モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

「セージ」と「ハーブ」を愉しむ本

2009-01-31 12:45:32 | セージ&サルビア
わずか4冊で1年が楽しめる本
セージ、またの名をサルビアを愉しむための2冊の本を紹介する。
どちらかといえば栽培者向けで鑑賞者用ではない。

1冊は日本語、もう1冊は英語版となる。
何処が違うかといえば、英語版のほうが収録しているセージの数が多いのでマニア向けとなる。

セージはハーブの中の一ジャンルになるので、最後にハーブの本2冊を紹介する。
1冊は、散歩で持ち歩き園芸店などでチェックするためのもの、
もう1冊は、自宅に置きハーブを愉しむためのガイドとなる。

この4冊があればあとはいらない。といっても良さそうだ。
どうせそんなに読めないので、何か1冊に絞り、書き込みをして充実させていく方が楽しみが倍加する。
料理の本も同じかもわからない。使い込んでボロボロになれる本が実用書として役に立った証と思う。


◎『よくわかる栽培12ヶ月 サルビア』
西川 綾子著 NHK趣味の園芸 ¥950
・主要なセージの育て方がわかる
・今何をすればよいかが大体わかる
・園芸の基礎がなくても大丈夫で日本の中では優れた1冊。


『The New Book of SALVIAS』
Betsy Clebsch著、Timber Press出版 $19.95
内容などはこちらを参照
・西川さんの本を卒業したマニアユース
・セージの専門書はあまり見かけないが、この本は収録されているセージの数が多いのが魅力。(200以上はあるのでは?)
・著者との気候格差があるので、ここは注意する必要がありそうだ。

昨年9月頃に2007年バージョンを注文したが、今年の1月になっても届かなかったので1月中旬にキャンセルした。その日にアマゾンを検索し新しいバージョンがあったので注文したら翌日届きました。一体これは何だ?というつまらない経験をしました。
円高なので、配送料コミで2000円を切りました。今は海外商品のお買い得ですね。


参考として、ハーブの本を


◎『ハーブ』
亀田 龍吉著 山と渓谷社 ¥1000
・コンパクトにハーブが数多く収められている。これが一番役に立った。
・外出の時に持ち歩けるので、庭にあるもの、欲しいものなどをチェックしておくと同じものを何度も買わないですむ。(私だけでしょうか?)
・花を愉しむだけでなくこのガイドを見るとその先にいざなうものがあり疑問という脳を活性化させるものがでてくる。


『ハーブ スパイス館』
小学館出版 ¥3990
・ヤマケイのハーブを補う本。
・自宅で趣味的に眺められるし、生活百科としての実用価値もある。
・料理、クラフト、香りの愉しみ方などが記載されている。
・ヤマケイのハーブで物足りなくなった方用。
・この領域は数多く様々な本が出ているので、無駄な本を買いがちですが、この1冊があれば十分です。


いつの間にか積んどくだけの本が増えてしまいましたが、役に立った本の紹介です。
◎は特にお奨めです。昨年は出版不況でつぶれる出版社も出てきました。インターネットが便利になり、無料で手に入る情報が多くなったのでその影響もありますが、書き込んで自分のオリジナルを作れる本は生涯の友となれるはずです。

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根津にあるフランス料理の店 『 Restaurant RISAKI 』

2009-01-30 09:11:19 | グルメ

根津に隠れ家的なフレンチレストランを見つけた。
ここのサラダは抜群にうまい。
野菜に目がない味のわかる人は一度食べてもらいたいほどのものだ。

後で調べてみたら、フランスの三ツ星レストランで修行し、銀座のホテル西洋で料理長を勤めた理崎克巳さんがオーナーシェフの店のようだ。
やはり、野菜にはこだわっていて長野県安曇野市の農家が栽培している有機野菜を仕入れているという。

根津というこんな下町で只者ではないと思ったが、実績と実力があるシェフの店だった。


このレストランは、千代田線根津駅(新御茶ノ水より出口)から徒歩3分。
串揚げで知られた古い日本家屋の『はん亭』の脇を通り、うまいうどんが食べれる『釜竹(かまちく)』に向かう途中にある。

淡いピンクとベージュ色の気になる外装のレストランがそこにあった。
気になってから1年ぐらい過ぎてしまった。これまでは、バターリッチすぎるので敬遠してきたが、そうでない店が結構あることに最近になって気づきだめもとで入ってみた。

一見の店は、最低のところからチェックするのが常で、1700円の一番安いコースを頼んだ。サラダ、メインが肉か魚、パン、食後にコーヒーか紅茶のコースだ。
エビスビールにするかグラスワインにするか迷ったが、赤ワインを飲むことにし、メインはキジの焼いたものを選んだ。

(写真)感激のサラダ


最初のサラダを食べて驚いた。
うまい~。こんなうまいサラダは初めてに近い。
控えめのドレッシングが鮮度の良い野菜の味を際立たせ、シャキシャキとした食感、最後に塩味がうまみを引き出していた。この塩も美味しい。

かたゆでされたインゲン・ブロッコリーのカリカリ・シャキシャキ感、ミニトマトの甘さ、固ゆでされたオクラのぬるっとした感じ、葉ものはサニーレタス、トレビッツ、ピリッとした苦味のカイワレダイコンなど歯ごたえも味も何と豊かのだろう。
数えただけで7種類。もっとあるかもわからないが、この一品で結構満足した。

(写真)メインのキジ料理


キジ料理もなかなかだった。付けあわせのサツマイモ、ナス、芽キャベツ、ニンジンなどの組み合わせもよく、見た目以上のボリュームがあり満足のいくメインだった。
素材を生かしたフレンチというのもフレンチらしくないがなかなかいい。

Restaurant RISAKI
文京区根津2-10-2 ボン・ヴォワール1F
TEL 03-3822-0336
ランチ:11:30-14:00 ディナー:17:30-21:00(ラストオーダー) 月曜定休日

この日の2軒目は、銀座でメチャうまいハイボールを飲んだ。
不味くて頭痛がすると思っていたハイボール。この概念が変わった。
ウィスキーのソーダ割りをハイボールといっているが、これでは美味しくないはずだ。
何か秘密がありそうなので、しばらく通ってヒントを手に入れたならば紹介しようかな?

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ローズマリー・ディープブルー(Rosmary "Deep Blue")の花

2009-01-27 09:26:37 | ローズマリー&ラベンダー

(写真)ローズマリーディープブルーの花


ローズマリー・ディープブルーの花が咲き始めた。
ローズマリーは気まぐれなところがあり、なかなか咲かない場合がある。
この花も久しぶりに咲いたという感じがする。

ローズマリーの中では、 「モーツアルトブルー」が最も鮮やかな青色の花を咲かせるが、
この「ディープブルー」の方が青色が濃いようだ。

ローズマリーの花びらは、上が二枚で下に3枚あり、その真ん中の花びらに昆虫達が乗ると長い雄しべと短い雌しべが昆虫の背中に降りてきて花粉をつける仕掛けになっているが、見較べてみると、品種での違いがだいぶありそうだ。

「モーツアルトブルー」は、均整が取れた形をしていてシャープな感じがするが
「ディープブルー」は、やや太めのずんぐりむっくりしたところがあり雪だるまの体型みたいだ。そして、航空母艦の甲板に飛行機の着陸を誘導するようなブルーのラインが蜜のあり場所に鮮明に誘導している。

(写真)これは“モーツアルトブルー”の花です


この2年間を振り返ってみると、ラベンダーからローズマリーに軸足を移している。
両方とも日本の高温多湿の夏が苦手で、一昨年の暑い夏にラベンダーが相当なダメージを受けてしまった。
それ以来、ラベンダーを増やすのを止めローズマリーにシフトした。

ローズマリーは成長が遅く、開花も完全ではないが、ある程度耐寒性もあり夏にも耐えている。
そして、葉に触れたときに手に残る香りが素晴らしい。
さらに花が少ないこの時期に咲いてくれるのもうれしい。
さらにさらにだが、ローズマリーには老化予防効果があるのも後押しいている。

ローズマリー・ディープブルー(Rosmary"Deep Blue")
・シソ科マンネンロウ属の耐寒性が強い常緑小低木で半匍匐性。
・学名は、Rosmarinus officinalis ‘Deep Blue’。属名のRosmarinusは、ラテン語で「海のしずく」という意味で、海岸近くに咲きそのブルーがしずくに見えるところからつけられた。
・原産地は地中海地方。乾燥したアルカリ性土壌を好む。
・耐寒性は-10℃までと強い、耐暑性もあり。
・草丈は20~60cmの立ち性。
・肉厚で濃い緑色の小さく短い葉。
・開花期は、秋から春と6~7月。冬場の花として貴重。成長が遅いので苗から開花まで2~3年かかることもある。
・濃い青紫の花色は、名前のとおり深いブルー。咲き終わった花がらを取り除くと長期間咲く。
・乾燥気味に育て、湿気がない風通しの良いところで育てる。
・花が終わった頃に軽く剪定し形を整える。
・植え込み・植え替え時には苦土石灰を土に混ぜ込んであげる。
・薬用や香料用、料理用に広く利用され、若返りや、老化防止、脳の活性化に効能がある。
・ローズマリーが日本に伝わったのは、江戸時代末の文政年間(1818~1830)に渡来したという。



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植物の知恵と戦略 ① フクジュソウのニッチな生き方

2009-01-25 09:01:35 | 植物の知恵と戦略

今年から、気になっていた不思議な植物の生き方をテーマとして取り上げていこうと思う。年間で20テーマも取り上げられたら上出来と考えているがはたしてどうなるだろうか?

第一回は、 『フクジュソウの光を集める花とその生き方』

(写真)パラボラアンテナのようなフクジュソウの花


フクジュソウの花は、黄金色に輝いている。
陽がさすと花びらが開き、太陽を追いかけて動く。そして陰ると閉じる。
花の形は、深皿のようだがよく見るとパラボナアンテナのようでもある。
ここに、フクジュソウの知恵があった。

フクジュソウの生態は面白いということを以前ふれた。 (興味があればこちらを)

簡単にまとめると、フクジュソウはこんな特徴を持っている。
1.落葉する広葉樹林の南東の斜面に自生する。(落葉するので陽がさしやすい立地戦略)
2.雪が消える頃に雪を割り地上に顔を出し花を咲かせる。(競争が少ない時期を選択)
3.花は陽の光を受け開き、陰ると閉じる。また花は陽の光を追いかけて動く。(悪環境に適したオペレーションの仕組み)
4.花が咲いてから茎と葉を伸ばし、日光を一杯に受け光合成で根に養分を蓄積する。(受粉を優先しその次に自分の生存)
5.この間2-3ヶ月ぐらいで、他の植物が葉を出す頃には日陰に埋没するので、地上部が枯れて地下で冬眠に入る。(無駄なエネルギーを使わない省エネ生存)

わずか2-3ヶ月しか地上に顔を出さないで生存している植物があること自体不思議だが、これがフクジュソウが生存してきた生き方で、この限られた時間・立地。競争環境を最大限に生かす仕組み出来上がっていたから驚く。

生物の究極的な目的は、自分の遺伝子を数多くばらまき種の生存を高めるところにあるという。イギリスの動物行動学者ドーキンス(Richard Dawkins 1941-)は、『THE SELFISH GENE(生物=生存機械論)』という著書で“生物は遺伝子の乗り物だ”とまで言い切っているが、個体は死亡しても遺伝子は受け継がれていくので、なるほど一理ありと思う。

植物にとって、“受粉”が遺伝子をばらまく重要なイベントとなる。
フクジュソウは、虫媒花であり虫を集めてその身体についた花粉を受精しタネを作るだけでなく、自分の花粉を虫に手助けしてもらいばらまく。

虫を引き寄せるために、普通は蜜を作り花粉を食糧として提供したりしているが、フクジュソウは蜜を作らない。
なぜかという理由はわからないが、蜜を作るということはエネルギー多消費型で割が合わないのだろう。この蜜を作ったタイプは淘汰されて現在のタイプが生き残ったのかもわからない。(あくまでもこの説は推測です。)

黄金色に輝くフクジュソウの花びらは、光を反射しやすい色彩とパラボラアンテナ状の形で、花の中央部に太陽光を集める働きをしているという。
外気と5~6℃違うというので、花の中は別世界を提供することになり虫たちにとっては暖が取れる。温まった身体は活動的になり花粉をつけた虫たちが飛び廻ることになる。

自分の花粉をつけた虫が飛び廻ってくれることはこの上ない満足なのだろう。
これでめでたしめでたしで終わってもよいが、まだ先があった。
北海道大学の工藤岳准教授の実験では、雌しべが受粉した花を二つのグループに分けその種子の結実を観測した。第一のグループはそのままで、第二のグループからは花びらを取り除いた。

これは、パラボラアンテナのように光を集める働きは、虫を呼ぶためにあるのかそれ以外のことのためにあるのかを実験で観察したのだが、受粉後花びらを切り取ったグループでタネを作ったのは50%だったが、花びらを切り取らなかったグループでは70%がタネを作ったという。
フクジュソウの暖を作り出す仕組みは、虫をひきつけるだけでなく、自分のタネを作り出すのにも一役買っていたという。

“利己主義な遺伝子”
これをドーキンス風に解釈しなおすと次のようになる。
フクジュソウは、虫たちに暖を提供し、食糧としての花粉も提供する。
何と素晴らしいことではないかということで、これを虫たちに彼らの利益を提供するので『利他主義』とするが、この仕組みがうまく機能・循環することはフクジュソウ個体の遺伝子が生き残ることであり素晴らしいほどの『利己主義』なのだ。
ということになる。

遺伝子はわがままで利己主義だ。というのがドーキンスの説だが
フクジュソウの生き残り方は、狭い隙間をぬったニッチな生き方であるが、
他の植物との競争、昆虫との共存などで合理的で効率的な生き方がされている。
地球温暖化と都市化がフクジュソウの生存環境を狭めているが、地球の寒冷化はその生存領域を広げる予感がする。
厳しい環境での生き方として一つのモデルケースとなりそうだ。

いろいろな生き方がないと環境の変化に適応できない。
『植物の知恵と戦略』という今回のテーマでは、そのいろいろな生き方を植物から学んでみようと思う。
ただし、ドーキンスの説を社会学に適用するのは土俵が異なるのでいただけない。
たとえば、株式会社の資本=株も利己的な遺伝子かもわからないが、利他的な行為がない利己主義は循環しないので破綻するはずであり破滅に導く。
昨今の自分だけ生き残ろうとする首切りは、存在している社会を崩壊させるものでもあり、どの社会で生き残ろうとしているのか選択する余地がないはずだ。

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エリカ・ダーレンシス(Erica darleyensis)の花

2009-01-23 11:54:27 | その他のハーブ

エリカはヨーロッパに広く野生化していて、この茂み・原野をヒース(heath)と呼んでいる。
ヒース(heath)は、本来はイギリス北部、アイルランドなどにおける荒れ地のことで、独特の背の低い植物が群生する。また、そのような植物のことを指して呼ぶ場合もあり、この場合は、エリカ属以外に類似した特長を持つカルーナ属、ダボエシア属をも含む。

『嵐が丘』の舞台はこんなエリカ・ヒースしかない厳寒の原野にある館だった。
時代もかわり、いまではヒースガーデンがつくられ、観賞用として独特の景観を生み出している。

ツツジ科エリカ属は700種以上あるというが、その大部分は南アフリカのケープ地方にあり、キュー王立植物園のプラントハンター第一号、フランシス・マッソンが南アフリカ原産のエリカを英国に送り、18世紀後半には英国・フランスなどで人気を博すことになる。ジョゼフィーヌのマルメゾン庭園でも世界のヒースが集められていた。
このエリカまたはヒースを好む感覚はなかなかわかりにくいが、北国のヒースガーデンを見ると納得するものがある。

もう一つの原産地は、地中海沿岸から北ヨーロッパでありここには、14種が生息している。
ヨーロッパ原産のエリカは耐寒性が強く、英国では庭の垣根などに利用されていて、パンジーの品種改良の親となった変種のバイオレットが見つかったのもこのエリカの生垣の下だった。

なにを間違ったか、或いは正解なのかもわからないが、エリカに手を出してしまった。12月頃からミリ単位の小さなつぼみをつけ始め、まだ開花期ではないが薄く赤みが入ったライラック色の花がポッポッと咲き始めた。

(写真)エリカ・ダーレンシスの花


このエリカ・ダーレンシスは、ヴィクトリア時代(1837-1901)の末頃、イギリスのダービーシャーのダーレイデル(Darley Dale)にあるジェイムズスミス・ナーサリー(James Smith Nursery)で発見されたので、地名からダーレンシスと名付けられた。

耐寒性が強いエリカ・カルネア(Erica carnea)と、南欧原産でどんな土壌でも生育するエリカ・エリゲナ(Erica erigena)との自然交雑種とみなされており、丈夫で強いのでいまでは品種改良の基本種となり33種も作出されている。そのうちのどれかに該当するがまだ確定できない。

エリカ・ダーレンシス(Erica darleyensis)
・ツツジ科エリカ属の耐寒性が強い常緑の小潅木。
・学名は、Erica × darleyensis Bean(エリカ・ダーリーエンシスまたはダーレンシス)。属名のエリカは、ギリシャ語のEreiko(裂ける)に由来し、枝が裂けることからついた。
・親の種は、耐寒性が強いエリカ・カルネア(Erica carnea)と、南欧原産でどんな土壌でも生育するエリカ・エリゲナ(Erica erigena)との交雑種で、1890年代にイギリス、ダービーシャー州のダーレー・デイルのJames Smith Nurseryで発見された自然交雑種。
・樹高50-70cmで、枝はよく分岐し葉は小さく一箇所に3-4輪生する。現在の樹高は10cm程度。
・花は、釣鐘状で先端が4裂し開花後も脱落しない。
・開花期は春2-4月で長期間咲き続ける。花色はピンク、ローズ、ホワイトなどがあるがライラックピンクの花が既に咲き始めた。
・開花後の6月頃に軽く剪定する。
・どんな土壌でも育ち成長が速く雑草を抑える働きをする。
・耐寒性は強いが、夏の高温多湿には弱いので半日陰で育てる。冬場は乾燥に注意する。ただし水をやりすぎない。

命名者のビーン(Bean, William Jackson 1863-1947)は、キュー王立植物園の植物学者

(写真)エリカ・ダーレンシスの葉と花

Erica darleyensis, occasionally listed as E. hybrida, originated as a spontaneous cross of E. carnea & E. erigena. Its name darleyensis refers to Darley Dale, a place in Derbyshire, England, where Winter Heath was first grown at the end of the Victorian era in the James Smith Nursery where the first hybrid seedlings appeared.

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タラのソテーと柿の赤ワイン煮

2009-01-21 08:25:43 | 男の料理

タラ、柿、赤ワインという不思議な組み合わせにひかれた。
これは試してみる価値がありそうだ。ということであわててメモをした。

テレビ朝日『食彩の王国』 (土曜日AM10:55~)でフランスワインの旅を何となく見ていたら、
赤ワインを使った和食を、六本木の割烹「小田島」の主人がつくっていた。
その食材が、新鮮なタラ、柿、そして赤ワインという組み合わせであり
どんな味になるのだろうという興味がわいた。

メモっておいて大正解だった。この番組のホームページにはレシピがなかった。
間違っているかもわからないがメモに従って食材を手に入れた。

生のタラは小さく薄い身のものしか売られていない。
柿は福岡の柿で富有柿(ふゆうかき)があり、これは秋に採れたものを冷蔵で保存したものが出回っている。
それに小ネギだが、香りのしっかりした緑ということで大葉を買ったはずだがない。
調理はいたって簡単で、赤ワインとしょうゆのソース1:1が決めてのようだ。

(写真) タラのソテーと柿の赤ワイン煮


味は和食ともフレンチとも言い切れない新鮮な味覚だった。
このために保存料が入っていない赤ワインを手に入れたが、料理用の赤ワインを使ってしまった。
それでも新鮮な味が出ており、ワインによっては大きく味が変わると思う。

柿とのハーモニーが最も気になったが、パリパリの富有柿も結構美味しかった。
この柿は、福岡の柿で、博多万能ネギの生産地として知られている朝倉町でかって食べたことがある柿のようだ。
生で食べても美味しい柿だが、タラと赤ワインとしょうゆで軽く煮た柿は別物でもあった。

量を作ってしまい一日後れで温めて食べたが、味がしっかりしているので酒の肴として十分いけた。

小田島さんは、フランスにワインの買い付けに行く和食のオーナーシェフだが
和とワインのコンビネーションに優れた感性を持っていると思った。


【材 料】(4人分)
生のタラ            4切れ
柿               1個
万能ネギ            (セロリの葉を使用)
小麦粉             適量
オリーブオイル         大さじ2

<ソースの材料>
赤ワイン            大さじ3
しょうゆ            大さじ3

【つくり方】
1.タラに小麦粉をまぶし、オリーブオイルで両面を焦げ目がつくぐらい焼く。
2.そのフライパンに、皮をむき一口大(8等分)に切った柿を入れ、
3.これに赤ワインとしょうゆを合わせたソースを加えて煮る。

【評 価】
1.タラは身が直ぐ崩れてしまうが、小麦粉をまぶすことにより崩れず、香ばしく焼け、そこにワインとしょうゆの絶妙なマジックが加味され皮まで美味しく食べることが出来た。

2.パリッとした柿がおかずなのかデザートなのかこの境目が微妙な出来具合になり、甘酸っぱさを出していた。柔らかい柿でもいけたのかなという気がする。

3.問題は、一汁一菜のおかずとしてはボリューム感が足らない。もう一品作らなければならないが、これが結構難しそうだ。根野菜の炊き合わせが残っていたのでこれで何とかしのげたが・・・

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フクジュソウ(福寿草)の花

2009-01-19 08:39:33 | その他のハーブ

おめでたい花であり元日草・元日花とも呼ばれ、正月の飾りとして使われる風習が江戸時代から出来上がったという。 もちろん旧暦の正月であるが、松竹梅に福寿草はとてもバランスがよいと言っているのは湯浅浩史の『花の履歴書』だ。

松は裸子植物、竹は単子葉類、梅は双子葉類、そして福寿草が木ではなく草にあたる。
それぞれの代表を選んだ先祖の知恵はすごい。なるほどと思うのは植物学の心得がある人だけだろうか?それとも伝統行事としきたりなどに関心をお持ちの方なのだろうか? 
私は正月のしきたり自体にピンと来ない日本人になってしまったようだ。
だが、フクジュソウの生存戦略は、いまの時代面白い。寒冷という生存しにくい環境を最大限活用して生き残ってきたすばらしい知恵があるということに最後にふれる。


フクジュソウは、いまでは新暦の1月には既に花が咲くようになったが、これは、十分な寒さにあたった株を前年の12月に堀あげて促成栽培化の処理をして鉢物にしたもののようだ。この鉢土の上に明るい黄色色の花が咲いた。
そして徐々に茎が伸び葉がでてくる。この土から芽が出た初期はフキノトウのようでもあり、葉がでた頃はゼンマイのようでもある。山菜とおもって食べると毒性があり中毒を起こしかねないから注意する必要がある。

(写真)福寿草の花


幸せを運ぶアイヌの花
雪を割り新たな息吹きが顔を出し、春を呼ぶ花は心を躍らせるものがある。
雪割草、雪割花とも呼ばれ、アイヌでは、福寿草が咲くと春を呼ぶ魚イトウが川を上ってくることを知らせてくれる。サケ科の淡水魚イトウは、冬場は河口周辺で生息し淡水魚としては1mもある日本最大の大型の魚で、新鮮な食糧に皮は被服などに利用された大事な魚という。今は絶滅危惧の心配がある魚のようだ。

このアイヌにもギリシャ神話的な伝説が残っている。
昔、エゾの国にクノウ或いはクナウという美しい女神がいたという。父の神は大事な一人娘の婿として広い領土を持つ勇ましいモグラの神を選んだ。しかしクノウはこれを断ったので、怒った父の神は娘を野草にしてしまった。この野草をクノウと呼ぶようになったがこれがフクジュソウであるという。(『花の文化史』松田修)
クノウは春を呼ぶ花となり喜びの花となったので、閉じ込められた“苦悩”は捨てるべきモノなのだろう。こんな冗談のための名前ではないようだが・・・

フクジュソウの生存の知恵
植物学的には、フクジュソウの属するキンポウゲ科は、進化的に古い草花といわれており、またフクジュソウは、「春植物」英語では「スプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)」と呼ばれる生態を持つ。

どんな生態かというと、冬の間は地中深くに潜って休眠し、春になると茎を伸ばし花を咲かせ、そして葉を伸ばし光合成で栄養を蓄積する。地上にはわずか2ヶ月しか顔を出さず夏には冬眠に入る。
こんな生体を持つ植物をスプリング・エフェメラルと呼んでいる。
カタクリ、イチリンソウなどもこの仲間だ。

フクジュソウも古い植物であり、氷河期など寒冷との戦いが生態にも影響を及ぼしたようで、限られた適地を見つけてそこで生存してきた。落葉広葉樹林の南東の斜面が適地であり、南西方角は夏の西日があるので乾燥過ぎて冬眠に適しないという。
こんな限られたところで、地上に出て来るのは植物にとって寒冷で厳しい2ヶ月だけであり、多くの植物が緑の競演をする温暖で快適な頃には土の中で冬眠に入るというニッチな戦略をとり生き残ってきた。

そしてこの花は、明るい黄色で陽光を受けて開花し、寒さに凍えて活動が鈍っている昆虫類が暖を取る場として機能しているという。普通は蜜で昆虫をひきつけるが、フクジュソウは蜜がなく、あの大きな花の中で温もりをとるように設計されている。
陽だまり温泉に浸った昆虫が活動的になり花粉を一杯つけるので受粉の確率を高めるという。植物と昆虫の共存関係にはこんな意外な例もあるのだ。

“蜜”という利益誘導型の生産物を作らないで、 “温もり”を提供することで低コスト・省エネ型の社会生活を実現している。そして、体内に毒をもっているので、食べられるということをも防いでいる。
パターン化した一つの生き方だけが正解ではなく厳しい極限のところでも生きられるという見本でもあり、厳しい氷河時代に必要な生き方のようでもある。

低コスト・省エネで生きなければならない時代に大事にしたいものは、“甘い蜜”ではなく“温もり”なのだということを教えてくれる。
これが福寿=幸福で長寿に結びつくのだろう。

(写真)温もりを与えてくれるプラットフォーム


フクジュソウ(福寿草)
・キンポウゲ科フクジュソウ属の多年草。毒草なので注意を要する。
・学名はAdonis amurensis Regel & Radde。英名Far East Amur adonis、和名別名はガンジツソウ(元日草)、ユキワリソウ(雪割草)。
・属名のアドニスは、ギリ神話で女神Aphrodite (ローマ神話ではVenus)の愛を受けた美青年で、猪の牙にかかり死んでしまったがこのときの血から出来たのが真っ赤な花を咲かせるアドニスといわれる。
・原産地は東アジア・満州・アムール川流域。小種名のamurensisは、アムール川流域を指す。
・日本では、東北地方以北に自生し、落葉樹林の南東斜面で育つ。南西方面は西日が当たるためか生育しない。
・雪解けした地面から3cm程度の茎が出て直ぐ花を咲かせ、その後茎・葉が伸びいくつかの花を咲かせる。花は3―5cmの大きさで鮮やかな黄色。陽が当たると開きかげると閉じる。葉はニンジンの葉に似ている。
・自家受粉しないように雌しべが先に熟成し、昆虫により他花の雄しべの花粉を受粉する。
・開花期は、東北地方が3月頃、北海道が4月頃。園芸品は1月。
・6月頃には枯れて休眠に入り春まで地下で過す。このような特徴を持つ植物をスプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)と呼ぶ。
・江戸時代初期から正月に飾る花としての習慣が進み元日草とも呼ばれる。江戸時代後期の『本草要正(ほんぞうようしょう)』(泉本儀左衛門著 1862)では品種改良が進み131品種が記載されている。この品種改良はヨーロッパではなされていず日本独特のようだ。
・民間療法で強心剤として使用されていたが、アドニンという毒性成分を含むので要注意。

・夏場は半日陰で育て、地上部が何もなくとも根に水分を補給する。
・鉢で買ったものは、開花が終わったら深い鉢に植え替えるか地植えとして根を育てるようにする。


フクジュソウの命名者リゲル(Eduard August von Regel1815-1892)は、ドイツの植物学者だが、ロシアのペテルスブルグ植物園の園長で、3,000以上もの新しい植物に名前をつける。
もう一人の命名者ラッデ(Radde, Gustav Ferdinand Richard Johannes von 1831-1903) は、ドイツのプラントハンターで探検家。黒海からシベリアなどを探検し、独学で好きな博物学を修める。

この学名Adonis amurensis Regel & Raddeは、ロシアの偉大な植物学者でプラントハンターであるマキシモヴィッチがアムール河流域で1855年に採取したものと、ラッデがブレヤ山地で採取したものとを比較検討して1861年にレゲルとラッデが発表した。

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ローズマリー・モーツアルトブルー(Rosemary ‘Mozart Blue’)の花

2009-01-17 07:43:24 | ローズマリー&ラベンダー
ローズマリー・モーツアルトブルーは、
ローズマリーの中では最も濃いブルーの花で知られている。
写真で見るとちょっとわかりにくいが、確かに濃いブルー色だ。

半匍匐性で株丈はあまり大きくならないので、
ハンギングで或いは、出窓から垂らすと良さそうだ。
ただし、耐寒性が弱く、耐暑性も弱いというので育て方が多少難しそうだ。

(写真)ブルーの花が冴えるローズマリー・モーツアルトブルー


モーツアルトというので、オーストリア・ウィーンで作出されたのかなと思っていたが、そうではなかった。

このローズマリー・モーツアルトは、カルフォルニア州のサンノゼの南西にある人口3万人強の高級住宅地街ロス・ガトスの育種園で誕生した。
この育種園のエド・カーマン(Ed Carman)によって選別され、彼の娘ナンシー・シュラム(Nancy Schramm)によって育てられたという。

モーツアルト通りに面した育種園の名前を取り、それで命名されたというがいつ頃かは明らかでない。エド・カーマンがこの育種園を買って越してきたのが1960年なのでこれ以降と思われる。

エド・カーマンは、米国では著名な園芸家・育種家であり米国のウエスタン園芸協会の設立メンバーでもあり、ニュージランドからキュウイーを米国に持ち込んだのもカーマンという。

サンタ・バーバラ、サンノゼなど地中海性気候のカルフォルニアは、ローズマリーの新しい生産地になっているようだ。

(写真)ローズマリー・モーツアルトブルーの立ち姿


ローズマリー・モーツアルトブルー(Rosemary ‘Mozart Blue’)
・シソ科マンネンロウ属の常緑小低木で、耐寒性が弱い。
・学名は、Rosmarinus officinalis ’Mozart Blue’。
・ローズマリーの原産地は地中海沿岸だが、このモーツアルトブルーは、エド・カーマン(Ed Carman)とその娘のナンシー・シュラム(Nancy Schramm)によって育てられた。カーマンは、アメリカ西部園芸協会の創設者の一人であり苗木栽培業、園芸家として著名で、ローズマリー・モーツアルトブルーの名前は、彼らの保育園があったモーツアルト通りの名前を採る。
・半匍匐性で樹高50㎝と高くなく横に広がるのでハンギングで育てられる。
・開花期は秋から春まで。濃いブルーの花が咲く

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すみれ(菫)の花

2009-01-15 08:59:49 | その他のハーブ
スミレは、4月頃に野山や原っぱや、いまではコンクリート道路の隙間からも顔を出している。
根元から葉を出し、1本の茎に一つの青紫色の花が咲く。
花は必ずしも太陽に向かっているわけでもなく、ややうつむき加減でそっぽを向いている。
このシャイなところがなかなかいい。

日本に自生するスミレは54種あり、これらの雑種を含めるとかなりの品種があるというが、スミレ科スミレ属のスミレという品種がスミレを代表していると思う。今は花がないのでリンク先で花を愛でていただきたい。

すみれ感覚
スミレの語源は、その花の形から大工道具の一つの“墨いれ”からきているという説と、 “摘まれる”から転化して“ツマレル”“ツミレ”と変化したという説がある。
通説は“墨いれ”のようだが、“摘まれる”の方が万葉の時代にあっていそうだ。

というのはこの万葉の時代は、様々な種類の花が歌人の心をとらえ詠われており、日本を代表する花として桜・梅がその地位を占めるに至っていない。
この点では、イメージが操作されないで花々がとらえられているといってもよい。

さてそこで、スミレを代表する詩2首があるがどちらが好きだろうか?

春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ 野をなつかしみ一夜寝にける」(山部赤人、万葉集)

山路来て何やらゆかしすみれ草」(芭蕉)

山部赤人(やまべのあかひと)の詩は、ノンフィクションではなく虚構がある。“野に一夜寝る”わけがない。これを文学的な表現というそうだが、一事を万事に普遍的にするにはこの虚構が重要になるが、スミレが主役ではなく春の野が主役であることに注目したい。
春のすみれ摘みは、染料として使うかおひたしとして食したのかわからないが、万葉の時代には普通の行事になっていたようだ。

江戸時代の俳人、松尾芭蕉(1644-1694)は、すみれにスポットを当てた俳句を残しており、万葉から江戸までの間での変化がこのようにうかがい知れる。
そして、江戸時代の日本の園芸は世界最高水準にあったかもわからないが、それでもすみれは庭に持ち込まれることもなく改良されることもなかった。
だから芭蕉の詩が脚光を浴びるのだろう。

芭蕉の句を再度読み直してみると、写実的で情景が浮かび上がる。
文字も絵を描くそんな文字の力強さを感じる。これは、絵画に写実主義という新しい描き方をした同時代のフェルメール(Johannes Vermeer, 1632―1675)を連想させる。

(写真)うさちゃんのビオラ、バーニーイエロ(これはスミレではありません)


すみれ(菫)
・学名は、Viola mandshurica W.Becker、属名のViolaは、ニオイスミレなどの香りの強い花を示す、種小名のマンドシュリカは満州を意味する。
・日本には原種54種のほかに自然交配でできた数多くの変種がありスミレの宝庫でもある。
・代表的なスミレのミヤマスミレ(V.selkirkii Pursh ex Goldie)は、本州中部以北となぜかしら広島県西部の山地の亜高山帯に自生し、淡い紫色の花を咲かせる。
・万葉集ではスミレは4首しか詠われていなかったようで、重要な花卉ではなかったようだ。
・ヨーロッパでは、ギリシャの詩人がアテネを象徴する花として詩に歌い、ナポレオンもこの花を愛した。ナポレオン復活のシンボルはスミレでありスミレ党とも呼ばれた。また、バラ(美)ユリ(厳格)すみれ(誠実)は特別の花で、聖母に捧げられた。
・東京郊外にある高尾山はスミレの名所のようで、20種ぐらいはあるという。
・スミレの仲間はたくさんあるが、大きく分けると二つになる。地上茎がなくつけ根のところから花も葉も出るグループ、地上茎がありそこから分かれるグループ。すみれは前者にあたる。
・開花期は4-5月。
・すみれの若葉は、てんぷらやおひたしなどで食べれるが、園芸品種やパンジー、ビオラ、スイート・バイオレットは食べない方がよい。

命名者Becker, Wilhelm (1874-1928)は、ドイツの植物学者で「世界のバイオレット」を著する。

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パンジー(Pansy)の花

2009-01-13 08:40:57 | その他のハーブ

ビオラ、スイート・バイオレットときたのでパンジーもふれない訳には行かない。しかし、これまで一度もパンジーを育てたことがない。
そこで、散歩をかねてハーブ園に行き新しいハーブを物色しがてらパンジーの写真を撮ってきた。
写真を見るとなかなか良さそうだが、どうも好きになれない。
“我思う。ゆえに我あり。”的な思索的なところが嫌なのだろうか? 
或いは、ダンボウの耳のように大柄でシャキッとしていない花がいやなのだろうか?
個人的な好き嫌いはとりあえずおいておいて、パンジーの開発の歴史は意外性があって面白い。というところから始めるとする。

(写真)どうしても人の顔に見えてしまうパンジー(人面草とも呼ばれる)


パンジーの新種開発の歴史
園芸品種パンジーの開発は、バラと同じ1800年代初期から始まり、
その両親は、ビオラ・トリカラー(Viola.tricolor)とスミレ属の一種で黄金色の花を咲かせるビオラ・ルテア(V.lutea)この二つの交配で出来たといわれる。
当然、トリカラーはフランスの国旗トリコロールのような三色を意味する。

この開発は、1813年にイギリス・バッキンガムシアーの庭園で始まるが、
青紫のビオラ・トリカラーはロシア原産で、 黄色のビオラ・ルテアは、ナポレオン没落後(1814年以降)マルメゾン庭園のビオラが英国に流れてきたようだ。というよりは戦利品として意図的に持って来たのだろう。

ここでもジョゼフィーヌが登場するが、バラだけでなくヒース、バイオレットなども世界中から集め、この集積が素晴らしかったので品種改良のマザーとなったのだろう。
徹するということは、中途半端でないだけに膨大な無駄がどこかを境に価値を生み出す大転換があるということを教えてくれる。

1813年に始まったこのパンジーの開発は、意外性からスタートした。
イギリス海軍の提督ガンビア卿(Lord Gambier 1756-1833)は、退却命令が出ているのにスウェーデン・コペンハーゲンを攻撃した。
この責任で海軍をクビとなったが、離職後、趣味の園芸に余生を専念し、イングランド・バッキンガムシアーの庭園で出入りの庭師トムソン(William Thompson)にバイオレットの改良を命じた。
トムソンは以後30年以上にわたり品種改良を行い、1835年には『ショー・パンジー(Show pansy)』と呼ばれる品種を400以上も販売したという。

1839年には、庭園のヒースの垣根の下で咲いている大きな花びらの変り種のパンジーを発見した。
花弁の付け根(花の中央)に黒い斑点がありヒゲのようでもあり、これに「Medora」と名付け、この花を改良して現在のパンジーへとつながるものを作り上げた。
現代のパンジーがここに誕生し、急速にヨーロッパに広がっていき、フランス、ドイツでも品種改良が進んだ。

1860年頃にファンシーパンジー(Fancy Pansy)或いはベルギー・パンジーと呼ばれる種類が登場した。
パンジーといえば左右対称の色・デザインだったが、ファンシーパンジーは左右対称とはならない。これが人気になり、パンジーに取り込まれパンジーの概念が広がった。

園芸品種のビオラは丁度この頃から登場する。
背丈が低くパンジーよりも小さな花へのニーズが庭の花としてあった。
ビオラは、パンジーの園芸品種開発が生み出した流れに乗って登場し、パンジーとは正反対のニーズにこたえた花でもある。
大型車に向かったビッグスリーが今小型車を求められている。
一方向に進んだニーズはその逆のニーズで立ち止まって考えざるを得ない時がくる。パンジーにもこんな時がくるのだろうか?

日本でのパンジーの品種改良
“F1”は、自動車レースではなく、両親のいいところだけをとった雑種1代だけの園芸品種を指し、ビオラなどの園芸商品に使われている。
この技術開発は日本でなされ、1966年、坂田種苗が世界初のF1パンジー、マジェスティック・ジャイアント(Majestic Giant)をつくった。

日本は、バラの世界でも、パンジーでも第二次世界大戦後に品種改良で世界水準をキャッチアップできるようになったが、この後れには西洋と日本の自然観の違いがありそうで、いづれこのことをリサーチするテーマとして温めておきたい。
問題意識としては、うめ、サクラなどはかなり品種改良されたが、バラ、スミレ、ユリなどはあまりされていない。西洋と日本とのギャップは何だろう?
これが疑問として残る。

(写真)色変わりパンジーの花


パンジー(Pansy)のプランツデーター
・スミレ科ビオラ属の1・2年草で、ヨーロッパ原産の野生種からつくられた園芸品種。
・パンジーの両親はビオラ・トリカラー(V.tricolor)とスミレ属の一種で黄金色の花を咲かせるビオラ・ルテア(V.lutea)。この二つの種がイギリスで交配されて出来たといわれる。
・学名は、Viola ×wittrockiana Gams。英名はガーデンパンジー(Garden pansy),和名はサンシキスミレ。和名のサンシキは一花に三色をもつことから来た。別名ジンメンソウ(人面草、花に人の面影があるから)。
・属名のViolaは紫色という意味を持ったラテン語。種小名の“wittrockiana”は、パンジーの歴史を書いたスウェーデンの植物学者ウィトロック(Veit Brecher Wittrock 1839 -1914)を意味し彼に献じられた。
・ドイツでは、5枚の花弁のうち上の二枚の単色な花弁を地味なドレスをきた継子に、色のついた三枚の花弁を派手なドレスを着た継母とその連れ子に見立てている。なかなか的をついたジョークだ。
・フランス、ベルギーでは花形とブロッチが改良されて1890年にFancy pansyが英国で完成した。

・形態:草丈10-30cm、株張り25-30cm、
・開花期:10-5月まで開花し、紫・青・黄・赤・オレンジなど多彩な色彩で花びらは5枚。
・本来は多年草だが園芸上は秋播きの1年草としている。
・栽培の適温は4-15℃で、15℃以上になると生育が徒長となる。
・有機質の土壌を好み、多肥がよい。

資料:ガーデンパンジー成立に関与した原種
①ビオラ・トリカラー(Viola tricolor)
・学名:Viola tricolor L. 1753 命名者:リンネ
・原産地:欧州耕作地、バルチック海沿岸、バルカン半島、ウクライナ
・花色:青紫まれに黄色
・花径:1-2.5cm
・開花期:春から夏
・1年草、短命の多年草
 
(出典)Wikipedia
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②ビオラ・ルテア(Viola lutea)
・Viola lutea Huds.1762 、命名者: Hudson, William (1730-1793)
・原産地:欧州西部、スイス、英国山間部、欧州中部山地
・花色:黄に紫のかげり
・花径:1-2.5cm
・開花期:6-8月
・多年草
 
(出典)Wikipedia

③ビオラ・コルヌータ(Viola cornuta)
・学名:Viola cornuta L.1763 命名者:リンネ
・原産地:ピレネー山脈
・花色:紫・碧・白
・花径:2-3cm
・開花期:夏
・多年草
 
(出典)Wikipedia

④ビオラ・カルカラータ(Violet calcarata)
・学名:Viola calcarata L.1753 命名者:リンネ
・原産地:アルプス、ジュラ山脈
・花色:紫または黄
・花径:2-4cm
・開花期:3-7月
・多年草
 
(出典)Wikipedia

⑤ビオラ・アルタイカ(Viola altaica)
・学名:Viola altaica Ker Gawl.(1815) 命名者:Ker Gawler, John Bellenden (1764-1842)
・原産地:天山。アルタイ山脈
・花色:黄または紫
・花径:2-3.5cm
・開花期:6-8月
・多年草
 
(出典)Wikipedia

⑥ビオラ・グラキリス(Viola gracilis)
・学名:Viola gracilis Biv.  命名者:Bivona-Bernardi, Antonius de (1774-1837)
・原産地:ギリシャ、バルカン半島
・花色:紫、変種に黄
・花径:2-2.5cm
・開花期:春
・多年草
 
(出典)Wikipedia
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