森人 もりと

森では人も生きものも ゆっくり流れる時間を生きています

忙しいお天気

2020-04-25 | 日記


 このところ雨が降ったり止んだり、ときにはみぞれやあられになったり、目まぐるしく
 変化する忙しいお天気の毎日です。
 でもこの雨は、春先に出現する植物たちにとっては恵みの雨です。
 今冬は記録的な小雪だったので、大地はかなりの水分不足となっています。
 いつもの年のようにみんなの顔を見られるのかなと、少々心配でした。



 車で走っている途中で、道端のタンポポが眼に入りました。
 アスファルトと縁石の隙間から元気に現れました。大丈夫なようです。

 チューリップも見つけました。
 緑の中に赤色が来ると、グッと希望的になります。



 巷では聞きなれない言葉がとび交っています。
 去年までは「想定外」や「忖度」でしたから、難しい言葉だったけれど意味は分かりま
 した。
 今年になってからはまず「三密」です。なんのことやらさっぱり分かりませんでした。
 壇蜜さんなら分かるけど。
 つぎは「濃厚接触」です。向かい合って三十分以上喋ることをいうそうです。
 
 最近は「クラスター」とか「パンデミック」です。だんだん分からなくなってきました。
 そして昨日は小池さんが「みなさん ステイホームしてください」といっていました。
 「みんな家から出るな」ということのようです。
 ルー大柴さん風にいえば「みんな ステイホームしようぜ!」ということなのです。
 
 カタカナことばがどんどん増えて年寄りには大変です。
 もちろんコロナは怖いけれど、舌を噛まないように気を付けなくちゃ。

 ところでルー大柴さん、今なにしてるのかなあ。



 森の近くに小さなお社があります。
 コロナの終息を祈願しました。
 それと、長生きもお願いしました。


 
 真っ白い小さな花が眼に飛び込んできて、落ち着いた気分になりました。





 

 
 

 

2020-04-19 | 日記


 もう長いこと街へ行っていません。
 行かないからどんどん遠くなって、通りすがりに覗く函館山も、春霞の中にぼんやり
 浮かんでいます。



 100年前ならこの辺りの人々は、函館に行くことなど一生のうちに数えるほどしか
 なかったのでしょう。
 若者たちは「街って どんなに賑やかなんだろう」とか「デパートでステキな服を見
 て デパートの食堂で食事をしたいねぇ」とか、農作業に励みながら眺める函館山は
 夢の街だったのです。
 一方函館は開港から50年をへて、まさに繁栄の上り坂でしたから、街人の表情は明
 るく豊かさを謳歌していた時代です。
 みんな「人とお金は たくさんある所が好きで そこへ集まる」といわれてワクワク
 しながら街へ向かったのです。
 結果として街は繫栄するから、みんな豊になって幸せになれると信じていました。

 今はどうでしょう。
 通勤通学以外で函館に行く人はあまりいないようです。
 というのも、欲しいものは郊外の専門店で入手できるし、ネット通販を使えば百貨店
 と同じものがかなり安く買えます。
 作業のように繰り返されるイベントにも、もう飽きてしまいました。
 
 あらためて「街の魅力」ってなんだろう?
 我々田舎もんが街へ寄りたくなるには、街になにが必要なのだろう?
 


 大沼公園にも人の気配はありません。
 
 今回のコロナのことで人々は、人類が自らの力でどうにも制御できない、巨大なリス
 クの存在を知らされました。中央の偉い人たちは「百年に一度のことだ」とか「人類
 が感染に打ち勝った証としてオリンピックを開催する」などというけれど、この先も
 さらに新型のウィルスは周期的にやってきそうで、とても打ち勝てそうにはありませ
 ん。
 せいぜい上手く収めて、共生していくしかないようです。
 
 ならば、生活文化のありようも、人の集団化の文化から個人の内面的な文化へと転換
 していくと思われます。



 こんな暗い中で、今年も「カタクリ」さんがきてくれました。
 気のせいか、いつもの年よりさっそうとしているように見えます。
 カタクリさんありがとう。
 

 
 

元気いっぱい

2020-04-11 | 日記


 またひとつ元気な子が顔を出しました。
 「最初に咲いた子だね、今年も良くきたね」と思っていたら、翌日にはみんなで一斉に
 ドッと咲きました。
 「おじさん こんにちは」と語りかけてくれているようです。
 嬉しいです。



 キノコたちも元気いっぱいです。
 いかにもおいしそうなものや、ちょっと薄気味悪いものなどさまざまです。
 山の長老には「キノコの毒は強烈だから 素人は触らぬほうがよいのじゃ」といわれてい
 ます。



 今日のニユースでも、内地のほうでニラとスイセンの葉を間違えて食べた人が、重篤な
 症状になっていると聞きました。
 怖いです。
 でも、長老はこんなことも言いました「それを見分けるには ごく少量を舌の上にのせ
 て ピリッと刺激がこなければ大丈夫じゃよ」と。
 たぶん、人間は太古の昔からこの方法で、野生のものを分別して食べてきたのでしょう。
 しかし、小心な私には、そんな勇気はまったくありません。
 


 こん日の豊かな食生活が確立される過程で、野で自生していた植物がはたして「食べ
 られるものなのか 毒のあるものなのか」の分別に、かなりの犠牲者がでたのではない
 かと思います。
 植物だけではなく、魚でもフグのように毒のあるものもいるし、今でも食べて死ぬ人が
 時々います。
 ナマコなんかも最初に食べた人は、かなり勇気があったのでしょうね。
 我々は、そんな先人の勇気と犠牲から得た知識の積み重ねによって、豊潤な自然の恵み
 を享受しているのでしょう。
 感謝です。

 食物の神、つまりお伊勢さんの下宮に祀られる豊受大神は、江戸の庶民の熱い信仰と
 なっていました。いわゆる伊勢参りです。
 もしやここで、食の分別で命を落とした古代の人々が祀られているかもしれない。
 と、勝手に考えました。
 そうであったら嬉しいです。



 自然のなかで古代の人々に想いを巡らせて、ボ~~と過ごしました。
 いや、いつもボ~~としているのかな。


 
 

 
  

 
 
 
 

四月の雪

2020-04-05 | 日記


 四月になってから晴れの日が続いていましたが、今朝は雪が降りました。
 森では五月にかなりの量の雪が降ったこともあり、四月の雪は珍しいことではありませ
 ん。
 でも、よいお天気が続くと明日も晴れるものと、つい思い込んでしまいます。
 実は車のタイヤ交換と屋外での仕事を予定していたのですが、もう少しようすを見るこ
 とにしました。

 この雪もお昼前には雨に変わって、午後は一転して晴れ渡りました。しかし予報では
 今夜半から再び雪になるとのことです。
 コロコロお天気に振り回されて、気分も生活も迷走しています。
 せっかく咲いたクロッカスもビックリしていることでしょう。



 ラジオで聴いたのですが、このところカミュさんの『ペスト』が売れているそうです。
 いや~ビックリ!
 その理由は、コロナによって街が封鎖された時の様子に関心が集まっているとのことで
 した。
 しかし『ペスト』は確かに封鎖された街を舞台にした小説ですが、その有様を記述する
 だけではなく、個々の人間が究極に追い込まれた時の生き方を描いたものです。
 最終的にカミュさんが主人公の若い医師を通して言いたかったことは、キリストの拒絶
 だったと考えます。
 だから、今の人がこれを読んでもコロナの参考にはならないかもしれません。
 ただ、70年以上も前のフランスに変わった作家がいたことを記憶していただければ
 それは嬉しいことです。
 
 想えば、半世紀も前に『異邦人』や『ペスト』を何度も読み返しました。あの頃カミュ
 さんを好きな人は「ちょっと変わった人」だったようです。
 なにしろ学生はマルクスだったし、オジサンたちは大和魂の成れの果てだった時代です。
 カミュさんは実在主義文学が全盛の時にサルトルとも決別し、マルクスとも、果てはキ
 リスト教をも拒絶して自分のヒューマニズムを貫いた孤高のモラリストです。
 ノーベル文学賞の三年後に43歳で自動車事故で亡くなっていますが、暗殺説が本当の 
 ようです。

 若い時、このかたの言葉からそれ以降の生き方の示唆をいただきました。その一つです。

    僕の後を歩かないでくれ。 僕は導かないかもしれない。
    僕の前を歩かないでくれ。 僕はついていかないかもしれない。
    ただ僕と一緒に歩いて、友達でいて欲しい。
                         アルベール・カミュ

 コロナで一時停止している街で『ペスト』が読まれているなんて不思議な現象です。
 だったら、いっそのことカントさんも復活してほしいです。民族的同質性とモラル
 クライシスに傾く閉塞した時代には風が必要です。



 そんな人間界のことなど関係ないよ、とばかりに季節はいつも通りに動いています。
 山の残雪もずいぶん少なくなりましたし、小屋の北側の雪もわずかになりました。 
 さあ、いよいよ春本番です。