少しだけ空いていた窓から、オレはその家に侵入した。音を立てずに、部屋の中に踏み入った。いつもながら、自分の手際よさに感心する。しんと静まり返った住宅街。星が落ちてきそうなそんな夜だった。深夜のこの時間に家の前の人通りは全くない。時々遠くで犬の鳴き声がするのが、かえって静けさをきわだたせている。
オレは暗がりに目が慣れるまで、押し入った部屋の中でしばらくじっとしていた。部屋のドアは半開きで、廊下の向こうに見える小さな光によってその部屋の中はかすかに照らされていた。廊下を挟んで向こう側の部屋から、テレビの音が聞こえている。映画でも放映しているのだろうか、テレビコマーシャルの音声が切り替わって、アメリカのホームドラマなどでよく使われるような観客の笑い声が漏れて聞こえてくる。廊下に人の気配がないことを確かめて、オレは身をかがめ、忍び足で歩きだした。もともと忍び足は得意だ。そういうふうに生まれてきた。冷たいフローリングの床に、かすかにぺたぺたはだしの足音が鳴る。 そのまま、オレは廊下にでる。廊下の突き当たりが玄関。南側に当る玄関の反対側には、はめ殺しの大きな窓があってぶ厚いカーテンが降りていた。階段の向こう側はトイレだ。そして、その反対側が洗面所。だれかがバスルームを使っているのだろう。灯りのともった洗面所から水音が聞こえてくる。
オレは階段まで足を進めると、階段のステップに静かに足を乗せた。
オレたちプロは、常に逃走経路を用意する。だから、逃げ場のない階段は最大の難所だ。ここで見つかったら、絶体絶命、どこにも逃げられない。オレは、細心の注意を払って、音を立てないように階段をしのび足で駆け上った。・・・2段3段・・・6段7段。踊り場について一息入れる。さあ、問題の階段はあと4段。何とか気づかれずに階段をクリアできそうだ。再び、注意を払って・・・2段3段・・・。2階の廊下に一気にたどり着いたところで、勢い余って足を滑らせ、壁に衝突してしまった。
しまった!・・・・・・。ぶつかった時の音が、オレの耳にはっきりと響いた。2階にいる誰かに、オレの存在を悟られたかもしれない。
しかし、どこからも反応はない。1階からは、なおもテレビの深夜放送の映画の音声が漏れて聞こえるし、2階の部屋からは誰も出てくる気配がない。オレは、ほっと胸をなでおろした。ここまで、何とか来れた。あと、もう一息だ。オレは緊張を緩めることなく、2階の部屋のドアに向かって歩を進めた。
(明日へ続く)
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