瀬崎祐の本棚

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詩集「ドールハウス」 海東セラ (2020/11) 思潮社

2020-12-22 17:57:09 | 詩集
 矩形の判型の93頁に散文詩22編を収める。
 「ドールハウス」では、ミニチュアの世界が丹念に描写されている。この世界を模したミニチュアであるはずなのだが、どこかで夢想されたままの世界が構築されている。そこでは空間も、季節も、誰に咎められることもなく変わっていく。もちろんそこに登場する人物はちょっとぎごちない。

   フリルのカーテンが引かれるか天井ごと閉じられるか、回
   帰はお約束でも事後の変化には寛容ですから、めざめると
   わたしはあなたかもしれません。玄関のチャイムが鳴って
   います。廊下を小走りにゆく足音も声もまどろみに揺れ、
   瀟洒に見えてもボール紙を芯にした構造はふたしか。ちょ
   っとめくれたビニールの隅から透かし見るうち、眠りに落
   ちる場所はいつも違っています。

ここでは話者はこのミニチュア世界の支配者である。しかし、思うがままに展開した世界のはずなのに、いつしか話者はその世界の捻れにとらわれていくようなのだ。ここには書くこと、そして書いてしまったことの怖ろしさがあった。

 この作品を始めとして、この詩集では建物の有り様についてが描かれている。そしてすべての作品にはそれぞれの末尾に注釈のような文章がついている。たとえば巻頭の「下廻り階段」についているのは階段の定義、階段の種類の説明であり、次の「床」ではさまざまな床の解説や床の歴史的な役割が述べられている。この注釈部分は主観を排した科学的態度で書かれており、現実的な建物を描写しながらも次第に現実からは浮遊していく作品との対比は面白いものだった。

 「屋根裏」は、「仮の死を生き延びてやわらかな布たちは窓のない部屋で増/えてゆくのです。」という魅力的な文で始まる。屋根裏はそんな布で覆われた場所であるようなのだ。視線からは忘れられている宿命の場所なのだろうが、「あらゆる呼吸は親密にな」るのだ。

   無心な指先は心根のかたちに揃えられ、角度を保った腕で、
   ずらさぬように、昂揚のまま。眠りに誘うのはせっかちな
   針、眠りを護るのは信念の棘。刺繍糸もチロリアンテープ
   も光沢のある裏地もぬくもりを携え、いくつかの生誕が祝
   われ、死者を葬る日も訪れます。

 「縁の下」、「外壁」、「廊下」などを配置し、「動線」や「換気」、「たてまし」なども考慮して、この詩集の中に作者はもうひとつの世界を組み立てている。詩集全体がそれこそ”ドールハウス”となっている。作品を読む者は緻密に再現されたその世界の中を彷徨う。それはもちろんここではないもうひとつの世界へ行く儀式でもあるわけだ。
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