tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

愛は奇跡(9)

2007-02-13 20:32:15 | 日記
彼女は高速で、暗く深い水中へ潜っていく途中だった。ピピンもまた、幾度となく同じ経験をしていることから、彼は、潜っていく彼女の心の動きが理解できていた。潜っていくと、ウェット・スーツは水圧で肌に張り付いてくる。耳を襲う非常な痛み。目標に向かって彼女を引っ張っていく100kgの錘をつけたスレッドの力。彼女の肺をオレンジのサイズまで圧縮する1.82MPa(18気圧)の水圧。彼女の心拍は、この時、1分間に20回程度まで低下する。この時点で、彼女は窒素酔いを避けるため、簡単な問題を自問自答するはずだ。ピピンは、ケーブルにつかまり、水面に浮きながら想像していた。彼女の体は酸素を充分蓄え、エネルギーに満ちた充足感に満ちているだろうと。一方、ピピンは、彼女が3日前に行われた練習で170mまで潜っていることから、記録はほとんど確実であろうと安心感に満ち溢れていた。彼はストップウォッチを握り締め、事の進行を見つめた。ちょうどその時、ケーブルにうなりが起こった。水面のケーブルが飛び跳ねたのだ。彼はストップウォッチを確認した。1分40秒だった。なんと、彼女は予定よりも14秒も早くラインの一番下にたどり着いたのだ。彼女は練習の時よりもいいタイムで潜行していた。
そして、カルロスが<2分>と叫ぶ。
彼女は浮上しつつあった。あと60秒で光り輝く水上へ浮上するはずだ。ピピンはマスク越しに水中を覗き込んだ。彼女の浮上にともなって、たくさんの気泡が昇ってくるのが見られるはずだった。しかし、薄暗闇を貫く頭上からの光の筋が見えただけだった。

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