瀬崎祐の本棚

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詩誌「まどえふ」  35号  (2021/04)  北海道

2021-05-08 21:14:15 | 詩集
1年ぶりの発行。A4版13頁で4人が1編ずつの作品を載せている。

「節分」吉田正代。
何の気なしに開けたひきだしに爪切りが入っていたのだ。それはただの爪切りで、

   つかわれることなく
   そのままはいっている
   つめきり
   つめきり
   父を詰め切りで看病した日々

”爪切り”の音の響きから父の病室に詰め切っていた日々が甦っている。しかしその詰め切りだった日々がいかなるものだったかの説明は何もなく、これに続く最終連は「おにの/つめをきる/つのをきる」。たまたまその日は節分だったのだろう。素っ気ないほどに少ない言葉がかえって作者の様々な思いの深さを伝えてくる。タイトルがなければ「おに」は唐突になってしまうところだが、とてもよく効いている。そして「つめをきる/つのをきる」という一音違いの反復が余韻を残している。

「少女」橋場仁奈。
「蓋をされ蓋をされ/頭の上を 車がとおり人がとおり/頭にはアスファルトの 蓋をされ蓋をされ」と、呪文のように言葉が反復され、その言葉が読み手に絡みついて来る。蓋の上では「絵の中の少女」が「微笑んでアスファルトに手をのばす」。それは、吉川聡子「ソレハ暑イ夏ノ日ノコト」に描かれた少女であるようだ。この作品は、コラボレーションの展覧会などもしている吉川の絵に想を得て書かれたのだろう。

   引き裂きながら引き裂かれても引き裂かれても
   ひらひらと骨が骨を喰らう夜 食う夜も食われる朝にも
   涙のあとをひからせてひらひらと踊り狂うて血まみれの
   口をぬぐいもせずに愛しいものを抱きしめにぎりつぶし
   手をつなぎ手をはなし闇の中にうずくまる
   膝を抱き息をつめて座ったままそうして埋められる

そして私たちは少女が触れるアスファルトの下から魂をぬぎすて殻をすててはっていくのだ。「叫びも涙もずるむけの/ひきつる皮膚もすべてはひかりの胞子と」なるのだ。何ものかに抑圧された状況からの凄まじい思いが、橋場独得の叙述で渦巻いている。いったい吉川の絵はどんなものだったのだろうか。
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