みちのくの山野草

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「デクノボ―」って何?

2018-11-10 10:00:00 | 蟷螂の斧ではありますが
《「脱皮したばかりのカマキリ」振りかざす斧も弱々しい》(平成25年7月26日撮影)

鈴木
 では次。HJ氏は、まず「雨ニモマケズ」の後半、
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
を引例し、少し置いて、
 この詩の五日前の手帳のメモに「法を先とし、父母を次とし、近縁を三とし、農村を最後の目標として 只猛進せよ」と書いていますが、病床にあっても農村のことが年頭に離れず、思想的な後退交代は認められません。
 「法を先とし……農村を最後の目標」とする生活信条こそ、賢治の生涯を貫くものであって、「雨ニモマケズ」は、こうした態度と思想をもっとも円熟した形で示したものにほかなりません。「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と結ばれていますが、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」というのは、まさしく彼の切実な願いであり、その理想像を「デクノボー」のイメージでとらえているところに思想的円熟がうかがわれます。
(12p~)
と論を展開している。
 本来は、
ということでこのシリーズはスタートしたのだから、はたして「「雨ニモマケズ」は、こうした態度と思想をもっとも円熟した形で示したものにほかなりません」という断定表現が是か非かをここでは検討せねばならないのだが、それ以前の問題がある。
 私はよくわからんからだ。HJ氏が言っているところの「デクノボー」が。まして、「その理想像を「デクノボー」のイメージでとらえているところに思想的円熟がうかがわれます」となると、なおさらにだ。
荒木
 そう、変だよ。HJ氏は、「雨ニモマケズ」の中の「デクノボー」をとてもよい「イメージ」でとらえているけど、もともとそうなのか。俺なんかは逆で、罵る時の言葉だぜ。
鈴木 
 因みに広辞苑によれば……
荒木
 またぞろ広辞苑かよ。
鈴木
 ごめんごめん、でもなやっぱり言葉のより正確な意味を知るなら広辞苑だろ。それについてはこう書いてある。ただし「デクノボー」という項目はないし、ほぼ間違いなくそれは「でくのぼう」のことだろうから、それを引くと、
でくのぼう
【木偶坊】
①人形。でく。くぐつ。
②役に立たない人、また、機転がきかない人をののしっていう語。
           〈『電子辞書PW-M800』(シャープ)所収の広辞苑より〉
とある。
荒木
 な、やっぱり俺の認識とほぼ同じだべ。そしてそれが一般的な認識だべ。
吉田
 荒木が訝っているのもよく解る。僕も、HJ氏の解釈は釈然としないし、かなりの違和感がある。おそらく、同氏は一度通り過ぎた道を振り返りながら論じているので、そこが災いして説明不十分。ご自分ではよく解っておられるのだろうけれども。しかし、一般的な認識に従うなら、普通、「デクノボー」に「思想的円熟」を持ち出したりはしないだろう。
 もしかすると、賢治の用いた「デクノボー」だから普通のそれとは違うはずだ、というバイアスが同氏の中でかかりすぎているのではなかろか。
鈴木
 そこで私は思うんだ、日常的に使われている「デクノボー」の意味に則ってまず解釈をして直してみる必要があると。
荒木
 ところで、賢治は他の場所で「でくのぼう」という言葉を使っていないいのか。
鈴木
 もちろん使っていて、例えば、賢治が下根子桜に移り住んで約一年が過ぎた頃に次のような詩、
  一〇三五
     〔えい木偶のぼう〕
                   一九二七、四、十一、
   えい木偶のぼう
   かげらふに足をさらはれ
   桑の枝にひっからまられながら
   しゃちほこばって
   おれの仕事を見てやがる
   黒股引の泥人形め
   川も青いし
   タキスのそらもひかってるんだ
   はやくみんなかげらふに持ってかれてしまへ

            <『校本 宮沢賢治全集 第六巻』(筑摩書房)>
を詠んでいて、この中に「木偶のぼう」が詠み込まれている。
荒木
 な、まさに罵っているだろ。それも、感嘆詞「えい」を前置きしてだぜ。
鈴木
 そうなんだよ。当時の賢治は、「黒股引の泥人形」に対して「木偶のぼう」という言葉を用いて罵っていたと言えるんだな。
吉田
 念入りに、「黒股引の泥人形」の尻尾に「」まで付けてだ。しかも、「黒股引の泥人形」とは貧農、恐らく小作人のような人のことであったであろう、そのような人に対して「えい木偶のぼう」とか「泥人形」という言葉を投げつけたことになる。
鈴木
 この詩を詠んだのは昭和2年、一方の「雨ニモマケズ」は昭和6年だ。すると、賢治が人を罵る際に使っていた「木偶のぼう」がその4年後に、賢治の中で、「その理想像を「デクノボー」のイメージでとらえているところに思想的円熟がうかがわれます」と褒め称える真逆とも言える意味の「デクノボー」に変わったというのか。だから私はよくわからんのだよ。
荒木
 そっか、鈴木は、
   HJさん、あなたの「デクノボ―」って何?
と問い、日常的に使われている意味とは違うじゃないですか、と疑問を投げかけているというわけな。
吉田
 そうだよ、4年間で言葉の意味が賢治の中で真逆に変化するというよりは、賢治の心境が4年間で真逆になったと考えた方がより自然だろう。
荒木
 ふむふむ、心境の劇的な変化がこの4年間の中で起こったというわけだな。

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      〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
               電話 0198-24-9813

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