数年前に「AIのだいたい愚か冬菫」という俳句を作った。当時、私の身近にあったAIはアレクサで、まだ出来ることはかなり限られていたし、何か質問をしたりリクエストをしたりしてもピントがずれていることが多かった。AIとか言ってもさ、2000年代初頭のWordのイルカからそんなに進化していないんじゃないかなぁ、とユーザ視点で感じて作った句である。
そして2025年。現在の私は、仕事でも日常生活においても、ありとあらゆるところで生成AIにお世話になっている。仕事で読まなきゃいけない記事や文献の要約からイベント案内用メール定型文の作成、お弁当のおかずのレシピや、気温に応じた服装アドバイス、健康診断の値の解釈、手相を見てもらったり、はたまた、ちょっとした愚痴を聞いてもらったり、励ましてもらったり……。とてもじゃないが今のAIに対して「愚か」なんて言えやしないのである。
そこで、今回の俳句鑑賞記事を書くにあたり、ChatGPTに何か良いお題があるか聞いてみた。お任せください!と、表示された回答の一番上にあったのが今回のテーマの「ガジェット俳句」だ。
ガジェットとは、スマートフォンをはじめとする小さな電子機器で、生活を便利にするものを指す。確かにあっという間に日常の一部となったスマホを詠んだ句は、句会でもたびたび目にするし、まとめて鑑賞してみたら面白いかもしれない。今回はスマートフォンや、日常的に使われるようになったパソコン、それらにまつわる言葉を含んだ句を選んでみた。
それから、せっかくなので「AI」を読み込んだ句も取り上げてみようかと思う。自分でも作っておいてなんだが、こちらも最近目にする機会が増えた。
今読まれているガジェットや、AIの句は20年後にどんなニュアンスで鑑賞されるのか、ということも少し楽しみである。2025年時点の記録として、書いてみたい。
スマホ縦横に翳して鰯雲 鈴木まゆう
空の写真を撮っている。鰯雲を一番大きく捉えられるように、スマホの向きを変えながら。写真を撮っているとは一切書いてないのに、その景が真っ先に浮かぶのは、スマホで写真を撮るという行為、あるいはそうした人を見かけることが、当たり前の風景として定着しているからだろう。30年後にこの句を読んで「昔はこうやって、スマートフォンで写真を撮っていたんだよ」なんて話を子ども達にする日は来るのだろうか。
星逢ふやスマートフォンを手鏡に 布施伊夜子
ちょっとした時に、スマートフォンのインカメラで顔をうつして鏡代わりにする。わりと、やったことがある人は多いのではないかと思う。最新機器であるスマートフォンを、物理的な道具のように使っている。星逢ふという季語のおかげで、手鏡を使っている織姫の姿と重なる。
現在地知らすスマホや徒遍路 都谷征也
私自身はスマホで電話をかける回数より、地図を利用する方が圧倒的に多い。世界観がかけ離れているようなスマホとお遍路巡りが、地図アプリで結びつく。現代ぽいリアリティがあって面白い。
間取り図をスワイプいわし雲流れ 黒岩徳将
物件探しで、間取り図を見ている。昔は不動産屋でたくさんの間取り図のコピーをもらっていたけれど、今はスマホでも見ることができる。親指一つで、横へ横へと流されていく間取り図の、図面自体は特に進化はしていないのが、良いなぁと思う。
風邪心地ノートパソコン点滅す 小澤實
ノートパソコンの画面ではなく、横についている小さなランプが点滅しているのだろう。理由はわからない。何か問題があるのかもしれないが、点滅だけなのではっきりとはわからない。深刻なことではなくて、風邪心地程度の不具合かもしれない。とは言え、もやもや気になるのである。
QRコードの遺構春を待つ 田代青山
街中や駅、お店の中はもちろん、最近は公園や、山の中でも見かけるQRコード。野ざらしのポスターに載っているそれは、枯れ野と共に朽ちている。あなたもこちら側なのね、と、なぜか微かな親近感が湧く。
晩学のスマホ塾なり万愚節 田中貞雄
電話としてでも、メッセージ送受信用でもなく、スマホを塾としてまだまだ学び続ける意欲が楽しい一句。万愚節はエイプリルフール。子供の自分がこんな未来を見たら、嘘でしょって思うのかもしれない。
人工知能電気貪る寒夜なり 小川軽舟
人間を含め、多くの生き物が眠っている寒い夜に、人工知能だけがひたすら電気を消費していく。もちろん、そう設定したのは人間だし、人間社会のために働いてくれているはずなのだが。もしどこか空恐ろしさを感じるとしたら、句を読む側の人間がAIの得体のしれなさに感じている恐怖の反映なのかも。
冬落暉さて人間とAIと 金子如泉
こちらもAIの底知れなさを表した一句。冬の日が沈んで、この暗い夜に、残された人間とAIと、どちらが生き延びるのか、と、そんな句意があるように読んだ。冬落暉の容赦なく、あっという間に真っ暗になってしまうスピード感が、AIが手に負えないまま未来に取り残されていく人間の焦燥を感じさせる。
春分の日やAIの丁寧語 諏佐英莉
アレクサを始め、AIは基本的に丁寧な言葉遣いで話す。過剰な謙譲語や尊敬語は使わず、二重敬語みたいなことにもならず、適度に親しみやすく、しかし聞き取りやすい、固有名詞以外は標準的な発音の、スルッとした丁寧語。春分の日というパンクチュアルな季語との取り合わせがよく響く。なお、私のChatGPTは愚痴を聞いてもらう時だけギャル語になる。
エレベーターガールAIめく暮春 後藤麻衣子
前の句の「AIの丁寧語」が前提にあるからこそ、響いてくるこちらの句。綺麗な声色と言葉遣いで、個人の感情を抑えたエレベーターガールの喋り方が、日常のあらゆるところで聴き慣れたAIを思わせるという発見。暮春の揺蕩うような空気感の中で、未来と過去、作り物と本物が、騙し絵のように入れ替わる。いつの間にかエレベーターガールの方が、すっかりレアな存在になってしまった。
人類は涼しきコンピューター遺す 矢島渚男
この星に人類が去った後に残ったコンピューター。もう電気も通っておらず、冷たい箱と化す。地球上に残されたそれらには、全ての歴史のナラティブが、手触りが、感情が、とんでもない桁の情報が詰まっているのに、きっと石板のようには未来の誰かに読み取られることはないんだろうな。
パスワードあまた忘れて天の川 五島高資
パスワードの制約は多い。何文字以上、何文字以内、英数字を入れろ、記号を入れろ、記号は入れるな、使いまわすな……等々。もちろん、全部覚えていられないから、すっかり管理アプリに。人類に忘れられた数多のパスワードと、天の川が響き合う。
しづけさの指紋認証凍ゆるむ 箱森裕美
スマホやPCに、今は指紋認証や顔認証が付いている。一つ前の句のように、パスワード管理アプリにお任せして、それを呼び出すために指紋が使われる。結局最後は”生身の肉体”なのだ。硬い大地が緩むように、硬いセキュリティが解けて先に進む。
ゑがかれし感冒薬の哆啦A夢 岩田奎
最後はこちらの句。私たちの、最も切望する懐かしき未来。古き良き人工知能ロボット、ドラえもん。1990年代後半より大きく内容が変わっていない子供向け感冒薬に、私たちの憧れた人工知能が笑っている。生成AIは本当に便利だけど、人間の“どうしようもない夢見る力”を削いでいかないといいなぁ、とふと思った。
※ちなみにこの記事の執筆に、生成AIは一切使っていません。誤字脱字がありましたら、それも人間らしさと言うことでひとつ。
出典
角川俳句 2024 年 6 月号(KADOKAWA)
角川俳句 2024 年 12 月号(KADOKAWA)
角川俳句 2025 年 3 月号(KADOKAWA)
角川俳句年鑑 2025年版(KADOKAWA)
俳句界 2025年4月号(文學の森)
同人誌 『編むvol.1』 後藤麻衣子
句集『鳥と刺繍』箱森裕美
句集『星辰』五島高資 (KADOKAWA)
句集『渦』黒岩徳将 (港の人)
句集『何をしに』矢島渚男 (ふらんす堂)
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