みちのくの山野草

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「新発見書簡下書」は仮説の反例以前

2019-06-16 10:00:00 | 濡れ衣を着せられた高瀬露
〈「白花露草」(平成28年8月24日撮影、下根子桜)

「新発見書簡下書」は仮説の反例以前
鈴木 それではそろそろ、〝一連の「書簡下書」〟のまとめに入っていいかな。
荒木 それは俺に任せろ。
 え~とだな、昭和52年発行の『校本全集第十四巻』は、
「新発見」の「書簡下書」がいくつかあり、その中の4通については〔露あて〕と思われるものもがあった。
→とりわけその中の1通は露宛のものであることが判然としていると判断した。そこでその1通に〔252c〕という番号を付けた。
→同時に見つかった他の3通もこれと関連があるので〔露あて〕のものと推定し、〔252b〕などの番号を付けた。
→従前の「不5」も〔252c〕にかなり関連しているのでこれも〔露あて〕のものであると推定し、〔252a〕の番号を付けた。
→併せて従前の「不4」や「不6」なども〔露あて〕のものだと推定した。
→「新発見」の4通と、従前不明だったものとを合わせた計23通の書簡下書は〔露あて〕のものであると推定した。
→これらの23通は昭和4年末頃に書かれたものであると推定した。
ということを活字にして公にした。
吉田 今、荒木が挙げた事柄はどれをとっても皆「推定」ばかりだ。しかも、筑摩は「判然としている」とは主張しているものの全く判然としていない。
鈴木 そう、そのとおり。私もそう思っているし、後で話題にせねばならないが tsumekusaという方もそう主張している。
吉田 いずれの事柄も検証されたものでもなく確たる裏付けがあるものでもない。まあそれでも、同一のある事柄に対してこんな「推定」もあんな「推定」もあるというならばそれらの「推定」の数が増えれば増えるほどそれらの組み合わせで「ある事柄」の生起する蓋然性は加法的に増してゆく。
 しかしだ、今回の『同第十四巻』の場合はこれとは全く違う。検証もせず確たる裏付けもないままに単に「推定」をしたものを一つ土台にして、その上にさらに推定を重ねていくことの繰り返しだから、それをすればする度に逆にその信憑性はどんどん薄まってゆく。
荒木 例の確率の乗法定理と同じっていうやつだな。繰り返せば繰り返すほどその信憑性はどんどん薄まってゆく。となれば、〝一連の「書簡下書」〟の全体はいわば砂上の楼閣か。
鈴木 具体的には、我々がこの〝一連の「書簡下書」〟について検討してみたところ、
・果たして「新発見」だったのか
・果たして「露宛」のものなのか
・果たして「昭和4年」のものなのか
等々、これらのどれ一つとっても皆危うい。自ずから、
・〝一連の「書簡下書」〟に関してどれだけの裏付けを取り、検証したのか。
・露は本当に一時「法華経信者」になったのか。
・極めて賢治らしからぬ文体のものある。
・対応する賢治宛ての露からの来簡はあるのかないのか。
・なぜ露が亡くなった後にたまたま「新発見」があったと嘯いたのか。
等々、いくつもの疑念や問題点等が浮かび上がった。
吉田 そこで僕らがこれらについて検証してみたところ、
 現時点では、〔252c〕等を含む〝一連の「書簡下書」〟は「露宛」であるとも「昭和4年」のものであるとも共に断定できない。確たる理由も根拠もないからだ。また、『同第十四巻』は「新発見」と銘打ってはいるが、実は「新発見」などではなかった。
ということが判ったということになる。
鈴木 さて、今回の場合の最大の問題点は、同巻が書簡下書〔252c〕は〔露あて〕のものであるとしてしまった点だ。しかし、我々が検証した限りにおいてはその宛先は露以外の女性である可能性の方が大であることがわかった。
吉田 そもそも筑摩は、この〝一連の「書簡下書」〟は極めて重要な資料となり得るのだから、しっかりとした裏付けをとったり検証をしたりせねばならぬ代物だったのだ。
鈴木 ところがそんな基本的なこともなさずに、「内容的に高瀬あてであることが判然としている」とかたってしまった〔252c〕は、現時点ではあまりにもいろいろな問題点や疑問点が多すぎて信頼性に著しく欠けているので今回の検証のための資料としては使えない。
 しかも、この「判然としている」とかたる〔252c〕を大前提として〝一連の「書簡下書」〟を「昭和4年〔日付不明 高瀬露あて〕下書」であると推定しているのだから、大前提があやふやならば他も推して知るべしだ。
荒木 でもさ、このことに関しては、
 けれども露とのつき合いは、それだけでは終わりませんでした。昭和四年には手紙のやりとりがあり、その中には結婚についての記述もあります。
というように実際にある作家が資料として使っていたりもしていたはずだぞ。
鈴木 それは殆どの人はそうするのじゃないかな。いま荒木が挙げた作家のように、「書簡 252aは昭和4年に高瀬露に宛てたものである」と思い込んだりして、「下書」ではなくて「書簡そのもの」、あるいはそれはポストに投函されたものであるとさえ受け止める人だって少なくなかろう。
吉田 その危惧は全くそのとおりで、あの実証的賢治研究家であるはずの境でさえも、
 賢治が高瀬露にあてた事がはっきりしている下書きの中から問題の点だけをしぼってここに紹介してみたい。
             <『宮沢賢治の愛』(境忠一著、主婦の友社)156pより>
と記しているくらいなのだから。まして一般の読者ならばなおさらにだろう。
荒木 確かに。『同第十四巻』にあのような記述がなされていればこのような流れになるのは当然だと思う。ということは、俺たちだけが〝一連の「書簡下書」〟を疑問視していることになるのだべが…。
鈴木 いやそうでもないから安心してくれ。そりゃあ現時点では極めて少数派だとは思うが、先ほど挙げたtsumekusa 氏もご自身が管理している同氏のブログ〝「猫の事務所」調査書〟の中の「「手紙下書き」に対する疑問」という投稿において、
   ……高瀬露宛てだと断定できるのでしょうか。
と疑問を投げかけているし、先に引用したように米田利昭も、「ひょっとするとこの手紙の相手は、高瀬としたのは全集の誤りで、別の女性か」という疑問を呈しているから、我々の判断だけが孤立しているわけではない。
鈴木 では最後に〝一連の「書簡下書」〟による〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉の検証の件だが…
荒木 もはや結論は明らかで、
  〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉は「昭和4年の〔高瀬露あて〕書簡下書」による検証に耐えている。
 なぜなら、〝一連の「書簡下書」〟は「露宛」であるという確たる理由も根拠もなく、その記述内容の信憑性が極めて危ぶまれるものばかりで、検証用の資料としての必要条件を欠いているからだ。こんなことぐらいは、俺にでさえも容易に判る。
鈴木 それでは、私たちの結論は、
 「新発見書簡下書」、言い換えれば〝一連の「書簡下書」〟は〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉の反例とならないことは明らかだ。
ということでいいかな。
吉田 もちろんだが、もっと正確に言えば、
    「新発見書簡下書」は〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉の反例になるどころか、それ以前の代物である。
だろう。
荒木 そりゃあそうだべ。なんて言ったっけ、そうそう、「あやかし」に過ぎんのだ。「新発見書簡下書」は。
 だから俺は、このような危うい反古の〝一連の「書簡下書」〟を基にしてある人の人格や尊厳を貶めるような<悪女>呼ばわりすることが許されていいのか、誰だこんなことをしたのは!、と言いたいね。
吉田 ほんとだよな。普通は破り棄ててしまうような「紙きれ」によって、理由も根拠もあいまいなままに一人の女性が〈悪女〉にされたのではたまったものではない。しかもそれが大出版社によってだぞ。
 それにしてもこの非対称な構図、そしてそれゆえの理不尽。これは由々しきことなのだという声が、なぜ今まで起こらなかったのだろうか。このような不条理を許さず、それを排除することこそがまず宮澤賢治研究家の為すべき最たるものの一つだろうに。
鈴木 そうだよな。吉田の言うとおりだ。
 さてそれはそれとして、昭和4年で問題となるのはこの〝一連の「書簡下書」〟だけだから、昭和4年においても〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉は棄却しなくてもいいということになったわけだ。
吉田 ただし、〝一連の「書簡下書」〟に対応する露からの賢治宛来簡がもし見つかったりしたならば別の可能性もあり得るかもしれないが。
荒木 ともあれ、俺たちがここまで調べてきた限りにおいては〈仮説:高瀬露は悪女ではなかった〉を棄却する必要は現時点ではないということになる。いやあ嬉しいな。
鈴木 おっ、その一言また出たな。

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 賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』

             〈平成30年6月231日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
 その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました
 そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
 現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
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      〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
               電話 0198-24-9813
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