素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

『校閲の悦楽』

2015年07月27日 | 日記
 毎日新聞の校閲現場でのトピックを伝えてくれる『校閲の悦楽』欄は誤字脱字など間違いの奥にあるものを垣間見ることができるので好きなコーナーの一つだ。
今日は「肇」の字を「ハナ肇のハジメ」と説明した同僚が大先輩に一喝されたことがある。という話題から始まっていた。どう叱られたかというと

 「それはチョウコクのチョウ。国を始めるという意味だ。今どきの若いモンは知らんのか」 続けて筆者の林田英明さんは書く。
 《校閲職場で鍛えられ、いつしか私もそれが「肇国(ちょうこく)」という言葉と知ったが、日常語とは到底言えない。結局、同僚と同じ説明をした記憶がある。しかし、コメディアンやバンドメンバーとして活躍したハナ肇さんも死去して20年以上たち、この説明が通じなくなる日も遠くない。》その後いくつかの話題が続いていくが、この部分がいたく心に留まった。

 私や家族にも似たようなことがあったからだ。

 私は「啓」の字で「アキラ」である。平凡な名前だがなかなか読んでもらえない。先日、ある契約をする時に30歳前後の担当者に「『アキラ』は漢字でどう書きますか?」と尋ねられた。「ハイケイのケイです。」と一番よく使ってきた説明をしたら出来上がった契約書に『景』と書かれてあった。メモ用紙に書いて訂正してもらったのだが、若い彼は「ハイケイ」と聞いて「背景」という漢字が頭に浮かんだと言い訳をした。「確かに、今どき拝啓で始まって敬具で終わる手紙なんか滅多にお目にかからないよな」とこちらが説明の古さをあやまった。すると「確か、この字を使った芸能人いましたね」と言ったので「ひょっとして谷 啓?」と問うと「そうです、そうです、それなら分かります」 谷啓は知らないだろうと思って拝啓にしたので「そうか谷啓はまだ使えるのか」と妙に感じ入った。

 妻は「貞」の字の説明に「貞淑のテイです」とよく電話口で言っているが、年々通じなくなってきているとぼやいていた。貞淑も死語に近づいているのかと思ってしまう。通販などの宛名に「貞」ではなく「定」が書かれていることがある。きっとテイシュクという単語の入っていない担当者がテイショクと勝手変換して定食のテイにしたのだろうと推測をしている。 テイシュクにこだわる妻には言わないが。時々は「トの下に貝」と説明しているが「トノシタ二カイ」と聞いた方の混乱ぶりは想像できる。

 こんなことをを長女と話す機会があった時、「晋」の字のある娘は、この字の説明にずい分困ってきたと初めて明かした。「普通の普の字の上のチョンチョン無し」が一番わかってもらえる説明だそうだ。この字にこだわったのは私であるので「大野晋という国語学者がいて、晋の字が好きだったし、左右対称で書きやすいし、高杉晋作もいるし」などとしなくてもいい弁解をすると「でも最近は楽やで、安倍晋三の晋で行ける」と笑った。

 ちなみに、よく使う2つの辞書で「肇国」を引いてみると広辞苑にはまだあったが明鏡国語辞典では採録されていなかった。絶滅危惧種にはまちがいない。
コメント (1)
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