらいまでなら 送料=全国一律360円でおおくりすることができそうです。
4冊以上は 送料=全国一律510円で、追跡番号もありますので届くまで安心です。

「聖ピオ十世会日本 聖伝典礼カレンダー 2018年 津和野の殉教者たち」

ご注文は、このブログのメッセージを送る機能を使ってください。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


2017年聖母小黙想会【5】 8月12日「マリア様の御姿、その光の中の天主」を黙想する

2017年11月19日 | お説教・霊的講話
聖母小黙想会【その5】 2017年8月12日(土)
小野田神父様霊的講話 [3]
「あなた様はどこから来られたのですか?」「私は天からの者です。」

では、ファチマのマリア様が私たちに、「天国から来た」という事を仰って下さったので、そのマリア様の声をよく聞く事にします。

ルルドでも聖ベルナデッタが、パリでもカタリナ・ラブレが、ラサレットでもメラニーとマキシムがマリア様を見たのですけれども、非常に美しくて、イエズス様と同じように今、天国で、肉体と霊魂をもって、復活体をもって天に上げられたマリア様が、もう一度天から降りて来られた、その御姿でした。

共通して、ファチマでもそうでしたけれども共通して、マリア様が非常に若い少女として、高校生くらいの御姿で現れました。ルチアによると、「15、6歳の女の子だった、少女のように現れた。」驚くべきほどの若さで現れます。マリア様が天主の御母となった時もやはり、15、6歳の時でしたので、また、天主の愛される永遠の娘でもあるので、非常に若々しく、そして美しくお現れになります。ここにいらっしゃる方の一人がニュージーランドに行った時の、まだ高校生くらいの写真を見ると、幼い、あどけない顔をしているのを思い出しますけれども、マリア様は非常に若い姿で現れました。

ルチアによると、マリア様は非常に背が小さくて、ルルドもベルナデッタによると、「背が小さかった。」おそらくこんなに小さな若いマリア様によって、悪魔が投げ倒されるのは非常に屈辱だった、それほどの小さな小柄な方でした。するとこの地上での偉大さという事は、見かけではあまり分からない、という事が分かります。

マリア様は子供たちの近くに、非常に近くに現れました。樫の木の上で、すぐ近くでお現れて、ルチアは言います、「私たちはマリア様のすぐ近くにいたので、マリア様を囲んでいる光が、私たちはその中に入っていました。ほんの1メートルかそこらの距離しかなかった」と言っています。そして「マリア様のお声はとってもソフトで、快かった。」 ますますマリア様の近くに行きたいと思わせるような現存でした。

マリア様は私たちの近くに来たいと思っています。

そしてマリア様は太陽よりも輝いていました。「私は天からの者です。」 栄光体、復活した栄光のある体は、光を輝かして、そしてどこでも壁をも貫かして移動する事ができるし、瞬時に移動する事ができるし、そして苦しむ事も、悲しむ事も、死ぬ事もない、その御体で現れました。

マリア様は仰います、「恐れないで。私はあなた方に害を加えませんから。」

「あなた様はどこから来られたのですか?」
「私は天からの者です。」

「あなた様は私が何をする事を望みですか?」
「これから続けて6ヶ月間、13日に、同じ時間にここに来る事を求める為に来ました。後に私が誰であり、何を望んでいるかを言いましょう。後になって7度目にもここに戻って来るでしょう。」

「私は天国に行けますか?」
「はい、行けます。」

「ではジャシンタは?」
「彼女も行けます。」

「フランシスコは?」
「彼も天国に行くでしょう。しかし彼はロザリオをたくさん唱えなければならないでしょう。」

それからルチアは聞きます、「マリア・ダス・ネヴェスは天国にいますか?」
「はい、います。」

「では、アメリアは?」
「彼女は世の終わりまで煉獄にいるでしょう。」

するとマリア様は、天国に行く為の方法を教えて下さいます。今日のこの今の講話では、光の中に包まれて、マリア様のすぐ近くに行って、その美しいマリア様の御姿と、極みのないその御声によって私たちに、「天国に行くにはどうやったら良いか、その天国に行く手段はどうするのか」そのそれを教えて下さるので、それをよく聞いて下さい。

この「アメリアが世の終わりまで煉獄にいる」という事を聞いた後に、マリア様はこう尋ねるのです、これが天国に行く為の道だという事です。

「あなたは、天主に背く罪の償いと、罪人たちの回心への懇願の行いとして、喜んであなた自身を天主に捧げ、天主があなたにお与えになる全ての苦しみを耐え忍びますか?」

ルチアは答えます、「はい、望みます。」

「それでは、あなたは多くを苦しむ事になるでしょう。しかし天主の恩寵があなたの慰めとなるでしょう。」

今日この今、今日はここのマリア様の質問を黙想する事に致しましょう。

ルルドでもベルナデッタに言いました、「私はこの世では幸せを約束しませんが、来世では約束します。」

ファチマでも同じ事を聞きます、「あなたは、天主に背く罪の償いの為、もう1つは罪人たちの回心の懇願として、罪の償いと罪人の回心、この2つの為に、喜んで自分自身を天主に捧げ、天主があなたにお与えになる全ての苦しみを耐え忍びますか?」と尋ねました。

すでに1年前天使から、「特に、天主様があなたにお送りになる苦しみを喜んで受け入れて、耐え忍びなさい」という事を言っていましたけれども、マリア様はその事をもう一度尋ねます。でも今回ははっきりと意向を与えます、「罪の償いの為、また罪人の回心の為、捧げますか?」

マリア様は、罪人の回心の為、罪の償いの為に、子供たちに「ミサに与りなさい」とか、あるいは「断食をしなさい」とか、あるいは何か、何か特別な事をするようにと聞いたのではなくて、「天主がお与えになる全ての苦しみを受け入れて、耐え忍びますか?」と聞きました。「喜んで自分自身を天主に捧げて、天主の送る苦しみを耐え忍びますか?」

そこでマリア様は、この「何よりも、この天主から与えられる苦しみを受け入れる、天主に捧げるという事が、一番価値のあるものである」という事を教えています。

天主に対して犯される罪の償いの為に、天主を愛するが為に、そして隣人の回心の為に、隣人愛の為に、天主が与える十字架を受け入れる事ができるか?

すると子供たちは言います、「はい、できます。そうします。」するとマリア様は「それじゃあ」と言って、「たくさん苦しまなければならないでしょう」と答えます。でも同時に、「でも天主様のお恵みは、あなたたちの慰めとなるでしょう」と励まして下さいます。

そしてこの時にマリア様は手を広げて、子供たちが天主である光の中に、天主の中にいるという事を、天主の現存の中に生きているという事をまじまじと見せました。非常に強い光線が子供たちを照らし出します。この光線が天主の光であるという事を、マリア様から来る天主の光である事をよく理解していました。

そのあまりにも「天主様の中にある」という事を強く感じたので、すぐに子供たちは跪いてこうお祈りします、「いとも聖なる三位一体よ、至聖なる三位一体よ、我御身を讃美し、いとも祝せられた聖体の秘跡において御身を愛し奉る」という祈りを繰り返しました。
天主様の聖寵は、私たちの慰めとなるでしょう。

後にフランシスコは言います、「あぁ、天使を見るのはすごく好きだ」と。「天使はとっても美しい。」「でもマリア様を見るのはもっと好きだ。」「でも僕が一番好きなのは、マリア様から来る光の中にある天主を見る事だ。私たちの心に貫く天主を見る事だ。あぁ、私は天主様が大好きだ。」天主の光の中にいる自分を見て、もう我を忘れてフランシスコは、天主を愛する事、礼拝する事だけを考えていました。

この天主の光の中に満たされているのを見た後に、3人の人生は、天主に対する愛の人生になりました。天主の現存の中に生きている、天主を喜ばせる事だけを望む人生となっていきました。

マリア様は、罪の償いと罪人の回心の為に、次になすべき事を教えてくれます。こうやって光の中に子供たちがいるのを見せて、しばらくしてこう語られるのです、「世界の平和と、戦争が終結するように、毎日ロザリオの祈りを唱えなさい。」

「祈り。特にロザリオの祈りを毎日唱えるという事は、とても天国に行く為に必要な手段である」という事を教えています。犠牲と苦しみを、送られた犠牲と苦しみを捧げるというのと同時に、その次に祈りを捧げる事。天使が教えてくれた射祷、「わが天主よ、われ信じ、礼拝し、希望し、御身を愛し奉る。」この祈りと、ロザリオの祈り。

こうやって3人の子供たちは、霊的生活をマリア様から学ぶ事になります。

どうぞ私たちも光の中に、マリア様の両手から出される光の中に浸り込む事に致しましょう。私たちの黙想会は、新しい事を、新しい知識を何か知るというよりは、むしろそれを味わって、本当に今、マリア様が私たちを愛で包んで下さっている、天主が私たちをお恵みと聖寵と愛で憐れみで、私たちを取り囲んで下さっている、という事をよく理解して、それを味わう事にあります。

今日私たちは祈りと犠牲を捧げる為に、今日集まって来ました。では今から30分間ほどお祈りを致しましょう。

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
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