簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

西日本豪雨 (井原鉄道沿線の旅)

2018-09-05 | Weblog


 今年の中国地方の梅雨入りは6月の5日であった。
時にはしとしとと降ったりもするが、多くは空に鈍色の雲が重く覆い被さり、
降りそうでなかなか降らない例年の事ながらの日々が続いていた。





 そんな天気が7月入って一変する。
台風が北上し朝鮮半島に抜けると北にあった梅雨前線を刺激したのか、
前線は一気に南下し、当地では3日頃から雨が断続的に降っていた。
その後も西日本に居座った梅雨前線に、南から暖かく湿った空気が流れ
込むと、前線は活発化し線上降水帯となり、5日頃より雨は今までに経
験したことのない凄まじさで激しく降った。

 6日には県内24市町村に大雨特別警報が発令された。
この日の雨量は、新見市千屋で198.0ミリ、井原市芳井町で190.5ミリ、
新見市新見で189.0ミリなどと猛烈な雨となり、それは翌7日まで続き、
この日の午後7時までの48時間雨量は、県内25の観測地点の内20地点
で過去最高を記録し、残る5地点でも7月の観測史上最大となった。





 後の岡山地方気象台の発表によると、7月の総雨量は全地点で平年の
3~1.5倍に達し、その殆どが5~7日の間に降ったものだという。
結果県内を流れる各河川はことごとく異常な増水に見舞われ、河川に設
けている39カ所の水位観測所の内、27カ所で避難勧告を出す目安の「氾
濫危険水位」を越えた。
例えば高梁川の広瀬観測所では8mの氾濫危険水位を遙かに上回る12.89
mを記録し、その後計測不明になったという。7日未明の出来事である。





 こうして高梁川やその水系の小田川・高馬川、旭川やその水系の砂川
など各所で越水が発生、堤防は外側から削られ決壊、濁流が町を襲った。
(写真:7/8午後と平時の旭川)(続)


「はれのくに おかやま」観光情報はこちら 

西日本豪雨の被害復旧に向け、岡山は元気です。ぜひお越しを。




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晴れの国 岡山 (井原鉄道沿線の旅)

2018-09-03 | Weblog

 平成元(1989)年岡山県では、温暖で災害が少ないことから県のイメージを
端的に表すキャッチフレーズとして「晴れの国 おかやま」を採用した。
バブル時代全国の自治体で流行った流れに乗って、当時の県広報課職員により
決められたものらしい。



 岡山県では、冬の北からの寒気は中国山地で、夏の南からの暖かくて湿った
空気は四国山脈で遮られる。
また偏西風に乗って西から押し寄せる雨雲や台風なども、山口や広島の山地で
その力が削がれその為瀬戸内地方では雨や雪が降り難いのだと言われている。



 しかし晴れの国とは言え、晴れの日が格別に多いというわけではない。
全国的に見ると年間の晴天の日数や日照時間では全国平均をやや上回るものの、
順位的には山梨、埼玉、静岡、宮崎等が上位を占めていて10位台半ば位である。



 なのに晴れの国を名乗るのは、「降水量1mm未満の日数が全国で1位」であ
るからだ。気象庁の発表によるとその全国平均は247日で、岡山は276日といい、
1ヶ月ほども多くなっている。2位の山梨県とは3日ほどの差がある。



 こうした数字で見てくると、どうやら岡山は晴れの日がダントツで多いとい
うわけではないが、雨の降る日は少なく、降り続かないし大雨には成りにくい
と言うことらしい。
そのことが、災害が少ないというイメージとして擦り込まれ、先の東日本大震
災の折にも県内への移住者増に繋がっていたようだ。



 気候が温暖で地震や水害なども少なく、果物に代表される山海の幸にも恵まれ、
交通の便も良く住みやすい町という、そんな安全神話を根本から覆す災害がこの
岡山にも突然襲いかかってきた。


(写真上から備中松山城、岡山城、瀬戸大橋、津山城跡、牛窓、蒜山高原)(続)

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