鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2013年・夏の取材旅行「宮古~久慈~八戸」   その6

2013-10-09 05:30:34 | Weblog
次の「住民」は、昭和8年(1933年)の大津波を経験した人たちの記録。最初の岩手県気仙郡唐丹村本郷の鈴木善一さんの記録で興味深いのは、波間に漂っていた人々が、お互いに「満州の兵隊を思い出せ、これ位で死ぬものか」と励まし合っていたという証言です。当時は満州事変の最中であり、三陸海岸からも多くの青壮年たちが出征していたからである。同じく本郷村の体験記録が紹介されていますが、これは、古老たちが「こういう晴天には、津波は来ないものだ」と自信ありげに語っていたということの証言。種市村宿戸の上岡谷たまさんの場合は、一家6人のうちたまさんを除いて全てが亡くなっています。吉村昭さんは、ノートを手にメモをしながら三陸海岸を歩き回り、37年前の昭和8年の津波の生々しい記憶をもつ多くの人たちに出会いました。その中に岩手県下閉伊郡田野畑村島ノ越に住む畠山ハルという方がいました。昭和8年の津波当時ハルさんは14歳。「津波だあ!」との声にハルさんは飛び起き、そして30mほど離れた裏山へと走りました。後方でバリバリと家が壊れる音がしたので瞬間的に振り向いたところ、2階建ての家の屋根の上方に、白い水しぶきをあげた黒々とした波が、ノッと突き出ていたという。その証言を受けて、吉村さんは、「その話をきいただけでも、津波の怖しさがよく分るような気がした」と記しています。 . . . 本文を読む