○書道塾
塾に通うようになって、競書雑誌に作品が送られるようになり、毎月毎月連続して進級した。先生も褒めてくれた。何ヶ月かして作品が写真版に初めて掲載された。このときのうれしさと言ったらなかった。同じ雑誌に同じ学校の生徒も何人か作品を送っていて、お互いに進級を競ったりした。
私は連続進級だったので、先生も目をかけてくれた。時には私を家まで車で送ってくれることもあった。
ところが、4年になるのを目前に、困ったことが生じた。3年になってそろばん塾にも通うようになったのだが、書道塾とそろばん塾は日にちがずれていたので両方とも通うことができた。しかし、4年になってそろばん塾の日程が変わり、書道塾とバッティングしてしまったのだった。
そろばんも級が上がりはじめ、面白くなってきたところで、算数の授業の役にも立つことがよくわかってきたので、やめたくはなかった。
そこへ、近所に住んでいる、私のこともよく知っている人が、近所の人と書道の集まりを作って、私が参加している書道雑誌に作品を送っているとの話を聞いたのである。この集まりは週1回だが、幸いにそろばん塾とはバッティングしていない。
私は悩んだ結果、それまで通っていた塾をやめ、この集まりに参加することにした。私がやめることになった日、先生はとても寂しそうな顔をしていたのを今でも覚えている。
私が新しい塾に移った月の競書雑誌では、私の作品が3年生の最優秀作品に選ばれていた。送られてきた賞状には、所属の塾名は前の塾名になっていた。