瀬崎祐の本棚

http://blog.goo.ne.jp/tak4088

一枚誌「紙で会うポエトリー2023」 (東京)

2023-06-09 22:55:38 | 「か行」で始まる詩誌
坂田瑩子、谷口鳥子、和田まさ子の3人の編集発行による一枚誌。淡い色彩の模様が入ったB7版の大きな上質紙を6つ折りにして、その両面に9人の詩が載っている。そのメンバーは、編集の3人に加えて、向坂くじら、蛽シモーヌ、中尾太一、野崎有以、木下暢也、望月遊馬である。

「青魚と眉」和田まさ子。4連からなる行分け詩。1連ではまだ小さくて羽ばたけない背中の蝶、2連では戦争と戦争にあいだで折りたたまれた月日、3連では青魚のかたちをした眉のおとこと、各連で描かれる光景はかなり距離をとったものとなっている。

   わたしたちは荷物を下ろす間もなく
   なにかの列に並ばされ
   混乱と喧噪を浴びて
   びしょ濡れの歳月の下僕となっている

先の戦争、そしてやってくる気配が強くなっている次の戦争。その狭間の一日を必死に過ごす話者がいる。

「昆虫食」野崎有以。ゴキブリのミルクで少なくとも三人の子どもを育てたようなドケチな女の話である(ある種のゴキブリは卵生ではなく胎生であり、そのゴキブリが幼体を育てるための液体をゴキブリのミルクと言うようだ)。社会的地位の高い男を略奪し、他の子供たちを傷つけてでも自分の子供たちを上に立たせた。痛快な掌編小説を読んでいるようである。ついに母子は逮捕されるのだが、最終部分は、

   母子が刑務所内のゴキブリを集めて搾乳しているのだという
   傷ついた子供たちは幸せの明かりを取り戻し
   これらの母子はゴキミルクの生産者として刑務所内で名を馳せることとなりました
   人生っていいものですね

最終行がよく効いている。

「ベージュの家」谷口鳥子。その家には二人の女の子が住んでいる。お洒落なお伽噺のような口調でその様が語られるのだが、どこか不気味なものも漂っている。足もとが曖昧になっているような不思議さに、好いなあと魅せられる。最終連は、

   ベランダのセーターは左腕が少し長い
   花粉をよく払ってからとりこむ
   指の節ところどころ少し軋む

一枚誌だが大変に軽快で見ていて楽しくなる試みである。用紙を大きく広げると、作品は空間に解放され、そのままどこかへ飛び立つようであった。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

詩集「有毒植物詩図鑑」 草野理恵子 (2022/10) しろねこ社

2023-06-07 11:19:42 | 詩集
びーれびしろねこ社賞という公募の賞があって、それを受賞すると主催社が詩集を出版してくれるようだ。この詩集はそれによって作られたもの。いただいたのはすでに第3版となっている。
212頁で、有毒植物についての99編の詩が載っているのだが、見開きの左頁に横書き表示で作品を、右頁にはその植物の小さなカラー・イラスト画、そして植物の簡単な説明、有毒成分、ヒトや動物の致死量が記されている。

たとえば「脳の花を抱く(ヒガンバナ)」では、「私は赤ん坊を抱えて歩く/赤い砂の海で/人が燃え流れている」と、葉をふりすてて強い色を放つヒガンバナに禍々しいイメージをぶつけてくる。

   恐ろしい程無音の真昼
   汚れ切った爪の手で赤ん坊を抱く
   赤ん坊の首が熱風で揺れる
   赤ん坊は何も言わない

そして注釈が「田畑によく植栽され、かつては救荒植物であった。有毒だが、水にさらせば食用となる。成分:リコリン他 致死量:166mg/kg(ヒト経口)」と添えられている。

もちろん毒草としてしばしば小説などに登場するマンドラゴラやベラドンナ、トリカブト、ケシなども登場する。
ヒガンバナと同じリコリンを含むスイセンでは、「植物学者はいい匂いがした(スイセン)」の題で、植物学会に来た老学者が詩われる。ホテルのドアの隙間から見てしまうのは、

   首を脱ぐと
   胸から下は花瓶のようで水があふれ出た
   中から一本の大きくて太い水仙が現れ
   彼は目の色を薄くして
   部屋に置かれた水仙と口づけをした

私事になるが、ニラを料理に加えようと庭から取ってきて食したとたんに激しい嘔吐に襲われたことがある。間違えてスイセンの葉を使っていたのだった。

閑話休題。ヒガンバナやスズラン、イチョウなどいくつかの毒草では複数の作品が書かれている。想像力を何度も刺激するのだろう。
それにしても有毒植物に惹かれるのは何故なのだろうか。身体がぎりぎりの状態に追い込まれる地点を精神が求めるのだろうか。ファンタジーには、少量ずつ摂取してあらゆる毒に耐える体を獲得した人物が登場することがある。その状態は、まるで世界を征服したかのようでもある。とすれば、この詩集は世界征服のための参考書か。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

詩集「声」 原島里枝 (2023/04) ライトバース出版

2023-06-03 14:27:48 | 詩集
第4詩集か。B6版、40頁で,全頁で黒地に白文字で印刷されている。大変にお洒落な造りで、表紙には倉敷の新渓園の写真が使われている。作者の個人詩誌「月の未明」も長い用紙を葉書大に折りたたんで8頁とした、デザイン性にすぐれたものだった。今詩集には黒崎水華、黒崎晴臣の栞が付いている。

巻頭におかれた「声」では、自分の内側から呼ぶ声がある。かつては避けていたのかもしれないのだが、今はその声に向き合わなければならない。

   顔に目口がなく、声に濃淡がなく、卵のつるりとした姿をして、どこまで行く
   のか。どこへ、連れていくのか。葬列に紛れながら、花冠(はなかんむり)を
   想う。婚礼衣装は白、喪服も白。葬祭の根源に触れる白い紙。

声に向き合えば、話者を囲む世界はどんどんと苦しいものになっていくようだ。声を伝搬する空気さえも薄くなっていくようなのだ。しかし話者は「ここで声を探す」ことを決意している。最終部分は「響く声を掴まえ、弔うために。」

「氷の中の文章」。昨日もらった一冊の詩集が今朝はないのである。部屋中を探したのだが、「代わりに/冷凍庫の中には溢れんばかりの氷」があったのである。ここは冷凍庫を開けた瞬間に話者を襲ったであろう冷気も感じさせて、すばらしい詩行だった。詩集は硬く凍り付いたものに変容していたのだ。

   ガラスの耐熱グラスに入れる
   からりからり 検分に揺らす
   一つ一つに 白っぽい無数の微気泡がきらめく
   一行の文章が連なった 束のように

詩集の言葉からは小さな気泡が次々に出てくるのだ。それが話者と出会うとひかりの中にはじけていくのだろう。話者はそれを「生暖かい舌に乗せる」のだ。神秘的な言葉との出会いが巧みなイメージになっていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする