みちのくの山野草

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「爾後同教典を座右に置き讀誦す」

2018-08-08 14:00:00 | 法華経と賢治
《『宮沢賢治 まことの愛』(大橋冨士子著、真世界社)の表紙》
 さて、前回の最後で
 それからもう一つ気になる事があった。それは、①②③のいずれにも「爾後同教典を座右に置き讀誦す」と記されているのだが、この記述はあの書簡のあの記述に矛盾しているのではなかろうか、というという事に気付いたからである。
と私は述べたのだが、ここではそのことについて述べてみたい。

 まずこの「爾後」とはいつ以降かというと、前掲の年譜①②③等によれば大正三年か四年以降となろう。すると、これ以降賢治はあの「赤い教典」すなわち島地大等編『妙法蓮華経』を座右に置いて讀誦していたとなる。しかも賢治は同教典に初めて接した時に
とか、
と伝えられているという。
 そしてまた、ご承知のように賢治は熱心な法華経信者であり、
などと言われている。

 そこで次に、「あの書簡のあの記述」についてである。それはそれぞれ、しばしば引例される賢治書簡 〔258〕 昭和5年3月10日 伊藤忠一あて 封書
お手紙拝見いたしました。
ご元気のおやうすで実に安心いたしました。無理をしないで着々進んで行かれることをどんなに祈ってゐたでせう。
農事のこともおききしたいことばかりですが四月はきっと外へも出られますからお目にもかかれると思ひます。
根子ではいろいろとお世話になりました。
たびたび失礼なことも言ひましたが、殆んどあすこでははじめからおしまひまで病気(こころもからだも)みたいなもので何とも済みませんでした。
どうかあれらの中から捨てるべきは はっきり捨て再三お考になってとるべきはとって、あなたご自身で明るい生活の目標をおつくりになるやうねがひます。
宗教のことはお説の通りの立場は大きなものでせう。けれどもそのほかにもいろいろの立場はあるかもしれません。
はっきり私はわかりません。
次に法華経の本は
   山川智應 和訳法華経
   島地大等 和漢対照妙法蓮華経
等ありますが発行所がちょっとわかりません。国柱会からパンフレ ットでも来たらお送りして参考に供しませう。
今年は温床はやりませんか。
            〈『新校本宮澤賢治全集第十五巻 書簡 本文篇』(筑摩書房)より〉
のことであり、この中の「島地大等 和漢対照妙法蓮華経等ありますが発行所がちょっとわかりません」という記述のことである。そして当然そこには矛盾がある。

 端的にいえば、「爾後同教典を座右に置き讀誦す」とか「只歓喜し身顫ひ戦けり」とかが事実であったとすれば、記憶力も抜群だった賢治がこの「赤い教典」すなわち「島地大等 和漢対照妙法蓮華経」の「発行所がちょっとわかりません」ということは常識的にあり得ず、矛盾するからである。
 ましてこの書簡では、あの伊藤忠一に対して下根子桜における失礼を詫びて謝っているのだから、もしその「発行所がちょっとわかりません」というのであれば、「座右に置」いていたのだから、すぐにそのことは調べることができて発行所はわかるはずのことだし、普通はそうするはずだ。ところが賢治はそうはしていなかったということになる。

 するとそこから何がおのずから導かれるかというと、上田哲のあの見方が妥当だということである。すなわち、
 宮沢賢治の法華経に対する関心が、大正三年以降の或る日島地大等の『漢和対照妙法蓮華経』を読んだことに契機したと、多くの年譜、研究書が述べている。…(投稿者略)…しかし、この時点での法華経理解は、それほど深いものではなかったと思う。…(投稿者略)…十代の少年が簡単に理解出来るものではないからである。従来年譜や伝記的著述の中で、賢治が初めて法華経を読んだとき、身をふるわせるほど感激したとか感動したと書いているのを見受ける。…(投稿者略)…―――賢治への尊敬が無意識に働いて思わず筆をすべらしたという文学的修辞あるいは脚色であろう。
            〈『宮沢賢治 その理想世界への道程』(上田哲著、明治書院、改訂版)8p〉
という見方が妥当だということが、である。
 そしてまた、この書簡を書いた昭和5年頃の賢治は、大正10年に家出上京していた頃のようなファナティックとまでも言えそうな法華経信者では少なくともなくなっていたということも、である。

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