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気の向くままに

山、花、人生を讃える

今さらながら、気づかせてもらったこと

2019年08月01日 | 人生

昨日の名古屋の最高気温は36.8度。今日の予想最高気温は38度近くまで上がるらしい。
そして最低気温は28度との予報だった。

 

普段めったにはエアコンを使わないが、さすがに昨日は入浴後はできるだけ汗をかきたくないということで、夜の9時にエアコンをつけ、一晩中エアコンのお世話になった。ちなみに、昨日の日中の私の部屋の温度は34度。夜9時のエアコンをつける前の温度は32度だった。

 

私の小学生の頃の夏休み中の最高気温は32度が多かった。33度というのはあったかもしれないが私の記憶にはない。
そして、小学生以後は最高気温何度ということに自然と関心がなくなっていった。

 

そして、再び最高気温を意識するようになったのは、35度とか36度の日が何日か続いて、猛暑が騒がれた年だった。
私が40代前半の頃ではなかったかと思う。

 

その頃、暑さで食欲がないとこぼしたのだろうか。私が乗船中、家内が仏壇に私のための陰膳を供えてくれていたことを聞いた。
その陰膳の効果のほどは分からないが、それを聞いて、心強く、うれしく思ったのは間違いない。

 

思い出したが、最近、わたしは毎日の食事を作ることの大変さをある方のブログを読んで初めて知った。
それは、その方がブログの中で、仕事を終えて家に帰った後、家族が腹を減らして待っているのを感じながら、疲れた身体で急ぎ仕度することのプレッシャーや、手伝う気持ちもなくテーブルに座っている夫への不満などが書かれているのを読んだのだが、その時、私とその夫とが重なり、その夫の気持ちもわかる気がしたし、同時に、仕事をもちながら毎日、3度の食事を作ることの大変さも、初めて実感として伝わって来た。そして、自分もこのご主人と同じだったと大いに反省させられたのだった。

 

私は食事の用意をするのは家内の仕事だと、当たり前の如くに思っていて、「ご苦労様、ありがとう」というほどの気持ちは持ち合わせてはいなかった。

 

何が始まりだったかは覚えていないが、家内が、
「私だって働いている」と言ったとき、私は語気を強め、
「パートと一緒にするなっ」と怒ったのをよく覚えている。
そして、それも一度ではなく、3回ぐらいはあったと思う。

 

昨年、家内が入院したこともあって、少しは食事を作ってもらえることの有難さも分かっては来たが、それでも具体的にその大変さやご苦労に思いを馳せることはなかった。ブログを読ませていただいて、初めて作る人の気持ちになり、その大変さを肌で感じるように気づかせてもらうことができた。

 

そして、逆に、どうしてこんなことに今まで気づかなかったのかと思ったりもするが、これは多分、それだけ自分が自己中心的になっていた、あるいは「夫婦なんだから当たり前」という感覚に支配されていたせいかもしれない。
いずれにしても、未熟だったと大いに反省させられたことでした。

 

こうなると、夫婦は所詮他人なんだと思って、その他人様に世話していただいていると思った方がよいかもしれない。
そしてある認知症の奥さんが、世話してくれているご主人に、

 

「どなたか存じませんが、何の縁があって私にこんな親切をしてくれるのか・・・ありがとうございます」

 

と、言ったという、その言葉が、思い出されたことだった。