おばけなんてうそさ 屋敷伸之vs森下卓 1990年後期 第57期棋聖戦 第3局

2023年10月21日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 挑戦者の森下卓六段が、かつて屋敷伸之棋聖を評して、

 

 「強いとは思えない」

 

 この発言から、ある種の因縁の対決ともいえた1990年後期、第57期棋聖戦5番勝負。

 1勝1敗でむかえた第3局は、森下が先手で相矢倉に。

 第2局とちがい、森下らしいじっくりとした矢倉戦だが、当時話題になったのがこの局面。

 

 

 

 森下が▲15銀と進出させたところ、あいさつせずに屋敷が△75歩と仕掛けたのだ。

 こういうとき、教科書にはまず△14歩と突くものと書かれている。

 それで▲26銀▲14同銀の特攻もある)と先手も引いて、次に▲15歩△同歩▲同銀の突破をねらう。

 それがこの形の「常識」というものだった。

 それをアッサリ無視して、△75歩。どうぞ、▲24歩から攻めてくださいと。

 ふつうは、▲24歩△同歩▲同銀と、飛車先を交換しながらをさばければ棒銀大成功としたものだが、「おばけ屋敷」の発想は一味ちがっていた。

 ▲24歩△同歩▲75歩△同銀▲同銀△同角▲24銀に、△同銀ではなく、△23歩と打つ。

 ▲33銀成と取らせてから、△同金寄と取るのが、屋敷が目指していた形。

 

 

 

 棒銀をさばかせているのは同じだが、この△32金△33金タテ金無双のような囲い。

 これが、実はすこぶる耐久力に優れていたことを、屋敷は見抜いていたのだ。
 
 これは当時の観戦記でも「なるほど」と感心されており、今だとこの形が固いのはわかるが、それをいち早く察知していたところに、屋敷の才能と特異性があった。

 ここからも屋敷は、その異形の力を存分に発揮していく。

 意外と二の矢がない森下は▲65銀と、ややもたれ気味に指す。

 △64角がきびしい手なので、それを防いだわけだが、攻防に中途半端

 よろこんで指したい手ではなさそうだが、単に▲46角△64角とぶつけられて困る。

 屋敷は△69銀と、カサにかかって攻めはじめる。

 

 

 

 

 矢倉くずしの手筋だが、おそろしいことに、なんところが詰めろになっている。

 放置すると、△97角成から△78飛成まで。見事なVの字斬りが決まる。

 それはいかんと▲77歩と受けるが、こういうところの辛抱の良さは森下の強みでもある。

 飛車角の直通を遮断して、ここさえ受け止めてしまえば、そう簡単にはつぶれまいというところだが、続く手が、またも森下の意表を突いた。

 

 

 

 △58銀打が、なんともすさまじい手。

 強情というか、強引というか、とにかくひとつぶしにしてやろうという意志の継続。

 先手からすれば、妥協して▲77歩と謝っているのに、

 

 「ゴメンですんだら、警察いらんわ!」

 

 とばかりに、ねじこんできたのだから、むかっ腹も立つというというものだ。

 いや、腹立たしい以前に、そもそも▲57金とかわして、そこで継続手があるのか?

 森下もいぶかしんだだろうが、屋敷はここから巧妙に手をつなげていく。

 まず△64歩と突いて、もし▲76銀なら、そこで△66角(!)の強襲がある。

 

 

 

 すごいタダ捨てだが、なんとこれで後手勝ちになるのだ。

 ▲同金△78銀成と取って、▲同玉△76飛とこっちも切り飛ばし、▲同歩△69銀打

 ▲88玉△77歩で寄り。

 

 

 

 それはたまらんと、△64歩に▲54銀だが、そこで△52飛とまわって後手好調

 

 

 ▲53銀打▲63銀打は、△同飛△54飛と切り飛ばして、やはり△78銀成から△69銀打で決まる。

 ▲63銀成しかないが、そこで△56飛(!)と今度は飛車をタダ捨てにして飛び出すのが、まだ四段時代の藤井聡太八冠が指しそうな、あざやかな一撃。

 

 

 


 ▲同金△78銀成▲同玉△67金でとどめを刺される。

 こんな好き勝手に攻めこまれては、いよいよマイッタかと、うなだれそうなところだが、ここから森下が根性を見せる。

 ▲58飛(!)と、タダでもらえる飛車ではなく、逆モーションでを取るのが、ギリギリの切り返し。

 △同銀成に今度は▲56金と時間差で飛車を取り返して、まだふんばりがきく形だ。

 

 

 

 このあたり屋敷の攻めも芸術的だが、森下の受けも見事なもの。

 もう並べながらシビれまくりで、両者の才能がほとばしっている様が、いかにもまぶしいではないか。

 おもしれー将棋だなー、マジで。

 以下、森下も間隙を縫って反撃に身を投じ、勝負は次第にわからなくなってくる。

 そうして将棋はクライマックスをむかえた。
 


 

 

 
 次の手が、勝敗を決する大きなドラマを生むことになるのだが、これもまた、森下が読んでいない手だった。

 そしてそれを、おそらくは「ありがたい」と感じてしまったところに、大きながあったのだ。

 

 (続く

 

 

 


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