瀬崎祐の本棚

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詩集「長崎まで」  野崎有以  (2016/05)  思潮社

2016-07-05 21:44:16 | 詩集
 現代詩手帖賞を受賞した作者の第一詩集。93頁に12編を収めている。中本道代と中井太一の栞が付く。
 行分け詩の作品は50行から120行の長さと、比較的長い。そこに私小説を思わせるような物語を構築していて、一気に読ませる力を持っている。
「繁華街」では、子供の頃に夜になるまで過ごしたスナックのことが詩われる。「勉強して待っているように兄に言われて隅のテーブルで漢字の書き取りをしていた」のだ。事情などが説明されることはなく、ただ状況だけが裸電球に照らされるように浮かびあがっている。夜学から戻った兄は寝ている私を負ぶって家に帰るのだ。

   「ごめんな」
   兄は申し訳なさそうに言った
   私に謝ることなんか
   何んにもなかったよ
   吐き捨てられた感情ばかりが行ったり来たりする繁華街に
   毎晩のように私を預けていくのは
   心が痛かったろう

 どの作品でも虚の自分と実の自分がせめぎ合っている。その狭間に生まれた作品はきりきりと棘となってわが身を刺してくるのだ。あとがきで詩を書きあげた翌日はぐったりしていたとあるが、作品を書くということは本当はそういう行為なのだろうと思わされた。
 「懐かしい人たち」では、居酒屋らしい店の大将や奥さん、子供だった頃に可愛がってくれたスナックのお姉さんが詩われる。

   「本当に気にしないでね」
   お姉さんは私の髪を撫でた
   私は優しい人にそう言わせてしまうこんな癖をどこで身につけたのだろう
   それはうとましくもありいとおしくもあった
   お姉さんも含めてそこで働く人たちもみんなそうだった
   ほんの少しのことでわけもなく何かが崩れてしまうことがあると知っているから
   寄る辺を手放すまいと一歩引いてしまうのだ

この詩集の作品は一部だけを提示してもそのうねるような強さは伝わらないだろう。そのことに歯がゆさも覚える。
 詩集の最後に置かれた「長崎まで」は、現代詩手帖賞受賞の第1作。しかし、作者は長崎に行ったことがないのだという。長崎は「未踏の故郷」だという。東京で暮らしながらここではない地へ帰ろうとしている魂がある。
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